表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/68

仄暗き闇医者

 ────キャバレー・ミランダでバニーガールが撃たれた。


 あれから5日経った日。

 この一報を聞いたとき、ゲオルの脳内にティアリカの姿が映る。


 いても立ってもいられず、死ぬもの狂いでキャバレーまで駆け抜けた。

 中は人だかり。すでに衛兵がいる。


 犯人らしき半狂乱の男は取り押さえられ、なにかを喚きながら数人の衛兵に連れられている。

 もっと凄惨な事件現場を創造したが、なにか様子がおかしい。


「おいなんだ? どうなってる?」


 悲鳴はそこそこ。

 だがそこに恐怖や悲しみの色はない。


 むしろもっと奇妙なもの。

 奇術や危なっかしい大道芸を見守るような雰囲気に等しい。

 

 人々をかき分け、現場を目の当たりにした。


「………………」


 簡易医療魔術。

 無菌状態の結界を作りだし、内部で切開・摘出・縫合を行う。

 とは言っても長時間の展開は不可能とされている。


 魔術が使える医者がよく使うものだ。

 その内部で行われていたことは────弾丸の摘出手術だった。


 手術着をまとう男が、ゲオルのほうを睨むように振り返る。

 患者であるバニーガールはすでに術式を終えており、回復魔術による術後治癒が行われていた。


 結界から出てくると男は手術着を脱ぎ、傍に置いていたカバンにしまう。

 そして、黒のコートを羽織った。


「病院に連れていかなくてよかったな」


「あん?」


「時間との勝負だった。それに下手に動かせばより弾丸は彼女を蝕んでいただろう」


 男は摘出した弾丸をゲオルに見せる。

 崩れた球体のそれは前装式の銃に使われるもの。

 内臓にへばりついていたのか、今もジュクジュクと生々しく……。


「カースド弾だ。聞いたことは?」


「魔硝弾の原形になった弾だな。体内に残るタイプか」


「すでにもうこの世にないものだと思ったが、まさかこの街に流れ着いていたとは……」


「よくやってくれたなお医者さん」


「ヘヴンズ・ドアの医療レベルはほかと比較しても高いが……この術式は私にしかできないだろう」


 仏頂面を崩さず、病院へ運ばれていくバニーガールを見送りながらタバコを取り出した。

 

「あのガールは大丈夫だ。入院して精密検査と経過観察をして異常がなければ、数日で復帰できる」


 タバコを灯そうにもマッチが空、ライターもオイルが空。

 見かねたゲオルはそっと火をつけてやる。


「……失礼」


「良いってことよ」


「それで、治療費の件だが」


「待て待て待て。そういうのは支配人に言ってくれ」


「なに、アンタじゃないのか? いかにもな風格だったから、てっきり……」


「さすが一流の医者は一流(オレ)を見る目も確かだな。だが残念ちょい外れ。俺は『何でも屋っぽいの』ってのをやっててな。ここはお得様なんだ」


「なるほど、下っ端かい」


「意外だろ? ゲオル・リヒターだ」


「じゃあ、支配人のところまでご案内してくれないかな?」


「いいだろう。あ、ところでアンタ、名前は?」


「……ガゼット」


「ガゼット、ね。ま、ついてきな」


 こうして執務室までガゼットを案内し、支配人に面通しをさせた。


「私、このキャバレー・ミランダに偶然客として来ておりましてねえ。銃声が聞こえたときは驚きましたよ」


「は、はい。従業員を救っていただきましたこと、深く感謝いたします」


「あのカースド弾の摘出手術。あれはもう失伝していると言っていいくらいの高等技術でしてね? いや、教本にはそれらしい知識は書かれていたりはするのですが、なにぶん時代的に経験のない者が多くを占めるでしょう。あれを可能とするのは私を含め指で数えるほどでしょうな」


「はぁ」


 支配人はガゼットの圧に圧され気味になっており、何度も額をハンカチで拭っていた。


「それででしてね。今回の治療費なのですが……こちらが請求書です」


 テーブルに広げた請求書。

 そこに値段を書き、支配人に手渡した。


 その額を見て、支配人が硬直した。

 一瞬心臓が止まったかのように顔が青ざめ、身体がガクガクと震えている。


「な、な、なんだこれは!?」


「安いですか?」


「違う! いくらなんでも法外過ぎるだろ!」


「え、なに支配人。どうした見せてみな。────……なぁにこれぇ」


 ゲオルですらも精神が退行しかけるほどの額。

 それこそ数千万単位で、このキャバレーの経営を傾けるに十分な値段だ。


 それをたった個人が請求しているのだから、ふたりそろってひっくり返るほどの異常事態である。


「法外、ですか」


 ガゼットは紫煙をくゆらせながら、口角を吊り上げた。


「するとなんですか? あのガールにそれほどの価値はないと?」


「な、なにを……?」


「こんなことになるのなら、あんなガールいなくてもよかった。そのまま死んでくれればよかったのに、と?」


「そんなことは思っていない! ただ、この請求は不当だ!」


「あくまでも払わない、とおっしゃるんですね? 自分の従業員を助けてもらっておいて、金を踏み倒すと」


「ぐ……」


 支配人の人の良さはゲオルもわかっている。

 店を守るために断るのと、あのガールの命を救ってくれた恩。


 このふたつが天秤にかけられ、彼の心で大きく揺らいでいた。


「なぁ、もうちょっと安くするってのはできねえのかい? 別にこっちが依頼したわけじゃないんだぜ? 極論を言えばアンタが勝手にやったことだ」

 

「それこそ血の通わない冷たいご意見だ。状況がどうあれ、超がつくほどの技術を用い人命を救った。しかも超迅速に。それに安い値段をつけろというのですか? 信じられませんね。正気を疑います」


「だ、だが……これは!」


「仕方ありませんね。今日のところは引き上げましょう。ただし、諦めるつもりはありません。金をちょろまかそうとする輩はこれまで何人もいたので、対応は慣れっこですよ。一度冷静になって考えてみてください。では、失礼いたします」


 ガゼットは請求書を置いて去っていった。

 彼がいなくなった執務室では、魂が抜けたように支配人がぼんやりしていた。


「またとんでもねえ変人がこの街にやってきたもんだ」


「はは、はははははははは……」


「あらら、支配人壊れちゃった。まぁ弁護士なりオーナーなりに相談するんだな」


「そ、そ、そうだな……一旦相談して。あぁそうだとも、これは不当な請求だ。いくらなんでもこんな額……ん、ガゼット? ガゼットかぁ……もしかして、いや、まさか」


「どうした?」


「思い出した。風の噂で聞いたことがある。奴は凄腕の闇医者だ! その成功率は並の医者なぞ比にならない」


「その代わり、報酬はたんまり受け取るってか。でもあれじゃ最近は景気は悪そうってか?」


「このことは、他の面々には内密にしておいてくれないかな?」


「……あいよ」


 色々と面倒くさいやり取りは支配人に任せるとして、ゲオルは個人的にガゼットに興味を持った。

 今日は元々非番だったので自由に動ける。


 ────彼を追いかけ、あとを付けてみることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ