三題噺 湖、裏切り、消えた主人公
僕らの住む町には大きな湖がある。
水草とカモが仲良く泳ぐキレイな場所だ。
ときおり魚が水鳥から逃げるためにじたばたするのだ。
「ねぇ、たかし」彼女が僕に話しかける。
「なんだい」
「次は新月の夜に一緒に行きましょう」
「どうして」
「新月の日には動物達は静まって、星の光だけが見えてとてもキレイなんですって」
何かにとりつかれたような目でそう語りかけてくる。
ああ、そんな儚げな目で僕を見つめて、なんてかわいそうなんだ。
「じゃあその日には二人で星を見に行こうか」
「ええ、そうしましょう」
そういってその日はそこで別れた。そして新月はやってくる。
僕は湖に向かった。そこにはすでに彼女がいた。
「待っていたわたかし」うっとりとした目で語りかける。
僕は彼女のとこまで駆け寄る。
「ごめんよ、待たせてしまったようだね」
「いいのよ、夜は長いもの、ほら見て水面がキラキラしているでしょう」
水面を覗くとそこはたしかに星の光を反射させてキラキラと輝いていた。
だがそのなかに、あるはずがない、あってはならない星ではないもののかがやきがあった。
二つの大きな血の色をした獰猛なひとみは僕を犯すように睨み付けてくる。
そのひとみは恐怖と絶望を携えて僕に近づく。
「あ、、お、ああ、うあお、、、」
声にならない叫びは化け物がかき分ける水の音に揉み消される。
次第に化け物の巨大な図体が水面から姿を表す。
まるで地獄の針山に尾ひれを生やしたようなその化け物は、口から腐臭を撒き散らしている。
気がつくと僕の周りをたくさんのヒトの形をしたものに囲まれつつあった。
それはみな体のどこかに大きな針が刺さっていた。
腕、足、肩、脇腹、
場所はどいつも違っていたがみな針は同じに見えた。
そいつらはみな手に体に刺さっているのと同じものを持っていた。
それを思い思い僕に向けてにじみよってくる。
彼女は僕に顔を伏せて抱きついた。
「たかし......イッショになりましょう」顔をあげた彼女の顔には大きな針が刺さっていた。
ああ、思えば僕は彼女の名前も知らない。
どうして気がつかなかったのだ。
最初から何もかもおかしかったのに。
もう僕の回りはたくさんの針を生やしたそいつらで埋まっていた。
なすすべもなくそいつらのふりおろすそれを一身に受ける。
僕の叫びは水の音にかきけされてきっと誰にも届かない。
全てこいつらと湖の底に沈むだけだ。
私の住んでいる町には大きな湖がある。
ときおり水面近くを魚が泳ぐと光ってすごくキレイなの。
「なぁ、さなえ」
「なぁに」
「次は新月の夜に来ようか」