3 ぷーさん冒険者組合に入る
「冒険者になるアルヨ」
ロビキャス・ルトック子爵は安堵した。父であるエドワルドの命令は絶対であり、
情の移った人物を殺すのは気分のいい話ではない。
「いろいろとあちらの世界の話を聴かせて貰えて楽しかった。私も暇ではないので
船に戻り報告をしなければならない、まだ尋問の仕事は残っているのでな、あちらの言葉で説明するなら、裁判官と死刑執行人を兼ねている役職だ。
私は仕事に戻るが二名を案内役と指南役としてぷーさんに就ける、
案内役は新造天使ケインエル 指南役は悪魔ネッスゼル とする。解散」
発言と同時に牢屋は光の粒子になって霧散する、浮いていたぷーさんは拘束が解かれ落下した。そして、ロビキャスと兵達は密集隊形になり港に戻っていった。
「初めまして、ぷーさん。私は新天使ケイン よろしくお願いしますね」
「儂は、悪魔ネッスじゃ、よろしゅう頼むぞ」
中性的な顔立ちの天使と老紳士に見える悪魔が挨拶する。
「こちらこそよろしくお願いしますアルネー、いろいろ理解できないこといっぱいネー、私は主様に何も説明されず、質問の暇も時間もなくこちらの世界に飛ばされてしまったアルヨ。」
空から落ちて怪我をしてぐるぐる巻きに簀巻きにされ浮かせられて二日、その工程も含めて尋問後こんなに早く解放されるとは思いも寄らなかった。
「こちらの世界では、あなたはまだ人間です。もちろん分類上はわたしたちも同じ人間です。天使の羽や悪魔の翼が生えてはいますが、こうやって」
と言って天使と悪魔は自分たちの翼を畳んで見えなくする。
「私たちは普通に名前が有りますが、名無しの天使や悪魔が大量に存在して深き者どもとの戦いに赴いています。」
「人間側といっても色々じゃな、各々の勢力はこの厳しい世界を生きるために表面上は団結し互助会組織を作り出した、それが冒険者組合じゃ」
「組合での会員登録をおすすめします。あそこなら訓練場も完備されていますし、蜃気楼の大地の特性や霧の障壁、海の残響の壊し方など施設で説明できますので」
三人は海岸線を港の方向に歩き出した。ぷーさんはふと思ったことを口にする。
「会員登録しないで冒険者生活をしたらどうなるアルカ?」
「「ありえない」」二人は口をそろえて同時に声を出した。
「まずはじゃな、おぬしが鹿を一頭狩ったとしよう。そうすると、解体が必要になる。もちろんナイフ一本で解体も可能じゃろうが、時間がかかれば魔獣やクマ、狼などを呼び込むことになる。おぬしは解体の魔法も使えない、であるなら解体魔法の巻物を使用することになるが使用許可のない解体魔法の巻物は禁則に触れる。
死にはしないだろうが権利者に多額の特許使用料を支払うことになる。」
「収納魔道具で倒した鹿を丸ごと運ぶにしても血抜き処理をしないで運んだら誰も買ってくれないわね。皮だけや角だけといっても処理もなしに売れるものは無い。皮を例にするなら、綺麗に皮を剥ぎ流水にさらし丁寧になめしていく。無難に解体はプロに任せたほうが賢明ね。解体のプロの紹介にしても冒険者組合自体が解体の職人組合も兼ねているのだから登録なしはありえない。商人も処理していない物は買わないし、買ったとしたら脱税疑惑で領主に拘束される」
「ちなみに解体の魔法はすごいぞ、巨大な飛竜ですら一瞬じゃからの」
そんな話をしていると港に併設する町の喧騒が聞こえてくる。商人の売り口上である「本日の目玉商品」だとか「三代前から伯爵家御用達」などが聞こえる、その店舗の前を四足歩行の草食陸竜が巨大な荷車を引いて動いている。
ぷーさんは驚いた、魔力言語の影響なのだろうか?看板の文字が読めるのである。
「すごいアル!魔力言語!文字が読めるアル。」
「読めるとなると文字を教える必要はなさそうじゃな、手前の入り口の看板はなにが書いてあるか言ってみぃ」
冒険者組合商店街であることを告げ、革製品問屋、砥ぎ師武器萬整備し候など小さな子供の様に看板を読んでいく。商店街の中央広場に着くと何棟かの船の形をした建物と空母の大きさそのままの船が鎮座している。広場周辺では様々な姿形をした冒険者と思われる人々がごった返している。
「この船がルトック港冒険者組合の事務所兼住民の避難船よ」
船の周囲は堀状になっていて、陸と船の間を巨大スロープが渡っている。その上をさっき見かけた陸竜が普段通りといった感じに登っていく。ぷーさんは船に上がれると思ったのだが船に併設された三階建てのビルに案内された。中に入ると、冒険者初期登録受付中と書かれた看板と酒の飲める中央カウンターがあってその中ではウサギの耳を付けた獣人少女が酒を注ぎながら客に愛想を振りまいている。
「久しぶりジェシカ 相変わらず酒場としては繁盛しているわね」
「あら、めずらしい。子爵付き戦艦に乗って冒険者半分引退のケインじゃないの」
周りの酔っぱらいから笑い声が上がる、「ケインちゃんいつか女性男爵位になって酒場の全員に酒おごってくれよ」やら「戦艦でいい男はみつかったかー」だとか酔っぱらいの戯言が聞こえてくる。
「酒飲みどものことなんかほっといて、彼の冒険者登録をお願いするわ」
「えっ?海兵学校出身でもなくて、冒険者になるのは無謀でなくて」
ネッスがロビキャス子爵が作った解析のプレートと登録申請書をジェシカに差し出しながら説明する。
「伯爵様の命令でもあるのだ。近年発布された戦争孤児の海兵化計画により冒険者が増えたは良いが海兵兼業で国王軍として前線に行ってしまう。悪魔側や天使側の冒険者は自動冒険者化で名声のために簡単な依頼を繰り返す自動人形になってしもうた。名前持ちの天使、悪魔は人間側に寝返ったが農場周辺警備や傭兵で手一杯、情けない話だが猫の手も借りたい状況だ、平民出身の海兵以上の頑丈な鬼はそれだけで冒険者の素質がある」
騎士家以外の平民が地位を手に入れるには海軍に入る以外になく、兵隊は退役年金や冒険者登録も付与されるので一石二鳥でお得である。軍人として男爵位になれば農場の経営権や漁業権が手に入る、幻日世界では農場と漁場は概ね同じ所であるので管理もしやすい。戦場で上官が魔人に覚醒した場合は城船の船員騎士になることも稀にある。
「命令には従います、ですが転生記憶持ちの鬼など初めてですのでどうなることやら、魔人覚醒や仙人覚醒などになって戦地で亡くなって転生と言うのは聞きますが異世界からの転生者ですか。うーん」
「ロビキャス子爵の登録申請書をよく見て、ロビキャス様はあえて話題にはしなかったがぷーさんの赤い上着の解析結果をよく見て」
「ん?破壊不可能属性って解析が壊れてるの?」
ぷーさんの赤い上着は幻日世界のどこかにいる主が作ったものでこの世界が壊れようともそれは残るぐらいの魔法道具である、ぷーさんが飛ばされてきた瞬間エドワルド伯爵はその上着の魔力に反応し緊急会議を開いた、結果としてぷーさんを冒険者に勧誘することが結論として出て今に至る。
「伯爵様はその解析を真実であると推定しているわ、ご子息であるロビキャス様は真実を確定させ、今さっき報告に帰城されました」
「アイヤー私も知らなかったヨー」
破壊不能属性は戦艦の竜骨や城船のフレーム、それらに搭載されている魔導エンジンなど世界の柱クラスが創造し下賜されるものが大半で神や大魔王から帝や王に渡り、それが大公や公爵にわたって侯爵や伯爵によって使われる。
中古でも竜骨が割れていることは絶対にない。
何を考えているかわからない主に転生させられ異世界に飛ばされたあげく伯爵に目を付けられて命令によって、ぷーさんは強制的に冒険者になった。
前世で強制と命令ばかりしてきたので因果応報とも言えなくはないが…
幻日世界では冒険者は大きく分けて3種類に分けることが出来る。
悪魔側冒険者 悪魔との契約により楽して手早く魔力通貨を手に入れたい、もしくは海賊など犯罪行為をして国に捕まった者たちがなる冒険者、商人依頼や職人依頼の簡単なものを幻日海の海の満ち引きに合わせて自動で動き出し採取や討伐など各種作業をして帰ってくる。身体に悪魔的強化を施してあり、意外と楽である。リスクとしては名声が貯まらず、その名声は契約した悪魔に献上される。
天使側冒険者 悪魔に名声の自動献上をしている人間達への対応策として天使側が考えた魔法使いとゴーレムによる依頼対応システム。主に病院や公的機関の依頼を処理している。魔力通貨は関係なく信仰をよりどころに動いているので商人との関係は悪い。
人間側冒険者 元々は魔人達が製造した革製品組合員が始まりで、革は神々に献上され悪魔の儀式に用いられ魔法使いの国で素材として重宝された、世界を渡るための船の船底に用いられることで一時的に市場を独占し世界を牛耳った。しかし、巨大組織は脆いと判断した上層部決定に従い、自らを細分化。通貨発行権利を国家に戻し神々や魔王達の裁量で決定する名声制度を分離し、職人と冒険者に分かれた。
はっきり言えば千差万別、その他もろもろである。
ジェシカが身分証明の魔道具でプレートを作ってくれる。解析魔法陣の結晶プレートの簡易版のようなもので名声値やカルマ値が書いてあり名声やカルマによってクレジットカードのように使うことが出来る。
「カルマ値がゼロってのも問題あるわ、簡単な依頼を受けたほうが良いわね」
ジェシカがそう言って壁に貼られた無数の貼り紙を指さした。しかし悪魔ネッスがそれを否定する。
「いや、先に基本的な教育を受けさせないといかん、文字が読めるのは幸運であった、指南するにしてもいきなり洗脳教育となると悪魔側とやってることは変わらなくなるからのう」
幻日世界の常識と非常識をある程度は学ばなければならない。天使ケインは付け加えて言った。
「水泳もできるようにならないとね」
ぷーさんの特訓が始まる。