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91点の目覚め

「……朝だよ、起きて?」


 ふわりと吐息が耳を撫でる。

 ゆったりとしたささやき声は、いっさいの不快感なく脳まで届く。

 優しく肩を揺すられ、ゆっくりと目を開ける。くるくるとした大きな瞳と目が合う。卵型の顔がにっこりと微笑んだ。肩まで届いた髪が揺れて、かすかに柔らかく甘い香りが漂う。


「おはよう泰一たいち。今日はどうだった?」


 身を乗り出して、ベッドに横たわる俺の顔をのぞきこんでくる。

 彼女の名前は百瀬ももせみつき。俺、黒野泰一くろのたいち十五歳の隣の家に住む、同い年の幼なじみだ。


「……うーん、91点ってとこかな」

「やった、また上がった」


 両手でガッツポーズを作るみつきをよそに、俺はのそりと上半身を起こす。

 やはり朝の目覚めは大切だ。それだけで一日が決まると言っても過言ではない。

 言葉選びに始まり、声量、声音、距離感。手を触れる位置、体を揺する強さ。

 こだわりだしたらキリがない。その奥深さたるや、一朝一夕やそこらで身につくものではない。


「今日もよかったよ。この調子だ」

「うん」


 長い指導の末、みつきの起こし方は限りなく百点に近い。しかし百点をあげてしまうとそれ以上の成長がなくなってしまう。俺はさらなる可能性を見たいのだ。人の可能性を。


「のどかわいた」


 俺がそう言うと、みつきが手早くグラスを差し出してきた。

 グラスにはすでに100%オレンジジュースが注がれている。最近の俺のお気に入りだ。起きてまず何をするか何を飲むか、言うまでもなく伝わっている。有能。

 喉を鳴らしてジュースを飲み干すと、空になったグラスをみつきに返す。すかさずみつきが尋ねてくる。


「どうする? ご飯にする?」

「ん~……今日はパンかな」


 みつきは一度部屋を出ていくと、すぐに袋に入った食パンと皿を持って戻ってきた。オーブントースターをテーブルに乗せ、コンセントにつなぐ。


「ジャム塗ってあげるね」

「きれいに塗ってね」


 先に塗ってから焼くという俺のこだわりも忠実再現。

 みつきはまんべんなくジャムを塗り終わると、オーブンでパンを焼き始めた。


「あ~もう、寝癖すごいよ~?」


 パンを焼いている間、みつきは俺の髪を櫛でとかし始める。どこぞで買ってきたらしい寝癖直しを吹きかけるが、俺の無造作天パは難敵のようで苦戦している。

 一方俺はニュースで社会情勢をチェックしようとスマホを手に取る。スリープから復帰させると、昨晩読みかけだったちょいエロハーレムマンガが表示された。仕方なく続きを読む。

 やがてトースターが音を立てると、みつきは俺の寝癖直しを一時中断した。焼き上がったパンを取り出し、皿に乗せて目の前に差し出してくる。


「はい完成。どうぞ」

「わ~みつきちゃんじょうず~。きっと将来いい幼なじみになるね」

「えへへ、そう~?」


 正直ジャムの塗り方にまだムラがあったが、ここはあえて褒めて伸ばす方式を取る。

 俺の寝癖直しを再開するみつきをよそに、ムシャムシャとパンを頬張る。朝は食欲がないと言っていつもは一枚で済ますのだが、今日は余裕で平らげてしまった。


「もう一枚食べる」

「はいはいちょっと待ってね~」


 ちょうど俺の髪を直し終わったみつきは、嫌な顔一つせずパンを焼き始める。

 一方俺はUtubeを開いて面白そうな動画がないかチェックした。そのうちに二枚目のパンが届いたのでこれもムシャムシャと咀嚼する。


「ほら、早く食べないと遅刻するよ~? 着替えもしないと」


 俺がエロいサムネにつられてクソ動画を見ている間、みつきは朝食の後片付けをして、俺の制服をハンガーから外して持ってきた。ちなみにみつきは俺を起こす段階ですでに制服に着替えている。


「ん~着替えるのだるいな~」

「早く脱いで。ほらばんざーい」

「ばんざーい。ばんざーい」


 万歳三唱をしてみつきの手を煩わせていく。ボケのはずが全然ウケない。

 みつきは無理やり俺の寝巻きを抜き取ると、腕にシャツの袖を通していく。


「はいズボン」

「ん」

「下は自分で着替えてよね」


 やや顔を赤らめつつくるりと背を向ける。ここの恥じらいポイント重要。これがないと介護っぽくなってしまう。

 みつきは無造作に放り投げられているカバンに目を止めた。持ち上げて軽く振ってみせる。


「これノートとかちゃんと入ってる?」

「もち」

「ほんと~?」


 疑いながらも勝手に開けて確認を始めた。しかし中身はほとんど空である。学校にフル置き勉している俺に死角はない。

 みつきは俺のカバンを改め終えると、そのまま手に下げて部屋を出ていった。のろのろとベッドから降りた俺は、ズボンを履き替え手ぶらで一階に降りていく。下で待ち受けていたみつきに「歯磨いた?」と言われ、洗面台の前に立つ。


「あー歯磨くのめんどいな~……」

「邪魔」


 朝から半ギレ気味の母親が、俺を押しのけて洗面台を占領した。

 息子に対しての朝の第一声が「邪魔」とはこれいかに。マジでツンデレすぎる。めんどくなったので歯磨きをやめる。


「真奈美さん、いってきまーす」

「はい、いってらっしゃい」


 母親の真奈美は笑顔でみつきに応える。俺には一瞥もくれない。

 ちなみに真奈美はおばさんと呼ばれるのを好まないので、みつきにも『真奈美さん』と呼ばせている。そんなしょうもない見栄だがギャグだかをみつきは律儀にも守っている。

 玄関口でカバンを渡され、みつきが揃えてくれた靴を履き替えて外へ。先に出たみつきは玄関先で振り返ると、改めて俺の身なりを観察する。


「ほら襟が曲がってるよ」

「すまんね」

「それチャック開いてない?」

「いやん」

「はい、これでよし!」


 よれた襟元を正して、ぽん、と俺の肩を叩く。

 見上げてくる顔と目が合った。長いまつげが揺れて、大きな黒目に朝日がきらきらと反射する。つい見入ってしまう。


「なに?」


 みつきが微笑を浮かべながら首をかしげる。

 前髪が揺れて、フローラル系のいい香りがかすかに漂った。俺はまっすぐ顔を見て言う。


「みつきちゃん今日もかわいいね」

「うふふ、泰一もイケメンだよ」


 みつきはにへら、と頬を緩ませて笑った。かわいい。

 このように俺たちは、美男美女の幼なじみ同士なのである。


―完―

↓★★★★★にすると続きます。



というのは冗談で一区切りまでだいたい書き終わってます。


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