この世は、
『自殺』――終わりの瞬間は始まりの瞬間――
君はこの広い世界の一部。
長い長い歴史に名も残さず消えていくちっぽけで小さな存在。
それは空気に等しいかもしれない。
人知れず消えて、人知れず生まれる。
けれど、そんな君にも有限つきだが、時間と自由は与えられているだろう?
社会と人間という名の鎖に縛られているけれど、好きに出来る庭は必ずあるだろう?
限られてはいるけれど、その庭は広いだろう?
果てしなく続いているように見えるだろう?
君はそれを知っている上で、この世界を去るのかい?
捨てるというのか?
君に与えられた君だけのモノを放棄して、この世界を出て行くのかい?
――…それはとても贅沢なことだな…。
そう言っても君はもう決めてしまったんだね。
この時間の庭を捨てる――もう二度と与えられないかもしれないのに。
後で泣いて後悔しても知らないよ。
一度捨ててしまうと、もう同じものを返してあげられないよ?
同じ物は一度手放してしまうとそれっきりで、もう二度と手にはできない。
新しい物ならもしかしたら与えられるかもしれないけれど、それだって千に一の確率だ。
ああ…、それでも君は消えたいんだね。
なら、仕方ない。
君の願いを叶えてあげよう。
これで君が座っていた席は空席となった。
そして、また次の誰かの物になる。
君の所有していた分の時間を君以外の誰かにあげよう。
君が歩むはずで用意されていた残された分の時間を他の誰かにプレゼントしよう。
君と違って生きることを望む人はこの世界中たくさんいる。
探せばどこにでもいる。
苦しい世界に身を投じていても生きたいと願う者がこの世には溢れるほどいる。
君も最後に誰かの役に立ててよかったね。
もうその時は君の物じゃない。
君の望みは叶えられた。
次の人へ繋がれた時間。
新しい人に受け継がれた君の人生の残りの時間。
その人は生きることを望んだから与えてやった。
どういうふうにその時間を使うのかとても楽しみだ。
君は消えた。
大きな世界の一部から姿を消した。
さぁ…憐れな子よ。
どうか安らかにお休み。
『ああ…残念だ。君の時間を受け継いだ者もまた誰かに所有できる時を譲ってしまった…』
この世で生きたいと願う者はたくさんいる。
けれど、その大半は叶わずに、生を許されずに無残に死んでゆく。
こうして死にたい者の生の残り時間を橋渡ししてやっているのに、生を望む者に間に合わない。
光が届く前に息絶える者が多い。
この世はつくづく理不尽だ。
生きたいと願う者は生きられず、死にたいと願う者には時間の猶予が残されている。
それはとても理不尽なことだ。
生きたいと願う者は生きられないのに、それを許されている者達は無駄に命を絶ちたがるのだから。
悲しいことに、生きることを望む者を上回るバカでしかこの世は賑わっていない。
『…ああ、またバカが来た』
救いようのないバカの尻拭いにここにいるのだと思うと虫唾が走る。
それこそバカらしくなってくる。
けれど、生きたいと叫ぶ声が途絶えない限り、ここで橋渡しをするしかない――。
それにしても、救いようのないバカ共は一体どこに救いを求めて死を選ぶのだろうか。