仄暗き闇医者
────キャバレー・ミランダでバニーガールが撃たれた。
あれから5日経った日。
この一報を聞いたとき、ゲオルの脳内にティアリカの姿が映る。
いても立ってもいられず、死ぬもの狂いでキャバレーまで駆け抜けた。
中は人だかり。すでに衛兵がいる。
犯人らしき半狂乱の男は取り押さえられ、なにかを喚きながら数人の衛兵に連れられている。
もっと凄惨な事件現場を創造したが、なにか様子がおかしい。
「おいなんだ? どうなってる?」
悲鳴はそこそこ。
だがそこに恐怖や悲しみの色はない。
むしろもっと奇妙なもの。
奇術や危なっかしい大道芸を見守るような雰囲気に等しい。
人々をかき分け、現場を目の当たりにした。
「………………」
簡易医療魔術。
無菌状態の結界を作りだし、内部で切開・摘出・縫合を行う。
とは言っても長時間の展開は不可能とされている。
魔術が使える医者がよく使うものだ。
その内部で行われていたことは────弾丸の摘出手術だった。
手術着をまとう男が、ゲオルのほうを睨むように振り返る。
患者であるバニーガールはすでに術式を終えており、回復魔術による術後治癒が行われていた。
結界から出てくると男は手術着を脱ぎ、傍に置いていたカバンにしまう。
そして、黒のコートを羽織った。
「病院に連れていかなくてよかったな」
「あん?」
「時間との勝負だった。それに下手に動かせばより弾丸は彼女を蝕んでいただろう」
男は摘出した弾丸をゲオルに見せる。
崩れた球体のそれは前装式の銃に使われるもの。
内臓にへばりついていたのか、今もジュクジュクと生々しく……。
「カースド弾だ。聞いたことは?」
「魔硝弾の原形になった弾だな。体内に残るタイプか」
「すでにもうこの世にないものだと思ったが、まさかこの街に流れ着いていたとは……」
「よくやってくれたなお医者さん」
「ヘヴンズ・ドアの医療レベルはほかと比較しても高いが……この術式は私にしかできないだろう」
仏頂面を崩さず、病院へ運ばれていくバニーガールを見送りながらタバコを取り出した。
「あのガールは大丈夫だ。入院して精密検査と経過観察をして異常がなければ、数日で復帰できる」
タバコを灯そうにもマッチが空、ライターもオイルが空。
見かねたゲオルはそっと火をつけてやる。
「……失礼」
「良いってことよ」
「それで、治療費の件だが」
「待て待て待て。そういうのは支配人に言ってくれ」
「なに、アンタじゃないのか? いかにもな風格だったから、てっきり……」
「さすが一流の医者は一流を見る目も確かだな。だが残念ちょい外れ。俺は『何でも屋っぽいの』ってのをやっててな。ここはお得様なんだ」
「なるほど、下っ端かい」
「意外だろ? ゲオル・リヒターだ」
「じゃあ、支配人のところまでご案内してくれないかな?」
「いいだろう。あ、ところでアンタ、名前は?」
「……ガゼット」
「ガゼット、ね。ま、ついてきな」
こうして執務室までガゼットを案内し、支配人に面通しをさせた。
「私、このキャバレー・ミランダに偶然客として来ておりましてねえ。銃声が聞こえたときは驚きましたよ」
「は、はい。従業員を救っていただきましたこと、深く感謝いたします」
「あのカースド弾の摘出手術。あれはもう失伝していると言っていいくらいの高等技術でしてね? いや、教本にはそれらしい知識は書かれていたりはするのですが、なにぶん時代的に経験のない者が多くを占めるでしょう。あれを可能とするのは私を含め指で数えるほどでしょうな」
「はぁ」
支配人はガゼットの圧に圧され気味になっており、何度も額をハンカチで拭っていた。
「それででしてね。今回の治療費なのですが……こちらが請求書です」
テーブルに広げた請求書。
そこに値段を書き、支配人に手渡した。
その額を見て、支配人が硬直した。
一瞬心臓が止まったかのように顔が青ざめ、身体がガクガクと震えている。
「な、な、なんだこれは!?」
「安いですか?」
「違う! いくらなんでも法外過ぎるだろ!」
「え、なに支配人。どうした見せてみな。────……なぁにこれぇ」
ゲオルですらも精神が退行しかけるほどの額。
それこそ数千万単位で、このキャバレーの経営を傾けるに十分な値段だ。
それをたった個人が請求しているのだから、ふたりそろってひっくり返るほどの異常事態である。
「法外、ですか」
ガゼットは紫煙をくゆらせながら、口角を吊り上げた。
「するとなんですか? あのガールにそれほどの価値はないと?」
「な、なにを……?」
「こんなことになるのなら、あんなガールいなくてもよかった。そのまま死んでくれればよかったのに、と?」
「そんなことは思っていない! ただ、この請求は不当だ!」
「あくまでも払わない、とおっしゃるんですね? 自分の従業員を助けてもらっておいて、金を踏み倒すと」
「ぐ……」
支配人の人の良さはゲオルもわかっている。
店を守るために断るのと、あのガールの命を救ってくれた恩。
このふたつが天秤にかけられ、彼の心で大きく揺らいでいた。
「なぁ、もうちょっと安くするってのはできねえのかい? 別にこっちが依頼したわけじゃないんだぜ? 極論を言えばアンタが勝手にやったことだ」
「それこそ血の通わない冷たいご意見だ。状況がどうあれ、超がつくほどの技術を用い人命を救った。しかも超迅速に。それに安い値段をつけろというのですか? 信じられませんね。正気を疑います」
「だ、だが……これは!」
「仕方ありませんね。今日のところは引き上げましょう。ただし、諦めるつもりはありません。金をちょろまかそうとする輩はこれまで何人もいたので、対応は慣れっこですよ。一度冷静になって考えてみてください。では、失礼いたします」
ガゼットは請求書を置いて去っていった。
彼がいなくなった執務室では、魂が抜けたように支配人がぼんやりしていた。
「またとんでもねえ変人がこの街にやってきたもんだ」
「はは、はははははははは……」
「あらら、支配人壊れちゃった。まぁ弁護士なりオーナーなりに相談するんだな」
「そ、そ、そうだな……一旦相談して。あぁそうだとも、これは不当な請求だ。いくらなんでもこんな額……ん、ガゼット? ガゼットかぁ……もしかして、いや、まさか」
「どうした?」
「思い出した。風の噂で聞いたことがある。奴は凄腕の闇医者だ! その成功率は並の医者なぞ比にならない」
「その代わり、報酬はたんまり受け取るってか。でもあれじゃ最近は景気は悪そうってか?」
「このことは、他の面々には内密にしておいてくれないかな?」
「……あいよ」
色々と面倒くさいやり取りは支配人に任せるとして、ゲオルは個人的にガゼットに興味を持った。
今日は元々非番だったので自由に動ける。
────彼を追いかけ、あとを付けてみることにした。




