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監視  作者: 田島 学
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1章

「君達の個性を僕は尊重する。だから、思うように生きてくれれば良い」

中学2年生の時の担任は、眩しいほどの清々しい表情でそう言ったのだった。

新任の若い男の先生だったので、あふれるほどの情熱に満ちていたのだろう。

クラスメイトの中には、それを好意的に思う者もいたし、そうでない者もいた。

寂しいかな、後者の方が圧倒的に多かった。

好意的に思うのは女生徒がほぼだったので、違う視点で評価されていたのだろう。

結論、中学生徒にもなると、簡単には騙されないということだ。

大人が平気で嘘をつくことを、その歳にもなると学習している。

だから、どんなに巧言令色を並べてみても、それは無駄だということだ。

しかし、無垢な当時の僕は、その言葉を真に受けてしまった。

学ランで行くのを辞めて、部屋着のままで登校したら、直ぐに職員室に呼び出し。

好きな女子生徒に何度告白してもダメで、気持ちを伝えるために付きまとったら

その時も同じく説教。

「どうして毎回、お前は俺を困らせるんだ?」

あの時の笑顔とは対照的に、疲れ切った顔で先生は僕を見ていた。

「だって、先生言ったじゃないですか。僕達の個性を尊重するって。

これが、僕の個性・・・」

「そんなのは個性って言わないよ。ただの変な奴だ」

僕には分からなかった。

個性的と変であることに一体どんな違いがあるというのか?

結局のところ、先生は異質な生徒を嫌うのだということ。

あれだけ、美しい言葉を並べようが、それはうわべだけに過ぎない。

僕はこの時、本音と建前は違うのだということを身をもって体験したのだ。

この出来事で、ショックを受けないでも無かった。

でも、とくに気にしてはいなかった。

ただ、意中の女子生徒から陰でキモイと言われていたのを知った時は、

1週間学校へ行けなかった。


大人になった今でも、本質的に僕は変わってなどいなかった。

単純に分別がついただけなのだ。

きっとこれをやったら、変な目でみられるのだろうな。

そう思ったら、やめとこうというぐらいのことだ。

もし、法律というものがこの世になければ、僕はどれだけ幸せに過ごせるだろう?

そんな思いを常に持っている。

きっとこう思っているのは、僕だけではないだろう。


皮肉なことに、僕は警察官になった。いわゆるキャリア組というやつだ。

変なやつだったが、勉強だけは出来たのだ。それだけが唯一、僕の救いだった。

どれだけ僕が馬鹿なことをやっても、勉強が出来るだけで周りから一目置かれた。

正直、僕は心の中で、そんな周囲の連中を馬鹿にしていた。

それを下らないとさえ思っていた。

まぁ、それも仕方のない事だったと、今になって思えるようになった。

だって、大人になった今でさえ、周りにはそんな奴らばかりだから。

同じキャリア組の奴らは、羨望の目で見られることに快感を覚える者もいた。

むしろその為に、これまで頑張ったのだと声を大にする者まで。

僕はそんな奴らも下らないと思った。

ただ、勉強が出来ただけのことだろう?

それだけしか、人に認めて貰える物が無いのだろう?

心の中でそう言って、そんな輩を嘲っていた。

無論、この言葉は僕に対する戒めのものでもあった。

良くも悪くも、この仕事をやっていると、色んな人間に出会う。

他人を平気で貶めたり、人を殺すのをためらわない奴も多くいた。

そうかと思えば、生きていくのに精一杯で、犯罪に手を染める者まで。

それこそ、僕にも負けず劣らずの個性的な人々がごまんといる。

つくづく世の中は広いなと感じる、今日この頃である。

気づけば、携帯に多種多様な人間の連絡先が入っている状態になっていた。

大きな声では言えないが、犯罪すれすれの悪いことをしている奴も多くいる。

もちろん、捕まえようと思えば出来ないこともない。

でも、得てしてそんな人たちが良い情報を持っていたりするのだ。

だから、持ちつ持たれつの関係が成り立っている。

むしろ、そんな人たちを見て、僕は楽しんでいるのだ。

警察をやっていなければ、僕もきっと彼らみたいになっていただろう。


「アニキどうしたら良いんでしょう?」

武史が情けない声で、僕に縋り付いてくる。

目の前には、裸の女が白目を剥いてベッドに横たわっていた。

室内の紫の照明が、女の白い肌を包んでいた。

女の口からは、吐瀉物が出ており、部屋内に酸味のある匂いが充満している。

「この女は知っている奴か?」

「そんなの知らないっすよ。数時間前にクラブで知り合ったんすから」

自分がやってしまった事を棚に上げ、声を荒げながら言ってくる。

聞いた俺が馬鹿だったと後悔する。武史は気が動転し、泣きべそを搔いている。

「少し落ち着け。なんならこのまま、お前を警察署に連れてっても良いんだぞ。

そんな目には会いたくないだろ?それが嫌なら、俺の質問に冷静に答えろ」

その言葉で武史は落ち着きを取り戻し、ことの順序を説明し始めた。

このチンピラが、初めからそうすれば良いんだと、心の中で罵倒していた。

女とは、ここから数百メートルの位置にあるクラブで知り合ったのだそうだ。

出会った時から、女は泥酔していて、歩くのもやっとだったらしい。

この性欲バカザルはそれを良いことに、介抱を装いこのホテルに女を連れ込んだ。

ホテル内でのことは、武史もほとんど覚えていないのだという。

気づけば、女は息をしておらずこんな状態に。

どうすれば良いか分からずに困り果て、僕を呼んだのだった。

テレビ脇に置いてある、女のバックをひっくり返し、中を確認する。

財布の中にも、身元を証明するものは入っていない。

「女の名前は?何か言ってなかったのか?」

「ミヤビって言ってました。本名か分からないですけど」

年齢など、女に繋がりそうな質問をするが、武史はどれも知らなかった。

化粧ポーチを開けると、カラフルな錠剤が小さな袋に入っていた。

「おい、これってお前が渡したのか?」

「違いますよ。俺じゃないっすよ」

錠剤は、覚せい剤のスピードだった。

「お前、こいつがヤッてるって気づかなかったのか?」

「そんなの気づかないっすよ」

またも泣きそうになりながら、武史は言ってくる。

女と武史がいたクラブでは、密売が横行していると聞いたことがある。

持っている量から、女は常習だとみて間違いないだろう。

バッグから取り出した携帯が、テーブルの上で震えだす。

着信が長く続き、やっとのことで電話が切れる。

画面の右半分に無数の傷があり、見づらくなっている。

電源を入れスワイプすると、セキュリティ設定がされていなかったようで

あっけなく待ち受けが表示された。

アプリは初期に入っているものばかりで、SNSは一切入っていなかった。

履歴を見ると、同じ連絡先から何度も着信が入っていた。

数時間前から、30分置きに電話がかかってきている。

アプリを探ってみるが、身元に繋がるものは見つからない。

武史は疲れたのか、呆然とベッドの下に座り込んでいる。

本当にどうしたものか?

まずは死体をこの部屋から運び出す必要があった。

ホテル内には隠しカメラが付いているので、そう簡単にはいかないだろう。

やっぱり、武史を見捨てるしかないか。

しかし、今林組にはいろいろと世話になっている。

ここで恩を売っておいた方が、後々良いかもしれない。

「おい、ちょっと準備してくるから。ここで待ってろ」

声を発することなく、ゆっくりと武史が頷く。

よくこんな男にやくざが務まるものだ。


あれこれ準備している間も、同じ番号からの着信は続いた。

女の彼氏だろうか?そう思うともたもたしていられない。

早くホテルから運び出し、死体を始末しないといけない。

量販店で一通りの物をそろえた後に、ホテルに戻る。

武史は床をじっと見つめたまま、座っていた。

捨てられた猫のように、寂しそうな表情で僕を見てくる。

「まずは、女をシートにくるむのを手伝ってくれ。

ぼうっとしてる暇は無いぞ」

シートを広げ、女を2人で抱えて乗せる。

ゴム手袋越しに、冷たくなった女の体温を感じる。

大きめのキャリーケースに女を詰め込み、室内の後始末をする。

武史は一言も話さずに、黙々と作業した。

近くのパーキングに止めた車のトランクにキャリーケースを詰め込み、一息つく。

秋口の夜だと言うのに、多くの汗をかいていた。

「疲れてるだろ。家まで送るよ」

砂漠の中にオアシスを見つけたように、目を輝かせながらこちらを見てくる。

「良いんですか?アニキ1人で大丈夫ですか?」

「まぁ、任せとけ。ただ、今度は無いからな。

次こんなことしたら、容赦なく突き出すからな」

武史を家まで送った後、山中まで車を走らせる。

死体を隠すあてはあった。

「ここだったら、誰にも見つかりませんよ」

銀歯を光らせながら、醜く笑う男が頭に浮かぶ。

山中にある洞窟に、以前も死体を隠したのだ。

あそこだったら、誰にも見つからないだろう。

この前は何処に隠したのだろうか?

確かこの辺りだったはずだが。

懐中電灯の光は、岩をうつすだけだった。

昼間でも数十メートル中に入れば、足元はおろか手を伸ばした先も全く見えない。

キャリーケースを岩陰に隠し、洞窟内を後にする。

車内に戻り女の携帯を確認すると、また同じ番号から着信が入っていた。

最後の電話には、音声メッセージが残されていた。

携帯を操作し、音声メッセージを再生する。

「おい、どうかしたのか? アルジから連絡があって、次の計画が決まった。

話したいことがあるから、至急連絡をくれ」

若い男の声だった。女の恋人かそれとも仕事仲間か?

その時は、これから起こることを全く想像していなかった。

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