かつての仲間、再び
昨日の依頼の疲れを癒すため、ゲオルは自宅のソファーで寝転びながら天井を見上げる。
もうすぐ昼ごろになるころだろうか、突然の来客を知らせるノックが響いた。
「誰だ」
「ティアリカです。お土産、持ってきました」
「おう、入ってくれ」
姿勢を直すとティアリカがワインや果物が入ったバスケットを持って入ってくる。
台所に置くと、ティアリカはゆっくり部屋を見渡し始めた。
「な、なんだよ」
「なんですかこの惨状は……部屋が汚いです。掃除しないとダメじゃないですか」
「してるよ」
「嘘おっしゃい! いらないものは捨てるッ! 物は置きっぱなしにしないッ! 清潔と整理整頓は人生の基本ですよ」
ティアリカが来て早々掃除をすることになってしまった。
どこから持って来たのかモップや雑巾、ホウキを手に作業が始まるのだが。
「ゲオル! ボトルのラベルの文字を読まない! 手を動かしてください!」
「え゛、あぁスマンスマン」
「まったく……お酒の空ビンに出店の空容器、なんでこんな溜め込められるんですか」
「別に溜め込んでるわけじゃねえよ。捨てようと思って置いてたら増えた」
「それを世間一般ではゴミを溜め込んでいくって言うんですよ」
呆れた物言いとは裏腹に、金色の髪を揺らしながら忙しなく動くティアリカの表情には柔らかさがあった。
そんな彼女を見たら、愚痴のひとつも言えなくなるのが性というもの。
辛気臭い部屋に澄んだ空気が入って、彼女の言う気持ち良さというのもよくわかる。
(やれやれ……終わったら、メシ一緒に食いに行くか)
それから数分後、スッキリと片付いて換気の最中の部屋のソファーで一服するふたり。
時刻はもう13時くらいか。
食事をするにはいい時間帯だ。
「お疲れ様でしたゲオル。久々にお掃除頑張りましたね」
「大掃除だったな。これなら年末はやらなくてよさそうだ」
「やりなさい」
「仕事の状況にもよる」
「まったくもう……」
「なぁ、メシでも食いに行こうぜ」
「えぇ、かまいませんよ」
明日からまたキャバレーが開店するにあたって、普段の日常に戻りつつある。
近所の飲食店で軽く済ませながらティアリカの土産話を聞いていた。
「都市を離れて地方へか。ずいぶんと思い切ったな」
「でしょう! 前の私だったらきっと渋ったでしょうけど。なんだか皆でお出かけするのが楽しみになっちゃって!」
「ふっ、そうか」
「アナタもたまには旅行をしてみては? 色んな物が見れて楽しいですよ」
「お前とふたりで?」
「……ッ!」
思わぬ言葉にティアリカは顔を赤らめたかと思うと、すぐに顔を背けた。
「ハハハ、なんだよ初心みてぇな反応しやがって」
「ひ、昼間っからなんてことを……」
「まぁまぁ悪かったよ。楽しそうな休日を過ごしてくれてなによりだ」
「そういうゲオルは? よい休日は過ごせましたか?」
「まぁ、それなりに」
ホプキンスのことは伏せておこう。
依頼はそこそこあってなんとか儲かったとだけ。
「不安定な仕事ってのはキツイねぇったく」
「……もう正式にキャバレー・ミランダの一員になられては?」
「いや、俺はこのまま『何でも屋っぽいの』を続けるよ。気に入ってるんだ」
「まぁアナタのことですから心配はしませんが、無理はなさらないように。身体が資本なのですから」
「そりゃお互い様だ。職場で嫌なこととかありゃ、すぐに俺に言え」
「まぁ嬉しい」
「……いい休暇を過ごしたな。顔色がいい」
「はい、明日からまた頑張れそうです」
「ユリアスもだいぶ暇そうにしてたぜ。色々話してやれ」
「珍しい。ユリアスと会ったのですか? あんまりプライベートを見せない人ですから……」
「街をブラブラしてたときにバッタリ出会ったんだ。ありゃ相当な仕事人間だな」
「勤勉で良いじゃあないですか。ユリアスのことですから、他店の助っ人とかを受け持っていたのでは?」
「鋭いねぇ~」
他愛のない話のあと、コーヒーを1杯。
その後は解散し、明日の仕事へと備えた。
キャバレー・ミランダに足を踏み入れるのは久しぶりだ。
明日からまたティアリカと変わらない日常に明け暮れると思うと、どこか胸が躍った。
(ホプキンスの件みたく、アイツを巻き込まずに済むのならいいが……まぁ、そうそうデカいヤマも起こるわけもねぇか)
ゲオルの予感はおおむね的中。
次の日からまた用心棒として活動し、店員たちと触れ合いながらも日々を過ごしていった。
そこにはティアリカの存在がひと際輝く。
用心棒として彼女の働きを見て、終業になれば笑顔を向けて一緒に帰る日々。
最近はその光景をほかのバニーガールも羨ましがるのもセット。
ついには一部の娘もゲオルにロックオンし始めたので、ティアリカも気が気でないことが増えてきたそうな。
こんな日々が続いたある日、思わぬ来客が訪れた。
旅人の外套と懐かしさを身にまとったひとりの女。
「いらっしゃいませ。キャバレー・ミランダへようこそ!」
「……ティアリカ、様」
「え……?」
次の日の夜、景気よく客を出迎えるティアリカの前に現れたフードの人物。
フードを外すと、聞き慣れた声と顔が露わになった。
ゲオルも仕事柄、出入り口を気にする性質だが、これには釘付けになる。
「聖女ティアリカ様……ですよね? 私です。"エジリ"です。魔王討伐にておともした!」
「おいおい、マジかよ……」
これにはゲオルも駆け寄った。
片膝をつき涙を浮かべながらティアリカの手を取るエジリは彼に気づくことなく続けてまくしたてる。
「なんというお姿……穢れた俗世に染まってそのような……ですがもう大丈夫です。すべてこのエジリにお任せください!」
「おーう、ちょいちょいちょい待て待て。なぁにやってんだお前は!」
「邪魔するなすっこんで────……」
ゲオルの姿を見て目を見開いてかたまったかと思えば、みるみる顔を赤くして彼に痛烈なビンタをした。
「……ナイススナップ。ビンタの腕上げたか?」
「黙れ! なぜ貴様がここにいる!?」
「ここで用心棒として働いてる。ほかにも色々やってるぞ」
「そんなこと聞いてない! なぜだ……なぜ貴様がいながらティアリカ様が!」
「エジリ!」
「あ~……こりゃまた応接室送りかな」
女銃士エジリ。
剣と銃火器を操るオールラウンダー。
赤い髪の巻き毛が特徴的で細い身体のラインからなる女性的魅惑度はティアリカに勝るとも劣らない。
「まずはティアリカ様を着替えさせることが先決だろうがッッッ!!」
「支配人に怒鳴るな!!」
「えっと……彼女は君たちの知り合い、かね?」
隠しごとはきっとできない。
というよりも下手に隠そうとしてもエジリがベラベラしゃべってしまうだろう。
彼女は聖女ティアリカを崇拝しているゆえに、ティアリカがバニーガールとして働いていることに我慢ならない。
ゲオルはティアリカに目配せし、3人の関係性を話した。
壮絶な過去があることはわかっていた支配人も閉口し、終始考え込むようにうつむいたり、目頭をおさえたりした。
「ティアリカ、君はどうしたいかね?」
「私はもちろん……」
「もちろん、この店を辞めさせていただきます。ティアリカ様がこんな店で働くなど、ふさわしくないにもほどがある」
「支配人はティアリカに聞いてんだぜ?」
「お前は黙れ」
重みのある銃を即座に取り出し、ゲオルに向けた。
その眼光にかつての仲間の眼差しはなく、目的のためなら手段を択ばない残忍さを宿している。
「やってみろよ。首から真っ赤なシャンパンを噴き出したいんならな」
「かつての私と思うな……」
「ふたりともやめて! 私はこの店を辞める気はありません! エジリ、久々にアナタの顔が見れて私も嬉しい。お客様としてならおもてなしをさせていただきますが、これ以上店に迷惑をかけるなら……」
「……仕方ありません。今日は退きましょう。ですが、私はアナタを諦めたわけではありませんのでッ!」
銃をしまうと踵を返して噴気交じりにドアを閉めて去っていった。
「申し訳ありません支配人。私の仲間が……」
「いや、いいんだ。……こういう仕事をしてると、色んな人間と色んなトラブルに出会う。まぁ君たちのはだいぶ規格外だがね」
「アイツからは俺から言っとくよ。……ったく、また忙しくなりそうだぜ」




