第1章5 『師匠』
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誤字脱字があれば是非ご報告をよろしくお願いします、自分でも確認していますが見落としてしまう時がありますので……
昨日の一件があってからの教室は零士が入るまでは賑やかだった、クラスメイト達は零士の姿を見るなりコソコソと話をし始める。声のボリュームを下げても耳には入ってきてしまう、むしろ零士を見ながら会話をしているのだからそれだけでわかってしまう。
そんなことは気にせず席に座ると、千影が零士の手を握りながら『大丈夫です、ね?』と優しく微笑んでくれる、この笑顔にはどれだけ救われたかわからない、彼女は零士にとって恋人であり救いの女神のような存在。何にも変えられない大切な存在、零士は暗い気持ちを振り払い最初の授業の準備に入った。
チャイムが鳴ると同時に先生は教室に入って来た、教壇に上がると授業開始の礼をして学校生活がスタートする、今日から新一年生も入ってきたからか先生達も気合いが入っているようだ。
最初の科目は『霊滅師』についての復習授業で、霊滅師の人でもそうじゃない人も知っておかなければならない基礎。零士は霊滅師では無いが仕組みや霊鬼関係の勉強は、授業以外でも真妃から教わっていた。
「では皆さん、今日は霊滅師などの基礎や深い所までを復習します。まずは霊滅師とはどう言った存在かですが……」
黒板に復習する項目を書き込んでいく先生は、まず霊滅師について皆に話をしていく。この授業で一番わかりやすく説明をしてくれる事で人気がある『東雲』先生は零士達の担任で、東雲一族の現役霊滅師として活躍している。
自分の経験や自己研究をこの授業で披露し、難しい内容でも別の何かに例えながら説明するので生徒からも『東雲師匠』と呼ばれたりする。
「霊滅師は遥か昔にある一族が神物を触ったことから始まったと言われています。神物とは神社に保管されている物を指します」
その神物を武器にして邪魂などを消滅させていく、それが霊滅師の仕事であり使命。単純な作業のような感じもするがこれも体力と頭を使う仕事、皆はもちろんこの事は知っているが話に割り込んだりせず、最後まで話を聞いている。
「では、霊滅師は一体何を消滅させるのでしょうか。誰か答えてください」
「はい。邪魂です」
「そうですね、では邪魂はどうやって出現しているかご存知ですか?」
先生の質問に皆は『知ってるか?』と顔を合わせながら首をかしげる、実際は出現したら現場に向かい消滅を図るのが霊滅師であり、出現する仕組みまでは長く霊滅師をやってきた人間くらいしか知らない。ではなぜ今まで教えてくれなかったのか、皆は『わかりません』と微妙な顔をしながら答える。
「では今日から覚えて帰ってください。まず邪魂は元々『正魂』と言われる霊魂でした、皆さんも霊魂はご存知ですよね?」
霊魂とは死んだ人の魂の事を言う、人は死ねば霊体となり黄泉の世界へ昇っていくのが普通だが悩みや迷い、やり残した事などがあれば現世にさまよってしまう。その霊魂の事を『正魂』と呼ばれている。
では『邪魂』とは何か、元々霊魂は生きている人間の精神状態に引き寄せられ易く、明るい気持ちの人には守護霊として近くにいたり、楽しそうな気持ちの人には幸せが訪れるようにと様々な状態に変化する。
しかし常に明るく楽しい気持ちの人間は存在しない、悔しい事や悲しい気持ちになる人もいれば怒りに満ちた人も居る、そんな気持ちにも引き寄せられる霊魂は、それらの感情を吸い取り『邪魂』になってしまう。最悪の場合は身体を乗っ取られてしまったり、死に至ってしまうケースもある。
「今もまだわからない部分が多く、研究所では日々霊魂について調査をしている訳です」
「じゃあ、霊鬼はどうなんですか?」
「霊鬼は邪魂の集合体と言われています」
鬼の姿をした霊を『霊鬼』と呼び、複数の邪魂が共鳴して引き寄せられ一つになる。昔に比べて近年では霊鬼の出現率が高いと報告されていて、今の日本人は恨みや妬みを多く抱えている。邪魂よりもタチの悪い霊鬼については、毎度霊滅師側も苦労している。
先生は霊鬼の説明をしたあと、黒板に日本地図を磁石で貼り付け北から南まで1本の線を引き、枝分かれするように複数の線を左右に書き込んでいく。
「皆さん、これがなんだかわかりますよね?」
「霊脈ですよね?」
「愛染君正解です」
「うっしゃ!」
ガッツポーズを決める正輝に周りはクスクスと笑う、バカにしたような笑いだがそれとは違う反応をした千影は『お見事です』とパチパチと拍手する。
「なぜ霊滅師は邪魂を消滅させなければいけないか、わかりますよね?」
「確か、現世のバランスが崩れるからですよね?」
「それも正解ですが、もう少し説明をすると……」
日本には巨大な霊脈が一本存在していて、そこから血管のように枝分かれしている。この霊脈の意味は何なのか、この霊脈がバランスを崩さず一定のスピードで流れることで、自然災害や人災等を回避することができる。
そこに邪魂が出現してしまうとどうなるのか、邪魂は霊脈に流れる霊力を吸収し始めてしまう。簡単に説明をするなら、蛇口の水が流れるホースに穴を空けるとそこから水は溢れ出す。
霊脈が一気に溢れ出すことは滅多にないが、それだけで流れが乱れてしまい大変な事になるという事だ。
皆先生の話に夢中になっていたがチャイムが鳴り響き、この授業の終わりを告げられる。
「では今日はここまで、霊滅師の皆さんは気をつけて仕事を果たしてください」
ニッコリとした後先生は教室を出ていった、このクラスの半分近くは霊滅師をしている。そこには千影と正輝も含まれている、しかし零士にはその力が無い、このままでは守りたいものも守れない。
軽くため息を吐きながら窓の外を眺めている零士、思いたくもないし考えたくもないが零士は心の奥底で、
――――劣等感を抱いていた。