表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/65

かつての研究所へ

 次の日から調査を開始する。

 さらに3日もすれば不穏な噂も耳に入ってくるものだ。


 ────通称『死者の行進』。

 かろうじて人の形を保った肉の塊たちが、深夜の人通りの少ない通りを歩くというもの。

 

 今のところ負傷者こそないが、地面や壁にズルズルにこびりついた腐肉が異臭をはなっており、周辺の住民の苦情を招いている。

 衛兵たちも大忙しだ。


「あーくっせ……まるでハンバーグの出来損ないだな」


「あらゲオル・リヒター。久しぶり。アナタも調査?」


「腐った肉つかってミッドナイトカーニバルしてるって聞いてさ」


「そんなイベントやるやつ速攻で殺すわ」


「とんだ仮装大会だな。1等賞の景品が気になるところだね」


「とぼけてる場合? おかげで……うええ、布当てても気持ち悪い」


「わりとマジだよ。こんなことをやって得をするってんだから、よっぽど成果があることじゃねえとな」


「…………イタズラだったらどうするの?」


「笑って殴って大団円にしてやるよ」


 やり取りもそこそこに、情報共有をする。

 昨晩の目撃者のひとりである衛兵の話を聞くと、制止も聞かずに唸り声を上げながらただ進むだけだったという。

 銃を突き付けてもなんの反応もない。

 応援要請をしようとした直後に腐肉を飛び散らかして消えたという。


 肝心の『どこから現れたのか』は不明のまま…………。


「なんだよ全然役に立たねえな」


「近辺の魔術工房も探ってみたけど全部白もしくは限りなく白に近いグレー。とてもじゃないけど捜査にならない」


「地道にやれよ」


「わかってる」


「ま、俺は派手にやらせてもらうけどな」


「なにする気?」


「ん? 昼飯」


 呆れるミスラをよそにゲオルはさっさと離れる。

 異臭のせいで食欲がなくなっているが、長い時間足を使うことになりそうなので、腹になにかを入れておくことにした。


(……ミスラからの情報だと現れる場所や時間はランダム。さてどうする。ウォン・ルーでもコキ使ってやるか?)


 食事は軽めにすませ、流れる雲を見ながらの一服。

 どこから手をつけようか考えていたが、その足は無意識にある場所へと向かっていた。


 研究地区。

 リッタルとホプキンスの件でここへ訪れたが、また来ることになるとは思わなかった。

 マヤの依頼もまたここにつながっている。


 すべてが1本道でつながっているようで、偶然とは思えなかった。

 その奥に広がる闇の中で、もっと邪悪な輪郭がゲオルを睨んでいるみたいで……。


「あーあ、こんなアカデミックなところ柄じゃねぇってのに」


 研究所のいくつかが閉鎖されている。

 以前来たときはこんなことはなかったのだが。

 閑散とした時間帯で助かったと、ゲオルは敷地内へと忍び込む。


 驚くほどに人の気配はなかった。

 警備の姿も見当たらない。


 そしておもむいた場所は、ホプキンスが襲撃した研究所。

 カーテンの隙間からのぞく仄暗い部屋。

 埃がこびりついた窓の奥には、本来棚や机の上にあるであろう山のような資料はなく、実験器具も材料もない。


 壊れた壁から入り込む。

 いくつかは鍵がかかっていた。

 入れる部屋はほとんどもぬけの殻。


 だが事件現場としての大きさは今もなおこびりついたまま。

 回収されていない遺体は白骨化しており、飛び散った血が黒々と白い壁を染めていたのだから。


 一見しただけでは、先日ユリアスが言っていた狂言の線の可能性があるとは思えない。


 そしていつの間にやら最奥へたどり着いていた。

 なにやらクラシカルなデザインのドア。

 鍵はかかっているが、ここで面倒くさくなったゲオルは、ドアを蹴やぶった。


「ここだけ少し物品が残ってやがる。妙だ。夜逃げのできそこないじゃあるめぇし」


 執務机の下にはキャップがとれた万年筆。

 ホコリがかぶった床には薄っすらと足跡が残っていた。

 あとは悪趣味な置物が無造作に転がっている。


 ヘタすれば魔物の1匹でもいそうなものだが…………。


「こいつは忘れ物かな? しかもこれ、資料じゃねえか」


 断片的なものではあるがとある『極秘資料』だ。

 社外秘……というよりも秘密裏に行われていた禁忌の研究。


「…………ニグレドの軍事利用技術開発ッ!」


 大まかにはそういった内容だった。

 ダンサー・イン・ザ・レインの件に、まだ記憶に新しいジンクスを取り込んだあの事件。


 これらはこの施設をホプキンスが襲撃したときから姿を現し始めた。

 すべて仕組まれていたのか、それとも偶然だったのか。

 ただひとつわかることは、この街を襲った2体のニグレドはこの研究所からのものというもの。


 それはこの研究所が秘密裏にニグレドを隠し持っていたことを意味する。


「なんてこった…………ホプキンスは知ってか知らずか、いや、知らなかったろうな。アイツの口からそんな話は一切なかった。つまり……まったくの偶然で、あの野郎はクソガキのためにここ襲ったってのか!?」


 驚愕に肩をすくめそうになったとき、何者かの気配を感じた。

 執務机の裏に飛び移るように隠れ、懐の銃を手にかける。


 コツ、コツ、と靴音が響き、この部屋の前で止まった。

 敵意はない、それどころか直感めいたものがある種の安心感を覚えている。


 ゲオルは懐から手をおろして立ち上がった。


「よっ、仕事サボって散歩たぁ優雅じゃねえか」


「やっぱりここにいたんですね」


 ティアリカだった。


「誰からここだって?」


「ユリアスが多分例の研究所にいると」


「ハハハ、情報通なこって」


「支配人からの命令です。ゲオルに協力して今回の事件を早急に解決せよとのことですよ? ……学院の子を働かせるだなんて」


「発案者はユリアス。俺じゃない。俺はどっちかっていうと反対派だったんだぜ?」


「でも、受けたんですね」


「あぁ、つい熱意に負けちまったよ。主演男優賞をくれるってんでな」


「なんの話です? …………まぁいいでしょう。その資料、少し見せていただいても?」


「ご精査くださいませ」


 ティアリカと合流し、ふたりはその場をあとにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ