外と内から
「まさか区長からも依頼されるとはな」
「依頼というよりも、命令でしたね」
「タダ働きはしねえさ。手間賃払わねえなら取り立ててやる」
エダークスはそれほどまでに焦っているということだ。
わざわざこちらに空き家を貸してまで協力するということは、それだけ切羽詰まっているのだろう。
今回の事件はそれだけ根が深いということだ。
これまでのように突発的だったり衝動的だったりではない。
もっと人間の欲深い部分が絡んでいる。
つまり、裏社会との絡みだ。
「ちょっと散歩してくる。お前は休んでな」
「とかいってパトロールするんでしょう?」
「夜風が俺を呼んでるのさ」
ゲオルはすたこらっさっさと家を出た。
ヘリアンテス区の夜は思った以上に穏やかだ。
半世紀ほど前に流行した有名な美術運動によって描かれた絵画のような。
……とてもではないが、脅かされているとは思えないほどに美しい景観だ。
だが、その思いはものの数分でうち崩される。
「ヒャッハー!」
「ヒュゥウウウーーーー!」
広場についたとき、下卑た奇声がゲオルから見て2時の方角から聞こえてきた。
広場にいた人々が悲鳴を上げる。ふたつの声調にゲオルが目を細める。
逃げ惑う人々の向こう側から、ならず者どもがやってきた。
血に飢え、暴力に酔った連中。空き家でティアリカに説明してもらったシェイムの手下だろう。
そのうちの大男がゲオルの前へ出てきた。
「おうなに見てやがんだコラァ!」
「ほぉ、最近の粗大ゴミは動きもすりゃしゃべりもするのか」
「なにぃ!?」
「散歩の邪魔だ。ゴミ捨て場に帰れよ」
無論挑発だ。
そして単純ながらすぐにのっかってきた。
「許せねぇ……ッ! この区画の連中はどうなってんだ、おお!? 俺らをゴミみてぇに扱いやがってよぉ!」
そうだそうだと周りのならず者たちも騒ぎ、近くにあった彫像やらベンチやらを衝動的に破壊した。
ゲオルはその惨状を目でおう。
「血も涙もねえよなぁここのクズどもはよぉ? ……俺の仲間が吊るされた。テメェらの仕業だろオイ! もういい! この街をメチャクチャにしてやれぇえ!!」
どうやらならず者たちが復讐しにやってきたようだ。
周囲の人間は怯えてもゲオルは一切変わらずそのままだった。
いつものニヒルな笑みを浮かべながら、ならず者たちを滑稽そうに見ていた。
ならず者たちは一気に周囲に襲い掛かろうとする。
だが、結局ゲオルによって瞬く間に制圧されたのは言うまでもない。
特筆すべきことがないくらい、迅速にだ。
被害は彫像ふたつとベンチがひとつのみ。
「……さてお前ら、いろいろ聞かせてもらおうか? いや……やっぱり」
拳で一発。
「グハッ!? ……え、え?」
「もう何発か殴ってからでいいよな?」
「え、なん……え?」
「いや?」
「い、いや……です」
「だったら答えろ。どっから入ってきた」
「う……」
「ここは夜でもかなり警備が厳重なはずだ。どうやって?」
「……ヤードの連中に圧力がかかってる。だからこっちにもある程度抜け道ができたんだ」
「ほーう」
「俺らをつきだすか? 無駄だぜ。ウチの大将が金を出してくれる。すぐに釈放だ! ひゃはは……残念だったな!」
「その大将ってのはシェイムってやつのことだな。どうすりゃ会える?」
「へ、教えるかよ! 口が裂けても言えるわけねぇ!」
「教える? 知らないの間違いじゃあねぇの? 俺がお前らのボスだったら自分の情報握らせるなんてヘマやらねぇ」
「なん────」
ならず者の眉間にひんやりとしたものがゴツンと。
銃口の感触が額から背筋にかけて、悪寒として駆け巡る。
「わりと冷たいだろ? アイスクリームみたいでよぉ」
「あ……あ……」
「おひとついかが?」
撃鉄を起こすと同時にならず者が粗相をしながらベラベラしゃべる
「シ、シェイムの大将には会えない! でも繋がりのある奴には出会えるんだッ! 本当だ信じてくれ!」
「……さっさとしゃべれ」
「彼の商売仲間の令嬢だ……。へへ、あのお嬢さん、シェイムの大将に惚の字らしくてよぉ。手伝いをよくやってるらしいぜ。執事が仲介として俺たちに会いに来る。本当だ」
「どこで会える?」
「ヘリアンテス区を出てすぐ近くさ」
「だからどこ────」
聞こうとしたとき、
「そこまでだ!」
「お前ら立て!」
衛兵たちがノコノコやってきて、ならず者たちをお縄にかけていく。
当然、尋問していた目の前のならず者も連れていかれた。
横から割ってはいられたことに少し腹が立った。
なにより、悪党に半ば屈した彼らへの不信感がつのっていく。
「おい、今俺がアイツとおしゃべりしてんだ。邪魔すんな」
「ここからは衛兵の仕事だ」
「なにが仕事だよ。圧力かけられてロクに動けねえくせによ」
「…………」
彼らは一切答えず、そしてゲオルから目を背けた。
そのうちひとりがゲオルをわずらわしく思い、連行しようと声をかけたのだが、
「お前も怪しいな。一緒に来てもら────あれ?」
振り向いたときにはもうゲオルは幻のように消えていた。
衛兵たちが混乱する様を背後に、ゲオルは苦々しく眉間にしわを寄せながら帰宅する。
戻るとティアリカがそっとドアを開けて出迎えてくれた。
「ゲオル?」
「いや、悪ぃ。片づけたよ。今衛兵が奴らを連行していってる」
「お入りになって。コーヒーを淹れましたから……ひどい顔」
「知らなかったっけ? 生まれつきだよ」
「違います。なにかあったんですね」
「まぁ、ちょっとな」
ティアリカに仔細を話す。
「だいぶ手が回っているようですね」
「少し悪いんだが、ふたてに分かれたいんだ」
「というと、ヘリアンテス区の内側と外側でということでしょうか?」
「ならず者の動きを追うのもあれだが、その令嬢とやらにも話を聞きたい。あとは……」
「ミスラさんですね」
「コルトもな。あの男が動かねえはずがないんだ」
「では私が内側から調査しましょう」
「気を付けろよ」
「大丈夫ですよ。あ、そうだ。この際だからアレも用意しましょう」
「アレ?」
「変装の衣装ですよ。この街に来るまで色々あったっていうことは知ってますよね」
「あー、なるほどね」
方針はまた固まった。
相手が権力・財力というパワーの持ち主である以上、異能相手よりもめんどくさい。
(さて、外へ出てからどうするかな。ならず者やミスラたちもそうだが、マヤのことも気になるな。アイツどうしてるだろう)
コーヒーを一服。
その後、二手にわかれて行動した。




