影のフィクサー
シェイムとティアリカの熾烈な戦いが始まった。
シェイムの銃捌きや構えは無茶苦茶で、そこらのチンピラと変わらない。
魔術を行使するティアリカが終始優勢、なのだが、
「プォォォオオオオオオオ! プォォォオオオオオオオオオオオオ!!」
(やっぱり、変なところで運がいい……障害物に当たったり、逃げたり隠れたりのタイミングが良すぎる)
「やはり僕の人生はスポーツだ!! こんなエキサイティングな経験ができるだなんて……スーパーアスリートならではの運命だね! あは!!」
「人生はスポーツではありません。そして生きることも、アナタの考えるスポーツじゃないッ!!」
「うぉっと今のは危なかった!! やっぱり二挺拳銃って無茶だったかなあ。全然当たんないやアハハハ」
「アナタはスポーツだのスリルだので、こんなにも他人の人生を滅茶苦茶にして!!」
「アハハハお怒りだね~。でも、しょうがないじゃないか。ビジネスを通して僕わかっちゃったんだもん! 僕は色んな街を見てきた。色んな街を売りさばいた。その中でも、このヘヴンズ・ドアは最高なんだ。……僕のビジネスは大抵、街に新しい支配者たちを入れるものばかりだった。肥えた土地、栄えた街は高く売れる。なんでかわかるかい? そこに至るまでのノウハウが詰め込まれているからだよ」
「買う側からすれば、1から築き上げるより効率的であると?」
「その通り! 中でも人気なのが食べ物、医療、そしてセックス。そう! セックスだよ! 治安がいい場所にはそういう対象がたくさんいる。治安を良くしていくのにコスト割くの結構面倒くさいらしいよ。治安を1から良くするより、最初から治安いいほうが運営しやすいんだってさ。先人たちが積み上げてきたものを、良い値段で買って、支配して、またさらに大儲け。それが僕の顧客たちだ。もっとも、僕からしたらちょっとつまらない連中だけどね」
相手が女性ということもあって、シェイムは下品な話を聞かせることに興奮を覚えていた。
回る。回る。舌が回る。子供が聞いて聞いてとせがむように。
(あぁ、この人は……本当の意味で空っぽなんだ。失うものもなければ、守りたいと思うものもない。思い入れだとか、なにかを大事にするっていう感覚がわからないから……他人のものを壊しても、なにも感じない。おそらく彼は未だに、幸と不幸の区別がついていない。自他の境界があまりにも曖昧で、自分のやりたいことは他人も受け入れると信じ切っているから……)
ティアリカははしゃぎながらまだしゃべるシェイムを、心から憐れんだ。
誰ひとりとして止められず、権力を持ったせいで多くの人が苦しんでいる。
そして今、武力でしか止められないということも。
「しゃべりっぱなしですが……もしかして、増援を待つための時間稼ぎとか?」
「ありゃ、バレた?」
「残念ですが、増援になりそうな敵には少し眠っていただきました。アナタを助けようなんて人、誰もいませんよ」
「本当に!? すごいや!! ここまでピンチだったことなんてないよ! くうううう!! やっぱりライバルは手強いほうが楽しいね!」
「アナタにも、ここで眠っていただきます」
「はは、それでどうするのさ? 軍に引き渡す? 裁判にかける? 無駄無駄。僕はそんなものじゃ裁けないし、僕を裁ける人間は、いない!! ハッハー!!」
────ズドン!!
突然の銃声。
しかもシェイムの左の銃に当たって弾いた。
うずくまるシェイム、右手の銃は弾切れ。
ティアリカが振り向くと、そこには怒りの顔で銃を向けるマヤの姿があった。
「こンの……クソ野郎!!」
「マヤさん、アナタ……!」
「オルタリアって人と途中まで来たけど、また敵に囲まれてね。先に行ってって……」
「あ、ははは……いいねえ、マヤ、君もこの競技のアスリートってわけだ」
「ふざけんな!! 自分勝手に街を滅茶苦茶にして!! ローランを……私の大事な人を!!」
震える手で銃を握りしめて、ゆっくり近づく。
「ま、待ってくれマヤ! 話を聞いてくれ!」
「!?」
「ここで僕を殺すのは簡単だ。そこにいるレディに完全に劣勢に立たされているしね。もう弾だってない。完全な無防備さ。でも、話は聞いてほしい」
「黙れ! お前みたいな悪魔の言葉なんて!」
「────ローランは生きてる!」
「……え?」
「彼は生かすようにキャロライナには言ったんだ。どういう扱いかは把握してないが、君を釣るために使えないかなって、あと研究も手伝ってくれたら嬉しいなってことで生かしたんだよ。そこで注目してほしい。君はきっと彼と一緒に帰るだろう。でも、その前に僕を殺すのかい? 僕を殺した手で、人を殺した手で彼と手を繋げる? 無理だよね。だって、君は優しい子だから」
「こ、この……ッ」
「手が震えている……。そうだろうとも。怖いだろう? なら、してはならない。君は僕のことをとんでもない悪党と思っているが、それは思い違いだ。俗に言う、殺す値打ちもない人間なんだ僕は。そんな人間を殺してどうする? 胸がスカッとなるかい? 最初はそうだろうけど、いずれ思い悩むことになるだろう。────人を殺したって言う、血塗られた運命にね。まさしく人生の汚点だ。けして消えない感覚としてのしかかる」
「ぁ、う……」
「マヤさん、ダメ。口車に乗ってはいけません。銃は構えたまま……始末は私がやります!」
「ほうら見ろ。僕はここで終わりみたいだ。でもね、君が人殺しになるのは止められる。信じて。右手の銃は弾切れだ。ホラ、捨てるよ」
そう言ってティアリカのほうへ投げ捨てた瞬間、マヤの視線がその銃に向いたのをシェイムは認識する。
ティアリカは動いたが突然落ちてきたシャンデリアに行く手を阻まれて出遅れた。
その隙にシェイムは左の袖口から小型の銃を取り出して向けた。
「人殺しにはならない。死んでもらうだけだ。嘘は言ってない!」
「ひっ!」
「忘れてないかい? これはスポーツだ!! ライバルを前に油断なんてアスリートらしからぬ失態だね!! ────僕の勝ちだ!! プォォォオオオオオオオオオオオオ!!」
奇声を発したと同時に、銃声が響き渡った。
ティアリカは目を見開き、その状況に固まった。
「教えてくれ。不意打ちっていくら得点貰えるんだ?」
「ゲオル!」
「う、ぐ……まさか、もうたどり着いた、のか!」
「安心しろマヤ。撃たれてねえよお前。撃ってもねえ。……てか、すごくないか? あのちっこい銃当てるとか俺マジで天才だな」
「ゲオル、来るのが遅いです!」
「悪い悪い。……さて、コイツがシェイムか。ふ~ん、俺ほどじゃあないが、ハンサムじゃねえの」
「あ、アハハハ、やぁ、君こそハンサムだよ」
「ありがとよ。だがもうスポーツは終わりだ」
茫然とするマヤを支えるように寄り添うティアリカは、これから起こることを見せないよう彼女の前へ出る。
ゲオルの目に迷いはなかった。殺す前の御託はいらない。
この場でシェイムは死に、事態は終息に向かう。
そのときだった。
「ちょっと待ってはくれないかな?」
ドアの向こうから別の人物がやってくる。
「あぁ、待ってくれ。別にその男をかばうわけじゃない。ただ、今回のことで君たちに詫びを入れてくてね」
数人の黒服を引き連れた全身漆黒鎧の大男。
ゲオルも見上げるほどに大きな存在感と威圧感に、誰もが肌をひりつかせる。
「失礼。まずはご挨拶を。ワタシはゾエビオス。ドクター・ゾエビオス。君たちの認識でいう……この街の真の支配者だ」