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 殿下の登場により、エミーリア嬢とヴィリー殿の顔色は真っ青になる。僕がこれから相手をするのが、第二王子殿下である事を理解したのだろう。

 だから日を改めて欲しい、と執事や僕がお願いしたのだ。今日の商談は、第二王子殿下が母である王妃陛下へ渡す贈り物の提案説明を行う予定だったのだから。


 彼らと殿下が会ってしまったのは、僕のミスだ。いつも時間通りに殿下が来られるものだから、油断してしまっていた。

 今日は普段に比べて幾分早い時間だが、その事も想定して動く必要があったのだ。

 


「お迎えに上がる事が叶わず大変申し訳ございませんでした、殿下」

「なに、構わん。私も公務が思いの外早く片付いたので、そのままこちらに出向いてしまったからな」

「過分なるご厚情をありがとうございます」



 微動だにしない二人を横目に、僕は感謝の言葉を述べる。横の二人は完全に空気状態である。

 まあ殿下も大凡何が起こったか、を把握されているはずなので……殿下はこの状況を面白がるだろうと思っていたのだが、珍しく苦虫を噛み潰したかのような表情をしている。

 

 

「それと、私だけではなく妹のコリンナも行きたいと駄々を捏ねてな……」

「お兄様? 私は駄々を捏ねてなんておりませんわ」


 

 殿下の後ろから現れたのは、兄である殿下を睨みつけた王女殿下であった。


 王女殿下は殿下の四歳下。待望の女の子であり末っ子でもあるため、陛下や王妃様、兄である殿下達全員で可愛がっているらしい。

 文末がらしい、なのは僕が王城へ上がった際に一度も彼女と会った事がないからである。


 僕は幼い頃殿下の側近候補として王城に上がっていたため、殿下とは仲良くしていただいている。その時に王女殿下の話を散々聞いたので、彼女の存在は知っていた。だが、王女殿下は元々病弱で、最近まで離宮で療養していた事もあり、王女殿下との面会は家族や一部の高位貴族のみだったそうな。

 昨年から王宮に戻り、現在は多少公務も担っているという事だが、僕は商会を継ぐため側近候補を辞していたため、現在王宮には足を運んでいない。これは王子の側近候補になっている僕の弟から聞いた話だ。

 それに王女殿下も病み上がり、その上未成年である事から、表舞台には現れないので彼女を拝む機会など全くなかったが、成程。現王妃様の面影がある、可愛らしい方だ。


 僕も元々予定していなかった人物の訪問に驚きはしたが、彼女がいても問題はないだろう。むしろお忍びとはいえ、彼女を溺愛している国王陛下が我が家に来る事をよく認めたな、と思った。


 

「ノルベルト様、いつも兄がお世話になっております。本日は私も母への贈り物を選びたいと思いまして……兄にお願いしたのです」

「決まったのが直前だったからな。済まないが先触を出す時間がなく、連れてきてしまった」

「いえ、問題はありません。むしろ我が商店をご利用頂きまして、誠にありがとうございます」


 

 そう笑顔で返答し、これ以上殿下たちを巻き込まないようにと、そのまま二人を準備していたもうひとつの応接間へと案内するよう執事に依頼した時、動きを起こした者がいた。ヴィリー殿だ。彼は僕の断罪の最中だと思い出したのか「殿下!聞いて欲しい事があります」と話しかけたのだ。


 流石に婚約破棄については、我が家と公爵家の事であり、殿下たちを巻き込むわけにはいかないと思ったからの処置であったが、その前に事は起こってしまった。

 彼は伯爵家ではあるが、こんなにも稚拙だったのだろうか。


 殿下は良い笑みで返答する。


 

「ああ、良いよ。なんだい?」

「ここにいるノルベルトですが、婚約者のエミーリア様を虐げていたようです!」

「……ノルベルトが?」


 

 殿下が目を丸くして僕を見る。

 まあ僕からすれば、虐げているつもりなどないのだが……相手が僕の行動をどう取るかなんて全てを理解する事ができない。だから僕は少しだけ目を伏せた。

 殿下はいつの間にか眉間に皺を寄せていたが、肩が扇で叩かれた事によって引っ込んでいく。勿論、叩いたのは王女殿下である。殿下は王女殿下を見るが、彼女は優雅に笑っているだけだ。


 殿下はため息をついた後、ヴィリー殿に顔を向けた。



「……その前にひとつ疑問なのだが、何故貴殿はここにいる? もしエミーリア嬢がノルベルトに虐げられているのであれば、契約を結んだ両家当主を含めて話し合えばいいだろう。関係ない貴殿は何しにきたのだ?」



 いや、ほんっとうにその通りです! と声を上げたくなるほどの正論に、感謝である。僕だってそう言っていたけれど、結局彼から悪と見られている僕が常識を説いた所で、曲解してしまうのだろう。

 殿下の言葉にしどろもどろし始めるヴィリー殿。それでも彼女を守ろうと必死に言葉を紡ぐ。彼女を守ろうとするその姿勢はやはり騎士だ……貴族としては、問題だらけな気もするが。

 

 

「ですが……私はエミーリア様と愛し合っておりまして……」

「何? 貴殿はエミーリア嬢と不貞をしているという事か?」

「お兄様!」



 王女殿下が声を上げた後、チラリと僕を一瞥した。その瞳には心配そうな色が乗っていたので、彼女は僕を心配してくれているらしい。ありがたい事なので、感謝と「心配には及びません」という意味を込めて頭を少し下げておく。

 彼女は込めた意味に気づいたのか、殿下の一歩後ろに下がっていった。

 その間も殿下とヴィリー殿の話は続く。



「まあ、不貞かどうかはどうでもいいが……そもそも貴殿の言うノルベルトの悪事とはなんだ?」

「……それはですね……!」



 殿下の発言が希望の光に見えたのか、喜んでヴィリー殿は先程の話を始めた。最初は笑顔で聞いていた殿下だったが、話が言及される度に、眉間に皺が寄り始めている。

 後ろで佇んでいる王女殿下も少しだけ俯いて静かに話を聞いていたが、殿下と同じく次第に眉間に皺が寄っていく。



 だが殿下は彼らが話し終えるまで、きちんと話を聞いていた。

 だからだろうか、ヴィリー殿は話し終えると僕を見下すような視線を送ってきたのだ。もう勝負はついたな、と言わんばかりの顔で。一方でエミーリア嬢の表情は変わらぬ無、だった。

 そんな彼女に殿下は話しかけた。


「エミーリア嬢、聞いても良いだろうか?」

「……はい」

「最初の誕生日に古臭い万年筆を渡された、と聞いたが……それは受け取ったのか?」

「……いいえ、受け取っておりません」



 それ見た事か、と言いたげなヴィリー殿は鼻を鳴らした。

 殿下はこちらを見て微笑んでいるが……目は笑っていない。


 

「そうか、それは残念だ……ノルベルト」

「はっ」

「彼女に贈ったのは、当時王家御用達になったばかりのブランド、‘ゲッティン’の万年筆だったのではなかったか?」

「はい、その通りです」



 エミーリア様と婚約した当初、我が商会では新作の万年筆を王家に献上していた。それがゲッティンと名付けられた万年筆だ。

 ゲッティンと名付けられた万年筆は他の万年筆と比べて派手さはないが、最上級の書き心地を実現したものであり、万年筆をよく使用する王家や宰相様にも気に入られ、愛用されている。ちなみにこの万年筆を考え出したのが実は僕なのだが、それは置いておいて。


 王家御用達になった後、最初に渡したのが実はエミーリア嬢だった。当時この万年筆に注文が殺到しており、入手困難だったのだが、無理を言って婚約者である彼女の分の作製を二本依頼していたのだ。

 

 その際彼女の好きな薔薇を彫ってもらったのだが……どうやら気に入らなかったらしい。中身を見て突き返されてしまったのだ。

 

 

 ちなみにその万年筆の一本は僕の手元にはない。

 突き返された後、放心状態で歩いていた僕の前に探し物をしている女の子が現れて、その子に渡してしまったから。

 彼女の探し物はは見つからなかったのだ。だから元気付けようと思って、代わりに手元にあった万年筆を渡したのだ。

 その子は万年筆を手に取って、とても嬉しそうにお礼を言ってくれた。それだけで僕の心は救われたものだ。


 そういえば、当時はまだ王城に通っていたため、この話は殿下にも話した事を思い出した。


 ヴィリー殿はこの話を聞いて唖然としており、当のエミーリア嬢も顔面蒼白だ。

 それはそうだろう。王家御用達にもなっている品を「古臭い」と一蹴したのだから。



「そうか……古臭い万年筆で済まなかったな」


 

 顔から血の気が引いていく二人。

 

 そうだ。あの時殿下や側近達に悩んでいる事を暴かれて、相談に乗ってもらっていた。

 僕の初めて立ち上げた銘の品の万年筆である事と、王家御用達になって人気も出ている事もありどうかと殿下から助言をもらっていたのだ。

 

 だから古臭いと言われて非常に衝撃を受けた事を思い出す。

 まああの後彼女の言葉から、老若男女全てに手に取ってもらえるように、様々な商品を制作すべきではないかという話が持ち上がり、今では多種多様な万年筆が出来上がっていて売り上げも好調だ。怪我の功名、というやつだ。



「しかもお前、謝罪も兼ねて再度万年筆を贈ったのではなかったか? それは送り返されなかったと聞いていたが」

「ええ、仰る通りです」

 

 

 贈り物を突き返された後、怒って帰ってしまったエミーリア嬢にすぐに謝罪の手紙を送り、その際バルツァー商会で最高級のお菓子を付けて送った。その際手紙に、「再度万年筆を贈る」という旨を認めた。


 その後登城した際、殿下と彼の側近達に根掘り葉掘り聞かれて、正直に吐いたのだ。まあ、協力したのなら結果も聞きたがるのは当たり前だろうが。

 

 僕の興したゲッティンではなく、違う店舗で依頼した万年筆が出来上がった際、両親にもお墨付きを貰ったが、殿下達にも見せに行ったのである。

 彼らなりに罪悪感を感じていたらしい。見せに向かった後、そこで殿下の婚約者であるカルラ様にもお会いしたのだ。


 カルラ様は殿下の一つ下で同盟国である隣国の大公家の娘であり、同盟強化のために幼い頃殿下と婚約が整えられている。いわゆる政略結婚というやつだ。

 当時は三年ほどかかる王子妃教育のために、こちらを訪れていた。

 ついでに僕の作成した黒色で百合の模様をあしらった万年筆も持っていったのだが、それを気に入ったらしく、次の彼女の誕生日に殿下から作成依頼を受けたのだ。弟が言うには、今でも使ってくれているらしい。


 二本目の万年筆はエミーリア嬢の好きなワインレッド色に、彼女の好きな薔薇を幾つもあしらったものになった。色も好きな花もエミーリア嬢専属の侍女から確認し、彼女の両親にも時間を取ってもらい、謝罪をした後に贈り物を見てもらったほどだ。

 ちなみに残っていた一本目の贈り物の万年筆も見てもらったが、彼の両親も何が気に入らなかったのかは分からなかった。

 むしろ彼女のお母上がとても気に入った、という事で、あの万年筆は謝罪の意も込めて彼女のお母上に差し上げている。

 

 最終的に二本目の万年筆を受け取ってもらう事ができたのだが、一瞥して侍女に渡していたので気に入ってもらえたかは分からなかった。その後、ご両親に確認した所、「気に入って使っているらしい」と話を聞く事ができた。


 

「あと、大衆食堂と言っていたが、確か予約を取っていたのはガストロではなかったか?」

「はい。ガストロ本店の二階で予約を取っておりました」



 僕の言葉を聞いてヴィリー殿が「嘘だろ……」と驚く声が聞こえる。



「ガストロって元王宮料理長が料理長を引退した際に立ち上げたお店、でしたか?」

「よく知っているな。コリンナ、その通りだ」

 

 

 ガストロ本店は、貴族街の中でも下位貴族達が集まる商店街の中に建っているが、食事に関しては国一番と称されている食堂だ。ガストロの面白いところは階によって食事のグレードが変わるところである。一階は下位貴族でも食べられる安価な食事をプレート一枚の上に全て載せて提供する。二階は完全個室でフルコース、三階は予約が滅多に取れない階貸切のフルコースなのだ。フルコースも勿論、二階と三階ではグレードの差がある。

 二階は国内のみの食材を使用して料理が作られるが、三階は国内外問わず最高級の品質である食材を使用するため、料金が段違いに変わるのだ。

 ちなみに一階の扉と二階、三階への扉は反対側に作られており、二階以上に行く貴族が一階のお客に見られることのないように配慮されている。元王宮の料理長の料理が食べられると、二階、三階の予約はいつも一杯だ。一階も言わずもがなである。


 

「確かにあの立地ではあるから、大衆食堂だと思われても仕方ないのかもしれないな。ガストロ本店だと説明はしたのか?」

「そうですね、確か馬車の中で説明を致しました」

 


 あの時は馬車での移動の最中に「ガストロ本店」へ向かう話をし、店の特徴もきちんと説明した。一階の食堂の前を通ってから、裏手に回る事も話しており、この時点で別の店でも可能である事を伝えていた。

 その時点ではきちんと了承も取れていたのだが……不機嫌になってしまったのだ。

 気を遣って別の店も勧めたのだが、彼女が不機嫌ながらも「ここで良い」と言い張ったので、一緒に食事を取っている。


 次に出掛ける時も、事前に他の店で予約を取るか確認を取ったのだが、彼女が「あそこが良い」と言うので、出掛ける時はいつもガストロ本店で食事を取っている。

 

 その旨を伝えれば、ヴィリーは困惑顔だ。

 

 無言の時間が続く。誰も仕切る者がいない中、引き続き殿下が話を進める。



「まあ結局のところ、エミーリア嬢はノルベルトと婚約破棄する、という事で良いのだろう?」



 エミーリアは肯定も否定もしない。隣でヴィリー殿が声をかけるが、何かを考えているのか無言のままである。

 そのような中、鈴のような可愛らしいが凛とした声が耳に入った。

 

 

「お兄様。陛下へ、婚約破棄を奏上するのですか?」


 

 先程から殿下の後ろで佇んでいた王女殿下が、首を傾げて尋ねる。

 

 

「ああ、ノルベルトの意見を聞いてからだがな」



 殿下は王女殿下を嗜める。その言葉に、「そうでございましたか」と返事をしてから一歩殿下の後ろに下がった。


 殿下の顔が少し引き攣っているような気がするのだが、気のせいだろう。



「そうですね。元々クライバー公爵家から是非にと申し込まれた婚約ですから、エミーリア嬢が破棄にしたいのであれば、私は従います」

 

 

 僕の言葉にぴくり、と肩が跳ねたような気がしたが気のせいだと思う。元々僕と彼女は政略結婚だ。最初の印象が良くなかったのか、彼女は僕と会話する事はあまりないのだから。

 

 エミーリア嬢は父上であるクライバー公爵から可愛がられて育っていた。そんな可愛い娘を困らせないようにと、国一番の財力がある我が家へ婚約を申し込んだと両親から話を聞いた。

 僕とエミーリア様の婚約を結んだ事で、公爵家にある物はカトラリーから侍女の制服、果ては絵画などの装飾品ほぼ全て我が家の商店(系列店も含めて)から購入した物となり、大分売り上げに貢献してくれている。


 この先どうなるか分からないが、公爵家の売上がなくなったところですぐに傾く商店ではないので、問題ない。


 頭で計算しながら殿下と王女殿下に視線を送れば、殿下は少し疲れたような表情をしている。

 

 

「両名の同意も得られたことだ。これで問題ないだろう……ああ、この件は他言無用だ。ノルベルトを借りていくぞ」

「皆様、ごきげんよう」

 


 そう言って二人は扉の横で待機していた執事の後ろについて別の応接間に向かっていった。

 僕も二人を待たせないように、と続いて出て行こうとして、二人に声をかけた。



「済まない、僕は商談があるからここで失礼するよ」

「ああ……こちらも押しかけて申し訳なかった……」

 

 

 ヴィリー殿の身体が小刻みに震えている事から、自分が短絡的な事を行なってしまったと気づいたのかも知れない。殿下が寛容なお方だったから良かったものの……下手すれば僕ら全員が廃嫡されていたかもしれない。

 

 その原因になったエミーリア嬢をチラリと一瞥すれば、彼女は呆然としているようだった。――僕の見間違いかもしれないが。


 家のことで殿下達を巻き込んでしまったので、謝罪をせねば。

 僕は二人に背を向けて歩き出した。その事が頭を占めていたからか、後ろでエミーリア嬢が小声で自分を引き留めている事に僕は気づかなかったのだ。


 ちなみにその後の商談は問題なく行われた。


*残りは明日投稿します

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