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攻め入り時

 館を出たあと、ゲオルは速足で店のほうへと向かっていた。


「ゲオル、どうしたのです!」


「店だよ。わかるだろ」


「マヤですか? 彼女だったら」


「連中の手際が、日に日に良くなっている。ちょいと温くやり過ぎたかな」


「まさか」


「急ぐぞ。杞憂ならそれでいいんだ」


 キャバレー・ミランダが見えてきたときだった。

 オルタリアとウォン・ルーがすぐ近くでゲオルたちを待っていた。


 瞳を閉じてため息をひとつ。

 歩幅を緩め、右肩を回すようにしながらふたりに歩み寄った。


「……聞きたくないけど、聞くよ」


 マヤは店に来ていない。

 情報をたどると、幾人かがマヤらしき少女を連れ去るのを見たという。


「悪いゲオル。ちょいと来るのが遅かったぜ」


「いや、俺も生温いことやってたからな。……さて、どうするかね。まだ潜入まで時間がありやがる……」


 今できることは街の防衛だ。

 あの老執事が言っていた日まで、シェイムの魔の手を少しでも食い止める。


 ウォン・ルーもオルタリアもこの案に賛成してくれた。

 もう幾人かに声をかけ、一般市民にも不要の外出は避けるように伝える。

 衛兵ヤードが信用できない以上、戦える人間が必要だ。


 

 ────そう、この2日間は熾烈を極めた。




「うわーん、おかあさーん! おかーさぁぁああん!!」


「おい、怪我人の手当てを急げ!」


「ひどい……ひどすぎる」


 潜入当日。

 この間は地獄だった。

 悪党たちが道行く人や家を襲い金品を奪ったり、年若い女を襲ったり、もう歯止めが効かない。


 治安の悪さがゲオルが来る前よりも格段に上がる

 ゲオルたちも対応していたが数が多い。特に業を煮やしていたのがウォン・ルーだった。


「くそう!!」


 ウォン・ルーは怒り任せに壁を殴る。

 その傍でゲオルは苛立ちながらタバコをふかそうとするが、空なのを忘れていてぐしゃりとケースを握りつぶした。


「……なんて、ことを」


 ティアリカは路地裏にかたまるように集められていた女性たちを見る。

 シェイムが連れ込んだ悪党たちによって、純潔を奪われ、今にも死にそうな目をしている女性たちが半裸で地面に倒れ、壁に寄りかかるように静かにしていた。


 悪党たちはすでにおらず、もしくは衛兵に捕まったが、きっとすぐに釈放されるだろう。


「おいゲオル。いつだ。いつになったらその場所に案内してもらえるんだ!」


「夜中だ。落ち着け」


「落ち着いていられるか!! この2日間で何人死んだ! 何人犯された! その中には、俺の兄弟分の恋人や家族もいたんだ! ……許せねえ」


 ゲオルは現場を見渡す。


「うわあああああ、私たちの家が~~……ッ!」


「お父さん! しっかりして! 死なないで!」


「こ、これが、俺の子供なのか……? 原形も残ってないじゃあないか……嘘だ。これは、夢だ……」


「なんでだ……我々がいったい、なにをしたんだ……ッ!」


 老若男女問わず、皆泣いている。

 苦しみあえぐその声を拾う神はいない。


 この惨状の中で、シェイムという男が笑っていると思うと、ゲオルも自然に殺気立ってくる。

 自身も褒められた身分ではないが、一般市民(カタギ)を巻き込んでヘラヘラ笑っていられるほど堕ちてはいない。


「これはもう、マヤやユリアスたちだけの依頼じゃねえ。シェイムがどんな奴だろうと、止める気がねえんなら殺すしかない!!」


 ────そして時は過ぎ、約束の時間となった。

 4人が侵入を試みているのと同時刻、シェイムはマヤと出会っていた。


「ちょっと放してよぉ! アンタら衛兵のくせにこんなことして!」


「お、やっと来たんだねマヤ。さぁさぁこっちへ!」


 アジトの高層ビル。

 その地下に設けられた巨大研究所。

 そこの豪華絢爛な執務室で、シェイムはフレンドリーに、


「すまないね。ちょっと強引だったかな。まぁいい。座りたまえ」


「これ外しなさいよ!」


「ん? 手錠? あぁ、アクセサリーと思えばなんともないでしょ。似合ってるよ」


「こ、このッ!」


「まぁまぁ、座りなよ」


 明るく気さくでとても悪人には見えない。

 でも、どこか嚙み合わなさがある。


 異様だった。

 どこにでもいる商人然として青年なのに、怖気が走って今にも吐きそうになってしまう。


「いやぁ本当によく来てくれたね」


「先輩を……」


「んん?」


「先輩を返して! ローランって研究者いるんでしょ!」


「ん~どーでもいいなぁ」


 即答。

 本当に興味がなさそうだった。


「ねえ~、シェイム~」


「なんだいキャロライナ」


「いつまでアタシにこんな仕事させんの~。専門外~」


「アハハ、オーケーオーケーごめんごめん!」


「な、な、なに? なにをやってるの?」


「ん? なにってこのヘヴンズ・ドアをもっと良くするための仕事だよ」


「は、はあ!? アンタらならず者でしょ!? なにがもっと良くするためよ!」


 マヤは怒鳴るが、まるで聞こえてすらないような素振りで話を続ける。


「街の区画ごとの情報の開示、いや、共有とでも言うべきかな。どの区画にどういう人間がいるのか、どういう商売が栄えているのか、どこに空きがあってどこが赤字でどこが儲かっているのか。そういうのを他国の人間が好きに閲覧オッケーにできるってルールを敷こうと思ってね! 情報にランクをつけて、そのぶん値段も張ればこっちも儲かる。エヘ! お互いウィンウィンってことになるね!」


「……────は?」


「すべての取引や人の行き来がより効率的になる。きっと面白くなるよぉ! アハハハ!」


 屈託なく笑うシェイム。


「アンタ、本気で言ってんの?」


「本気も本気! 大本気さ!」


「ふざけないで! 一体どれだけの人が被害にあってると思ってんの!? なんの目的でこんなバカなことしてんのよ!」

 

 マヤの感情が爆発し、今にも泣きそうになっている。

 だが彼は逆に、瞳に美しい輝きを見せながら微笑んだ。


「いいかいマヤ。これはね。スポーツだ」


「は?」


「ヘヴンズ・ドアという、スポーツなんだ。僕はスーパーアスリート。結果を出すには、全力を尽くさなきゃいけないんだよ。たとえ相手が女子供でも、皆ライバルさ」


 言葉が出ない。いや、消え失せた。


「それにさ。被害って言うけど、それは甘えだと思うんだよね。うん、皆思考に柔軟さがないよ。心に余裕がないって言うのかな? それを他人のせいにするのは人生損してると思うんだ。それに僕が呼んだ友達はさ、ちょっと不器用なだけで根はいい奴ばかりなんだ。本当だよ?」


「アンタなに言ってんの? は? 意味わかんない」


 シェイムは現実とは乖離した、自分の世界を語っている。

 しかもそれを真剣に、なおかつ遊び心満載で。


「……先輩だけじゃない。色んな人がさらわれたり、襲われたりしてる。何人も死んでるんだよ? 女の人だって何人も襲われて……お腹に、ああ、アンタ……ッ!」


「だぁかぁらぁ。殺されないように仲良くすればいいじゃないか。頭悪いなぁ。頭悪いのは良くないよ? 人生損しちゃうからしっかり勉強したほうがいい。……それにさ、女の人が襲われることも悲劇っぽく言ってるけど、それなにか問題ある?」


「────」


()()()()()()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? そりゃあ襲われてビックリはするかもだけど、新たな命だよ? 祝福すべきじゃあないか。当たり前のことだ。その子供が不幸の証だなんてそれこそ悲しい考え方だよ。それにさ、その子供は未来を担うス―パスターに成長するかもしれないよ? 僕だったら、そう考えただけでもワクワクしちゃうね!」


 人の姿をしたなにかが、人の言語でなにかを話している。

 人間のポジティブな部分を使って、邪悪を一身に表現している。


「彼らはね、僕らみたいに生まれはよくない。ずっと奪い合いの中で生きてきたんだ。そりゃ追い剝ぎのひとつやふたつ、レイプの1回や2回はするさ。でもね、それだけで彼らの価値を決めちゃいけないと思うんだよね。大丈夫、わかりあえるって! 慣れる慣れる! もしも襲われちゃったりしたら、それは運が悪かったって笑えばいいさ。こういう風にね。ハーッハッハッハッハッハッ!! ほら、君も笑ってみ?」


 初めて魔物を見た以上の衝撃だった。

 あのときの怖さとは比較にならないほどの、吐き気とめまいがした。


「僕はね、この街をもっと素敵にカスタマイズしたいんだ。今のヘヴンズ・ドアは窮屈だ。もっと自由であるべきだよ」


「お、おええええ!! おええええええええええええ!!」


「シェイム~、その娘吐いちゃったよぉ~」


「あらら、まぁいいや」


「まぁいいやじゃないよ。アタシは部屋に戻るから自分でやってねー」


「誰か、オイ誰かいないかい? この娘を牢屋に入れておくんだ。あと、ここを綺麗に片づけてくれ。ハハハハハ!」


 シェイムもキャロライナも、各々執務室から離れる。

 そしてふたりはこの瞬間から感じ取っていた。


 なにかとんでもなくスリリングなことが起きそうだと────。





「うし、行くか」


「えぇ」

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