第8話 呼び出し
呼び出しって嫌よね。
「散らかっていて、すまんな」
その言葉で視野が広がる、確かに加賀見先生の机の上は、かなりの量の本や書類で埋め尽くされている。
「いえ…… 」
「まぁ、そこに掛けてくれ」
彼女は事務机の横にある椅子を指差すと、椅子から立ち上がり部屋の隣にある給湯室に向かう。
天野達は言われるまま、そこに腰掛けた。
カチャッ
何かを取り出す音に顔を向けると、給湯室の仕切りを境に加賀見助教授のヒップラインが目に飛び込んだ。
それに目を見開く。
しかし、それも束の間、彼女が部屋に戻ろうと身体を向けるときには、天野の顔の向きも視線もまっすぐに向き直っている。
そして彼女は二本の缶コーヒーを、二人の目の前に置く。
コトッ
しばらく二人は、ジッとそれを見る。
「どうした? 飲め」
「「はっ、はい」」
二人は同時に声をあげ、缶コーヒーに手を伸ばす。
そして、缶に触れようとしたとき、彼女の声が飛んできた。
「さて、今回の件だが…… 」
二人とも同時にビクッと手が止まる。
「多様性を組み込んだ人間のシミュレーション。それが天野のコンセプトだな?」
いきなり切り出された言葉だったが、天野は自分が思うより冷静だった。
落ち着いた口調で答える。
「はい、複数のAIを使用する事で、モジュールに個性を持たせることが出来ないかと考えました」
「ふむ、そして立木は新しいガイアのシステムの構築だったな?」
「はい!ガイアでの新しいAIシステムの構築を研究課題としてます!」
天野は具体的なクニヨシの研究課題は、ここで初めて知った。
(そうなのか、それならば自分の研究課題と、同時に進行できるかも知れない)
そんな事を思いながら、缶コーヒーを持ち、開ける為にタブに指をかける。
プシッ!
「お前、天野の構想を元に研究課題を決めたな?」
その言葉に思わず顔をクニヨシの方に向ける。
見ればクニヨシはタブに指をかけたまま、動作を停止させていた。
彼の額からツーっと汗が伝う。
(ああ、やっぱりクニヨシだ)
ジト目に変わる天野。
昔からそうだった、彼は能力はあるのに、何をするにせよ一から始めようとしない。
誰かが何かをやっているときに、横からしゃしゃり出るように顔を出し、それをパッパと片付けてしまう。
多くは手伝いにより感謝されるが、人によってはおいしいところを、彼に持っていかれて、嫌われたり疎ましがられたりもしている。
「まあいい、最初の研究課題に比べれば、随分とましだ。ところで天野一つ質問がある」
(?)
クニヨシの最初に出した研究課題というものが気になるが、加賀見助教授の次に出す言葉に、耳をかたむける。
「なぜ、私の自立思考システムを外したのだ?」
その質問には、先日のガイアで起こった事をぐるっと頭の中で張り巡らせる必要があった。
そして、言葉を選ぶように辿々答える。
「…… すごく悩みました。感情に表される表情や仕草、会話においては違和感など全く感じさせるものではありませんでした」
「では何故?」
「自分は当初から時代設定を古代……思い浮かぶ、古い時代を設定してのですが…… 彼らの行動で気付いたことがありました」
「それは?」
「彼らは現代に知識を持って、行動している事をです。シミュレーション上で早い段階で鉄の精製やガラスの製造を始めました」
「なるほどな…… 」
そこにクニヨシが口を挟む。
「それの何処がマズいんだ?」
その質問には、加賀見助教授が質問で返す。
「立木、ガイアの理念は何だ?」
「はいぃ! ガイアにおける基本理念は『完全なるシミュレーションの構築】……です 」
言葉の途中で気付いたらしい、最後言葉は辿々しいものになっていた。
「そうだ、ガイアは現在の我々の世界との【完全なる一致】を目標とし構築され、今なお更新されている、それが過去のモノでもな」
加賀見助教授は改めてクニヨシに向き合う。
そして……
「だから立木! お前が以前出した研究課題! 【ガイアにおける魔法世界の構築】など許されるはずは無いのだ!」
「はいぃぃ〜!」
(そんなもの研究課題にしていたのか…… )
呆れ顔でクニヨシを見る天野だったが、ふと昔の情景を思い出した。
…… それは中学3年生の時だった、ガイアシステムが初めて世間に公表され話題になった時のことだ。
雑誌の記事を天野の前に掲げ、興奮気味にそれを見せつけるクニヨシ。
『おっめースゲェんだぜ! ガイアって! 俺はぜってーガイアでVRゲーム作って、魔法世界に転生してやる!」
(あれをそのまま地でいってたのか…… 変わらない。いや、ぶれないな本当に…… 」
引きつった表情のクニヨシの横で、天野は笑みを浮かべる。
「では、話は戻るが天野。お前は自分の理論では、それは克服出来るんだな?」
その言葉で浮かべた笑みも吹き飛んだ。
理論上はできるはずだ、だが先日の事を思い浮かべて自信はあまり無い。
「…… はい…… ですが、それを構築出来るかといえば…… その……自信は…… 」
「するのだ」
天野が全てをいう前に、彼女は言葉を被せる。
「自信が有る、無いはここでは関係ない。やるのだ天野」
彼女は真っすぐに天野を見据える。
そして彼は、それに目を逸らす事は出来なかった。
「わ、分かりました」
言ってはみたものの、不安が出てくる。
「よし!アシカビ!」
加賀見助教授は、僅かに安堵とも取れる笑みを浮かべると、自身のAIであるアシカビを呼びだした。
「あいあい〜、うげっ!」
机の上に、随分と小さな姿でアシカビが登場する。
その幼女は、天野とクニヨシの存在に気付くと、露骨に嫌そうな顔をする。
「先程のファイルを展開してくれ、二人に見せる」
「…… あい」
アシカビは小さな返事をすると、姿を光の粒子に変える。
そしてその粒子は形を変え、円柱の形状を表した。
天野の自立思考システムの全容だ。
だが、以前のように〈error〉の文字は極端に減っており、代わりに付箋のようなものが表示されている。
クニヨシはそれを惚けたように見ていた。
「二人でそれを組み上げろ。それが研究課題だ」
「なっ!」
思わずクニヨシは声を上げそうになる。
しかし、加賀見助教授の眼光に身体をダラリとさせ、ため息と共にぼやいた。
「…… しゃぁねぇ」
「天野が考案した物だが、私が少し手を加えた。ガイアで動かすことだけは出来るだろう、参考となりうる資料も付随してある。あとは時間の問題だが…… 」
キ〜ンコ〜ン♪カ〜ンコ〜ン♪
休みを知らせる鐘が鳴る。
「うん? もうこんな時間か、そうだこのシステムを組むのは、チャンネル番号OのNo.56という新規チャンネルを使ってくれ。他に質問は? 」
実は彼女のこの提案、全くのゼロからガイアと同様のシステムを組む事を前提としているのだが、天野は全く気付いてはいない。
加賀見助教授が手を加えたという、自分のシステムを見上げながら、天野はふと思い出したかのように、気になる事を彼女に質問した。
「アシカビの自立思考システムの概要は、どのようなものなのですか?」
今後、後書きにはこの物語に出てくる神様と人物? の対比を書いて行こうかと思います。