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*四話完結

「ノルベルト! お前はエミーリア様と婚約破棄をしろ!」



 我が家――バルツァー侯爵家の応接室で、公爵令嬢であり僕の婚約者でもあるエミーリア嬢の隣にいた()が言い放つ。その言葉に僕は二の句が継げないでいた。

 

 まず、先触も無しにいきなり訪問した上、別の男を引き連れて来るなど前代未聞の行為である。


 エミーリア嬢の隣に座る彼はヴィリー・レハール。レハール伯爵家は武の家系として有名で、現伯爵は近衛騎士団を統括する副団長として王家に重宝されている。嫡男である彼の実力も相当で、将来を有望視されている立場にいると聞いた。


 彼女と仲睦まじい様子を見せる彼は、まるで彼女の騎士であるかのように振る舞っている。しかも先程からこちらを親の仇かのように睨みつけているのは、僕が婚約者という立場だからだろうか。

 

 

 次に、関係のない男が婚約破棄を求めるなど、これは我が家に対する敵対宣言になってもおかしくないのだが、彼は理解しているのだろうか。

 ヴィリー殿を連れてきたのはエミーリア嬢なので、彼の発言を彼女も認めているということになる。婚約を破棄するなんて暴挙を高位令嬢である彼女がして良いものではない。

 

 婚約破棄するのであれば、双方の家長を含めての話し合いが必要だ。僕は嫡男であるが、僕にそこまでの権力はないし、彼女も同様だ。

 彼女の両親が来ていない、という事は、これは独断の可能性がある。もし婚約破棄、もしくは白紙にしたいのであれば、事前にその旨が書かれた手紙が送られてきているはずだ。

 念の為執事に確認しても、「そんな手紙は届いていませんでした」と言われたので、彼女の両親はこの事を知らないのかも知れない。

 

 そして最後に……こちらにはこちらの予定があり、僕もその準備で忙しかったのだが、我が家の執事がその旨を伝えても、「入れてくれるまで帰らない」と居座ろうとしたらしい。

 しかも「婚約者が来る以上に大事な予定があるはずない」と言って、鼻で笑ったそうだ。


 いやはや、恋は盲目、という言葉は以前から知っていたが、きっと今の彼らの状態がそうなのだろうな……と思う。


 

 そもそもこの件は、僕が「はい」と言って解決できる話ではないのだ……ないのだが、彼のこの発言に何も言わない、という事はきっと彼女も僕と婚約を破棄したいと考えていると思って良いだろう。

 

 思わず出そうになったため息を呑み込んで、僕は言葉を選ぶ。



「エミーリア嬢の主張は承知しました。この件に関しましては、家での契約となりますのでまた改めて――」

 

 

 家長を含めて話をしましょう、と僕が言う前に、彼女の隣にいるヴィリーが噛みついた。まるで彼女を守る番犬のようだ。

 


「そうやって時間を取る事で、お前はリアの事を悪きように両親に伝えるのだろう? そんな事はさせん!」

「いえ、そんな事は……」

「どうだか。信じられんな!」



 そう言って鼻を鳴らす彼に僕は目を細めた。

 僕は見聞きした事を第三者の目線で両親に伝えるだけなのだが……といっても、ありのまま伝えれば、彼らが悪者になってしまうのは自業自得だろう。

 今までのことも鑑みて、僕の家に喧嘩を売っているようにしか見えないのだが、その自覚は……残念ながらないのだろう。


 恋とは人すらも変えてしまうのか、とある意味で感心していると、彼はこちらを睨みつけながら言った。


 

「ノルベルト! お前はエミーリア様を長年虐げていたと聞いたぞ! 特に外出や贈り物など、公爵令嬢の彼女に合わない場所へと連れて行ったり、彼女の気に入らないものを贈りつけたり……男の風上にも置けない奴だな! リア、これからは俺が君を守るからな」



 確かに外出や贈り物については、以前彼女に喜んでもらえなかった事があったのは事実だ。

 最近は贈り物を受け取ってくれていたり、食事に関しても「美味しい」と言ってくれていたりしたので、そこはあまり心配していなかったのだが……もう少し様子を見るべきだったか、と悔やむ。

 

 僕が黙っている事で肯定とみなしたのか、彼は得意げに話し続けた。

 


「最初の誕生日の贈り物が、古臭い万年筆だと聞いたぞ! エミーリア様を馬鹿にしているのか? その後の誕生日や贈り物も彼女に見合わない物ばかり贈っているのだろう? その上……外出すら満足させることのできない男だと聞いた。お前の実家は王家も目にかけているバルツァー商会だ。そんな素晴らしい侯爵家の嫡男が、婚約者すら喜ばせることのできない男でいいのだろうか?」



 ヴィリー殿は立ち上がり、言いたい事を言ったのか……僕を指差しながら、更にこちらを睨みつける。一触即発の空気が漂ってくるが、僕はその空気に呑まれるつもりはない。

 彼の隣にいるエミーリア嬢に頭を下げた。

 

 

「その件は本当に申し訳なかった……」

 


 相手にとって必要とする物を売るのが商人だ。僕も商人の端くれだからこそ、彼女をきちんと喜ばせるべきだったのだが、最初はそれを怠ってしまったのは事実だ。

 顔を上げると、僕が謝罪するとは思わなかったのか、彼はぽかんと口が半開きになっている。毒気を抜かれたらしい。

 

 

 緊迫した空気が一気に弛緩したためか、誰も口を開かない。

 そもそも婚約破棄……まあ白紙も視野に入るだろうが、それをしたいはずのエミーリア嬢から一言も話がない。

 

 まあ、情報収集を得意とする僕は、婚約者である彼女の動向は噂話も含めよく耳にしていたし、なんなら嫡男ヴィリー殿とも恋愛関係にある事も把握していた。

 彼女とは政略結婚であるため、結婚後に落ち着いてくれるだろう、なんて考えていたのだが……。

 

 彼らがここまでするとは思わず、放置していた僕の失態だ。親密さが上がった時点で、僕は婚約解消を彼女の両親に奏上すべきだったのだ。

 


 ……そういえば以前あるお方から



「お前は恋愛に関する事について疎すぎる」



 と苦言を呈された事がある。彼はこのような事が起こると予想していたのだろうか。彼の言葉を重く受け止めなかったあの頃の自分を殴りたい、と今更ながらに思う。


 だが僕が粗相をした事と、婚約破棄をこの場で宣言する事は別物だ。

 不愉快な思いをさせた事について謝罪はしても、婚約についてはどうする事もできない。

 契約は現当主である父の名で結ばれている物だ。他の人間が結んだ契約を破棄する、と言う事など僕にできるわけがないのだが。


 

 

 それに……そろそろ本当に彼らには帰ってもらわなくてはならない。

 朝から慌ただしかったのは、我が家にやんごとなきお方が訪問されるからである。


 彼は商人としての僕に用事があって、家に来るのだ。僕からすれば、仕事である。その仕事に遅れたとなれば、相手の信頼を失いかねない。だが、彼らに顧客情報を無闇に流すわけにもいかないし、一人は婚約者だ。追い出すわけにもいかない。


 

 仕方ないからと、応接間で待つように僕が彼女たちに声を掛けようとしたそんな時。

 応接間の扉の向こうから、「お待ち下さい!」という切羽詰まった声が聞こえる……何事にも動じない我が家の執事ではあるが、珍しく慌てている様子を見ると、どうやら遅かったらしい。

 

 応接間の扉が勢いよく開かれ、そこから顔を出したのは、第二王子殿下だった。



「ノルベルト。迎えにきたぞ。お前が玄関にいないのは珍しいな――ん?」



 殿下の登場により場の空気がガラリと変わってしまった。

 

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