街の様子が
一旦ゲオルの事務所へ戻ろうと街中を歩いていたときだった。
何気なく周囲に目をやりながら歩いてみれば、いつもとは違う空気を感じ取れた。
ティアリカも感じており、お互い顔に出さず並んでゆっくり歩く。
その空気の正体は、ならず者たちだ。
イライラした彼らのせいで妙に街中がヒリついている。
バタバタとせわしなく西へ東へ、かと思えば誰彼かまわずなにかを聞きまわったりと目障り極まりない。
「おつかいかな? ものものしくてやんなっちまうね」
「この街にいるならず者たちでしょうか? これほどの数が……」
「頭に『ゴ』のつく虫だって1匹見かけたら100匹いるって言うだろ? コソコソやってる連中だっているさ」
「そ、そのたとえやめてください!」
「だがな、そんなもんはしょせんはした金で雇われたチンピラだ。本命はもっと深くにいる」
「本命……マヤさんを追い回している何者か、ですか?」
「あぁひとつは自分のオヤジ、もうひとつはこの事件の首謀者だ。ローランって奴を探されて、騒ぎにされると面倒なんだろ」
「私たちのように協力者が現れるからですか」
「そういうこと」
そうして歩いていると、数人かがふたりを囲むように写真を見せにきて、
「おい、コイツ見かけなかったか?」
映っているのは当然のごと、マヤだ。
ゲオルはとぼけてみせる
「生き別れの妹か? 生意気な目がオタクとそっくりだ」
「んなわけねーだろ! コイツを見たかって聞いてんだよ!」
「さぁねぇ。俺は大人の女しか相手に、あだっ!」
「あいにく存じ上げません。どういった目的でこの少女を?」
ティアリカに足を踏んずけられたゲオルの横で、彼女は凛として答える。
その態度が癪に障ったのか、数歩近寄ってメンチを切った。
「お嬢ちゃん、聞かれたことにだけ答えりゃいいんだよ」
「ずいぶんと焦っておいでですが……」
「黙れって言わねえとわかんねえか?」
「おいおい、穏便にいこうぜ? 別に怒らせたいわけじゃないんだ。こっちもちょっと気になったってだけでさ」
「うるせぇっつってんだよ!」
ひとりが殴り掛かるが当然こんなものが効くはずがない。
周りもわっと襲いかかるも、ふたりに一撃も与えられることもなくコテンパンにやられた。
「んで、さっきの続きだけどよ」
「は、はいい」
「なんでそんなガキ追ってんだ?」
「いや、その」
「このやろー、もったいぶってると鼻めり込むぐらいぶん殴るぞ!」
「ひい! 待てって! 俺たちは金で動いてるだけなんだ!」
「お金?」
「あぁ、お偉いさんの使いが俺らみたいなのに声かけて捜索させてんだよ。なんで探させてんのかは知らねえ」
「へぇ、そうかい。そりゃ邪魔してわるかったな。ご苦労さん。行っていいぞ」
「ひ、ひぃい!!」
ならず者たちは一目散に逃げだした。
「まさか、街の上層部までからんでいると?」
「じゃなきゃこんな大それたことできねぇよ。それに、とある犯罪組織もある」
「犯罪組織?」
「……こっちの話だ。それよかだ。さっさと俺の部屋戻って作戦練ろうぜ。資料のこともあるしよ」
ゲオルとティアリカは早々に彼の部屋までいく。
資料を彼女に手渡し、熟読し終えるのをコーヒーをすすりながら待った。
「ニグレド……まさか研究所で取り扱われていただなんて」
「あれだけの研究道具や資料を運ぶにゃ人手と時間がいる。そう遠くない場所にあるはずなんだよ。奴らの隠れ家はな」
「もしかして、最近起こっている死者の行進とも関係が?」
「からんでるだろうぜ。お互いまだ勘の域だろうがな」
「マヤという少女とこれが無関係だとはどうしても思えなかったもので」
「ま~間違ってたら正せばいいんだよ。さて、問題はどうやってそこを突き止めるかだな」
「彼らは使いの者に出会ったと言っていましたね。その人を見つけるのが先決だと思います」
「……だな。ああいうならず者とかに詳しそうな奴っていうと…………」
ゲオルの脳裏にウォン・ルーが浮かんだ。
彼に頼るのは少し気が引けた、というよりも気に入らなかったが四の五の言ってはいられない。
ふたりはウォン・ルーの事務所へと向かう。
貧民区というところとあって、ならず者は多い。
彼らがティアリカを見る目はどこか邪な熱をはらんでいた。
だが彼女の持つ気品と、これまでにつちかってきた苦難の数々からなる歴戦の気概が彼らを近づけさせなかった。
仮に襲いかかろうとも、あのゲオル・リヒターが近くにいてはそういうこともできるまい。
「よ、いつぶりかな。爺さん」
「おや、アンタはたしか以前ウォン・ルーと一緒だった兄ちゃんか」
「今日はウォン・ルーのやろうはいるか?」
「へっへっへ、いつも暇してるよ」
「そっかあんがとよ。これで一服しな」
ゲオルはタバコを投げ渡したあと、事務所のあるほうへ向かう。
ティアリカはわずかに顔をしかめた。
ゴミが散乱してる、部屋が汚いという気配を感じ取ったのだろう。
飛び火がこちらに来ないことを祈りつつ、ドアをノックした。
「空いてるぜ。誰だ?」
「俺だ。ゲオルだ」
「帰れ。今日はそういう気分じゃあねぇ」
「ティアリカも一緒に来てるんだ。連れのいる男に恥かかせんなよ」
「…………」
「おい?」
「ま、ま、待て! ちょっと待て!」
ドタバタと物音が聞こえる。
数分後ドアが開くとウォン・ルーが精一杯のイケメン顔を作ってティアリカに向けて、
「どうぞ、お入りください」
「は、はぁ」
(急いで片づけたな……でも残念。バレバレだ)
肩をすくめながら中へと入る。
今は掃除のことよりも仕事のことだ。
彼の情報網なら、それをかぎ分けられるかもしれない。
それに、ウォン・ルーの力も必要だ。
「ままま、どうぞどうぞ。おう、お前はそこのイスに座れ」
「ステキな玉座ですことで……」
「それでティアリカさん。なにかオレに頼みごとですか?」
「おい、用があるのは俺……」
「ちょっと黙ってろ!」
(このやろう)
ティアリカに目配せし、彼女に説明してもらった。
その際のウォン・ルーの反応を見るに、手ごたえありだ。
彼から有益な情報を得ることに成功する。