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Rage of Heaven

 ゲオルたちが忍び込む5時間前。

 ミスラはカーテンを締め切った部屋で、"ある物"をじっと眺めていた。


 上に歯向かい、そして権限を失ってなお、彼女の瞳から闘志は消えない。

 ゲオルという頼もしい男に、勇気づけられたからだ。

 

 だがそれ以上に、重要そうな物が届いたのだ。


「これは、あのならず者たちの目撃情報。それも場所や時間帯、ことこまかに……これってもしかして記録? でも、誰から?」


 差出人は不明。だが、包みの上等さから相応の立場の人間であることは確か。

 早速、書いてある場所に行ってみると……、


「あれ? アナタたち」


「え? ミスラさん!」


「ミスラ!」


「ミスラさん!」


 同じように謹慎や解雇などの処分をくらった同僚や後輩たち。

 彼らもまた、同じように差出人不明の小包や書類をもらったとのことで、その場所に調査しに来ていた。


「アナタたちも……」


「そうだ。これは、奴らの巣を炙り出すための手がかりだよきっと」


「俺も結構な数もらったぜ」


「私たち、この街を守りたくて!」


「この文字、見たことある。俺が贔屓にしてるカフェの旦那の字だ。こっちは花屋の嬢ちゃん」


「僕は直接探偵とか調査会社の人たちに頼んだからね。でも、街の人たちの情報でだいぶ補完されてきたよ」


「ミスラ。街を守りたいってのは、俺たちだけじゃない。役職失っても、できることはある。そのために、皆力を貸してくれてる!」


「あぁ、しょげてる場合じゃないぜ!」


「全部終わったら、また上にかけあってみましょ」


「それか再就職だな」


 皆が笑う。


「ほんっと、バカな連中」


「お利口さんのままじゃ、悪党どもに勝てない」


「ミスラも一緒にやってくれるでしょ?」


「まだまだ俺たちには味方がいる。東のほうで俺たちみたいに情報を受け取った奴も集まってんだ」


「ええ、……皆、行くわよ!!」


 集まり、また集まり、個々人が持つバラバラの情報は見事に収束していった。

 集合知がより結束力を固め、解析速度を加速させる。


 年齢、性別、階級問わず、シェイムに恨みを持つこの街の誰も彼もが、彼らに託した。

 まだ諦めていない彼らの存在を信じ、未来を託した。

 そして、膨大な情報の整理と長い計算の結果、ついに導き出す。


「ここよ。ここにアジトがある! 入り口は地図で言うとこのへんとこのへん。おそらく複数あるんだわ。準備ができ次第、全員突入よ!」


 


 時間は戻り、ウォン・ルーは崖にへばりつきながら移動したり、排気口の中を匍匐前進したりとハードな潜入をしていた。


「よっと……ふぅ、オルタリアの姐さん、大丈夫かな。しかし、ここぁどこだ? 今何階だ? ったくわからねえ」


 カツン。


(やっべ、見つかったかと思った。……こっちの部屋からだな。うっ、なんだこの臭い……)


 嫌な予感がよぎった。

 同時に怒りにも似た感情も湧き、それを押し殺すように口をつむぎながら半開きの大きなドアを開けた。

 内部を見て、絶句のあまり息が詰まりそうになった。


 ────女たちだった。


 乱暴され、身も心もボロボロになった若い女たちが半裸の状態で押し込めらていた。

 見たくなかった、想像もしたくなかった地獄が広がっていた。

 すすり泣く声、怯える声、「ごめんなさい」と何度も謝る少女の姿も。


「貴様ここでなにをしている?」


「おい、誰だコイツ? どこのチームだ?」


「もしかしたら向こう側のエリア同様、侵入者かもしれん」


「捕えるぞ」


 ウォン・ルーがうしろを振り向くと衛兵たちがいた。

 冷たい視線で、なおかつ無機質な表情でウォン・ルーににじり寄ってくる。


「貴様を逮捕する。そこを動くな侵入者め」


 直後、ウォン・ルーが怒りを押し殺すように呟いた。


「お前ら……ここにいる女たちはなんだ?」


「……」


「なんでこんなところに閉じ込めてる? なぜ、乱暴されてる? なぜ保護してやらない? なぜ家族の元に返してやらないんだ?」


 裏切りの衛兵たちは、だんまり。

 

「へっ、オレを逮捕するって言ったな? なんの罪でオレを捕えようか知らねえが、だったらもうひとつ! ……罪を付け加えておけ!」


「なに?」


「────お前らクズ野郎から大事な街を、守ろうとした罪だッ!! ィヤアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!」

 

 飛びかかるウォン・ルー。

 荒ぶる虎のように唸る拳法。

 圧倒的不利にもかかわらず、ウォン・ルーは怒りのままに攻め続けた。


「ダリャリャリャリャリャリャリャリャリャッ!! ッダァァァーーーー!!」


 慌てて反撃する衛兵を拳で滅多打ち。

 肘と膝で相手のあばら骨や頭蓋骨を叩き割り、杯を持つような形の指で相手の喉を潰す。


 ときに飛び上がり、ときには地面を転がるようにして自在変則の動きと技に衛兵たちはバタバタと倒れていった。

 増援が来れば来るほどに、ウォン・ルーの技のキレが鋭くなる。


「ダァァァーーーー!! わあああぁぁぁッ!! わぁぁぁあああああッ!!」


 慟哭にも似た怒号とともに、回転するような連続高速蹴りで衛兵を吹っ飛ばす。

 続いて虎の爪に見立てた手の型で、向かってくる連中を引っ搔き、切り裂き、引っかけて投げる。

 鍛え上げた強靭な肉体と練功による気の巡りが、彼を鬼神に変えた。


 長い鉄パイプや角材を拾えば、嵐を征く龍のように舞い、イスを持てば巧みに足や腕、首を絡めとるようにして衛兵を地面に叩きつける。


「くそう、キリがねえ!」


 戦えど戦えど、数は増えるばかり。

 しかし、すぐに転機は訪れた。


「おい、アイツってウォン・ルーじゃないか?」


「ってことは……ッ!」


「あぁ、この近くに囚われた人たちがいる」


「おい、あれウチの衛兵じゃないか?」


「マジだ。あんの野郎ども!!」


「裏切り者がーーーーー!!」


「な、なんだなんだ!?」


 突然現れた大勢のそれにウォン・ルーが目を丸くする。

 役職を外されても、街を守ると決め立ち上がった魔導衛士たち。


 軍服をまとわずとも志は変わらず、心をひとつに裏切り者たちへと攻めかかる。


「う、うわあああ! な、なんでコイツらが!」


「まさか、バレたのか?」


「おい、こんなの聞いてねえぞ!」


「うるせえこのクソボケどもがあああぁぁぁ!!」


 どこからともなく入ってきた元同僚たちによって、敵は完全な劣勢に陥った。 

 さらに勢いを増したウォン・ルーは、意気揚々とまた戦う。


 周囲は戦場と化し、喧騒、男たちの怒号が響いた。

 ドアの内部では、その男たちの声に女たちが震えがっていた。

 

 あの叫びが怖い。

 拳の音が怖い。

 壁や床、物品に人が乱暴に叩きつけられるあの音が怖い。


 誰ひとりとして動けなかった。

 しかし、ドアが開いてしまったことで恐怖が増した。


「ひぃッ! ……ぁ」


 女たちが見る。

 入ってきたのは女性の魔導衛士たち。

 ミスラを先頭に彼女らの救助に務める。


「皆! 計画通りに動いて! 脱出経路間違えないでね!」


「はい!」


「了解!」


「おい! ご婦人方が逃げる! 陣形を組め! ご婦人方を守るんだッ!!」


「おう!!」


 囚われた女性たちの救助は、思わぬ援軍の到来によってクリアしようとしている。

 敵は統制がとれておらず、勢いに飲まれててんやわんや。


 命令系統が完全に混乱していた。

 中には恐怖で逃げだす者もいるほどに。


 ゲオルもウォン・ルーも成果を上げていたころ、オルタリアもまた潜入に成功したところだ。



「さて、私もいっちょやりますか」


 彼女に釣られた男たちは、全員身体に一切触れさせることなく殺した。

 しばらく歩き、このエリアの責任者のところまでたどり着くも……


「来やがったな。侵入者め」


「あら、私が侵入者に見えるの? せっかく来てあげたのに」


「ククク、本当に残念だよ。アンタみたいな美人を抱けないなんで。でもな、俺たちはそのへんのならず者や貧乏衛兵とは違うんだ」


「……確かにそうね」


 全員がオルタリアに銃を向けている。

 半分ほど別行動で外しているらしいが、それでもこの数は異様だった。

 おそらくは組織だった者たち。今はシェイムの奴隷だ。


「……撃つなら撃てば?」


「強がるなよ」


「いいわよ? それともこの距離じゃ当たらない? もっと近くに寄ってあげましょうか?」


「このアマッ!」


 オルタリアが小馬鹿にしながら歩いてきた直後に、複数の銃声が響く。

 ────数秒後、鋏が動く音と同時に彼らの断末魔が響いた。

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