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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

腐敗度と飼育

作者: 公の子孫

ホラーとは言えない代物かもしれませんが、読んでいただければ幸いです。







      もういいかい?






      「まぁだだよ」




 少女がそう言うと、彼女の影から異形のものが姿を現した。黒く大きな獣のような体、鋭い爪のある逞しい手足、そして何より異形なのは、顔が無いのだ。頬まで裂けた口はあるが、目も鼻も眉もない。その代わりに、紙に描かれた顔を貼り付けている。クレヨンか何かで描かれた左右の大きさが酷く違う目に、立派な太い眉、申し訳程度にある鼻。それは少女が幼い頃に描いたものだった。



 彼女はその異形のものを、新愛をこめて

「鬼さん」と呼ぶのだった。





 屋敷の奥のそのまた奥にある、暗い暗い座敷牢。

そこに閉じ込められている少女、アオイ。今日も折檻をうけたのか、頬は腫れ上がり、痣と擦り傷だらけの体を、小さな体を更に小さく丸めて、床に蹲っている。






 『痛いか?つらいか?』




 小さな頭を、大きく凶悪そうな手で優しく撫でながらアオイに話しかける鬼。





 「鬼さんがいるから、死なないから、大丈夫だよ。」







 冷たく暗い座敷牢には、古くて薄い布団があるだけ。明かりのひとつも無い冷えきった部屋で、痛みを堪えながら震える小さな体に寄り添い、せめて自分に体温があればと、実体のない鬼は少し後悔をしていた。





 「ねえ、鬼さんはどうして、私のそばにいてくれるの?眠れるまでお話して?」





 『・・・おまえ、いくつになった?』




 「もうすぐ12歳になるよ。」




 『そうか、もうそんなになったか。それならば・・・』




 鬼はそう言って、この座敷牢で最初に出会った時のことを話し始めた。






   あれは10年前。





 この家は大変歴史が古く、代々とある大切な御役目を任されており、長きに渡って受け継がれていたのだが、ある時お世継ぎに恵まれない事があったのだ。



 それはアオイの曾祖父母の時代にあたる。曾祖母は子を身篭る事が出来なかったのだ。このままでは分家に本家を乗っ取られてしまうと思った曾祖母は、曾祖父の気に入りの芸者に目を付けた。曾祖父母は結託し、芸者を手篭めにして孕ませ、分家にバレぬようこの座敷牢に閉じ込め、産まれた子供を取り上げたのち、僅かな金を握らせて街から追い出したのだ。そしてこの本家の跡取りとして大事に大事に育てられたのが、アオイの祖父であった。見目麗しい芸者の産んだ子だけあって、大層凛々しい男子だったという。




 時は流れ、立派に育った祖父も見合いで結婚し、二人の娘を授かったものの、なかなか男が産まれない。祖母は神にも縋る思いで祈り続け、ようやく授かったのがアオイの父であった。苦労して授かったのもあり、祖父母はこの父をそれはそれは大事に育てた。上の姉2人も歳の離れた弟が可愛く、みんながみんな甘やかして育てたために、ろくに働きもせず、女遊びと博打にばかりうつつを抜かすような屑に育ってしまったのだ。



 それでも可愛い一人息子。凛々しい祖父に似て、顔立ちだけは大変よく、こんな屑でも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる女はたくさんいたのだ。その中でも家柄がよく、大人しく働き者の娘と結婚させ、働かない息子が家の財産を食い潰さないように稼がせ、浮気三昧でも我慢し、文句を言わずに家に夫に尽くさせ、世継ぎを産ませたのであった。



 2人の男子が産まれた矢先、この家が経済的に困窮し始めた頃であった。相変わらず働かない息子が儲け話に迂闊に手を出し、大損をしてしまったのだ。これからもっと嫁に稼いで貰わねば困るのに、そんな時にまた3人目の男子を妊娠してしまったのだ。妊娠に気付いた時にはもう四ヶ月を過ぎており、産むしかない状態だった。祖母はあの手この手で流産するよう仕向けたが、流れる事はなく。嫁も大きなお腹を抱え、祖母に転ばされたり薬を盛られたりしながらも、生活費を稼ぐために無理をして働き続けたのだが、早産ではあったものの流産する事なく無事に産まれた。それがアオイだった。




 男子ではなく、女子だった。白く透き通るような肌をした小さな女の子だった。真っ白い肌に、背中の蒙古斑の青が鮮やかに映えていたので、アオイと名付けられた。世継ぎでも男子でもなかったので、家のものは誰もアオイに興味を持たなかった。今までは当主である祖父が子供らの名付けをしていたがそれもなく、アオイは母が名付けたのであった。この家の誰にも似つかないアオイのこの白い肌に少しの不安を覚えたが、この時はまさかこんなことになろうとは誰も予測していなかった。



 アオイは生まれつき体が弱く、幾度となく入院と手術を繰り返していた。アオイの母も働き詰めだったので、家で誰も看病してくれる者もいないため、ずっと入院させたきりだった。家のものはアオイに興味がないので、入院したきりほとんど顔を見ることもない赤ん坊のことなど、ほとんど忘れていたのだった。アオイが2歳になる頃、ようやく退院してきた時には、アオイの顔を見て皆が驚愕した。





 祖父を産んだあの芸者にまるで生き写しのように似ていたのだ。アオイは決して似てはいけない人物に似てしまった。

 「なんて恐ろしいものを産んだのか!」

これに激高した祖母は怒り狂い、嫁を着の身着のまま家から追い出し、そのまま離縁させたのだ。あの芸者の顔を知るものは、第二次世界大戦の折にほとんど他界していたが、それでもまだ数人残っていたのだ。アオイの父が跡目を継ぐまで決して分家にバレぬよう、アオイをこの座敷牢に閉じ込め、人目に触れさせないようにしたのであった。




 いきなり母から引き離され、泣きじゃくるアオイを祖母は激しく折檻し、座敷牢に放り込んだ。祖父も父もアオイの兄たちも、男たちは黙ってそれを見て見ぬふりをしていたのだった。




 腫れ上がった顔、痣と傷に血が滲み、真っ暗な部屋で声をあげずに泣いていたアオイ。この時アオイはすでに重い病を患っていたのだ。アオイが死んでくれた方が都合がよいこの家のもの達は、アオイの様子がおかしかろうと見て見ぬふりを貫き通した。息が苦しく、気が遠くなりそうになった時








    『もう、いい、かい?』





 聞き覚えのある言葉に、アオイはひとりぼっちじゃなかったのだと少し安堵しながらも、弱々しく返事をした。




     「まあ、だだ、・・・よ」





 するとこの異形の魔物が姿を現し、まだ幼いアオイに契約をもちかけたのだ。この魔物は人間の怒りや憎しみ、恨み辛み、嫉み蔑み、そういったものを集めるのが仕事なのである。だが、長いことここに閉じ込められてしまって体はとうに腐ってしまった。実体がない今はここから動くことが出来ない。だがアオイにとり憑けば、一緒に動き回れるという。



 仕事があるので、このようにアオイが酷い目にあうのを助けたり守ってやることは出来ないが、この魔物が憑いている間は絶対に死ぬことだけは無いのだという。重い病を患いながらも酷い暴力をうけたこの小さな体は、あと数時間も持たないだろう。魔物はそれを放っておけなくなったが、こんな小さな子供が自分を見たら恐ろしかろうと心配し、なかなか出るに出られなかったのだ。昔、子供らが庭で隠れんぼをして遊んでいた掛け声を思い出し、怖がらせないようアオイに恐る恐る声をかけてみたのであった。



 あの時は幼すぎてよく理解していなかったアオイだが、それでも必死に生きようと、この魔物の手を取り契約したのである。



 いつも隠れんぼの『もういいかい?』の掛け声で話しかけるので、いつしかアオイは魔物のことを「鬼さん」と呼ぶようになった。




 『おまえが死ぬことは無いが、おまえがこれから先どんな辛い目にあっていても私は何もしてやれない。こればかりはどうにもできない。だから、私は時々おまえに「もういいかい?」と聞く。本当に辛くなった時は「もういいよ」と答えればいい。そうすれば全てが終わる。』





 「じゃあ、まあだだよって言ってたら、鬼さんはずっとそばにいてくれるの?」




 『ああ、そうだ。いつでもおまえと一緒にいる』





 「わかった。じゃあ、ずっと一緒にいてね。でもそれじゃぁ、隠れんぼがあべこべだねぇ」




 満足そうに小さく笑うと、アオイはよほど疲れていたのか、そのまま眠ってしまった。




 このところ、体罰は酷くなる一方だった。今までは、祖母が何か気に入らない時や機嫌が悪い時くらいなものだったが、この傷の数を見るとそうではない。




 数年前に先代である祖父が亡くなり、跡目を父が継いだのだが、いかんせん怠け者の父は何をやらせても上手くいかず、しかしプライドだけは人一倍高く、叱らないまま今まで育ててきたもので、今更叱りつけることもままならず。祖母は早々に次の跡目を継ぐ上の兄に期待をし、跡継ぎにする教育を始めたものの、父がそれに気付き、自分は何も努力をしないが、人にやられると気に触るようでそれはそれは大荒れに荒れた。あげくまたギャンブルにのめり込み、財産を食い潰す一方。そんな家を見限った長男は家を捨てて出て行ってしまい、次なるは下の兄に跡目を継がせようとする祖母、自分が出来ないことを我が子にあっさり取られて癇癪をおこす父、成績優秀な下の兄は何でも器用にそつ無くこなすが、思いがけず急に期待されるプレッシャーと、子供じみた父の癇癪へのストレス、母が追い出された原因となったアオイへの憎しみが重なり、下の兄もアオイに暴力をふるっていたのだった。



 顔が気に入らないがために、顔ばかりをぶち回す祖母とは反対に、人から見えないような服で隠れる場所ばかりに執拗な暴力をくわえる下の兄。腹や背中は殴られたり蹴られたり抓られたりと、赤や青や紫の痣だらけになっていたのだった。祖母も下の兄も、理由は何でもよかったのだ。ただ虫の居所が悪いとか、ちょっと機嫌が悪いとか、何か上手くいかなかったとか。全ての憂さ晴らしをアオイが受けていたのだ。



 それは暴力だけではなく、この家の人、分家、追い出された母の家族からまでも、疎まれ、蔑まれ、何かにつけて謂れのない酷い暴言を吐かれていた。それもまた、アオイ自身が何かをした訳ではなく、祖母たち同様に理由は何でもよかったのだ。ただ単に、アオイのせいにしておけば、都合が良かったのである。一族全ての怒り、憎しみ、恨み辛み、嫉み蔑みを、この小さな女の子1人に全てぶつけていたのだ。なんの悪気もなく、さも当然かのように。



 母が追い出された理由も、祖母はまさか本家の秘密をバラす訳にもいかず、父がこさえた借金さえも母に擦り付け、母が男に入れあげ、借金と子供を残して出て行った、などと真っ赤な嘘を周囲に触れ回っていたのであった。




 『このところ、腐敗度が高まるのが速いと思ってはいたが、それは酷い有り様だのう』





 「ふはいど?」





 『私がそういった人間の醜い感情を集めるのが仕事だと言ったろう?おまえに対しての怒り憎しみ、恨み辛み、嫉み蔑み。それが集まるとこの首飾りの玉にこうして溜まり高まっていくのだ。それが腐敗度。この地がどれほど腐りきったものかを計るのだ。その為におまえを死なないよう飼育しているようなものだ。』





 「わたしは鬼さんのお仕事のお手伝いをしてるんだね。そっかー。」





 『辛いならいつでも辞めていいんだぞ?』






 「痛いけど、死なないのわかってるし、鬼さんの役にたてるんなら嬉しいから辞めない。時々悲しくなったり、寂しくなるけど、鬼さんがいてくれるから大丈夫だよ。でも、それを集めていっぱいになったらどうするの?」





 『私の仕事はそこまでなのだ。そこから先は私の仕事ではない。だから、いっぱいになったら仕事も終わる』





 「ふーん。じゃあさ、お仕事終わったらさぁ、2人で美味しいものたくさん食べに行こうよ。この前初めて食べた唐揚げとかさ、まだ知らない外国の食べ物とかさ。お腹いっぱい食べたいね。私お金稼げるように頑張るから。」




 『それもいいな。どうした、腹が減ってるのか?今日も飯をもらえなかったのか?』




 「うん、今日も抜きだって。でも、下の兄さんに殴られたお腹が痛いからね、何だかお腹が空かないんだ。食べたいけどお腹がすかないなんて、おかしい、ねぇ・・・」




 そう言い終わるか終わらないかで今日も眠ってしまったアオイ。満足に食事も与えられず、痩せっぽっちの手足は、ほとんど家からも出してもらえないのでまるで幽霊かのようになまっ白くなってしまっていた。



 祖父が亡くなり、芸者の顔を知るものもほとんど居なくなってからは学校へも時々通えるようになっていたが、表向きは病弱なため休みがちとしているものの、実際には祖母の機嫌ひとつで決められていたのだった。学校に行ったところで痣だらけで気味悪がられて、分家の子供らから入れ知恵された皆からイジメにあっていたので、結局家とそう変わらない扱いを受けていました。お家の事情には口出し出来ず、教師たちは見て見ぬふり、どこにいても一緒だったのである。




 「こんな醜い面を人様に見せるなんて、白藤家の恥晒しもいいとこです!」




 祖母にぶたれて、ひどく顔が腫れ上がった日などは、よくこうして怒鳴られ、一日中座敷牢から出してはもらえませんでした。元の顔はどんなだったろうか、アオイ自身もよく思い出せなくなっていた。





 『おまえがここへ来る少し前にな、おまえとよく、似た顔をした女がここに連れて来られたことがあったんだ。腹にやや子がいてな。』





 「その人、どうなったの?」





 『産まれてすぐ、やや子を取り上げられてなぁ。やや子を返せと狂ったように泣き叫んでいたよ。ろくに手当もされぬままだんだん弱ってってなぁ。だからおまえの時のように、契約して命を助けようとしたんだがな。・・・断られたのだ。自分が助かると、やや子が殺されると言ってなぁ。だから、もし次に自分と同じようにここへ連れて来られた子がいたら、自分の代わりにその子を必ず助けてやってくれと。そう言って死んでったよ。』






 「わたしが来ること、その人知ってたの?」





 『さあのう、されどこうしておまえは来た。約束を果たしたのだが、こうして見るとおまえも、あの女子もよく似ておる。笑うと猫のような顔になるところなど、瓜二つだのう』





 「あー、わかった。私がお祖母様たちにいつも言われてるあれね。わたしが似てはいけない人にそっくりに産まれてきたからいけないんだって。きっとその人のことなのね。なんて言う人なのか知ってる?」






 『名前か?ムラサキとかなんとかだったかの』




 「ムラサキさん?わたしのアオイとおんなじ、色の名前だね。それっていつ頃のことなの?」





 『2回目の大きな戦争がはじまろうか、という時ぐらいかの?』





 「わー。随分と昔だね。ムラサキさんは、今頃幸せになっているといいね。」




 

 『うん?死んだと言ったつもりだが?』





 「うん。だから、今、だよ。この世界のどこかでさ。生まれ変わってるかわからないけれど、もう辛い思いをしてないといいね。」





 『そうだのう・・・・』








 こうしてアオイと鬼は、まるで親子のように、友人のように、時には伴侶のように、ただただ寄り添い、暗い座敷牢の中で長い年月を過ごした。






 外の世界では様々な異変が起きていた。眠っていたはずの休火山が活動を再開し、異常気象による山火事や大雨洪水土砂崩れ、日照りや水害による作物への被害、海水温の上昇による生き物たちの変化、台風の異常発生。虫の大量発生、蝗害。野生動物の凶暴化。年々酷くなる一方である。



 そんな中、これらの原因を地球温暖化などとは全く別の視点から探るもの達がいた。彼らは陰陽師や巫女、イタコや拝み屋などといった特殊な家の生まれであり、類稀なるその特殊能力と、現代のテクノロジーを駆使し、古い文献や資料、壁画、太古の昔から語られる神話や伝説などを調べ、これから先に起こりうる天変地異を予測しているのだ。




 そんな中、彼らが辿りついたのは、なんとも夢物語のような神話であった。それは世界各地で似通った形で語られており、呼び名はそれぞれにあれど、内容がほとんど一致しているものだった。



 パンドラの箱、デモンズゲート、地獄の釜の蓋・・・決して開けてはならないもの。それらはこの世に蔓延る悪や負の感情が1箇所に集まり、溜まりに溜まった恐ろしいものが、いつしか全て解き放たれ世界を滅ぼすという。そしてそれを守る門番がいるという。その門番こそが、アオイのいる白藤家の座敷牢にいる鬼であることまでは、まだ半信半疑の段階であった。この国の古い陰陽師の活躍を書いた物語に記されており、登場する地名や人物は実在しているものの、怨霊や心霊現象ならまだしも、この現代において「あやかし」などというものが存在し、それが単体で強大な天変地異を起こそうとしているなどと、にわかに信じられないものであった。



 白藤家の家業は古くから今も受け継がれており、その内容も明らかにされておらず、表向きはあるものをお祀りしている旧家となっている。だがその昔、とある陰陽師が禍々しいものを退治してここに封印し、それが二度と甦らぬようこの封印を護る神職である、と政府が隠し持っていた国宝級の古い文書に書かれていたのを発見してからは、確信に近いものを感じているのだった。




 白藤家はすでに経営がかなり困窮しており、その多くは現当主である父の散財によるものであった。母がいた頃は生活費を稼ぐ者がいたため、大して痛くも痒くもなかったのだが、秘密がバレることを恐れ、稼ぎ頭を追い出し、挙句に投資で大損、先代は亡くなり、保険金で数年は賄えたものの、現当主は仕事を覚えず遊び呆け、次なる跡継ぎには見限られて出て行かれ、最後の頼みの綱であった下の兄も、父の横暴に呆れて出て行ってしまったのだ。残されたのは年老いた祖母と、財産を食い潰すだけのお飾り当主、そしてアオイだけであった。分家の者もとうに皆離れており、プライドばかりの二人を誰も心配して訪ねる者も居なくなった。アオイをどこかに売り飛ばそうかと考えたが、それだけはアオイの父が頑なに許さなかった。ろくでなしのこの男でも、人の親だったのだろう。仕方なく蔵の家宝をほとんど売り尽くし、それでもとうとう、ただ生活するにも困るようになってしまった祖母は、あれほど守り抜いた地位もプライドも捨てて、とうとうお上に助けを求めた。




 この家は大変に古く、いずれ手放す時は国の重要文化財に指定されると言われていたのだ。大金にはならずとも、介護をしてくれる者もいない祖母が、施設に入るためのお金の足しにはなろうかと、国に買い取ってもらえないかと掛け合ったのだった。




 査定などのために政府から調査が入ることになったが、それに便乗してあの彼らの調査団も一緒に加わることになったのだ。政府としても、トップシークレットの項目にこのような非現実的なものがあるのも理解に苦しむが、長きに渡ってこの家についての項目が残されていることや、取り扱いについても厳重に注意書きがされており、その辺の真相を彼らに調べてもらうことにしたのである。









 家がそのようなことになっているとは露知らず、アオイは17歳になっていた。相変わらず栄養が足らず痩せっぽっちではあるものの、体も大きく成長し、最近では祖母もすっかり老いてしまって、暴言は吐くものの、暴力をくわえるほどの体力もなくなっていたのだった。出席日数ギリギリでなんとか義務教育を終えることが出来たが、高校への進学は諦めた。学力はあっても、祖母が全て決めるこの家では、アオイに決定権などなかったのだ。その代わり、祖母の目を盗んで外へ出られるようになり、少数ながらもアオイの事を心配してくれる分家の親戚のところへ畑仕事の手伝いに行っているのだ。採れた野菜や果物をわけてもらったり、オカズのお裾分けや、服のお下がりや、時には小遣いをくれたりもした。それをいつか鬼と一緒に美味しいものをお腹いっぱい食べる時のために貯金していたのだった。分家の親戚連中も、酷い虐待にあっていたアオイを見て見ぬふりをし、あれだけ悪態をつかれていても、恨み言ひとつ言わず、素直に何でもよく聞き、よく働き、どんな物もそれはそれは喜んで、深深と頭を下げてお礼を言って受け取るアオイに、内心申し訳なく思いながらも、何かしてやりたいと思うようになっていた。分家に施しを受けるなんてプライドの高い祖母が知ったら怒り狂うのが想像つくが、もうそんな事も言ってられない財政状況に、祖母も気付いていながらも黙っていたのだった。




 今日も畑に出て、雑草を刈りとっていた。真夏の強い日照りの中、汗と泥でドロドロになりながらも、一生懸命働いていた。せっかくの白い肌が日焼けせぬようにと、おばが麦わら帽子と日除けの仕事着にタオルを着せてやったのだ。ひと仕事終えると風呂に入らせてもらい、上がってくると冷たく冷えたスイカを食べさせてもらった。初めて口にしたスイカは、甘くて冷たくて、水分がたっぷりでひと口噛じるごとに感動しながら食べたのであった。おじが今日は褒美にスイカを1玉丸ごとくれるのだと言う。あまりの嬉しさに飛び跳ねて喜んだ。ここへ手伝いに来るようになって、たくさんの美味しいものを知ったアオイ。美味しいものは全てお店にあるのだと思っていたが、美味しいものは自分で料理して作ることも出来るのだとおばに教わった。そして、畑を耕して1から美味しいものを作る方法も、おじから教わった。実体はなくとも常に一緒にいるので、アオイに何があったか全て知ってはいるのだが、それを夜になるとあの座敷牢に戻って、今日教わったことや今日食べたものの事をひとつひとつ鬼に話して聞かせるのであった。



 今までは、痛みや寒さで眠れないアオイの気を紛らわせるために、アオイが眠るまで鬼がいろんなことを話して聞かせていたのだが、今度は逆にアオイがたくさんの事を鬼に話すようになり、それも苦痛に耐える顔ではなく、楽しそうに笑顔で話している。もう血の滲むような酷い痣や傷、腫れ上がった顔を見ることもなくなり、鬼も遠くを見つめ、そろそろ自分の役目の終わりを考えはじめていた。


 

 だが、いつまでたっても『もういいかい?』の問いには、「まあだだよ」と返されるのであった。






 夏も終わりに近づいてきたある日、いつものように畑仕事の手伝いが終わり、お風呂をいただいて上がってくると、おばが手招きをしている。つられて行くと、おばがアオイに真っ白なワンピースを着せてくれた。まっさらな新品のワンピースはサラサラと肌に心地よく、髪を梳かし、ぎこちない手つきで教えられたとおりにした薄化粧、鏡を見ると、なんだか別人のようなアオイがうつっていた。




 「今までの酷い仕打ちを、許してくれとはとても言えないけれど・・・何かしたくて。おじさんとね、これをあなたにプレゼントしようって考えたの。今まで本当に、ごめんなさいね。どうかこの服を、受け取ってくれるかしら?」




 涙ぐみながら、おばがそう言った。アオイも込み上げてくる涙を零しながら、静かに頷いた。





 「おじさんに見せてあげて?」




 そう促されて、縁側で一休みしているおじのところへ行くと、そのあまりの美しさに、持っていたタバコを落っことしてしまうほど驚いていた。





 「こんなことをしたぐらいで、許してもらおうなんて思っちゃいないが、どうだろう?あんたさえよければ、ここで一緒に暮らさないかい?もうじきあの屋敷も人手に渡る。あの婆さんや、あんたの親父さんが面倒みるなんてとても思えん。あんたのおっ母さんみたいに放り出す気でいるだろうよ。あんたは本当にいい子だ。ここで畑仕事を時々手伝ってくれりゃぁ、何にも要らない。もし行きたいなら学校にも通えるようにだってしてやれる。どうだろう?考えてみてくれないかい?」







 あまりの申し出に、もう涙が止まらなくなってしまったアオイは、わんわん声をあげて泣いた。せっかくの化粧もとれてしまうほどに。生まれて初めて、人に受け入れてもらえた気がしたのだ。






 「おじ・・・さんっ、おばさ・・・ん!あり、がとうござい・・・ます。でっ・・・でも、わだし、いい子じゃ・・・ないんですっ、ごめ、ごめんなさいいい」




 おばは泣きじゃくるアオイの背中を優しく撫で、タオルで涙をふいてやった。





 「あなたはとてもいい子よ?それなのに理解しようともしないで、私たちとんでもない事をしてきたわ。本当にごめんなさい、あなたは何も悪くないのよ。」





 少し落ち着いたアオイが、おばの言葉に何度も何度も首を横にふった。




 「わたしのせいで、たくさんの人を不幸にしてしまったの、わたしが生まれてきたから。死んじゃえばみんながもう困ることないんだって、わかってたけど、どうしても、どうしてももう少し生きていたくて。わたしの我儘なんです、ごめんなさ・・」




 最後まで言う前に、おばが抱きしめてやめさせたのだった。




 「いいのよ、あなたは何も悪くないの。好きなだけ生きてていいのよ、生まれてきてくれて、こんな優しい姪っ子がいてくれて、私たちは幸せだわ。こんな風に思わせるまで、助けてあげられなくてごめんなさいねぇ」




 3人とも縁側で泣いていた。ヒグラシの鳴く声が物悲しく、あたりに響いていた。













 ワンピースの裾のヒラヒラするのを、慣れないアオイは少しこそばゆく感じながら、なんだか足が浮いているような心持ちで家へと帰りついた。





 玄関が大きく開いており、たくさんの人の靴が並んでいた。屋敷の中をスーツを着た大人たちが、写真を撮ったり、書類に何か書き込んだりと、家の中を調べているようだった。少し胸がザワついたような気がして、座敷牢へと急いだ。






 座敷牢の少し手前の廊下に、アオイの布団や荷物がひとまとめにして置かれていた。貯金箱にしていた空き缶が無事だったのを確認してホッとしたが、次の瞬間に血の気が引いた。






 座敷牢の床が剥がされ、床下の土を掘り起こされていたのだ。横のブルーシートの上には人の骨が一体分と、何かわからない大きな生き物の骨のような黒いものがひとかたまりに置かれていた。それの長い爪のような部分を見て理解した。これは鬼の体だと。




 慌てて駆け寄るも、調査員たちに止められてしまった。





 「やめてください!ここはわたしの部屋です!」






 「こんな部屋によっく住んでいられたねぇ~?でももうここはキミの部屋じゃないよ。国の重要文化財になるんだ。荷物はそこの廊下にまとめといたから。ああ、床下から人骨と、何かわからないものがでてきたんだけどさ、キミぃ、何か知ってる?」





 少し小馬鹿にしたような物言いの男がアオイに問いかけた。特殊な調査団のひとりだ。アオイは男を睨みつけ、首を横にふった。だが男は、この得体のしれない黒い骨のようなものをみたアオイの顔が、これが何か知っている顔だと気付いていたのだった。アオイは荷物を抱えて、すっかり中身が減った蔵へ隠れた。





 「あの女の子、ちゃんと見張っといて。何か知ってるわ、ありゃ」






 骨はどこかへ運ばれていき、調査団たちも引き上げて行った。座敷牢は立ち入り禁止のテープが貼りめぐらされ、中に入ることも出来ない。座敷牢の前の廊下にへたりこんだアオイは、ポロポロと泣き出してしまった。





   『もういいかい?』





 「いいわけないよう・・・・あれ、鬼さんの体でしょう?ごめんなさい、持って行かれちゃった・・・」





 『おまえが謝る事はない。あれはもうとうの昔に捨てた体なのだ。もう必要の無いものだ。なんてことはない。』





 「だって、だってさぁぁぁ・・・・ふぅうううう」




 『もう泣くな、今日は泣いてばかりじゃないか。せっかくの服が台無しになるぞ?』





 「うえぇええええええぇ」





 『こうして泣くおまえを見るのも、久しぶりのような気がするのう』




 鬼にすがりついて泣きじゃくるアオイの頭を優しく撫で、アオイがまだ小さかった頃を思い出し、どこかを見つめる鬼。




 そんな二人を、調査員の1人が見ていたのである。彼はポケットから携帯を取りだし、震える手ですぐどこかに電話をかけた。






 「い、いいいました!いましたよタカハシさん!バッバばば化け物ですー!あのっ、黒いやつのっ!化け物本当にいますー!」




 「わかった、すぐそちらに戻る。目を離すなよヤマダ。」




 特殊な調査団のヤマダという男は、ずっと見張っていたのだ。古い文書に書き残された「あやかし」が、まさか本当に目の前に現れるとは思ってもみなかったが、骨が出てきた時から嫌な予感はしていた。どんな体なのか想像もつかないほど立派な骨格、禍々しく鋭い爪のようなもの。それがまさかあのような異形の魔物だったとは。何故か頭部の骨が見つからなかったが、顔がなく、口は大きく裂けて恐ろしい牙がのぞいていたのを見て、ヤマダは震えが止まらなくなってしまった。それなのにあの女の子は怖がるどころか、すがりついて泣いている。まるで親にすがりついて泣く小さな子供のように。ヤマダには理解出来なかった。





 『荷物を持って、おじおばの家に行け。あそこで暮らすのがおまえにとって一番いいだろうよ。なあ?』





 涙を拭いながら頷くアオイの背中をポンポンと軽くたたいて泣きやませ、荷物をまとめておじの家へと向かった。祖母と父は姿が見えなかったが、そんな事より鬼と、もうひとつの骨が気になっていた。あれは誰の骨だったのだろう?荷物を抱え考えながら、とぼとぼと歩いていた。その時。





 黒塗りの大きな車が目の前で止まり、一斉に人が降りてきて、アオイを捕まえ、車に無理やり乗せた。拘束され、なんとか逃げ出そうと暴れたが、ビリッ!と衝撃が走り、気を失ってしまった。









 気がつくと、どこまでもだだっ広い暗い部屋にいた。手を縛られていたが、足は自由だったのでふらつきながらも立ち上がり、辺りを見回した。目の前の先には祭壇があり、ユラユラとたくさんのロウソクの炎が揺れ、祭壇の下には何やら床に円のような模様が描かれており、中央には紫色の布の上に鬼の骨が置かれていた。





 「鬼さん・・・・」






 「鬼なのか?ソレは。なんとも恐ろしい見た目をしていると部下から聞いたよ。今そいつはどこにいるんだい?」




 あの小馬鹿にしたような物言いの男が急に現れて驚いた。その後ろからゾロゾロと巫女や神主のような装束をした大人たちが現れた。





 「正直に言ってくれないかい?キミの身のためでもあるんだよ?これはもう国家機密どころか、全世界を揺るがすほどの大問題なんだよ。でも困ったことにね、キミのお祖母さんも、お父さんも、なーーーんにも知らなかったみたいなんだ。よっぽど大事な事知ってるんだろうと思ってさ、何か隠してるんだって。こっちも仕事だからさぁー。ごめんねぇ、ちょっと手荒にしすぎちゃってさぁ。二人とも死んじゃったよ。」





 タカハシが指さす先には、いつかの自分のように激しく折檻されて血が滲む痣と傷だらけの腫れ上がった顔で横たわる、祖母と父がいた。慌てて駆け寄り、縛られた手でそっと触れたが、すでに冷たくなってしまっていた。






 「俺たちはね、正義のヒーローなんだよ。この問題を解決しなければならない。世界の平和のために。なんかこんな可愛い女の子に酷いことしたらさ、なんか俺ら悪いやつみたいじゃん?だからさ、手荒なことしたくないんだよ。はやく鬼の居場所を教えてよ。そしたら自由にしてあげるから。ね?」




 他の大人たちも代わる代わる説得してきた。今起きてる世界各地の異変、これが世界を破滅に向かわせる大きな天変地異を起こしかねないこと。その鍵を握るのがこの鬼だと言うこと。鬼を捕まえて封印するはずだったが、すでに実体のない鬼を封印するのは無理だと判断し、姿を現した時に閉じ込め、消滅させるということ。これは国の決定したこと、どこにも逃げ場はない。だから協力しろ、さもなければ命の保証はできない、と。






 アオイは考えた。きっとそれが鬼の言っていた仕事なのだろう。小さな頃に鬼が話して聞かせてくれた、太古の昔のこの星の話。この世のしくみ、命の廻り。今起こるこの異常にもきっとそれは理由があるのだと。せっかく優しく受け入れてくれたおじやおばも危険に晒されるのだろう。それだけではなく、この世界全てが危険に晒されるのだろう。だけれど、鬼は言っていた。人の怒り、憎しみ、恨み、辛み、妬み、蔑み。それらを集めて腐敗度を高めるのだと。それはまるで、クジラの死骸のようなものだと。そして、集めるまでが鬼の仕事、そのあとは別の者の仕事だと。



 アオイは気付かれないように、心で鬼に話しかけた。



 「鬼さん、答えて。姿は現さないで私にだけ答えて。」




 『・・・・・どうした?』





 「鬼さんのお仕事、本当はもうとっくに終わっているんでしょう?」





 『・・なぜ知っている?!』





 「時々、呼ばれたみたいに振り返って、どこか遠くを見ていたでしょう?それに、首飾りの玉の中身、もういっぱいだもの。だからきっと呼ばれてるんだって、気づいてたの。でもね、まだ一緒にいてほしくて、気付かないふりをしていたの。ごめんなさい。」





 『・・・・・・わかってたのか』






 


「ずっと一緒にいたんだもの、わかるよう。ごめんなさい、私の我儘でお仕事ずいぶん遅らせてしまったね。もう大丈夫だから。だから、あれを言って?」





 『おまえ、今この状況で・・・死ぬぞ?!』






 「うん、でももう十分だよ。あの時、鬼さんが助けてくれなかったら、とっくに死んでたんだもの。15年も長く生きられたし、鬼さんがずっと一緒にいてくれた。十分だよもう。私、他の人みたいな幸せとか、なーんにも持ってないけど、鬼さんがいたでしょ。他の人がどんなに幸せでも、鬼さんはいないでしょ?他の人が持ってない幸せを、私、持ってたんだから。」




 『・・・・・・・・。』





 「体は死んでも、ずっと一緒にいるよ。だから、お願い。言って?」










     『もう、いい、かい?』













    「もう、いい、よーー!!!!」






 大声で叫んだので、調査員たちは驚いて一斉にアオイの方を見た。




 「わたしには鬼さんが憑いてる、だから何をされても死なないの。だから好きなようにしてよ。そんなのはもう、何百回とやられて慣れてるんだから。ぜーんぜん平気!」





 『こんの・・・・・小娘が!!!!』






 美しい顔が赤く腫れ上がり、白い肌や新品のワンピースが血だらけになってもなお、鬼の居場所を頑なに言わず、ただひたすら暴力を受けていた。調査員の女たちはあまりの酷さに泣き出し目を背け、祈り出す者もいた。




 もう痛みも感じられないほど、頭がぼんやりしてきていた。それでも、鬼は仕事に間に合っただろうかと心配していた。ずいぶん長いこと引き止めてしまっていたから。偉いかたに叱られてやしないかと。心残りなのは、一緒に美味しいものを食べられなかったことだ。実体がない鬼は、物を食べられない。自然の中にある小さな微粒子や電気とか、そういうもので動いているんだと言っていた。自分も死ねばそのようになれたらいいのに、と考えていた。






 「何やっても死なねぇんなら、頭ぶち抜いても生きてられるんだろうなぁ!!!」





   パァーーーーーン・・・!






 乾いた音が鳴り響き、辺りに血が流れ出て、白かったワンピースはじわりじわりと赤く染まっていった。





 痣と傷だらけで痛々しい姿のアオイの顔は、何故か穏やかに、少し笑っているようだった。









 「う、あ、あ・・・・うわぁぁぁあああ!!!」








 ヤマダが腰を抜かして叫んだ。そこには姿を現した鬼がたっていた。アオイが描いてくれた「顔」を剥ぎ取り、本来の顔を彼らに向けた。






 「何をしてる!はやく取り抑えろ!!!」




 タカハシの声に調査員たちは一斉にそれぞれ祝詞やお経や呪文のようなものを唱えはじめた。鈴を鳴らすもの、鐘を鳴らすもの、電磁波や超音波の機械で捕まえようとするもの、札や護符をばら撒くものも。





 怨霊や幽霊などならそれで上手くいったのだろう。鬼にとっては全く効果はない。彼は怨霊でも妖でも化け物でも無いのだ。人間がどうにか出来る代物では無い。





 為す術なく、恐怖に怯え出す彼らをよそに、鬼はアオイの遺体を抱き上げ、愛おしそうに抱きしめた。すると、アオイの肉体は青い炎に包まれて焼かれ、小さな骨だけになった。



 アオイの骨を、大きな口で一気に頬張り飲み込んだ。




 『これで、一緒だのう。アオイ?』





 そう呟くと、実体のなかった鬼の体が青く光り、祭壇の下に置かれた骨が浮かび上がり、祭壇の奥の御神体の下から、頭部の骨が出てきた。骨格が組みあがると、肉が生えてきた。鬼の体が甦ったのである。黒かったはずの鬼の体は、アオイを食べたせいか、美しく真っ白になっていた。その神々しさに、調査員たちはただただ、彼が去るまで黙って見ているしかなかったのである。





 鬼は、首飾りの玉を「偉いかた」に渡した。するとその体は小さな小さな微粒子となって、風にのって流れていった。鬼の「仕事」はようやく終わったのである。




 それから間もなく、世界はたくさんの天変地異に見舞われた。異常気象、疫病の蔓延、巨大地震、大津波、大洪水。数えきれないほどのたくさんの命が失われた。



 パンドラの箱が開いたのだとか、地獄の門が開かれたのだとか、神の裁きだとか人々は言った。





 だがこのことで、汚染された大地は浄化され、新しい命が芽生え、次なるこの星の住民となるものたちが誕生するのだ。


   鬼と、アオイの小さな小さな欠片から。










おしまい。





骨については、ムラサキさんなのか、大昔に鬼を封印した陰陽師のものなのか、どちらにするか迷ったあげく、放置しました。想像にお任せします。読んで下さって、ありがとうございました。

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