第4話 加賀見助教授
皆さんは神様の存在は信じますか?
初夏の陽射しの下、遠くの空には入道雲が湧きあがり、道は逃げ水が現れて、わずかに景色を歪ませる。
周りの林からは蝉がうるさく鳴き、それが焼けたアスファルトに溶けていく。
その中を豊野久美は気怠そうに歩いていた。
「あっつ…… 」
目的の建物の玄関前に立つと、胸ポケットから学生証を取り出し、扉に向かって〈それ〉を差し向ける。
「加賀見助教授まで」
そしてインターホンに向かって、そう言うと、音もなく扉が開いた。
中から涼やかな風が彼女の頬をなで、わずかに髪を揺らす。
「ふぅ」
至福の表情を浮かべながら、彼女はホッと一息つくとまた歩き出した。
表札に[ガイア開発研究室]と書かれた部屋の前に立つ、そして……
「タマチム、入るよ〜」
彼女はノックも無しに、勝手にドアを開け中に入っって行った。
「コラ! 部屋に入る時はノックしなさい。それと学園内では、その呼び名をするなと言ったろう!」
少し慌てた感じで振り向く女性、綺麗に揃えられたショートヘアー、フワッと浮く前髪からは、ややキツめな印象を受けるが均整な目、スッとした鼻筋に、薄く紅を引いた唇。
どこぞの女優と言われても遜色のない、知的な女性がそこにいた。
彼女の名前は加賀見玉緒。
ここ、高木研究室の助教授であり、ガイア開発部門の責任者でもある。
この学園の中でも、最も優れた頭脳の持ち主と言われている才女だ。
実は彼女、歳は久美と〈さほど〉離れていない、というのも、彼女は海外留学先で飛び級で博士号を取っており。
それを以って、この学園の准教授として赴任したのだ。
「ご〜め〜ん〜な〜さ〜い〜」
てへぺろ感満載で反省のかけらもなく久美が答える。
「まったく!」
そう言いながら睨む目をする。
外部の人が見たら、相当怒っているように見えるのだが、久美は全然気にしていないようだ。
むしろ〈あれ?〉って感じで、加賀見助教授の顔をのぞきこむ。
「コンタクトしてないの?」
そう、彼女は近眼でかなり重度のものだった。
「今日は乾燥しているからな、使わないと思い置いてきた」
そう言うと、机の引き出しからケースを取り出し、研究用のVR・ARメガネを取り出す。
このメガネは天野が掛けていたものより古い、かなり無骨な印象を受ける。
それを彼女は掛けると、スイッチを押した。
いきなりレンズ越しに彼女の目が、虫眼鏡で見たように特大化される。
久美はこうなる事を予測していたが……
「プッ」
思わず吹き出してしまった。
「笑うな」
やや頬を赤らめ、拗ねたように久美に言う。
その目は叙々に普通の大きさに戻っていった。
「それで? どのような感じだ?」
「うん、普通の大きさに戻ったよ」
笑顔で久美は答える。
それを聞いて、加賀見助教授はため息交じりに言った。
「私の目の大きさのことではない。皆の研究の進捗状況だ……見てきた順番で良い」
「えーとね、システム課だと臼井君は目にクマ作ってやつれていたけど、目標の70%は達成してるって。小戸くんは、その出来たのを後輩と順次組み立てているよ。郁美ちゃんは生物育成プログラム上の動作と現実世界での差異や、足らない物をデータ化して纏めてるけど、どこまで細分化すればいいにか悩んでたな。あとの人もそれなりに順調に悩んでる」
「はは、そうか。それでAI課だとどんな…… 」
「あのねー聞いてくれる? トナチムってホントにデリカシー無いのー」
「いや、だから私が聞いているのは研究の進行状況を…… 」
そのタイミングで、加賀美の掛けているメガネのLEDランプがチカチカと点滅をする。
「ちょっと待ってくれ」
彼女はそう言うと、机に置いてある将棋盤のようなボードを立て掛けた。
一つ一つの升にICタグが貼り付けられている。
それを見て、久美も胸ポケットからメガネを取り出し、それを掛けるとフレームのスイッチを押す。
するとボード上に立体的に人物像が浮かび上がる、それはアシカビだった。
そしてそのアシカビは顔を伏せ、えっぐえっぐと泣いていた。
その姿を見て久美は声を上げた。
「ど、どうしたの?」
「えっぐ……ポ…ポン…えっぐ、ポンコ……ズビィイ!!」
久美が心配そうに様子を見ている横で、加賀美助教授は冷めて目でそれを見ている。
「ポンコツって言われた…… わぁ〜〜〜ん」
「ええと、誰に? 何処で?」
久美はなだめるように優しくアシカビに問う。
「AI課とシステム課の二人組……ガイアで…… 」
それを聞いて浮かび上がる人物は二人しかいない。
「それってトナチムとタッキー。ああ、天野君と立木君?」
「……うん」
久美の中で黒くモヤッとしたものが、ボウッと燃える。
それまで黙って聞いていた加賀美助教授は、ここで口を開いた。
「いまいち要領を得んな、それで結局ガイアで二人は何をしていたのだ?」
久美とアシカビは、お互い向き合っていたが、その周りが歪んで見えてくる。
黒いオーラを纏いながら『ゴゴゴ!』といった、効果音が聞こえてきそうだ。
二人はゆっくり加賀美助教授に向き合うと、不自然な笑顔と共に答える。
「「ガイアで裸の女の人作っていました」」
加賀美助教授は変わらず冷めた目で見ていたが、その言葉を聞いて一瞬眉毛の端をピクッと動し、目つきを鋭いモノに変えた後。
「ほう…… 」
そう呟いた。