ミスラの苦悩と足がかり
ヘリアンテス区の外側すぐ、と言われても範囲は広い。
周囲に執事らしい男はいない。探すのはあとにしよう。
「お土産でも買っとくか?」
ミスラのところへ行く。
まだやっていたそのへんの店で菓子を買ってきた。
ミスラやコルトと知り合いとのことで幾人かの衛兵からは理解を得られたが、アポなしということで出会えるまで時間がかかった。
「入るぜ」
「……」
返事はないがドアノブを回して入ってきても特になにも言わない。
そればかりか机に突っ伏してかなりへこんでいる様が見れた。
「喜べ。菓子買ってきたぞ」
「……ありがと」
「元気ねえな。俺が来るのがそんなに嫌だったか?」
「違う。……もうアナタは知ってるでしょ? 私たちの捜査が打ち切られたこと」
「ほう、もう俺が動いてたのをつかんでたか。……へこんでたのは捜査打ち切りが原因か?」
「全部シェイムってやつの仕業よ」
ミスラの上層部への抗議。
そのことが横の繋がりを経てシェイムの耳に入る。
のらりくらりかわされたあと、厳重注意処分を言い渡されたのだとか。
だがそれでも強行して捜査をしようとした結果、命令無視で処分を下される。
明日から謹慎処分。
その後は左遷か、クビかを検討。
ここのところだけ異様なスピードだったという。
「……コルトはどうしてるんだ? このこと知ってんのか?」
「お爺様は別件。しかも極秘。……あの人だって常にこの街にいるわけじゃない。肩書知ってるでしょ?」
「その肩書の養女にここまでやるたぁ。シェイムってのは相当力持ってるみてえだな」
「噂じゃ街を乗っ取ろうとしてるみたいね。まるで時代の流れが奴に味方してるって感じよ」
「世知辛いねえ。……でだ。お前、どうして捜査を強行しようとしたんだ? お前だったらもっと冷静に立ち回れたろ」
「あはは、同僚にも言われたわよそれ。…………私の知り合いの女の子、シェイムの悪党どもに襲われたのよ」
「なに?」
「パン屋の娘だったわ。歳も同じくらい。────何人も何人も、よってたかって」
力強く握られ軋む拳と声調だけでどういう状況だったのかわかった。
だが、シェイムが裏で手を回したことにより、事件そのものがなかったことにされた。
女の子はずっと家にこもっているそうだ。
「悔しい……」
「だろうな」
「なによ、命令って。これからも街の人を見捨てろってどういう頭してんのよ」
「残念ながらそれがトップってやつだ」
「冷たい男。アンタが私の立場なら……あの娘の立場ならそういうこと言われてどういう気持ちになるかわかる!?」
「あいにく俺は想像力ってのが足りない男でね。人の気持ちに寄り添うってのが苦手なんだよ」
「アンタ……ッ!」
「そうすることで本当にお前の慰めになるんなら、いくらでも善人面してやるさ。だがそうじゃねえだろ。生意気高飛車クソヤードのお前がそんなもんで満足するか?」
ミスラが押し黙ってしまう。
八つ当たりとはわかっていたが感情が抑えきれなかった。
それをわかったうえで、ゲオルは告げる。
「お前が手に入れ損ねたもん、俺がとってきてやる」
「ゲオル……」
「俺は仕事を受けりゃ意地でも守り抜く。その先でどんなやつが待ち構えていようと、いつもどおりだ」
ぽろ、ぽろ……。
ミスラの瞳から涙があふれ出る。
女の子を守れなかったとき、捜査を打ち切られ悔しさで打ちひしがれていたときにも必死にこらえていたものが、彼の言葉で封印がとかれたように。
「……け、て」
「……」
「ゲオル……お願い……たすけて」
「…………」
「私のことはいい! これ以上あの娘みたいな人を生み出さないために……。これ以上街がめちゃくちゃにされないために」
涙をぬぐった瞬間、すでにゲオルの姿はなかった。
ドアだけが少し空いていて、机には彼が買ってきたお菓子が置いてあった。
「……おいしい」
妙にしょっぱくて、妙においしかった。
上位魔導衛士は謹慎処分前でもやることがある。
魔術的な内容の書類の決済を明日までに終わらせる。
ミスラはすすり泣きながらも、お菓子をつまみながら仕事を終わらせた。
まだこの時間帯ではヘヴンズ・ドアの熱気はやまない。
夜の深みとともに、賑やかさと華やかさが増してくる。
今歩いている場所はヘリアンテス区へ続く道で、店舗があるところとはまた離れていた。
遠くにわずかにキャバレー・ミランダが見えてこの依頼の最初をふと思い返す。
ただの人探しのはずが、ずいぶんと深みにはまってしまったものだ。
「さて、執事とやらを探すか……ん?」
急に人通りが少なくなった。
というよりもゲオル以外いない。
気づけば幾人かの人間がやってきて、彼を囲んでいる。
「団体さんのお見えか」
「テメェだな? ヘリアンテス区で大暴れしたクソ野郎は」
「となるとテメェらはクソ野郎『未満』どもの仲間か」
「へ、今さらビビっても遅いぜ」
「……別にお礼参りはいいんだ。お前らの流儀なんざそんなもんだろう。だが、ひとつだけわからねえ」
ニヒルな笑み、だがその眼光はさらに鋭くなる。
「なんでヤードが混じってんだ?」
悪党どもにまじり幾人かの衛兵たちがいた。
「ゲオル・リヒター。ヘリアンテス区で暴れたらしいな。貴様を逮捕する」
「周りにいる悪党どもが見えねえのか?」
衛兵はだんまり。
「目が悪ぃのか頭が悪ぃのかどっちかにしろ」
「貴様!」
「おおかた、シェイムに圧力かけられたって口だろう。……悪人にケツの穴をほじくられるのがそんなに気持ちいいか?」
ゲオルらしからぬ侮辱言葉だった。
これには幾人かの衛兵もにらみつける。
「あれ? 知らねぇか? 俺の住んでる地方じゃ悪人の味方するお役人さんをそう言うんだよ」
「貴様……黙らないと」
「ならず者のフィンガーテクはそんなにアンタらの尻穴に馴染んだのか? よかったな。こちとら街の平和守れだとか、知り合いの女の子みたいな被害防げだとか、想い人探せとか過去いち色々頼まれて忙しいってのによ。お前らの給料もよこせ」
鶏冠にきた衛兵たちと血に飢えた悪党どもがゲオルに襲い掛かった。
権力と暴力に囲まれた彼は、
「そうか、じゃあ」
容赦なく最初の悪党ふたりを拳一発で肉塊にして飛ばした。
それぞれの足が止まる。
さっきまで人間の形をしていた命が、顔をかすめるように後方へ飛んでいったことに全員の身体がいすくんだ。
「────…………ぇ」
ようやく衛兵のひとりがうしろを見る。
現実離れした光景に真っ先に戦意喪失した。
ゲオルのことを戦闘慣れした喧嘩師かなにかと思っていた。
そういう輩はヘヴンズ・ドアには何人もいる。
コルトと渡り合ったことは実際基地でも有名だが、集団相手ならと侮っていただけあってそのショックは大きい。
一瞬にしてゲオル・リヒターが人の手に負える存在ではないことを知った。
「おい、そこの」
「え、あ」
「シェイムに惚れてるっていう令嬢がさ、お前らに執事をよこしてるって聞いた。どこに行けばあえる?」
「へ、ヘリアンテス区の大門近くにある………廃ビルだ。ひとつしかないから、すぐにわかる、と思う」
「そっか、サンキュ。これ礼な」
すっかり怯えた子犬のように震える悪党の顎を裏拳で打ち気絶させた。
「ザコじゃ相手になんねえな」
そう言いかけたとき、
「まてぇい!!」
威勢のいい強敵が姿を現した。