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始終の調べ  作者: 水晶
6/7

役目なし?

 「すみません…私、ここに来る前の記憶があやふやなもので…」


 申し訳なさそうに表情を曇らせる女と青年を交互に見やった少女はにぱっと笑った。


 『だと思ったある。私、行って来た。お前がさよならしたかった世界を視て来てやった。』


 ひらひらさせていた右手をしゃきーん!と言いながら、ピースにして青年の鼻先に押し付けるようにして突き出す。


 すると、青年はその指を白い手袋のした手で払って呆れた顔をする。


 いかにも馬鹿らしいと言わん顔で。


 目を眇めて。


 『行ったならそうと先に言ってくださいよ…。で、損傷具合は?』


 少女は気にしない。


 青年の馬鹿にした表情と眼差しが自分に注がれても、一向に気にしたふうもなく、しれっとした顔のままで答えを返す。


 『それほどひどくなかったある。手首切ってただけだった。お前の肉体からだ、今病院にある』


 『胡蝶が診る必要なかったんですか?』


 『血の問題。宝、お前…手首を深く切りつけてた。だから、大分血を流してたみたいだったある。でも、傷自体はどうってことない。』


 『そうですか…』


 『で、一つお前に訊きたい事がある。お前が死んで悲しむ者は1人もいなかったのか?』


 「…誰か泣いてくれてたんですか?」


 『いや…誰も泣いてはいなかった。…ただ怒ってる者が多かった』


 「…怒る人?」


 『意識のないお前の側で静かに怒ってる奴が1人居たヨ。駆けつけた数人の中であいつだけが残ってた。あれはお前の男か?』


 「…私にはそんな人居ませんよ」


 『じゃあ、誰あるか?あの男は。お前のストーカーか?』


 『胡蝶、ふざけるのはよしなさい。』


 『…うるさいある。宝、今のお前ならまだ帰れるある。まだ生きられるある。お前は帰りたいか?それともこのまま死ぬか?どちらでも良い…好きなほうを自由に選べ』


 『もうその件については決まってます。ね、そうでしょう?宝さん』


 「はい…私は帰ります。帰りたいんです」


 『……随分調子いいあるね。どういう覚悟で自殺したあるヨ…。死のうと思ったくせに』


 むっと眉根を寄せる少女に、


 「え…」

 

 と、聞き返す女。


 むすっとした刺々しい少女の視線を浴び、戸惑いの表情が女に浮かぶ。


 何か、言ってはいけないことでも口にしたのだろうか…。


 判らない。


 とそこへ…。


 『あー…いいです、無視してください。あの子個人のことですから…首突っ込むと嫌な思いしますよ』


 青年が割って入った。


 詮索はしてはいけないと、そんなふうな顔つきで。


 女はどういうことか意味は分からなかったがとりあえず頷いておく。


 確かに、少女のあの態度からして険悪なことだ。


 興味半分で詮索したらいい思いはしないだろう、お互いに。


 だから、その先にある『首を突っ込むとよくないこと』がなんなのかは判らなかったが、咄嗟に女は賢明な判断をした。


 「…はい。…あの、自殺の原因は訊かないんですね…」


 表情を曇らせる女。


 『訊いて欲しかったですか?』


 にこっと人のいい笑みを浮かべる青年。


 どこか胡散臭い匂いのする笑顔はいくら綺麗な顔をしていようが、いい気はしない。


 「…少し、話したかったです」


 青年の問いかけに女はためらいがちに眉を下げて微笑する。


 それを受けて、少しの間の後、


 『…聞きますよ。今もそう思ってるのならお話ください』


 青年はそう言って瞳を伏せた。


 一方で少女はじっと、自らで角砂糖をたっぷり放り込んだ見るからに甘ったるいでろでろの紅茶の入ったティーカップを眺めていた。


 これ、絶対飲めないよ…――そんな眼で。


 女はそれを横目でちらと見やって話し出した。


 「……私、実は弟と恋仲なんです。弟と言っても血は繋がってないんですけどね…元々はただの先輩と後輩だったんです。だけど、私の母と弟の父が結婚して…それで、」


 『つらかったんですね…世に認められる関係が崩れて罪悪感ができてしまって』


 青年は眼を伏せたまま、眉を下げた。


 同調してくれてるのだ。


 『それでも好きだったから死のうと思ったんだろ?苦しすぎて』


 少女も視線こそティーカップに注がれたままであるが、そう言って顔を顰める。


 「…今思えば馬鹿ですよね」


 そう言った女に、


 『バカある。』


 そう即答する少女。


 同意を求めはしたけれど、まさか本当にそんな答えが返されるとは思ってはいなかったらしく、女は虚を突かれた。


 青年も女も呆然となる。


 ただ一人、それを口にした少女だけがしれっとした表情でいた。


 少し場がしらけた。


 間が空く。


 女の虚を突かれたぽけっとした顔が青年と少女の前に晒されている。


 「……」


 『思ってても、同意を求められてもそんなこと口に出すものじゃありませんよ、胡蝶』


 青年が少しの間の後、フォローのつもりでそんなことを言ったが、もはや遅いと言うものだろう。


 しかも、フォローになってないフォロー。


 むしろ更に何かを抉った気がする。


 「いえ、馬鹿とはっきり言っていただけてなんだか楽になれました。有難うございます」


 ツンとそっぽを向く少女に女は笑って言った。


 礼を…。


 『そうですか…では、話もまとまりましたし、そろそろ…』


 「お暇致しますね」


 席を立つ。


 『はい。あの扉をくぐっていただければ帰ることが出来ます。ですが、今後自殺を図られたら貴方は完全にあの世行きですからお気をつけくださいね』


 示された場所に向かう。


 青年達に背を向けて。


 女は一歩を踏み出す。


 キィ…と鈍い音を立てて引かれたドア。


 そこを跨げば女は扉の向こうへ消える。


 青年はそのドアが閉じられる前にポツリと呟いてにこっと笑った。


 『あの方の時間が無駄にならないように誰かがあの方の手の放さないで…ずっと握っていてくだりませんかねェ…』


 じゃないと、あの女の方の時間は無駄になったということになるから――。


 そして、女は自分の世界へ帰った。














 『今回は特にすることなかったあるね。あの女のカラダの傷も手首切ってただけだったし、私に移す必要なかったあるからなぁ…おかげでカラダは痛まなかったからよかったあるけど…』


 『そうですね…白紙の書も使ってなければミルクに渡す時間もないですし、死神に渡す書もない。…僕達今回あんまり働いてませんね』


 『天使様に捧ぐものもなかったし。心の痛みもそれほどひどくなかったあるからな…ひどかったから私が抜き取って天使様に渡せたあるが、微量の心の苦しみをとったところで不完全な子供が下界に放り出されるだけだ』


 『痛み屋は人の心の苦しみを抜き取って天使に渡し、天使がその痛みを浄化して「人」にする。確かにそれ相応の痛みを引き取る必要があると思いますが……怒られませんか?』


 『怒る必要なんてどこにもないヨ。人が私に頼らなかったことを責める様な真似はしない。むしろ良いと言うヨ。お前…天使様を解ってないある』


 『私の上司ではありませんし、会う機会なんて滅多にないものですから』


 『なら口出すいわれはないよろし。それに天使様は上司というより主君に近いある』


 『そうでしたね、すみません。夕飯、食べていきますか?』


 『…何作る?』


 『胡蝶は何食べたいですか?』


 『う〜ん…そうあるなぁ…アップルパイ』


 『それ、おやつだと思うんですが』


 返ってきた答えに思わず微妙な笑顔が青年の顔を占める。


 だが、それに反し、少女のほうは機嫌がよさそうににぱっと顔を輝かせた。


 『別におやつでもいいあるよ。食べても食べなくても大丈夫なんだから細かいことは言うな。私はそれが食べたいある!』


 『…まぁ、別にいいですけどね…貴方の食べたいものを訊いたのは私ですし。少し時間かかりますがそれでもよろしいですね?』


 『…譲歩するネ』


 目を逸らして、不服そうだが仕方ないなというふうに口を尖らせる少女に。


 『ふふふ…そうしてください』


 青年は微苦笑を零して部屋を後にした。 

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