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神を創りたい

「なんでオレを追いかけるんだよぉぉぉおおお!!」


 死者たちの大半はウォン・ルーを追いかけまわす。

 それを自慢の拳法で蹴散らしては逃げ回っていた。


「彼、ほっといていいの?」


「いいんだよ」


「あ、でも家の中に……」


「い、今はほっとけ!」


 まずはこの人造ニグレドと、残りの動く死者の討伐。

 戦力としては申し分なく、優勢になるのにそう時間はかからなかった。

 

 なぜ、ニグレドが人間の手によって操れるまでに至ってしまったのか。

 そこに秘める、それまでの欲望の深さまでは計り知れなかった。


 ────……グォォォォォオオオオ。


 3人の英傑に挑むには、色々と不完全すぎたゆえなのか。

 大楯を天に掲げるようにして、物寂しそうな咆哮ののち消えていった。


「お見事。いや~お見事だね」


「お前……」


 ゲオルから見て2時の方向にある教会の屋根の上。

 キャロライナがほくそ笑みながら手を叩いていた。


「なにがお見事ですか!」


「怒んないでよ~。別にさ。アタシがどーのこーのしなくたって街なんてしょっちゅう危ないじゃん」


「まぁそれはそうね」


「アナタは黙っててください! ……一体こんなことをしてなんになるというのです? アナタたちの目的は街の支配のはずでしょう。これでは……」


「あーあー、ひとつ言っておくよ。アタシの科学はあくまで『個人規模』。アタシ自身のため。シェイムもそれでいいって」


「意外に放任主義か。いや、享楽主義ってやつか」


 データが取れて上機嫌なキャロライナは、つらつらとしゃべり続ける。

 ティアリカに咎められようと、ゲオルに睨まれたままだろうとおかまいなしだ。 


「科学は皆のためって? 悪いけど、アタシからすればそっちのほうがイカれてるよ。そんな科学は結局、しがらみで雁字搦(がんじがら)めになって、自由な発想ができなくなる。おまけに派閥に利権に……。アタシのほうが頭悪くなりそうでたまんないよ」


「アナーキーな女は嫌いじゃない。だがつく側を間違えたな」


「必要なことだよ。よりよい結果を得るためには、環境のグレードアップがいる。今までのアタシじゃたどり着けない領域に行くにゃ、やっぱああいう人に取り入らないね」


 あまりにも愉快そうだった。

 自分にとって必要か必要でないかというシンプルな基準。

 だがそれは平気に犠牲を要求する厄介極まりない思想の表れでもあった。


「……腑に落ちねえな。なんでニグレドに執着してる? 魔物研究がしたいんなら自分でもできるだろうがよ。そこまで金がいるもんかね?」


「この街をアタシだけの実験場にしてくれるって約束してくれたんだよ。それに、ニグレドをただの魔物と思ってもらっちゃ困る」


「なに?」


「くふふふ、やっぱ知らないんだ! じゃあ教えてあげる。ニグレドってのはね、────……元々は『神』だったんだ。なれの果てって言えばわかりやすい?」


 衝撃の事実に一同が固まる。

 嘘を言っているようには思えない。

 残虐な女ではあるが、自身のテーマに関しては真摯(しんし)であるというのは見て取れる。


「ニグレドは伝承とか不死に引き寄せられるらしいけど、詳しいことはまだわかってない。過去の栄光にすがりたいのか、それとも自分たちをないがしろにした人間への復讐心なのか。まぁ、生命維持ってのか一番の説かな」


「そりゃあ、驚愕の事実だな。……で? 悪党に加担してニグレド博士になった気分はどうだよオイ。お陰で街がピリピリして掃除が追っつかねえんだ」


「……ニグレドを知るということは、神を知るということ。ニグレドを作れるってことはね、────神を"創れる"ってことなんだ」


 この一瞬だけ、彼女の表情が真剣かつ深刻な面持ちになった。


「神を!? なんと罰当たりな! そんなことをしてなにを」


「べっつに~。ただ創りたいから創るんだよ。アタシはずっとそういうスタンスで生きてきた」


 ティアリカの眼光を物ともせず、再びにこやかな顔になり、


「……さて、説明はここまで。あそこのお兄さんも死者たちを片づけたみたいだね。3軒くらい家がベコベコになってるけど、まあ大丈夫でしょ。これから先、街はもっと賑やかになるよ。嫌気がさしたなら、ヘヴンズ・ドアから出ることだね。────でも」


 キャロライナの目がゲオルに向けられる。


「アタシやシェイムを止めるためなら、なんだってするだろうね」


「買いかぶり過ぎだ。いくら俺でも葬式までは面倒見てやれねえよ」


「クス……」


 新しいおもちゃを見つけたと、妖艶な笑みをたたえてキャロライナは闇に包まれ消える。

 最後に「あれがゲオル・リヒターか」とつぶやきながら……。


「ゼェゼェ、おい、どうなった?」


 死体の肉片、泥や酒でベトベトになったウォン・ルーが戻ってきた。


「お疲れさん。偶然とはいえ、いい働きだったぜ。だが家さえ壊さなけりゃ完璧だった」


「バカいうな。偶然なもんかよ。って、オッホ!」


 オルタリアのエキゾチックな恰好に鼻の下を伸ばしかけたが、すぐさま咳払いして気を取り直す。

 ティアリカは呆れ、オルタリアは愉快そうに微笑んでいたが。


「……俺の弟分の中にはよ、妹とか恋人とか、そういう大切な人ってのがいる奴がいるんだ」


 「だが」と、彼は拳を握りしめる。

 それだけで状況を察せた。


 被害者たちのために立ち上がった。

 否、この男も立ち上がらざるを得ない状況になったというわけだ。


「おいゲオル! この街をこれ以上クソ野郎どもの好き勝手にするわけにはいかねえ!」


「じゃあ、手ぇ貸してくれ。色々ややこしくて人手不足なんだ」


「合点でい!!」


「面白そうじゃない。人造ニグレドってのがいまいちピンとこないけど……ようは悪い奴殺せばいいんでしょ?」


「おうよ。考える作業は俺たちでやる。お前らがいれば百人力だ」


「へへ……」


 ようやく認めてくれたかとウォン・ルーも密かに笑んだ。

 

「早速だがウォン・ルー、オルタリア、ふたりに頼みたい」


「なぁに?」


「この写真の……マヤってんだが、コイツは今キャバレー・グランドに向かってる」


「キャバレーに? おいおい、なんでだよ」


「バイトだ。ってそんなことはどうでもいい。コイツがちゃんとキャバレーについてるか見に行ってくれねえか? なんならそのまま監視してくれるとなお良い」


「ゲオル、一体どういうことです?」


「こればっかりは俺の勘だ。マヤに何事もなけりゃそれでいい」


「そ、そうか。うし、じゃあ行こうぜお姉さん! うへへ」


「はいはい。ジロジロ見過ぎてもいいけど、マヤって子見逃しちゃダメよ」


「あいよっ!」


「……大丈夫かな。心配になってきた。やっぱりアイツ帰らせて俺が行くか?」


「ゲオル、今は信じましょう。行くべきところがあるでしょう?」


「あぁ、行こう。衛兵ヤードが来る前に急ぐぞ!」


 向かうはマヤの家。

 そこにいる彼女の父親に、用がある────。


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