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第1話 環境シミュレーター《ガイア》

 古事記の序章、天地開闢は物語としては非常に短いです。

 そこの部分を自分なりに創作して、近未来の物語に作り替えてみました。


 楽しめて頂けたら幸いです。

  昼間だというのに窓はすべて閉められている部屋。

 分厚いカーテンが外からの光を遮っている。

 そのカーテンから漏れる僅かな光が、薄暗くぼんやりとした部屋の様子をうかがわせている。


 机の上に並ぶいくつかのパーソナルコンピュータは無口であったが、電源を入れられていないそのディスプレイには一つの影を写す。


 その影に焦点を当てると、どうやらその影は人であるようだ。

 ツナギのような上下が一体となっている服の上から白衣を着込んでいる。

 ディスプレイから放たれる光を受けて、彼の面立ちが浮かび上がっている。

 二十歳前後といったところだろうか、癖っ毛で一風変わったメガネをかけていて、寡黙にパソコンの画面と向き合っているその表情は、どこかめんどくさげな印象を受ける。


 この青年、名を天野刀那(あまのとな)と言う。

 ここは情報処理システムを専門に学ぶ学園内にある研究室の一室で、彼はこの研究室に所属している学生であった。


 簡素な椅子に深く腰をかけ、リストバンドの上から腕時計をつけたその腕を、ダラリとぶら下げた状態で、気だるく目の前の映像をただぼんやりと見つめている。


 そんな彼の目の前には、3Dホログラムの地球がポッカリ浮かんでいた。

 青く輝くその星は、昼へと夜へとその表情を変え、めまぐるしく雲が流れていき、決して止まることは無い。


 その様子は、さながら人工衛星から覗いた姿そのものだ。


「はぁ…… この世界に行きたい……… 」


 彼の口からため息と声が洩れる。

 揺れた肩越しに見える机。

 その上には、一枚の用紙が置かれていた。

 それに書かれている内容はこうだ。


【人工知能(AI)の進化。新たな可能性について】


 これが彼のため息の原因であるみたいだ。

 どうも研究レポートの課題であるらしい。


 ふと、そんな彼に語りかける声がする。

 周りには人影は無く、誰もいない。


「レポートの中間報告まで1460時間34分33秒です」


 その声の後に続けて別の声がした。

 

「発言に目の前の問題レポートの解決が見られません、思考の切り替えと行動をお勧めします」


 天野は後方へと向き合うべく、座った椅子ごと回転させ振り返る。

 誰もいないその場所に、彼のかけているメガネのレンズが重なると、そのレンズには二つの人物が映し出されていた。

 その人物たちに向かって天野はぼやくように応える。


「カムス、分かりやすく言ってくれ。タカミ、まったく関連性がないわけじゃ無いんだけどね」


 特殊なメガネで映し出されている彼らは、この研究室で使われているAI(人工知能)だった。

 最初に彼に語りかけた背の高い方のAIが再び口を開く。


「レポートの中間報告期限まで二ヶ月を切りました」


 このAIの名称は〈カムス〉。

 元々ここの研究室のものであり、数年前の先輩達の研究課題であった【男女間の持つ感情の相違と人工知能】というテーマをもとに作り上げたAIで、先輩達の忘れ形見と言えるものだ。


 その時のレポートの内容を見ると、(人間の持つ美意識や価値観は男と女で異なるとしたときに、その相違を分析•解析することを目的として作られた)とあるが、実際は……


「ねぇ〜恋愛相談が出来るAI欲しくない?」


「なにそれ? あんたの彼氏の浮気性を相談してもらうわけ? 笑える〜」


 と、まあ当時の先輩達の会話から生まれた、いわばノリでつくられたAIであった。

 その外見は非常にスラリとした顔立ちの中性的な面立ちで、どこか西洋の貴族の雰囲気を持つのだが、男女間の相違という部分をどう解析したのか、男の声で女言葉を喋る残念なオカマAIとなっている。


 そしてその横のもう一体の小柄なAIが、再び天野に声をかける。


「マスター、関連性とはどのような意味でしょうか?」


 こちらのAIの名称は〈タカミ〉。

 外見はカムス同様に中性的な顔立ちだが、カムスに比べて幼さを感じる風貌で、人で言えばちょうど中学生ぐらいだろうか? 着ている服装で男の子に見える。

 天野がまだ小学生だった頃に、()()()()()で彼の両親から与えられたものだ。

 当時は児童保護システムというものが組み込まれており、子供が川や山など危険な場所や不適切な場所に立ち入った場合には警報音が鳴り、警察•学校・両親へと自動で連絡がはいるようになっていた。

 当時としては、かなり高価なものではあったが、今では比較的普及しているシステムだ。


 現在はそのシステムは外しており、家の戸締りやガス・電気・火元の管理から、旅行に行く時の旅館の手配や交通機関の確認など、生活支援AIとして多岐にわたって動いている。

 その他に研究所でのデーターの作成などを手伝わせていた。


 その彼の主人(マスター)と言える天野は、その理由を口にしようとした。


「いや、今回のレポートで…… 」


 その矢先、扉が開く音と共に、元気な女性の声が飛び込んできた。


「ヤッホー、トナチムいる〜?」


 声の主は矢継ぎ早に挨拶をすると、屈託のない笑顔を浮かべ天野に向かって理由ここにきたわけを述べた。


「タマチムにレポートの進行状況を聞いてくれって言われたんだけど」


 彼女の名前は豊野久美(とよのくみ)

 天野と同じこの研究室のメンバーだ。

 ウェーブがかったセミロングだが、ところどころ髪先が変にピンッと立っている、寝癖であろうか? 

 どうも身だしなみは得意ではないらしい。

 顔は可愛らしいものをもっているが、言動を含め色々「残念な()」であるとは彼女の友人の談である。

 そんな彼女に天野はめんどくさそうに返事をした。


助教授(せんせい)にその呼び名はないだろう…… 」


 彼女の言う“タマチム”とは、彼女がつけた彼女だけの呼び名で、この研究室を受け持っている助教授を指す。

 ちなみに久美の言う“トナチム”のトナは名の方から来ているようだが、チムの出どころは不明である。

 どちらの呼び名も、他にそう呼ぶ人はいない。


 そんな彼女にAIの声がかかる。


「久美さん、こんにちは」


「おータカチム、サムスンこんちわ〜」


 まるで友人に挨拶をするかのように気楽にAIに向かって声をかけた彼女は、横にある立ち上げたままになっていたコンピューターを覗き込むと、そのまま操作しだした。

 ディスプレイ上のファイルを開いていく、立ったままでの操作によって、彼女はちょうどお尻を天野に突き出す格好になっていた。

 それに気付いた天野は顔を赤らめ一瞬ギョッと表情を固めたが、すぐに「やれやれ」といった表情になると視線を外して元に戻す。


「えぇ〜、ほとんど何もやっていないじゃん、中間報告まで二ヶ月きってるのよ!」


 声を上げる彼女に天野は振り向きもせず、手元にあるタブレットを彼女へ差し出す。


「構想は持ってるよ、そっちには何も入れてない」


 彼女は、そのタブレットを特に気にする様子もなく受け取ると、そのまま指先を画面に触れ操作しだす。


「フンフン、AIによる人間育成シミュレーターかぁ」


 これが天野の研究レポートの内容らしい。


「目新しいものじゃあ無いけど大丈夫?」


 久美は視線を天野の方に向け、それとはなしに聞いてみた。


「単位さえ取れればいいよ」


 天野は顔を向けることなく、そっけなく返事をしたが、彼女はそんな彼の正面に回り込むと、おどけた顔を近づけてこう言った。


「けど内容が過去のレポートの写しと判断されたらヤバイよ〜」


 ここの学園では、提出されたレポートは学園の監査AIにより読み込まれ精査される。

 それが他の人や過去のモノの写しと判断されると教授に別枠で報告されることになるのだ。

 要するに「ふるい」にかけられるわけだ。

 某教授はふるい落とされたものは読みさえしないと噂されている。

 彼女の言いようは、そう言った懸念を含めての言葉だった。

 だが天野はさほど気にする様子もなく言葉を返す。


「自分では独自性(オリジナリティー)があると思って問題は無いと思うんだけどね」


「自分とこのAI使うのが独自性って言ってもねぇ〜」


「別に良いだろ」


 久美の言葉にやや不満げに答える天野、そんな彼にAIであるタカミが質問を投げかけてきた。


「マスター、先程の私に対しての関連性とは?」


「やっぱりそこまでの予測と判断は無理か……」


 タカミの言葉に残念そうに天野は呟く。

 おもむろに3Dディスプレイに映し出されている地球を指差しタカミに向かって言った。


「説明するから一回降り(ダイブ)ようか」


 そう言うと天野は久美が持っているダブレットに手を伸ばす。


「あっ!」


 ダブレットを彼女から取り上げると、彼は視線を画面上に移し操作し始めた。


「もう!」


 久美は頬を膨らませ不満を表すが、天野は気にも留めていないようだ。


 天野の着ているツナギの襟元と袖口がぼんやり光だし、それに合わせてメガネのフチにあるLEDライトがチカチカと点滅をしだす。

 メガネのレンズにモザイクのようなノイズが走った後、天野の見る景色は、パソコンの並ぶ研究室のそれとはまったく別なものになっていた。


 眼前には豊かな木々に囲まれた大きな湖畔が広がる。

 空は雲に覆われ、その切れ目からは眩しいくらいに太陽光が差し込む。

 その光は湖畔をキラキラと輝かせ、木々は風に揺られ葉はなびいていた。


 現実と全く差異のない世界がそこに広がる。


 環境シミュレーター「ガイア」の世界。


 彼は何度となく立ち入っていたが魅入ってしまう。

 その世界のなか、彼は半透明の姿で、ゆっくりと流れる雲を背にたたずんでいた。


「ん?」


 天野は何かに気づいた素振りを見せる。

 離れた所に自分と同じように空中に浮かぶ人影が見えたのだ。

 他の学生だろうか? 遠目でよくわからないが小柄であり、どうも女性らしく思える。

 向こうもこちらに気づいたようだが近づいてくる様子はなく、そこにじっとたたずんでいた。


「私も入るねー」


 そんな時に、突然そこに久美の声が入る。

 感覚的には耳元の、真横の近い距離からだ。


「お、おいっ! やめっ!」


 とっさに天野は静止の声を上げるが、その時にはメガネのランプが点滅を始めており、すぐに半透明の久美の姿が現れる。

 それも顔というより目が重なった状態であった。


「いいじゃない。きゃあぁぁ〜!」


 突如、悲鳴があがった。


「だから言ったろう……」


「高いとこ苦手なのよ! 早く降りて! 早く!」


「目つむってろよ……」


 天野はため息混じりに言うと、手で何かを操作する仕草をする。

 

 すると二人はその世界の地上を目指してゆっくりと移動して行った。

 遠くから彼らを見れば、光に乗って舞い降りているかのようにも見える。

 そんな彼らの姿をじっと見つめる視線があったのだが、彼らはそれに気付くことは無かった。


「着いたぞ」


 湖畔の水辺に降り立つと天野は久美に声をかける。


「はぁーびっくりした」


「人の視覚に勝手に入ってくるからだ」


「だってあんな所から入る人いないじゃない! トナチムってデリカシー無いよね」


「途中で割り込んで来ておいて言うことはそれか?」


「はぁー、でも凄いね〜」


 やや憮然とした天野の表情に対し、彼女はあっけらかんとした笑顔を浮かべた。


 眼前の景色に魅入る二人。


 湖は小さな波を立て、傍らに生える草木は風に揺れ、時折り枯葉を散らし風に運ばれていく。

 それは水面に立ちゆらゆらと小さな貝殻とともに(おど)っていた。

 視界の片隅に一瞬小さな影が走る、視線を移した時水の上には波紋が広がっていた。

 魚が跳ねたのだろう。


「トナチム〜見て、見て!」


 久美の声と共に半透明の腕が彼の視界に写る。

 その方向を見ると、木の影から野ウサギがピョコッと片耳を垂らして現れている。

 顔を上げ鼻をヒクヒクさせた後、不用心に二人の目の前に近づくと、背を向けた状態で餌をあさり始め出した。


「屈んで、かがんで〜」


 それを見て久美が騒ぎだす。


「触りたくても触れないぞ()()


「わかってるわよ早く!」


 天野はめんどくさそうに腰をかがめる。

 彼女は腕を伸ばしウサギに届きそうになった時、すべての視界が影に覆われる。


バサッ!


キキィーーー!


 急に視界が塞がれたことと、大きな羽音で思わず目を瞑る。

 目を開き視界が戻った時には、ウサギの姿は忽然と消えていた。

 同時にザッザッと羽音が耳に入る。


(わし)だ」


 逆光でよく見えないが、大きな(わし)が獲物を抱え飛んでいく。


「速いな……」


 鷲は太陽の輪から外れると、離れた崖の裏陰に姿を消した。


「ガイアか……」


 環境シミュレーター〈ガイア〉


 『地球を完全に再現する』を目的として作られたシミュレーターは、雷や雲の発生から降雨、積雪、竜巻などの気象現象を含め、月の満ち欠けからなる潮位の変化、海流による温暖変化、陸地の浸食。

 地殻変動による火山噴火やマグマの発生をも再現されており、さらに動・植物の生体及び関連性(食物連鎖など)をも再現させる。

 これは現実世界の動・植物の約八割を再現させていると噂されており、今なお生物と生態は新しく追加・更新されている。


 感嘆の思いで景色を見つめる天野の横で、泣き声が聞こえた。


「ふえぇぇ〜」


 そうとうビックリしたのだろう、情けない声の主は、もちろん久美だった。

 腰を抜かしたようである。


「だらしないな、大丈夫か?」


「だらしないって何よ! ちょっとビックリしただけじゃない! デリカシー無いんだから!」


 久美はあまりに冷静な彼の声に対抗するかのように口を尖らせる。

 それに対して天野は「やれやれ」と言った表情をで言葉を続けた。


「まぁ、真後ろから(わし)が現れると思わなかったからな」


「うん、狩りの瞬間を間近で見ちゃったよ。可愛いかったのに〜」


「現実世界でも起こってる事だけどな」


 それを聞いて少しムッとした表情を浮かべる久美。

 それは解っているけど、そんな言い方しなくてもいいじゃないとでも言いたげである。


「それはわかっているわよ」


 頭で理解することと、目で見て感じる事は違うということを彼女は胸の内に秘めていたのだが、それを口には出さずに気持ちを切り替える方を選んだ。

 今起こったことはシミュレーションだったと思うことにしたのだ。


「けど、これ作って人ってすごいよねぇ〜」


 それは彼女の純粋な気持ちからの言葉だったのだが、そんな彼女に半ば呆れ顔で天野は応える。


「何言ってんだ加賀見先生が作ったんだぞ。これ」


「えぇ〜タマチムが!」


「共同回発ではあったけど、開発者名簿の一覧に載ってるぞ」


「さっ、さっきの事よりビックリした」


「この研究室にいて、知らない事がビックリだわ」


 その様な会話の中、天野は何気なく先ほどの場所に目を向ける。

 地面に散乱したウサギの綿毛に鮮明な血が付着している。

 近くの石にも飛び散っていてが、その滴が岩肌からポタリと落ちた。


ドクンッ! 


 それを見た瞬間、彼は急激な嘔吐感と目眩に襲われた。

 胸ポケットに入れてあるスマートフォンのバイブレーターが作動しだす。


「マスター、心拍数・血圧が共に上昇しています」


 メガネのフレームにあるマイクロスピーカーからタカミの声が聞こえる。

 天野は青い表情のまま、無言でメガネを少し上げると視線を下に移し、素早くタブレットを操作し出した。 

 画面に表示された〈R e l es e〉をタップする。


「分かりました。症状が改善されない場合は対処させて戴きます。マスター」


 同時にタカミの声がする。

 そして隣からも声が聞こえた。


「トナチムどうかしたの? (スマホ)鳴ってたみたいだけど」


 メガネから外れた視界に彼女の姿が写る。

 彼女はボックス型のVRメガネを装着している。

 顔の上半分を覆うタイプの物だから、こちらの姿は分からないはずだ。


「バイト先からの電話みたいだ……」


 込み上げる嘔吐感を押しとどめ、彼は彼女に伝えた。


「電話してくる……」


 言うと同時に、今度は手元のタブレットを動かした。


「久美さま。申し訳ございませんが、マスターは電話に出るようですので、少しの間、私と談話をいたしましょう。最近、学園の近所に新しい洋菓子のお店が出来たのをご存知でしょうか?」


「え? そうなの?」


「はい、学園のサイトでも話題になっているようです」


 そこまで言うと、久美とタカミの音声は聞こえなくなった。

 音声のチャンネルを切り替えたのだ。

 天野は椅子にもたれ掛かると、顎を上げ目を瞑り、小さく肩を揺らしながら口で呼吸をした。


〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜


「タカミいいぞ」


「わかりました、音声を戻します」


 ほんの少しの時間でも、いくらか回復したことを感じた彼はため息のような深呼吸の後、再びメガネを掛け直してガイアに降り立った。

 しだいに久美の声が聞こえだす。


「へぇ〜、そうなんだ〜。あ! トナチム終わった?」


 音声が戻ったところで、天野はもう一度深呼吸をする。

 まだ、完全には気分は晴れていない。

 それを感じ取ったのだろう、彼女は勘違いな事を彼に問うた。


「また遅刻して怒られてたの?」


 面白がるようにしゃべる彼女に対し、彼はぶっきらぼうに答えた。


「違うよ、寝不足なんだ」


「睡眠はしっかりとらなきゃダメなんだよー、あと食事も!」


 天野は「母さんか!」と言いたくなる衝動を堪えつつ、顔をしかめる。

 しかし、タカミの方を向くと気を取り直し、レポートの件を説明し出した。


「今回、自分の研究でタカミを使用するつもりだ」


「はい」


 タカミは答える。

 そのタカミに天野は言葉を加えた。


「ここガイアでシミュレーションを実際にしてもらう」


「私がガイア上での作業を行うには、システム・容量が共にいくつかの条件が不足しています」


 タカミは瞬時に天野の言葉を理解して提示する。

 目の前のタカミ、一見ガイア上で動いているように見えるが、実際は別のシステムで動いている。

 映像を映し込んでいるだけなのだ。


「あぁ、分かっている。もう少しかかるが準備しているところだ。それとカムスにもだ、カムスには此処より離れた場所でしてもらうつもりだ」


 カムスの名を言うと同時にタカミの横にカムスが現れる。


「あら? 私もですか?」


 ドスの効いた声が響く。


「あぁ、頼む」


「マスター、私たちがガイア上で人として振る舞えばよろしいのでしょうか? 」


「若干違うな。それをこれから説明する」


 そうい言うと彼は改めて二人のAIに向き直り、言葉を続けた。


「自分が考えているのは複数のAIによるよるものだ」


 天野が考えたのは複数のAIによる複数の人間のシミュレーション。

 今までは一つのAIによって動かされていた物ばかりのはずだ。


 以前、非常に高性能とされたAIが行った〈人のシミュレーション〉は、人類の歴史をなぞったと脚光を浴びた事があった。

 後にそれは歴史学者の論文・研究を用いて辻褄が合うようにでっち上げた物だったという事がわかり。

 それはそれで高度な物ではあるのだが、シミュレーションではなく歴史のコピーに過ぎないと言われ、その評価も分かれている。

 これを聞いた時、彼はどんなに高性能なAIがどれだけ多くの人間のモジュールを動かせたとしても、一つのAIでは人間の持つ「多様性」には対応できないのでは無いか? 

 AIが人間というものを学習した時、その答えは(人間はこの様なものである)としてまとめられてしまい、行動が確率によって振り分けられるだけであって。

 結果、その行動の幅が狭く決まってしまい、現実世界との差異が出てくるのでは? 

 と、そう感じたのだ。


 タカミとカムスに複数で行うことの意味合いを、端的に説明していると、隣から久美が横合からポツリと言葉をこぼした。


「つまり、AIが単体だと「一つの人間達」であって「一人、一人の人間達」にならないって事?」


「えっ!」


 彼女の言葉に彼は目を見張った。あまりの彼の驚き様に顔を曇らせる。


「何よ……」


「何で、わかるんだ?」


 彼女の額に稲妻が走った様に感じる。


「ひどーい!私を何だと思っているのよ!」


バンッ!


 音と共に視界がガイアから研究室へと戻る。

 彼の目の前には頬を膨らませた久美がいた。


「だいたいトナチムはねぇー!女の子に対するデリカシーとかだねぇー!」


 久美の小言が始まった。

 今から此処(研究室)は説教部屋になるらしい。

 天野は声にならない声で呟く。


「(地雷踏んだ……)」


「だいたいさっきだって……」


 こうなると久美の説教は長くなる。

 ヤバいいう緊張感と面倒くさいという怠惰な気持ちが交差する中、彼女はAIたちにも話を振った。


「デリカシーの無さ! カムスもタカミも思うでしょう!?」


「データが不足しています」「質問に対応していません」


 ほとんど間をおかずに二人が答える。

 その答えに久美は若干顔をしかめる。

 その中、天野は脳裏で「脱出手段を考えなくては」と、頭を張り巡らせていたが何も思い浮かばない様だ。

 その時……


 研究室の扉が音を立てて開き、光が差し込む。


「ち〜っす。ん? なんだ? イチャイチャの最中か?」


 その扉から現れた人物はとぼけた口調で二人に声をかけた。


「ち、ちがうわ!」


 顔を赤くした久美が声の主に向かって吠える。


「(めんどくさいのが現れた)」


 現れた人物の名前は立木國嘉(たちきくによし)

 普段は彼のことをクニヨシと呼ぶ、天野の中学時代からの腐れ縁だ。 

 その頃に流行ったゲームをきっかけに、友人となった人物なのだが、中学と高校からこの学園まで、ずっと一緒でなのである。

 課は異なるが、この学園の同じ研究室に所属しており、頻繁にこの研究室に出入りしている。


「ん〜、暗い部屋で二人きりで見つめ合ってるもんだからなぁ〜」


 クニヨシはニヤニヤしながら久美に言う。

 対する久美は目を吊り上げていた。


「(けんかするなよ〜)」


 天野は二人に()()()()()様に声をかけると、関わるまいと少し身を引きガイアに戻るべく、メガネをかけ直す。


 メガネ越しの風景は研究室のものとなっており、彼はメガネのフレームにある小さなボタンを押すべく、指をそのボタンにあてた。

 

 カチッ


 するとメガネ越しの景色に変化が現れた。

 研究室内の室内灯とコンセントの位置がAR表示される。

 もう一度押すと、パソコンとディスプレイのタイプや名義が表示された。

 三回目を押した時は〈NO System〉が表示され、4回目を押すとクニヨシの背後で、同じようにニヤニヤした表情のカムスが現れた。


(うっ!)


 天野はその光景に嫌悪感と焦燥感を同時に感じ、椅子に座ったままジリジリと後ろに下がる。

 ぶっちゃけ「ヤバい」と思ったのだ。


「み、見つめ合ってなんかいないわよ!」


 顔を真っ赤にした久美が叫び、睨みつける。

 クニヨシは久美の机にある3Dメガネ(箱型)とディスプレイ画像をチラリと見ると、その口端をさらに曲げた。


「でも視界を一緒にしてたんだろ〜」


「むうぅ〜」


 さらに顔を赤くする久美。


「おめめ共有してたんだろう〜」


「トナチムのレポートの進行状況を確認してたのよ!」


 久美の怒声が飛ぶ。


「本当にそれだけ〜?」


 クニヨシとカムスのウザ顔がさらにヒートアップする、火に油を注ぐ状態である。


「(やっ、やめてくれ〜)」


 目を合わせないようにして、天野は心の中で叫んでいた。


「だいたい、タッキーはどうしてここに……」


 久美の文句が永遠かと思われたその時、凛として涼しげな声が研究室に響く。

 タカミの声だ。


「クニヨシさま、どの様なご用件でいらしたのでしょうか?」


 タカミは天野の視界から少し外れた、すぐ横に姿を現す。

 二人の言い争いが止まった。

 クニヨシは少し間を開けた後、ニヤッとし天野に向かって話しかける。


「まぁ、いいや。頼まれたやつ持ってきたぞ」


 彼はポケットから一つの小さな物を取り出し机の上に置いた。

 小説を書くなど初めてのことなので、誤字・脱字や文法のおかしなところは、生暖かい目で見てやってください。


(2022年2月8日)

あらすじ、後書きの内容変更

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