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第5話 高木教授の講義

 自分が得意だったのは理科までです、物理や科学は得意ではありません。

 学園内のとある建物の一室、そこは学生達が講義を受けるためのホールであった。

 200名以上は収容できる程の席は設けられているが、その中にいる学生達はまばらで、あちらこちら空席が目立つ。

 いくつかの学生はグループを作り喋っていたり、スマートフォンを触っているものもいれば、うつ伏せになって寝ている学生もいる。

 それらの学生に混じって天野は目立たない一つの席に着いた。


キーンコーン、カーンコーン〜 ♪


 捨内にチャイムが鳴り響く、天野はカバンからタブレットを取り出すと、小型のマイクを取り付けそれを静かに机の上に置いた。

 前方の教壇に人影がうつる。

 初老の地味なその男性は、ゆっくりと教壇に上がるとおもむろに(しゃべ)り始める。


「え〜、皆さん。え〜今日はですね。え〜ガイアシミュレーションシステムの〜概要を説明しようと〜思います」


 壇上に立つ、この男性の名前は高木慎也(たかぎしんや)、当学園の教授であり天野の研究室の担当教授である。

 やわらかな物腰のその口調は、学生達をたちまち睡魔に陥れると言われ、学生達からは睡眠先生だのスリープ教授だの言われている


「ガイアシステムとは〜」


 天野は教授の方には目を向けず、ダブレットの画面を見る。

 画面に[ガイアシステムとは]と表示される。

 ちゃんと読み取れているようだ、高木教授の声はそのまま文字に変換されていく。


「現実世界のある物体が〜 いわゆるエネルギーと言われる物の影響で〜 どのように変化するのかを〜 シミュレート、つまり模写して〜それを観測する事を目的とし開発されてきたものです」


「え〜 そのシステム構造は〜端的に言いますと、複数の物理演算ソフトの〜複合体と思えばよろしいでしょう。基礎となる概念は〜エネルギーの再現であり〜。え〜位置エネルギー、え〜運動エネルギー、え〜回転エネルギー、振動エネルギー、え〜っと熱エネルギー、電磁エネルギー、光エネルギー、あ〜化学エネルギー、原子核エネルギーなど〜 、これらのエネルギーをそれぞれ〜独立した〜演算ソフトで再現しているわけであります」


 天野は画面をジッと見て、講義の内容がきちんと画面に反映されているかを確認する

 (おおむ)ね高木教授の発する内容と一致するが、ところどころ「あ〜」とか「え〜」などの発音せいで、文章がおかしくなる箇所を随時修正していく。


「……… 」


 高木教授のその独特な(しゃべ)りかたと、単調な作業に集中力が削られていく。


「そのうえで〜 固体・液体・気体、鉱物など〜現存するあらゆる物質を配置させ〜。え〜さらに、それぞれの動物や、あらゆる種類の植物のデータプログラムを〜、そのシステム上に乗せるような形で、え〜シミュレートしているわけであります」


「………… 」


「以前であれば〜この様な〜え〜複数のソフトを〜同時に稼働させることは〜スーパーコンピューターでも不可能と言われていましたが〜」


天野の姿勢はだんだんと崩れていき、目がトロンとしている。


「……さすが、高木教授だな…… 」


「この膨大な作業を可能としたのが〜、当学園にある〜え〜量子コンピューターであり、並列物理演算システムを〜組み込んだ融合演算システムと言う訳であります」


 ここで天野は文章の編集は諦めた。

 実は天野は去年にこの講義をすでに受けていたのだが、先日のことが気になり、講義を受け直したのだ。


「さて、この〈ガイアシステム〉というのはですね〜、非常に高度な〜情報処理を行なっていると言われますが〜…… 」


「……この〈ガイアシステム〉というのは、非常に高度な情報処理を行なっていると言われるが、考え方は非常にシンプルな物だ」


 教授が話す内容を思い出しながら、頭の中で反芻(はんすう)していく。


 普通の物理演算ソフトで言えば、例えば〈ウサギが人参を食べる〉といった動作をシミュレーションする時に、一つのソフトでウサギと人参のデータをそれぞれ作り、設置条件や行動パターンを入力して動かす事になる。

 これは例えるならパラパラ漫画だ、用紙に一枚一枚絵を描き、それを連続でめくってうごかしているようなものだ。


 それに対すると融合演算システムは、アニメーションのセル画処理に近い。

 ウサギはウサギのソフトで、人参は人参のだけのソフトで動かす。

 それらを重ねる合わせるように動かし処理していくのが融合演算システムだ。


 このウサギと人参のソフトプログラムは、質量を持った物体として取り扱われ。

 それぞれのエネルギーに変換された物が、お互いにどの様に影響を及ぼすかを、このシステムは瞬時に…… 演算…… 処理して……

 そこで天野の意識はまぶたの奥に消えた。



「え〜、ここまでで何か質問は〜、ありませんか? 」


 休憩に差しかかる前、寝ていても何故かこの様な言葉は耳に入るものである。

 口元を拭きつつタブレットを手に取り、画面を向けた。


「ここまででいいか…… 」


 天野はうっすらと目を開けた状態でぼんやりとしていたが、霞がかった視界の片隅に手を上げる女子学生の存在に気付く。


「ガイアでは完全な人間を再現できるのでしょうか?」


 落ち着いた澄んだ声に天野は少し反応する。


「現状、ガイアでの〜人間の再現はですね。え〜生態的という部分に関してならば完全と言っていいほど再現出来ております」


 周りから「おぉ」とか「スゲェ」と声が上がる。


「しかしながら〜、感情などと言われる〜いわゆる『人間らしさ』の再現は難しく〜、当学園含め、あらゆる研究機関で今なお、研究がされております」


 天野は「まあ、そうだろうな」と、思いつつ、高木教授の話を、そのままに聞いていた。


「当、学園においては加賀見助教授のもと、え〜その研究がなされており〜。『アシカビ』という名のAIが研究の題材とされています」


 最後の言葉に、一気にサーッと血の気が引く。


「はぁ〜」


 机の上に頭を落として項垂れる。

 その横を休憩に入る女子学生が通り過ぎていく。


「アシカビだって、変な名前よねー」


「ねー」


 クスクスとした笑い声に、何故か打ちのめされた気分になる。


ポン!


 丸め込まれたノートが、天野の頭に軽く叩きこまれる。


「あにやってんだ。行くぞ」


 頭を上げるとそこには、目にクマを作ったクニヨシが立っていた。


「あぁ」


 そんな彼に天野は力無く答える。

 そして見たままを口にする。


「クニヨシ…… その顔…… 」


「眠れなかった…… 」


 クニヨシの答えは素早く簡潔だった。


「…… そうか」


 天野の返事を合図に二人はうなだれる。

 その理由がある。

 二人がガイアに入ってから四日後、昨日になるが、どちらもある連絡を受けていた。

 それは加賀見助教授からだった。

 つまり、呼び出しをくらったのである。

 力なさげにトボトボと下を向きながら歩く二人。

 そんな彼らに気付いた人影があった。

 それは廊下の壁に身を隠すと近づいてくるのを待つ。


「わっ!」


 声とともに飛び出してきたのは、豊野久美だった。

 彼女はセミロングの髪型からショートボブへと変えており、どことなく垢抜けた雰囲気になっている。

 しかし、二人は彼女の前をそのまま素通りしていく。


「ちょっと、無視するつもり!? 失礼じゃない!!」


 ムッとした表情と手を腰に当てた姿勢で非難の声を上げ、二人を呼び止める。


 ピタッ!


 その久美の声にクニヨシは立ち止まる。


「失〜礼〜だぁ?」


 ドヨーンとした雰囲気をそのままに、目をつり上げ振り返る。

 その異様な空気に飲まれた久美は一歩後ろに下がる。


「な、何よ!」


「何よ! じゃねぇよ! どっちが失礼だよ! 加賀見先生にどんな報告してんだ!」


「じ、事実じゃない」


 クニヨシの言葉に対して気遅れしているものの、言い返す久美にクニヨシは言葉を続ける。


「アホか! 小中学生じゃあるまいし、裸見たぐらいで騒ぐな! おかげでこっちは呼び出しくらってんだぞ!」


 クニヨシの言葉で周りの学生達の声が止まり、一斉に天野達を見る。

 あきらかに周りの空気が変わる。

 その空気の変化に気付き、天野はクニヨシに声をかけた。


「お、おい!(クニヨシ)」


「だってそうだろ? こちらとガイアで真剣に……ってどうした?」


「周りを見ろ」


 辺りで学生達が何やらヒソヒソ話をしている。


(なに? あの二人組、あの()に裸見せつけたらしいよ)

(それもガイアでですって)

(先生に報告した方が良さそうね?)

(いや、呼び出されているみたいだから、報告されているんじゃない?)


 周りの異常にいち早く気付いた久美は、顔を真っ赤にして駆け出し、その場から逃げ出した。


 周りの学生のヒソヒソ話は続く。


(やっぱり、クロだな)


「ちっが〜う!」


 クニヨシが叫ぶが、状況が悪すぎる。


「(逃げるぞ… )」


 天野はクニヨシに耳打ちすると、すぐさまその場を離れようと駆け出した。


「おい! ちょっと待てよ天野!」


「(ばかやろー、名前を呼ぶなー) 」


 天野もまた顔を真っ赤にして、その場を走り去っていく。

 そんな彼らの一部始終を見ていた一人の学生がいた。

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