第2話 交渉と卵料理
楽しんで頂ければ幸いです。
地方のスーパーで働いていた中年おじさんの俺、森田空。そんな俺はある日、後輩を信号無視の車から庇って撥ねられてしまった。しかし、次に気づいた時。俺は若返り摩訶不思議な力と共に異世界へと転生していた。訳も分からないままだが、俺はそんな中で行き倒れの女性3人を助ける事が出来たのだった。
さて、これで彼女達の腹も膨れた事だろう。
「皆さん、お腹の具合はどうですか?」
「いや~もうパンパンだわっ!おかげで助かったわ~」
「うん。満足」
「私もよ。ありがとね。え~っと」
あっ、そう言えばまだ自己紹介して無かったっけ。
「俺の名前は森田 空と言います。改めて、始めまして」
「モリタ、ソラ?随分変わった名前なのね」
「確かに。この辺りじゃあんま聞かねぇ感じだな」
俺の言葉に3人のウチの2人が少し興味ありげな様子で首をかしげている。
「そう、ですか」
どうやら、少なくともこの辺りに俺のような日本人らしい名前を持った人は居ないようだ。
しかしふと、ならば何故日本語で会話が成立しているのだろう?と疑問に思ったが、今は深く考える時じゃない、と割り切って、後で考える事にした。
「あの、初対面の女性にこう言っては何ですが、名前を教えて貰って良い、ですか?」
「名前?別にそれくらい構わねぇぞ。なんてたって、アンタはアタシらの命の恩人だからなっ!」
そう言って、戦士のような格好の女性は快活な笑みを浮かべている。しかし、彼女の傍には女性に不釣り合いな、巨大なハンマーが置かれていた。確か、ゲームに詳しい後輩に聞いた事があったけど、ウォーメイスとか言ってたっけな?
「アタシは『ミーシャ』。見ての通り冒険者だ。こっちの2人は同じ冒険者仲間でよ」
金髪ポニーテールの戦士らしい女性、改めミーシャはそう言って他の2人の子を親指で指さす。
しかし、ミーシャって小熊とかそう言う意味だったような?『名は人を表す』なんて聞いた事があるけど、彼女の場合は真逆、かな。何と言っても、こんな女の子があんなに大きな武器を振り回せるとしたら、小熊じゃなくて熊にしか思えないな。
「……『ネリー・ディオネッド』。同じく冒険者」
次に答えたのは、ファンタジー映画などに良く出てくる、魔女のイメージをそのまま具現化したような格好の少女だった。黒いローブに黒いとんがり帽子。手には杖を持ち、黒い髪を長く伸ばしている。見た目からして、魔法使いか何かなのだろうか?先ほどの食事の時はもう少し活気と言うか、言葉に活力があったが今はそれが無い。元々寡黙な子なのだろうか?
「最後は私ね。私は『エリリン』。見ての通りエルフよ。そして、彼女達2人と同じ冒険者」
最後の1人は、ミーシャさんと異なりショートヘアの金髪、そして先の尖った耳が特徴的な女性だった。しかしやっぱり、エルフの人だったのか。特徴的な耳だから、もしかしてとは思ったけど。
「やっぱり、エルフの方だったんですね。特徴的な耳からまさかとは思ってたんですが」
「そうよ。エルフに会うのは初めて?」
「えぇまぁ」
まぁ、俺のいた前世にリアルなエルフなど1人も居なかったんだが。と考えつつ、改めて3人に目を向ける。
ミーシャさんはウォーメイス、ネリーさんは杖。そしてエリリンさんは弓と矢筒、それに短刀を備えている。……冒険者、と言う単語の意味などはアニメが好きな後輩から聞いた事がある。そして今それを、目の前にしている俺。後輩の彼なら興奮しそうな所だろうが、俺が覚えるのは、『違和感』だった。
それは平和で戦争など無い、日本という国で育ったせいなのだろうか?女性が武器を持ち戦っている現実に、俺はどうしても違和感を覚えてしまう。
「にしてもソラ、だっけか?お前、こんな所で何してんだ?」
小首をかしげながら問いかけてくるミーシャさん。
「え~っと、それについては……」
うぅむ。ここに居る理由を聞かれてしまったが、この場合素直に答えた方が良いのか?或いはある程度ぼやかして話した方が良いのか。迷うなぁ。…………しかし、やっぱり本当の事を話さなければ、相手から信頼を勝ち取る事は出来ない。それに、これといって後ろ暗い話題もあるわけではないしな。
「少し長くなってしまいますが、聞いて頂けますか?」
「えぇ。構わないけど。2人も良い?」
「おう、別に良いぜ」
「同じく」
エリリンさんの言葉に2人とも頷く。
「それじゃあ話しますが……」
そうして、俺は3人に俺の経験した事を話した。そもそも俺は、この世界とは別の世界で生まれ育った事。そこで40代まで歳を重ねながら仕事をしていた事。ある日、仕事帰りに仕事仲間の後輩を庇って車に撥ねられた事。そして気づいた時には若返り、不思議な姿でこの近くに転生していた事を。
「死んで生き返った、ねぇ?」
「2人は信じられる?そんな話」
「……非現実的」
ミーシャさんは怪訝そうな表情と共に首をかしげている。他の2人も似たような反応だ。まぁ、信じられないのも無理は無い。普通に考えて、作り話か何かと思われるだろう。3人の反応は、可笑しい物ではない。むしろ普通だ。やっぱり信じて貰えないかぁ。と思い内心ため息をついた時だった。
「でも、一つ気になった事がある」
「え?」
不意に聞こえたネリーさんの言葉を聞き、俺の視線は彼女へと向いた。
「何だよネリー、気になった事って」
「ソラの用意してくれたパン。あれは、今まで食べた事も無い味だった」
ミーシャさんが問いかける中、心なしかネリーさんは恍惚とした表情を浮かべている。
「た、確かにありゃぁ、今まで食ったことも無い味のパンだったなぁ」
「うぅ、あれだけ食べたのに、思いだしてだけでお腹が~~っ!」
更に他の2人も、さっき食べたのを思いだしているのか何やら口元から涎を垂らしている。そんなに美味しかったのかな?ごくごく普通の惣菜パンだったんだけど。
「あれは、正しく天上の食べ物」
天上?つまり神々の食べ物だと思って居るのかな?
「そんな大袈裟な。あれくらい、俺の世界ならどこでも食べられますよ」
俺からすると、ネリーさんの表現は大袈裟、と言う以外に無かった。そんな大袈裟な表現に俺はつい苦笑を浮かべてしまう。
「「「えっ!?!?」」」
しかし、俺の言葉に対する3人の反応は、驚愕以外の何物でも無かった。文字通り、目を見開いている3人。そ、そんなに驚く事かな?
「あ、あれだけ美味いパンがどこでも食べられるってのかっ!?」
「えぇ。まぁ俺の育った国なら、あれくらいのパンを売ってる場所なんていくらでもありますよ」
スーパーもそうだけど、今ではコンビニもある。カツサンドや焼きそばパンなんて、俺の世界じゃありふれた惣菜パンなのは周知の事実。大体のコンビニやスーパーになら必ずと言って良い程置いてある。
「うぅっ!な、何だよそれぇっ!あんな美味いパンが毎日買って食えるなんてっ!」
「私達が毎朝食べてる硬い黒パンなんて、あのふわふわのパンに比べたら……」
「……うん。雲泥の差」
嫉妬というか、羨望の目を俺に向けるミーシャさん。その隣で、何やら力無く絶望したような表情で微笑を浮かべるエリリンさんとネリーさん。
うぅむ。聞く分だと、この世界の食のレベルは俺の世界のそれと随分異なるみたいだな。少し興味が出てきたが、彼女達の反応を見る限り、俺がさっき3人に振る舞ったレベルのパンは早々出回っていないのだろう。
……そう言えば、昔調べて知ったが、昔のヨーロッパでは小麦製の柔らかい白パンが上等な物で、ライ麦を使った黒パンは下等な物、と言う風潮があったそうな。もしかすると、この世界では白パンというのは高級な物なのだろうか?
ふとそんなことを考えていると……。
「ソラの出したパンは、未知のおいしさを持っていた」
憧れとも、羨望とも取れるような表情を浮かべながらネリーさんが語り出し、俺や他の2人の視線も彼女に集まる。
「私達が、ううん。貴族ですら食べた事の無いようなパンを、ソラは私達に出した。そしてソラは、それがソラの世界なら当たり前に存在すると言ってる。……こんなパンが当たり前に存在する国なんて、少なくとも私は知らない」
「だから、ソラが異世界から来た人間だって言うの?」
ネリーさんの言葉にエリリンさんが問いかける。するとネリーさんは静かに『コクリ』と頷いた。
「まぁ、ネリーの言うとおりかもなぁ」
「ミーシャッ、あなたまでソラの言う事を信じるのっ?」
「いやだってよぉ」
半ば問い詰めるような、語気の強めなエリリンさんの言葉にミーシャさんは諦めたような表情で答える。
「実際、ソラの出したパンってめちゃくちゃ美味かったじゃねぇか。それにエリーの言うとおり、あんなパンをアタシ等、これまで食べた事あるか?」
「うっ。そ、それは、無い、けど……」
図星なのだろう。だからこそエリリンさんの言葉は歯切れが悪い。
「これでも冒険者として、あっちこっちを旅してきたし、金もそこそこ稼いで、たまには良い飯も食ってきただろ?なのに、ソラの出したパンをどれ一つだって食ったことも、聞いた事も無い。……ここまで色々話が出てくるとなぁ。こいつが異世界人って話も、信憑性あると思わねぇか?」
「うぅん」
ミーシャさんの言葉に、エリリンさんは腕を組み唸っている。ミーシャさんやネリーさんの言いたい事は理解しているけれど、だからといって異世界からの転生者なんて、荒唐無稽すぎて信じられない、って事なんだろうなぁ。
ここは……。
「あの、話しておいて何なのですが……」
「「「ん?」」」
3人の視線が俺に集まる。
「この際、俺が異世界からの転生者って事は、信じて頂かなくても結構です。安易に信じられる話題でもありませんし。いっそのこと、変な力を持った変な奴、と思って頂いても結構です。でも、その代わりお願いを二つほど聞いて欲しいんです」
「お願い?」
「何だそりゃ?」
首をかしげるエリリンさんとミーシャさん。
「一つは俺を近くの町まで連れて行って欲しいと言う事です。生憎、今の俺には戦う術も道具も無く、下手をすれば獣か何かに襲われて殺される可能性もあります。しかし、話を聞く分だと皆さんは冒険者として経験もある様子でしたし、護衛をお願いしたいのです」
「成程。……で、2つ目は?」
頷き、次を促すネリーさん。
「2つ目は、簡単で良いのでこの世界の言語や大まかな地理、どこにどういう国があるのかとか、お金の事とか、少しでも良いので教えて欲しいんです」
「……成程ね。話は分かったわ」
エリリンさんは静かに頷く。
「でも、だからって無償で何かをしてあげる程、私達はお人好しじゃないの。仮にもお金を貰って他人の願いを叶えてる冒険者だらかね。タダで、とは行かないわよ?」
「はい。それは承知の上です」
「そう。なら聞くけど、あなたが私達に与えられる報酬は何かしら?話を聞く分には、お金も地位も持ってないみたいだけど」
「はい。……俺にそう言った類いの謝礼は出来ません。俺に提供出来るのは、『食事』です」
「食事……ッ!」
俺の呟いた単語にネリーさんが反応し、目を輝かせている。きっとさっき食べたパンの味をまた思いだしているんだろう。そんな姿を横目に俺はエリリンさんと正面から向き合う。
「俺にも理由は分かりませんが、俺には特殊な力があって、そしてそこにある食料や食事を皆さんに振る舞う事が出来ます」
「それが貴方の私達に対する『謝礼』?」
「はい」
エリリンさんの問いかけに、俺は静かに頷く。するとエリリンさんは少し迷ったような表情を見せた。……この感じでは、今の所は可も無く不可も無し、と言った所か。とは言え、今この交渉の場で俺に切れるカードと言えば、スキルを使って食事を提供する事だけだ。この手がダメだったら、俺にもう打つ手は無い。
俺は冷や汗を流しながらエリリンさんの答えを待っていた。
「……ネリー、ミーシャ。あなた達にも意見を聞きたいんだけど。どう思う?」
「アタシは別に良いと思うぜ。こいつを町に連れてくとかって話に乗ってもよ」
「そう思う理由は?」
「今のアタシらには食料がねぇからだよ。数日前の依頼で、成功はしたけど食料失ったからこの様になったんだろうが。こっから町に戻るって言ったってもう2日は掛かるぞ?その間の食料はどうするんだよ?」
「……確かに、ソラが居れば食料を森で調達する必要は無いわね」
「だろ~?だからこいつを連れて行こうぜって話だ、よっ!」
「うわっ!」
不意に傍に居たミーシャさんが俺の肩に腕を回し俺を抱き寄せるっ!って、む、胸っ!抱き寄せられたせいか、俺に体にミーシャさんの胸が当ってるっ!?しかしミーシャさんはそれを気にした様子も無く、「ソラが居りゃ食料の問題は無くなるだろ?」と、エリリンさんに笑みを浮かべながら問いかけているばかりっ!俺は何とかミーシャさんの拘束から逃れるが、肝心のミーシャさんは気にした様子が無く、俺の方を見て、「ん?」と言いたげに首をかしげているだけだ。……なんて言うか、距離感が近いと言うか、ボーイッシュというか、男勝りというか。何か、顔を赤くしていた自分がバカみたいに思えてきてしまうなぁ。
「ネリーはどう?ソラについての意見は?」
「……私もミーシャと同じ。彼の依頼を受ける事に、賛成」
「その理由は?」
「ミーシャが言ってたのと同じ。食料調達が簡単だから。でも、もう一つある」
「もう一つ?って何?」
「ソラが私達に与えた食事は、この世界には恐らく存在しない物。したいたとしても、一般には出回っていないような物。そしてソラ自身が異世界人だとして、それが本当なら、ソラのもたらす食事は、『異世界の食事』。となるとこれは、街でお金を出したからって食べられる物じゃない。彼にしか、あのパンや異世界の食事を用意出来ない。……異世界の食べ物を口に出来るなんて、一生に一度あるかないか。……ううん。それ以上に貴重な経験。……そして、何よりもソラの食事は『美味しい』」
美味しい、と言って微笑を浮かべてくれるネリーさんに釣られ、俺も小さく笑みを浮かべる。やっぱり美味しいって言って貰えるのは嬉しいからなぁ。俺は笑みを隠そうと少しばかり俯いた。
が、しかし……。
「それに、私達の下手くそな料理の腕じゃ材料があってもゲロマズ料理になる」
「ん?」
何やら気になる単語が聞こえてきた。なので視線を上げると……。
「「「………」」」
えぇぇぇぇっ!?何やら3人とも表情が暗いっ!?なんで!?
「確かに、ソラのあの美味しいパンに比べたら、私達の下手くそ料理なんてゴミ以下よ」
「手を加えた奴が生肉より不味いって何なんだろうなぁ」
「私達は絶対に料理が上手くならない星の下に生まれた。……だから諦めるしかない」
み、皆さん何やら光の無い瞳で喋ってらっしゃるっ!?
「え、えと、あのっ。失礼ですが、皆さん料理は……」
「「「無理。出来ない」」」
俺の言葉に3人は即答するっ。あ~~、成程。3人とも料理が出来ない、と言う事か。でも、それなら尚更だっ。
「だったら、道中の食事の用意は俺が行いますっ」
「え?」
俺の言葉にエリリンさんが疑問符を漏らす。
「俺だったら生肉や生魚、野菜といった一通りの食材の調理の経験がありますし、俺の能力で調味料なども補充出来ます。もちろん食材そのものの調達も可能ですっ」
「…………」
俺の言葉をエリリンさんは無言で聞いている。……何とか、納得して貰うしかないっ。
俺には戦う力なんて無いっ!武器も無いっ!ここで置いて行かれたらどうなるかっ、考えるだけでゾッとするっ!
「お願いしますっ!俺に出来る範囲での謝礼もしますっ!」
そう言って、俺は真っ直ぐエリリンさんを見据えている。他の2人は、何も言わない。エリリンさんの返事を待っているようだった。
しばし沈黙していたエリリンさん。
「……ハァ」
しかしそれを破ったのは、エリリンさん自身のため息だった。
「確かに、私達じゃ食料を調達したってまともな料理なんて出来ないし。ソラの出してくれたパンも凄く美味しかった。あれと同じくらいの食べ物が食べられるのなら万々歳だし」
「えっ?そ、それじゃあ……」
俺が問いかけると、エリリンさんはフッと笑みを浮かべた。
「ソラ、あなたの要求を呑むわ。私達はあなたを街まで護衛し、尚且つ私達が教えられる事を教えてあげる。その代わり、道中の食事はあなたが用意する。これで良いわね?」
「ッ!はいっ!」
良かったっ!承諾を得られたっ!これで今の所の一番の不安を取り除く事が出来たっ!その安堵感も相まって、俺は笑みを浮かべながら元気よく返事を返すのだった。
それから数分後。
「か~~。にしても話してたらまた腹減ってきたな~」
「そうね~。しかも、もう良い時間だし」
「うん。……今日はこの辺りで野営」
「え?」
野営という単語を聞き、思わず辺りを見回してしまう。そして今更ながらに気づいたが、既に空はオレンジ色に染まっているっ!もう立派な日暮れ時じゃないかっ!
「す、すみませんっ!何か俺が色々話してたばっかりに、こんな時間にっ!」
「あぁ、気にしなくて良いわよ。どうせ街はここから数時間、なんて近い距離じゃないから。森の中で野営するのは仕方無い事だし」
そう言って笑みを浮かべるエリリンさん。うぅ、早速気を遣わせてしまったかもしれない。ここは、俺に出来る事をしようっ!
「あのっ、良ければ夕食は腕を振るいますので、皆さん何か食べたい物はありますかっ!?」
「え?」
「食いたい物、ねぇ」
「……」
俺が問いかけると、3人ともしばし悩んだ様子。しばらく3人の答えを待っていると。
「んじゃアタシはあれが良いなっ!ほらっ、ソラが最初に食わしてくれた肉を挟んだパンの奴っ!」
「それって、カツサンドですか?」
「そうそれっ!そのカツサンドってのが食いたいんだっ」
「成程」
う~ん、しかし夕食がカツサンドだけというのもなぁ。ちょっと量が少ない気もする。それに折角なら温かい料理を振る舞いたいし。ここは……。
「あの、良ければあのカツサンドに挟んであった肉料理、カツを使ったもっとお腹に溜まる温かい料理がありますが、どうしますか?」
「えっ!?そんなのがあるのかっ!?」
「はい。カツと卵、タマネギ、更に米という俺の故郷で主食になってる食材を使った料理です。如何致しますか?『カツ丼』という料理なんですが」
「腹に溜まるならそっちが良いなっ!そのカツ丼ってのでっ!」
「分かりました。他の2人は何にしますか?」
元々何十年とサービス業で仕事をしていたせいか、半ば自然と恭しい態度と口調を取ってしまうが、まぁ良いか。
「卵、かぁ。……そうねぇ。何か卵を使ったお勧めの料理とかある?」
「そうですね。主食の卵料理となると、今言ったカツ丼の他に、鶏肉を使った親子丼。あとはオムライス。キッシュ、天津飯などでしょうか?」
「その、てんしんはん、と言うのは?」
「熱を通して味付けした卵を温かいご飯、先ほど私の故郷で主食と言った米の上に乗せ、更にその上にとろみのあるタレ、餡を掛けた物です」
「き、聞いた限りだと想像出来ないけど、凄く美味しそうね」
エリリンさんはゴクリと喉を鳴らし、口元から少しばかり涎を垂らしている。
「じゃあ私は、そのてんしんはんって奴でお願いするわ」
「はい。ネリーさんはどうされますか?」
「私も、卵の料理、食べてみたい」
「分かりました。しかし少し質問をしたいのですが、よろしいですか?」
「何?」
「苦手な物や、これを食べると違和感を感じる食材などがありましたら事前に知らせて欲しいのです。作ってからではいけませんので。ミーシャさんやエリリンさんにもお聞きしたいのですが、如何ですか?」
「アタシはこれといって苦手な物はねぇよ」
「私もよ、特にこれが食べられない、ってのは無いから安心して」
「分かりました。ネリーさんは如何ですか?」
「……特にないけど、辛い物や、極端に塩辛いのは、苦手。どちらかと言うと、甘い物の方が好き」
ふむふむ。成程。甘い味付けの方が好き、か。
「ネリーは舌がまだお子ちゃまだからな~」
「むっ」
「止めなさいミーシャ。これから食事って時に」
ミーシャさんの言葉にムッとした様子のネリーさん。それを窘め止めるリリアンさん。
それを一瞥しつつも、メニューを頭の中で考え、献立を考えていく。うん、だったらアレが良いな。3つ位なら惣菜で色々作らされた経験もあるし同時進行でも行けるだろ。よしっ、とりあえずメニューは決まったっ。
「それではネリーさん。オムライスという料理はどうでしょう?卵を使った料理で、牛乳などを使ってほんのり甘く仕上げる事も出来ますが?」
「うん。じゃあ、それで」
「分かりました」
あとは目的の物を作るだけ、だったが……。う~ん、メインの料理だけじゃ物足りない、か?見たところ3人とも冒険者で体を動かすのが仕事のようだし。疲れた時には甘いもの、とも言うしな。ちなみに、疲れた時に甘いものを食べるのは良い、と言われているが実際には逆らしい。むしろ甘いものを食べすぎると余計に疲労感を感じるそうだ。以前俺が聞いた話によれば、『甘いものを食べても良いがほどほどに』との事だ。
とは言え、食べ過ぎなければ問題無いだろう。
「皆さん、良ければ食後にデザートなど如何でしょうか?」
「「「デザート?」」」
3人とも異口同音を漏らしながら小首をかしげている。
「はい。卵を使った冷たくて甘い料理なのですが、食後に如何でしょうか?」
「う~ん、甘いものは嫌いって訳じゃないし。アタシはちょっと興味あるなぁ。アタシは貰うぜ」
「私もあるかも。私も欲しいっ」
「うん。私も」
どうやら3人とも興味があるようだ。よしっ。
「分かりました。では、これから調理をしてきます」
そう言って俺は一度3人から離れ、あの時の事を、あの時の感覚を思い出す。目を閉じ、深呼吸をして、自分の中にある力を呼び出す。
「……ディメンションマーケット、展開」
そして、目をゆっくり開きながらか細い声でポツリと呟く。
≪了解。ディメンションマーケット、展開します≫
すると聞こえる声と浮かび上がるディスプレイ。そして次の瞬間、ディスプレイが消え自動ドアらしきものが姿を現す。
「と、扉、か?」
「これが、ソラの言ってた力?」
「……いきなり現れる扉。……摩訶不思議」
後ろでは3人が困惑している様子だった。俺はそれを一瞥しつつも、視線を前の自動ドアらしき扉に向ける。
「よしっ」
まだ2回目と言う事で、この扉を潜る事に緊張を覚えるが、彼女達のために料理を作らないとっ。そんな思いで緊張を押し殺し、俺は扉を潜ってディメンションマーケットの中へと入り込む。
扉を越えた先に広がるのは、さっきと何も変わらない店内だった。変わらない商品棚。誰も居ない店内。……ただし変わっている事があった。
「……補充、されてない?」
それは先ほど、俺が持っていった惣菜パンだった。俺が手に取り持ち出した分だけ商品が減っていた。そしてそのまま補充された様子が無い。何故?と思って居ると……。
≪ディメンションマーケット内部の一部商品は、材料を用いてスキル保有者であるあなた自身が調理し補充しなければなりません≫
「うぉっ!?」
いつもながら唐突に聞こえ、現れる声とディスプレイ。全く心臓に悪いったら無い。……しかし、補充されてない理由は分かった。恐らく一部商品、と言うのは惣菜とかの事だろう。タレやお菓子、酒や飲み物などは企業などから購入しそれを店頭に並べて販売するが、惣菜や精肉、鮮魚などはそれをスーパーの中で調理したりパック詰めしたり捌いたりする。そう言うのは俺がやれ、と言う事か。
俺は品数の減った惣菜パンの棚に目を向ける。
「時間がある時に補充しておくか」
今は3人に出す料理を優先したいし、補充は後回しで良いだろう。
俺はカゴを手に店内を回り、必要な材料を放り込むとそのままバックヤードにある惣菜の調理室へと向かった。
改めて中の様子を見るが、設備に器具なども揃っている。そして、周囲を見ていると気づいた。テーブルの上に置かれていた、ビニール袋に梱包されたままの白衣と白い帽子。テーブルの下に置かれた白い長靴、ビニール袋の横に並べられたマスクと使い捨てゴム手袋の箱。
「用意が良いな」
俺は笑みを浮かべながら呟くと、カゴを手近なテーブルの上に置くと、服の上着を脱ぎ白衣と帽子を着て、靴を長靴に履き替え、マスクと手袋を着用する。
「さて、やりますか」
そして俺は調理を始めた。
持ってきた材料を開け、調理器具を複数使って手早く調理していく。その合間に、デザートも用意しておく。
それから約40分後。デザートは今冷蔵庫で冷やしてるから、後で良いな。最後に出来上がった料理を、置いてあったパックに詰めて蓋をする。
さて。これで3人の夕食とデザートの準備も出来たし。持っていってあげないと。
「……ってっ!?俺自分の夕食作って無かった~~!!
今更ながらに気づいてしまったが、今からじゃ作ってる時間が無いなぁ。今からやってたんじゃ折角の出来たてが冷めてしまうし。
「しょうが無い。惣菜パンとか適当に見繕っていくか」
やむをえず、俺は別の袋に惣菜パンを3つ程放り込んでから3人用の料理の入った袋も下げ、出口へと向かう。もちろん袋の中にはプラ製のフォークやスプーンを入れてある。
『そう言えば、こっちの世界には箸ってあるんだろうか?』
ふと、そんな事を考えながら扉を潜って戻ると……。
「あら、もう戻ってきたのね」
「おうっ!待ってたぜ~!」
「……おかえり」
「お待たせしました」
3人とも、何かしらの作業をしていた。テントを作っていたり、火を起こしている。野営の準備、だろうか?そんな彼女達を一瞥しつつ、周囲を見回すと木製の折りたたみテーブルらしきものが展開されていた。……どこからこんな物を?と疑問に思いつつも、こちらを興味津々と言った表情で見つめる彼女達を待たせるのも悪い気がした。
「このテーブルに料理を置いても構いませんか?」
「え、えぇ。どうぞ?」
はやる気持ちを抑えているような表情のエリリンさんに承諾を貰い、俺はテーブルの上に料理を並べ、プラスチックの蓋を外していく。すると出来たての証として、料理から白い湯気が立ち上る。
「「「おぉ~~!!」」」
そして、3人とも瞳を輝かせながら、若干前のめりで料理を見つめている。
「お待たせしました。ご注文の料理をお持ちしました。まずはこちらが、ミーシャさんのカツ丼です」
「おぉっ!美味そうだなぁっ!」
「次いでこちらが、エリリンさんの天津飯となります」
「た、卵にタレが絡んでて、ごくっ。お、美味しそうね」
「最後に、ネリーさんのオムライスとなります」
「美味しそう……っ!」
皆、待ちきれない様子で目の前の料理を見つめている。失礼かも知れないけど、その姿はまるで食事を前に待てと言われている犬みたいだ。さて、それじゃあ皆さんの我慢が切れる前に……。
「さぁ、温かい内にどうぞ。まだちょっと熱いかもしれないので、お気を付けて」
そう言って俺はプラ製の先割れスプーンを手渡す。
「っしっ!そんじゃ食うぞぉっ!」
「そうねっ、貰いましょうかっ」
「うんっ」
3人はスプーンを受け取ると、すぐさま食事を始めた。
「あちっ!けど美味いっ!」
「お、美味しいっ!ふわふわの卵に、とろりとしたタレが絡んでっ!」
『コクコクッ!!』
3人とも、さっきの空腹の時みたいに各々の料理に集中し、それを食していた。
豪快に器を片手で持ち、ガツガツと口の中に放り込んでいく、ワイルドな食べ方のミーシャさん。
スプーンで丁寧に天津飯を切り分け、卵と餡、ご飯や具材を小さくまとめて口に運び、咀嚼しながら笑みを浮かべるエリリンさん。
ネリーさんも、オムライスを一口サイズに分けて、オムレツとケチャップライスをスプーンに乗せるとそれを口へと運んだ。そして目を閉じ、ゆっくりと咀嚼した後飲み込み、その都度満足げな呼気を漏らす。
その様子を見つつ、俺も自分の夕食である惣菜パンを食す。どうやら3人とも美味しいと思ってくれているらしい。
正直、異世界の人間である彼女達に、俺がスーパーの惣菜の仕事で覚えた料理を、そのままの形で出して言いのか後から不安になってたんだよなぁ。
何せ、異世界、と言う位だから少なからず俺達の世界と味覚に関係する所に違いがあるかも?なんて後から思って不安になってたんだが、どうやら彼女達の美味しそうに食べる表情を見る限り、これといって味覚の差は無いようだ。
その姿にホッと息をつきつつもパンを食べる。
それからしばらくして、皆料理を食べ終えた様子だ。
「は~~!食った食った~!いやぁ美味かった~!」
「ありがとうソラ。美味しかったわ」
「こちらこそ。褒め言葉はありがたいです」
エリリンさんの言葉に笑みを浮かべながら答えつつ、空っぽになった容器や俺の食べた惣菜パンの袋を回収してビニール袋に入れて口を縛る。確かスキルのマーケット内部にゴミ箱があったよな。あそこに捨てれば大丈夫だろう。
と、考えていると……。
『クイクイッ』
ふと裾を引っ張られた。そちらに目をやると、ネリーさんが俺の袖を摘まんでいた。
「ねぇ、さっき、デザートとか言ってたけど、それは?」
「あぁ。デザートですね。でしたら今からお持ちしますよ。少々お待ち下さい」
そう言って俺は立ち上がり、もう一度マーケットを展開。中へ入りゴミ箱にゴミを捨てると、そのまま厨房へと向かった。
再び着替え、冷蔵庫の中から冷やしておいた物を出して様子を見るけど、うん。この分なら問題無いな。一緒に冷やしておいた『カラメルソース』も確認してみるけど、こっちも良し。
取り出した料理、『プリン』とカラメルソースの入った小瓶を手に彼女達の所へと戻る。
「お待たせしました。こちらがデザートの卵料理、『プリン』となります」
「「「おぉ~~」」」
俺がプリンをテーブルの上に置くと、やはり3人とも興味津々の様子でプリンを見つめている。
「は~~。こいつはまた、綺麗なくらい黄色くなってんな~」
「ねぇソラ。これも卵を使った料理なのよね?」
「はい。そうです」
俺がエリリンさんの言葉に答えていると、気づいた時にはネリーさんが渡していたプラスチックのスプーンでプリンを掬い、口に運ぶところだった。
「んっ!!」
そして彼女は、口に入れた瞬間大きく目を見開いたっ!?えっ!?
「あ、あのっ!大丈夫ですかっ!?」
ひょっとして何か不味かったのだろうかっ?と言う不安がよぎり、背中を冷たい汗が伝う。
「……がう」
「え?」
「……違う。とても、美味しいっ」
そう言うとネリーさんは二口、三口とプリンを食べ進めていく。ほっ、どうやら問題無かったようだ。
「んじゃ、アタシらも」
「そうね。貰いましょうか」
更にミーシャさんとエリリンさんも食べ始めようとしてるけど、ってそうだっ!ソースがあったんだっ!
「あっ、お二人もネリーさんもっ、少しだけ待って下さいっ!」
「あ?」
「え?」
「何?」
三人とも、唐突な俺の言葉にそれぞれの疑問符を浮かべながらながら手を止める。
「良かったらこのソースを掛けてみて下さい」
そう言って俺はテーブルの上に半透明の、カラメルソースが入った小瓶を置く。
「これは?」
「それはカラメルソースと言って、俺の故郷ではプリンに必ずと言って良い程それを掛けるんです。少しほろ苦い程度ですので、苦いのが苦手な方でも大丈夫だとは思いますが、念のため分けて持ってきました。良ければプリンに掛けてご賞味下さい」
「へ~~。この黒っぽいのをねぇ」
ミーシャさんはビンを手に取り、中身を確かめるように見つめる。
「まっ。試してみっかなっ!」
そう言って笑みを浮かべながら、彼女は蓋を取り少しばかりプリンにソースを垂らした。
そしてソースの掛かったところをスプーンで掬いそのままパクリと一口で食べた。
「ごくんっ。……へ~。悪く無いな。苦いからどんなもんかと思ってたが、成程。別にそこまで苦い訳じゃねぇんだな」
「そう。じゃあ私も掛けてみようかしら」
「……私も」
更にミーシャさんの感想を聞いた二人もそれぞれお好みの量を掛け、プリンを食していく。
「にしてもスゲぇなぁ。同じ卵の料理っつってもさっきの料理と味付けも食感も全然違ぇ」
「そうねぇ。どうやったらこんなになるのか、私達じゃ想像も付かないわ」
「……不思議」
3人とも、美味しそうに、しかしそれと同じくらい不思議そうな表情でプリンを食べていた。
……しかしそうなると、この世界ではやはり甘味、特に俺の世界にあったような菓子やプリンのようなデザート類も少ないのだろうか?彼女達の反応からしても、プリンという存在を知らなかったようだし。と、俺はふと彼女達を見ながら考えてしまう。
それから、デザートも食べ終わった後に俺は再びゴミをマーケット内部のゴミ箱に捨てて戻ってきた。
そして3人の所に戻ってきた時、彼女達からこの世界の事について話を聞こうと思ったんだけど……。
「悪いけどそれは明日以降で良いかしら?流石に今日は色々あって疲れたし。私達もそろそろ休みたいの」
「成程。分かりました」
エリリンさんの言葉を聞き、ならばしょうが無いと俺は自分を納得させた。
そしてその日の夜、俺は3人から分けて貰った毛布にくるまり、テントの入り口の隙間から、都会ではもう見る事の出来ない満点の星空を見上げながら眠りについた。
こうして、俺の異世界での初日は終わりを迎える事になった。
第2話 END
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