仲裁者
ドスン…!
「きゃ…!」
大きな音と共にまだ若い女が目の前に降って来た。
空が急に大きくたわんだかと思ったら、ティータイムのこの時間の突然すぎる訪問者に青年はやや驚いて、目をぱちぱちと瞬かせた。
『…おや、まぁ…これはこれはまたお若いお客様がお見えで』
青年は僅かに目を瞠って、椅子から立ち上がると、ほぅとどこか感心したような…少し唖然とした表情でその人をまじまじと見つめた。
こちらを見て茫然自失とした様子で立ち尽くす女に、青年は安心させるようなにこやかな微笑みをかけると、
『ようこそいらっしゃいました。私、シルクと申します。別に覚えて下さらなくとも結構ですよ。今後会うことは恐らくないでしょうから』
その人の手を取って、『ここではなんですから、お茶をご一緒しませんか?』と、席に着かす。
女は訳も分からず、相変わらず呆然とした顔だったが、とりあえず自我は取り戻したようで焦点のあった目で青年の姿を捉え、手を引かれるままにした。
「はぁ…。で、あの…シルク、さん…?あの、ここは…」
カチャカチャと僅かな物音をたてて、ニコニコと機嫌よくお茶の準備をする青年を目で追いながら、女は不安げな声を出した。
『ああ、はい。ここは終わりの狭間です。…まぁ、簡単に言うとあの世とこの世の境です。憶えてらっしゃいませんか?自殺なされたことを』
(この茶葉でいいかなぁ?せっかくのお客様の最後のお茶だし、最高でなくっちゃね)
表で別のことを話しつつ、内心はお茶選びに真剣な面持ちで、自分のお気に入りの紅茶をだすことにした青年は戸棚から『ダージリン』と書かれた瓶を取り出し、瓶の裏底を見る。
『セカンドフラッシュ』。
底にはそう書かれていて少年は、ふむ…と思案深げに首を傾げた。
(ダージリンのセカンドフラッシュならストレートでもミルクティーでもどちらでもいけるな…。あの人の好みを聞いてから決めようか)
青年がそう決めて瓶を片手に戻ってきたとき、女が『自殺』という単語にようやくピンと来たようで、
「自殺…?……あ、そういえばそうだ。私、死んだんだった」
そう言って、僅かに顔を曇らせた。
『…随分軽く言うんですね、腹立たしい――』
それに対し、青年はにこやかだった表情を一気に凍らせて吐き捨てるように呟いた。
ついで不愉快そうに目を細める。
「え…?」
しかし、はっきりと聞き取れなかった女が聞き返そうと顔を上げて、その顔を見る頃には青年はまた愛想のいい笑顔をしていた。
そして、
『貴方、まだ死にきれてませんよ』
と一言告げて、
『ダージリンの紅茶を入れようと思うのですがミルクティーとストレートティー、貴方はどちらがお好みでしょうか?』
そして、青年は19歳にしては濃艶過ぎる笑みを、眉を下げてやや困ったように浮かべた。