表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
監視  作者: 田島 学
4/8

4章

こちらに気づいた綿貫が、手を上げ近づいてくる。

昼時を終えたファミレス内は、閑散としていた。

大学生だと思われる男が、窓際の席で突っ伏して寝ている。

「久しぶりだな。警察学校以来だもんな」

感慨深げに綿貫が言う。

「そうだな。悪いなこんな時に呼び出して」

少し驚いた様子で、綿貫がこちらを見てくる。

「お前がそんな風に人を気遣えるなんてな。

何か心境の変化でもあったのか?」

太い腕を組みながら、綿貫が言う。

大学時代には、ラガーマンとして名の知れた選手だったらしい。

プロになる夢は、足の怪我によって断念せざるを得なかった。

綿貫がどんな意味で言ったのか、分からなかった。

「いや、あの時お前、なんか壁を作ってただろ?

お前らとは絶対に仲良くならないって。

口では言ってなかったけど、顔はそんなだったよ」

確かにそうかもしれない。

ただ、今の自分が変わったとも思わない。

「まぁ、そうだったかもな。

お前は相変わらずなんだろうな。

警察組織を変えるのはいつになりそうなんだ?」

当時、綿貫はよくそんな事を言っていた。

自分がこの腐った組織を変えるのだと、胸を張りながら同期へ豪語していた。

なぜ警察組織が腐っているなんてことが言えるのか、僕には分からなかった。

「あの話か。俺も若かったからな」

綿貫が遠い目をして答える。

「もしかして、諦めたのか?」

「自分だけで挑むには難しい。組織に長くいる程に、それを痛感させられるよ」

巨大な相手にタックルしようと試みたものの、ビクともしなかったということか。

綿貫の図太い体が、急に小さく見えた気がした。

「それで捜査の方はどうなんだ?

犯人の目星はついているのか?」

同期の悲しい姿を見ていられなくなり、目的の話に切り替える。

「今は被害者の交友関係を洗っている所だ。

それらしい人物はまだ見つかっていない」

「死体発見前の、公園周辺の目撃情報は?」

「放置されたのは、深夜23時から発見された早朝6時までの間。

深夜の時間帯で、人通りも少ないので目撃情報は今の所出てきてはいない」

綿貫がコーヒーを口に含み、目を閉じる。

「被害者は大林組の奴みたいじゃないか。

そこら辺の関係はどうなんだ?」

知らない振りをして質問する。

大林組との関係を知られる訳には行かない。

「それも、多分無いと思われる。下っ端の組員だからな。

組のほとんど者が、存在自体知らなかったみたいだ」

日高の言っていた内容と相違ない。

だとするとやはり、一般の者に殺されたという事か。

口が裂けた女の姿が脳裏に浮かぶ。

「どうしてこの事件が気になる?何かあるのか?」

まるで尋問するようにこちらを見てくる。

その目から、真意を推し量っているのが分かる。

確かにそう思われても不思議では無い。

余りにも不用意に行動してしまっていた事に、今になって気付かされる。

「ちょっと、昔の友人に借りがあってな。

そいつから調べてくれと頼まれたんだよ」

綿貫が真っ直ぐに見てくる。

不覚にも目を逸らしてしまう。

「なるほどな。

まぁ、捜査の邪魔だけは辞めてくれよ。

お前がそんな馬鹿な奴だと、思って無いけどな」

綿貫のさっきまでの真剣な顔がほころぶ。

また追求されると思ったので、ほっと胸を撫で下ろす。

「お前、アルジという人物を知っているか?」

「変な名前の奴だな?外国人なのか?」

きょとんとした顔でこちらを見てくる。

「いや、分からない。外国人なのか、性別さえも」

綿貫が腕を組みながら、思案している。

「捜査の中でそんな名前の外人がいたかも知れないけどな。

外人の名前なんてどれも同じに聞こえるし。

そもそも、外人じゃないかもしれないんだろう?」

何も答えられず、ゆっくりと頷く。

「そのアルジという奴がどうかしたのか?

今回の事件に関わっているとでも?」

「現時点では何とも言えない。無関係の可能性だってある」

訝しるような目つきに綿貫がなる。

「刑事の感とでも言い出すんじゃないだろうな?

さっきも言ったけど、捜査の邪魔だけは辞めてくれよ。

お前だって、出世したくないわけじゃないだろう?」

諭すような口調で言ってくる。迷惑を被るのは御免だという事だろう。

「勿論そんなつもりは無いよ。急に呼び出して悪かったな。

また同期で集まって、酒でも飲もう」

「また柄にもない事を言って。期待しないで待ってるよ」

綿貫が店を出ていく。

事件に新しい進展があれば、伝えてくれるように頼んでおいた。

これからどうするべきなのだろう?

今のところ、危害が及ぶ気配もない。考え過ぎだろうか?

ただ、このままの状態にしておくことは出来ない。

アルジという人物について知る必要がある。

女のひび割れた携帯を取り出す。自分の顔が、細切れになって映し出される。

電源を入れようとするが、電池が切れてしまっている。

携帯を手掛かりに調べてみても良いかも知れない。

あてもないまま調べるよりも、そっちの方が効率的だろう。

数人の男女のグループが、店内に入ってくる。

窓際で寝ていた男の元へ、歩いていく。

気づけば、夕日が窓から差し込んできていた。

携帯を握りしめ、レジへと向かう。


携帯の電源を入れ、画面が立ち上がる。

隣の個室から、咳払いが聞こえる。GPSを気にして、漫画喫茶に入ったのだ。

前回でも確認したように、アプリはタイマーなどの既存の物しかない。

その点が、逆に不審に思えてしまう。何か理由でもあるのだろうか?

基本的には、ネットもしくはショートメールで連絡を取っていたようだ。

主に連絡しているのは、死んだ当日に多数の電話をかけてきた者。

ショートメールでの履歴がいくつかあり、2日前の連絡が最後になっている。

「おい、今どこにいるんだ?返事しろ」

このメール以降は、電話でも連絡が来ていない。

きっと女に何かあったのだと、察したのだろう。

ネットのメールから察すると、男の名はタクヤというらしい。

頻繁に連絡を取り合い、数日置きに会っているみたいだ。

その場にアルジという者も一緒にいたのかもしれない。

不思議なのはアルジという文字が、メールの何処にも無い点だ。

それほどに、この人物は自分へとつながる情報を気にしている。

あまりの用意周到さに、舌を巻くほどだ。

女を含む3人で、一体何をしていたのだろうか?

もしかすると、3人だけじゃないのかもしれない。

そして、今後何をする計画だったのだろう?

また、気になる点は家族と思われる者からの連絡がない事。

一人暮らしをしていたのだろうが、それにしても一切無いなんてありえるのか。

まずは、覚せい剤の売人から当たっていくしかないだろう。

幸いにも何度か、やり取りの履歴が残っている。

きっと何かしらの情報が掴めるだろう。

そういえば、日高もその方面を調べてくれているはずだった。

日高へ電話するが繋がらない。仕方ない、自分から動くしかないだろう。

女の携帯に残された番号へと、電話を掛ける。

数コールの後に、枯れた男の声が聞こえてきた。


耳を覆いたくなるほどの大音量が、室内に響き渡っている。

このナイトビーチというクラブは、女と武史が出会った場所だった。

売人から指定されたのが、この場所だった。

あたりは若者ばかりで、自分の存在が浮いているように感じる。

数百人は入れる大きなフロアの隅に、2階のVIPルームへと続く階段がある。

青白く光る室内中央のステージ上で、男のDJがターンテーブルを操っている。

胸を呼応するような重低音に合わせて、若者達が狂ったように踊っている。

周辺の者が僕の存在に気づくと、厳しい目をこちらに向けてくる。

その度に、早くこの場から立ち去りたい衝動に駆られる。

指定されたロッカールームへ着き、携帯で連絡をする。

所狭しと並んだロッカーに、威圧感を覚える。

通路は一人しか通れないほどに狭い。

複数人に囲まれたら、成す術はないだろう。女の夢での言葉が頭によぎる。

程なくして、一人の長身の男がやって来た。前髪が長く、目が見えない。

照明のせいか、不健康そうに見える。

「小野寺さん?」

フロアから漏れてくる音にかき消されそうなほどの声で、男が聞いてくる。

僕がゆっくりと頷くのを見ると、男が口角を斜めに上げて笑う。

「結構なおじさんだね。良い歳して、薬に手を出すなんてね」

男がおもむろに手を広げて金を要求してくる。数万円を出し、男に渡す。

それを確認すると、男が僕に握手を求めてくる。手には薬が握られている。

男は用事を済ますと、来た道を引き返そうとする。

「すまない、君に少し聞きたいことがあるんだが」

男は立ち止まり、怪訝な顔でこちらを見てくる。

「数日前に君から買った女のことを知らないか?

この男と一緒だったはずなんだが」

武史の写真を見せながら質問する。男は写真を一瞥し、首を横に振る。

「おそらく20代ぐらいの女なんだ。きっと何度も君から買っている。

アルジという奴の仲間だと思うんだが」

引き返そうとした足を止め、男がこちらを振り向く。

「あんたみたいな人から、その名前が出て来るなんてね」

男が不敵に笑い、すっと人差し指を口に当てる。

「だが、あまりその名前を大きな声で言わない方が良い」

「君はその人物を知っているのか?

知っているのなら何でも良い、教えてくれないか?」

男は再度首を振り、僕の肩に手を置く。

「知っていても言えないよ。おっさんも、下手に詮索しない方が良い。

その方があんたのためだ。長生きしたいだろう?」

その言葉を残し、男は来た道を歩いていく。

こちらの言葉は一切無視し、人がごった返すフロアの中を突き進んでいく。

クラブの外に出ると、男の姿は無かった。どこへ行ったのか?

男の口ぶりから、アルジについて何か知っていたはずだった。

結局、女について聞き出すことも出来なかった。

クラブの外でたむろする若者達が、座り込んで談笑している。

その脇では高揚した者達が、吸い込まれるようにクラブへ入っていく。

彼らの秘めた力に圧倒される自分がいた。

その力に飲み込まれ、溺れてしまいそうだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ