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シェイムの最期

 黒服たちは倒れたソファーを起こし、埃を落としてゾエビオスにうながす。

 ゾエビオスは座り、「ふぅ~」と吞気にため息をついた。


「まずは詫びよう。この男の暴走を止められなかったのはワタシの責任だ」


「今になってなんででてきた? まとめて始末する機会をうかがってたのか?」


「いやいや、そんなことはしないよ。ワタシもこの男を探していたんだから。むしろ感謝している」


「へぇ、その割には随分とのんびりやってたらしいな。俺らに出し抜かれるってんじゃ、組織の底も知れてる」


 ゲオルの怒りを含んだ挑発に、黒服が反応したがゾエビオスが手で制す。


「すまないね。この男を探すことに人員を割けなかったんだ」


「なに?」


「ほかのことに使っていてね。そのほかの用事が済んだときにはもう君たちが乗り込んでいた。いやはやまったく、スゴ腕じゃないか」


「御託はいい。で、どうすんだよお偉いさん。内容と俺の機嫌によっちゃ、その口の部分にアイスクリームを流し込める穴ができちまうぜ?」


「はっはっはっ、それは困ったね。甘いものは苦手なんだ。街のほうは任せてくれ。今、軍のほうの権限を回復させた。謹慎処分を受けている者たちも即座に復帰して、治安維持に勤めているころだろう」


「それだけかい?」


「金も出す。破壊された場所や汚された場所の修繕費用も、今回のことで傷ついた者たちの治療費もすべて負担する」


「気前がいいな。裏がありそうで逆に憎たらしくなってきたよ」


「影のフィクサーと言えど、皆が考えるみたいになんでもできるわけじゃないんだ。バランスなんだよ。ワタシがやるのはヘヴンズ・ドアのバランス調整。悪党が増えすぎてもダメだし、軍が力を持ちすぎるのもよくない。細かな調整を行いながら、我々は利益を出している。……ただ、今回のことはワタシの失態だ」


 ゾエビオスがよろよろと立ち上がるシェイムを睨んだ。


「く、くう……」


「なにか言いたいことでもあるのかな?」


「ふ、不当だ。こんなの楽しくない。こんなのスポーツじゃない! そうだ! 僕は純粋にスポーツに打ち込んでいただけだ! 自分のベストを尽くそうとしただけだ」


「へぇ、そうかい」


「僕には黙秘権がある!! いいだろう。裁判でもなんでもやってやろうじゃないか! 僕には腕のいい弁護士が何人もいる。これまで僕を助けてくれたスーパーヒーロー集団だ!!」


「裁判? 今、裁判の話してたかい? まったくホント面白いね君は。そういう突拍子もない発想が気に入ってたんだけどねえ」


「僕は────」


「悪いが全員始末した。妻子がいるなら妻子も、親兄弟がいるなら親兄弟も、孫がいるなら孫もね。君の味方はいないんだ。これも遅れちゃった理由だよ」


 怒りを露わにしていたシェイムの顔から、すべての感情が消えた。

 

「あとさ、君────」


「う、ぐ!? ああああああああああ!!」


 突如、ゾエビオスに魔術をかけられシェイムは両膝から思いきり床へと叩きつけられる。

 膝が砕け、もう自力で曲げることも伸ばすこともままならない。


「あ、あが! あがああああああああ!!」


「いつからワタシより、偉くなったのかなあ? 頭が高いし、なによりいつまでもフレンドリーに接されるとほかのメンバーに示しがつかないんだよ。若いから甘やかしたのがまずかったな。これからは古参だろうと新人だろうとビシビシと厳しくしないとね、うん」


「うぐううう、うぐ、ぐ……」


「……お見苦しくて申し訳ない。それとこれは詫びの品だ」


「カプセル? 中になにか入ってんな。なんだよこれ」


「そこのお嬢さんの想い人、ローラン君だったね。彼を治す薬だ。1週間分、朝昼晩ね」


「これが効く保証は?」


「服薬拒否は自由だ。だが、病院や研究機関に回しても、アレは元には戻らないよ。それでもいいのなら好きにしたまえ。それに、今さらになってワタシがローラン君に効かないものを渡すメリットがない」


「信用のため、か」


「表でも裏でも、信用は大事だ。さぁ地上まで送ろう。安心してくれ。君たちはVIP対応だ。ワタシはこの男の始末をする」


「……わかった。問答はいいだろう。だが最後にひとつだけだ。……なんで俺たちにここまでする? 目撃者であり当事者だ。俺たちも始末するべきじゃないか?」


「……ワタシもこの街が好きなんだ。命をかけて街を守った者には恩赦を! ありがとう。君たちは英雄だよ。この街の誇りだ!」


「そりゃ、どうも」


 ゲオルは最後までゾエビオスから目を放さなかった。

 彼から醸し出される殺気とも敵意ともつかない気配に、違和感を覚えていたから。


「ん、君……」


「はい、なんでしょう?」


「……いい仮面だ」


「え?」


「しっかりと手入れをしておくように」


 ゾエビオスは撫でるような柔らかい声で、ティアリカの仮面を褒めた。

 それを怪訝に思いつつも、フラフラになって疲れ果てたマヤを支えながら、ゲオルたちのあとを歩く。


 黒服は命令通り、ゲオルたちに無礼なく接して案内した。

 途中でウォン・ルーとオルタリアと出会うと、ふたりにも同じようにした。


「ゲオル、これでよかったのでしょうか」


「……アイツを殺せなかったことか?」


「いえ、なんだかうまく丸め込まれたようで。シェイムは本当に裁かれると思いますか?」


「さぁね。これ以上は踏み込むのはやめだ。もしまた連中が暴れるのなら、俺ひとりで奴らを潰してやる。なぁ黒服さんよ?」


「……ドクター・ゾエビオスは、約束を守ります。シェイムにはしかるべき裁きが下されるでしょう」


「裁きとはどんな?」


「表に属するアナタ方に教える義務はありませんので……ただ、少なくとも……普通に裁判を受けたほうがよかったと思える罰をうけるでしょう」


「そうですか」


 ティアリカは黒服の返答に短く答える。

 事件は終わったが、傷が多く残る結果だった。

 街の人々は、とんでもないトラウマを植え付けられただろう。


 その元凶であるシェイムの動機が『スポーツ』だ。

 被害者のことを思うといたたまれない。


 ティアリカは胸が潰れそうになりながらも、それでも喜ばしいことを思い浮かべる。

 4人とも生きて帰ったこと、そして、マヤの想い人であるローランを無事保護できたこと。


 ゲオルもまた彼女の思いを感じ取り、いつものようにニヒルに笑った────。




「……さて、シェイム君。このときこの瞬間を以て君を解雇、および永久追放処分とする。この国はもちろん、あらゆる国の町村の出入りも禁止だ」


「ぐ、そんなの、許されるわけが……ない。そ、そうだ。これは秘書が勝手にやったことだ! 僕は儲かるって聞いてなにも知らずにやったんだ! 僕も被害者なんだ! そうと決まれば秘書をクビにする。そして新しい秘書を雇おう! 今回のことを教訓に再発防止につとめる。二度とアナタに逆らったりしない。これでいいだろう!?」


 しかし、ゾエビオスは無視を決め込み、


「大丈夫、君の事業のことなら安心してくれ。これを見てくれればわかるかもしれない」


 地べたに這いつくばるシェイムの姿をせせら笑いながら、ゾエビオスは空間から分厚いファイルを取り出した。


「────『売国者たちのリスト』だ。君が今まで関わってきた顧客名簿と言ってもいいかな? これを見れば、どの国の誰が、なにを欲しがっているかわかる。同時に、売国者とそうでない者たちをひと目で見分けられる優れもののデータだ。今後はワタシのやり方で健全な取引をさせてもらうことにするよ」


「ま、待ってくれ……! それは! それは……っ!」


「さて、お別れだ。行き場所は着いてからのお楽しみ」


「う、うわぁあああああ!!」


 空間に丸いゲートが開き、その中へ弾丸1発のみ入れた拳銃と一緒に蹴り飛ばされるシェイム。

 ついた場所はなにもない荒野。着地の段階でまた膝を打って激痛が走った。


「うう、なんてことだ……こんなところで、僕は死ぬのか? 僕が? スーパーアスリートである僕がこんな無様に、誰もいないところでッ」


 シェイムの全身を駆け巡ったのは『恐怖』だ。

 皮肉にも、彼は初めてひとりで、人間らしい感情を持ったと言える。


 罰を受けてようやく、彼は人間になれたのだ。 

 星々は綺麗だが、星座だの方角だのという知識を持っていなかったので、自身の生存にはなんの役にも立たない。


「う、わ、ひっ! だ、誰か……誰もいないのかーーー!!」


 木霊する悲鳴にシェイムは発狂した。

 膝の痛みと、さっきの衝撃のせいで激痛がやまない。


 太陽が昇るまでになんとかしなければ、干上がるか出血多量で死ぬか。

 水も食料もない絶望に、シェイムは決断をした。


「なんだよぉ……なんで僕がこんな目に!」


 恐怖で震える手で、こめかみに銃口を当てた。

 涙で潤んで景色が歪み、なんなら粗相までしてしまう。


「クソ、クソ……僕は」


 ────パァン!


 銃声が夜闇に響くも、それに大した威力はなかった。

 

「そ、そんな! 嘘だ。空砲!? 嘘だろ!? 死なせてくれよなんでだよ!! うわぁあああ!! うわぁああああああああ!!」


 何度も何度も引き金を引いた。

 そのたびに虚しく撃鉄はおろされ、シリンダーはクルクル回る。 


 やがて夜の魔物たちが寄ってきて……、


「ま、待ってくれ。おい、待ってくれよ。僕、ケガしてるんだ。見てくれよ可哀想だろ? そんな僕なんか食べても美味しくないよ。頼む。僕を助けてくれ。僕たちは分かり合える。僕たちはお互いに友達同士になれるんだ。いや、すでに友達さっ! 一緒に人間のいるところまで行こう! だから……オイやめろ! 来るなバケモノーーーーー!! うわぁぁああああああああああああああ!!」


 牙と爪で肉を引きちぎられ、肋骨や背骨は思い切り開くように砕かれる。

 内臓は弾け、血は魔物たちの糧となり、かつて大勢の人々を糧にしてきた男は、誰に知られるでもなく、魔物たちの養分となった。




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