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第18話 研究発表

 海に近い小高い岩山の上にある、その小さな旅館は夕暮れを迎えていた。

 西の陽射しは周りの林に遮られているものの、風はその木々を通り抜け、潮の香りを運ぶ。

 バスから降りた学生たちは旅館の玄関先に集まり、ガヤガヤとした雰囲気の中で各部屋の割り当て表を貰っている。

 多人数のシステム課は、二〜三人で一部屋を割り当てられ、人数の少ないAI課は個室を与えられていた。

 もちろん男女、別である。


「え〜、夕食は6時半からとなります。研究発表は明日の午前10時より開催しますので〜、それまでに各自研究発表の内容を〜用意しておくように。え〜部屋の割り当て表は貰っていますね? では〜解散」


 軽い足取りで、移動する学生達の中、天野はそこに立ち(すく)んだままでいた。


「何であんな夢を…… 」


 ぼんやりとしたあの少女の顔が脳裏によぎる。

 それを振り払うかのように彼は頭を振った。


プップッ!


 そこに一台の乗用車がホーンを鳴らして現れる。

 道を譲るように催促しているようだ。

 よく見ると運転席には加賀見助教授の姿が見える。

 慌てて小さく会釈し場所を譲ると、車は玄関横に止まった。


カチャッ


「ふぅ」


 加賀見助教授は運転席から出てくると片腕を上げ、大きく背伸びをする。

 どうやら発表で使う資機材を運搬したらしい、助手席にも荷物がごっそり乗っている。


「お疲れ様です」


「ああ、みんなも着いたのか」


「はい、たった今着いたところです。この荷物は? 」


「今回の発表で使うと思われる資材を持ってきたのだが、業者に頼んでもよかったかな…… うん、顔色が悪いな」


「い、いえ……ちょっと車に酔ったみたいで…… バスには乗せれなかったのですか?」


 実際には車酔いしている訳ではなかったが、それらしいことを口にする。


「ああ、自宅に置いているものもあって、二度手間になるからな」


「教員宿舎ではないんですね」


「ああ、祖母の家に間借りさせてもらっている」


「遠いんですか?」


「学園からだとちょっとあるな、場所は八田(やた)の山手の方だが、古い家でな…… 」


 そこで加賀見助教授は口を(つぐ)む。


「?」


「天野…… 女性の家を聞き出すのが上手いな」


「い、いえ! そんなつもりは!」


 加賀見助教授の言葉に対して、天野は顔をブンブンと横に振る。


「はは、冗談だ」


「て、手伝いましょうか?」


 話を逸らす事も含めて、天野は加賀見助教授に申し出た。


「いや、明日の朝でいい。部屋に持っていっても邪魔になるだけだしな。詳しくは明日の発表で聞くが… どうだ、研究の方は?」


「思ったよりは、うまくいってません。ですが、前には進んでいます」


「そうか、まあ今日はゆっくり休め」


「はい」


 天野はペコリと会釈すると、旅館の玄関に向かって歩き出した。


 部屋の割り当てからすると、男子は本館、女子は別館となっている。

 本館はコンクリート造りの古い建物で、ところどころ汚れや壁が傷んでいるが、天野は特に気にする様子もなく、部屋のある方へと階段を登っていく。

 部屋の入り口となる(ふすま)に手をかけ、それを開ける。

 畳張りの部屋は窓から差し込む夕日で染まり、窓からの景色は夕日に(いろど)られた海面が一面に広がっている。


 彼は、その景色に少しの間、魅入った。


「うぉーい、飯いくぞー」


 (ふすま)越しにクニヨシの声が飛び込んできた。

 天野は我にかえり、すぐに返事を返す。


「ああ、すぐ行く」


 荷物をおもむろに置くと、(きびす)を返して部屋を出るのであった。


 食事は別館のホールで食べることになっている。

 天野は隅の空いている席へ座り、とりあえずおしぼりで手を拭くことにした。

 そこに高木教授の音頭が入る。


「え〜、皆さん揃いましたね。明日は発表の日となるのであまり夜更かしをしないように、それでは頂きましょう。頂きます」


「「「「いただきま〜す」」」」


 まるで小学生の修学旅行のようなノリで夕食が始まる。

 前に並ぶ料理は、そこまで豪華な感じではなかったが。


「うま!」


「これ、おいし〜」


 海が近く、鮮度抜群の魚類をメインとした料理は一口食べた学生達を虜にしたようだ。

 旅館のおばちゃんはニコニコしながら、みんなに声をかける。


「おかわりはいっぱいあるから、遠慮しn a…… 」


「おかわり」「おかわり」「おかわり」


 言い終わる前に、あちこちから声と茶碗が飛び出す。

 おばちゃんは、あまりの一瞬の出来事に身をよじって(ひる)みを見せた。


「自分の分は、自分でつぐように」


 そこに凛とした声が響く。

 加賀見助教授の声だ。

 その声で鳴りを潜め、周りの茶碗が引っ込み出した。

 

 その時!


 加賀見助教授はスクッと席より立ち上がる。

 

 手に空になった茶碗を持って。


 そしてスタスタと無言で炊飯ジャーに立つと、てんこ盛りにご飯を茶碗につぎ。

 またスタスタと無言で席に戻ると、姿勢を正し、上品かつ優美に、とんでもない速さで食べはじめた。

 それを学生達は啞然とした目で見る。

 あっという間に、先ほどの茶碗が空になった。

 そしてまた彼女は席を立つ。


 空の茶碗を持って。

 ほっぺたにお弁当を付けて。


 加賀見助教授はご飯をつぎながら周りを見渡す。

 そして、彼女は(?)の表情を浮かべながら、言葉を出した。


「どうした? みんな食べないのか?」


 加賀見助教授の言葉を合図に、学生達は一斉に炊飯ジャーに群がるのであった。


〜〜〜(翌日)〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜


「ほぉ、今年も学生さん、きよっ(来た)とかい」


「そんよー、昨日の晩はてぇへん(大変)だったとよー」


 蝉の鳴き響く中、旅館のおばちゃんと、首にタオルをかけたTシャツ姿の近所のおっちゃんが、風鈴の架けられた軒下で井戸端会議をはじめた頃、学生達の研究発表会は始まった。


 旅館の一室…… というか食堂を利用して簡単な壇上と、スクリーンが設置されたなかでの発表会である。

 みんなラフな格好で、気楽な感じではあるが、壇上には高木教授と加賀見助教授がスーツ姿で構えており。

 それなりの緊張感が漂っており、ふざける学生は一人もいない


 そんな中、システム課の各人がそれぞれの発表を行なっている。

 そして、天野は上の空だった。

 昨日の夜は休まることが出来なかった。

 目を閉じると昼間の出来事が浮かび上がるのだ。

 おかげで、それが今なお、付きまとっている感じがするのだ。


「私たちの研究は、ガイアのシステム上における各研究グループとの…… 」


 前方の壇上ではシステム課の角川信二と、同じくシステム課で久美の友人でもある神谷郁美の研究発表がなされているようだが、天野の耳には入っていない。

 スクリーンを使うことで、薄暗く設定された部屋の中で、天野は頭を抱えていた。


(…… 何であんな夢を)

 

「…… のシステムの干渉によって起こる不具合を改善すべく…… 」


 意識が朦朧(もうろう)になると、それでまた思い出す。


 あの少女を


(クソッ!)…………(クソッ!)…………()


「…… このように境界を設けることで、改善を目指しております。以上です」


 発表が終わったようである。

 発表者である、郁美はホッと胸を撫で下ろすとニコッと笑う。

 彼女の笑顔の先には友人に向けて、小さくパチパチと手を叩く素ぶりの久美がいた。

 高木教授がマイクを手に取り、マイクに向かって首を伸ばしながらゆっくりと次の発表者の名前を言う。


「え〜それでは次に、あ〜AI課の天野君と豊野くん、え〜システム課の立木君…… 天野君?」


 席を立つクニヨシと久美の横で、天野はまだ席に座ったままであった。


「ほら、トナチム私たちの番だよ! トナ(とな・・・)チム!」


 久美が二度目のトナの発音を出した時に、別の声が重なって聞こえた。

 驚愕の表情をあらわにし、久美に目を見開く。


「な、何よ。私たちの番だよ」


 困惑の顔で久美は天野に向かって言う。

 そこにクニヨシがスッと背後から近づき天野に耳打ちする。


「(天野、ここは学習発表会の会場だ、落ち着け)」


「あ……ああ」


 叙々に顔のこわばみが取れていく感じで、いつもの天野の表情に戻ってくる。


「大丈夫かね? 」


「はい」


 高木教授の質問に答えたのはクニヨシだった。

 席を離れる直後にクニヨシは久美に小声で話す。


「豊野、先に壇上に上がってくれ」


「あ…… うん」


 先に壇上に上がり始める久美、クニヨシと天野は並んで壇上に上がりだす。


「(大丈夫だ天野、俺が付いてる)」


「(いや…… もう、大丈夫だ)」


 天野の顔はまだ、すぐれていない。

 だが、クニヨシは小さく「(そうか)」と答えた。


 壇上に上がると、まず久美が口を開いた。


「私達AI課が研究として行なっている内容はガイア内に人体モジュールを組み込み、それを二体のAIによって並行作業させ、相互のシミュレーションの変化・変位をさぐることでモジュールの多様化、しいては差別化による[個性]の発動を目的として進められております。以前、当研究グループの助教授である加賀見先生より、先生のAIであるアシカビの自立思考システムを導入しましたが、[ガイアにおける現実世界との相違]という部分において断念しました」


 久美の発言の間で、天野は状況を把握でき、ようやく自分を取り戻した。

 そして一歩前に出る。


「そこで、私達は新しい自立思考システムを組み込むことで問題を解決しようと思います」


 スクリーンに天野のシステムルーティンが映し出される。

 学生達からどよめきが起こった。


「何あれ」


「でか!」


「現段階では、まだ全てのシステムを導入しておらず、シミュレーション内容も不具合が多いものですが、中間発表会までには形にして内容を発表する予定です」


 まだガヤガヤする中、クニヨシはしれっとマイクに向かって発言する。


「ん〜、俺はこのシステムを組み上げるのを手伝います。以上」



「立木、言うことはそれだけか…… 」


 ボソリとした口調だが、マイクを使用しているので部屋に響く。

 急に静かになった部屋の中で、学生達は声の主に目をやった。

 そこには、テーブルに身を乗り出し、投射機の放つ光が反射をへて、テーブルから光を受ける加賀見助教授の姿がある。

 ちょうどライトを顎下(あごした)から上に向けているに等しい。


 鬼の形相である。


 「あ、後! 天野のシステムを組み込むにあたり、このシステムを導入する予定です!」


 顔を青くさせたクニヨシは慌てて手元のパソコンを操作すると、スクリーンに一つのシステムルーティンが表示された。

 巨大なバウムクーヘンを縦に三つ切りにし、いくつも重ねたような姿をしており。

 切ったところは少し隙間があるが、その隙間にはシステムを繋ぐラインがビッシリと詰まっていた。

 

(いつの間にこんなものを!)


 天野も初めて知ったらしくかなり驚いている。

 だが、横の久美はアレ? とした表情を浮かべている。


(これって、アシカビちゃんのルーティン?)


「そうか、よかろう…… 中間発表会の際はその内容を皆に発表する様に…… 」


 そう言うと、加賀見助教授は静かに身を引き、澄ました顔で椅子に座った。

 会場の空気がようやく落ち着きを取り戻した様だ。


「え〜、それでは以上を持ちまして夏季合宿の研究発表会を終了します。あ〜中間発表会まであまり期間がありません、え〜今回の発表を踏まえ、問題点を改善する様にしてください」


 高木教授の声が終わると、途端に部屋が騒がしくなる。


「よっしゃ〜、終わったぁ〜」


「海行こうぜ、海!」


「あ〜ん、こんなんじゃあダメだぁ〜」


「ね〜、水着どれにする?」


 それぞれ思うことを口にしながら、学生達は部屋を出ていく。


「俺たちも出ようぜ」


 クニヨシが天野に言う。


「ああ」


 その時、声が飛ぶ。


「立木國嘉」


 加賀見助教授の声である。


「はいぃ〜」


 クニヨシは背筋を伸ばしながら返事をした。

 声の方向を見ると、人差し指を上に向け、クイックイッとジェスチャーで呼ぶ加賀見助教授の姿があった。

 トボトボとした歩調で項垂(うなだ)れながら向かっていくクニヨシの肩に、ポンポンと手を当てると天野もまた部屋を出るのであった。


角杙神ツノグヒノカミ活杙神イクグヒノカミ


村落や家屋の[境界]を神格化した神様。

防塁の守護神とされ悪霊や邪気から守ってくれると言います。

マスクにこの神様の名前を書くとよろしいかと。

神世七代ではこの夫婦神二柱で一つに数えられています。


物語では角川信二と神谷郁美をあてています。

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