第1章4 『運命』
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夜道を千影に護衛されながら帰宅した零士、しかし部屋には千影の姿は無く一人暗い中で窓の外を見つめている。零士を送り届けるとそのまま髪をひるがえし、正輝がいる場所へ戻って行った。
これが能力を持つ者と持たない者の差だ、大切な恋人である千影は『邪魂』の気配があればどんな時間でも走って行く、能力なんて無い方が良いのは当然だが千影に何かあった場合はどうすればいいのか、ただ指を加えたまま見ていることしか出来ないのだろうか。
(何もしてやれないのかよ……)
窓の外から入ってくる街灯の光が部屋を薄明るく照らす、零士は着替えないまま背中からベッドへ倒れる。自然とまぶたが重くなりそのまま眠りに落ちていく、世界が闇に覆われて自分のことすら確認ができない真っ暗な闇へ。
眠りについたはずなのになんだか重く苦しい感じがする、胸をギュッと何かに掴まれているような、全力で走り続けて息切れを起こしている。だが恐怖心などは無かった、たまに見る『悪夢』は毎回決まってこの状態になる。
声は出ない身体は動かない、ここまで来ればそろそろあの声が聞こえてくる。
『マモレナイノカ?』
闇の中から聞こえてくる声はマイクで喋っているようにエコーが掛かっている、そして最初に必ず言う台詞は『守れないのか』だ、誰を何から守れないのかが零士にはわかっていない、そしてこの声の主も誰だかわからない。
この悪夢を見始めたのは中学1年生の頃からだった、毎日ではなく突然始まってはずっと『守れないのか』と聞いてくる、しかし声も身体も動かせない零士は返答すらできない。だが今回はかなり違っていた、ずっと同じ台詞しか言わなかった『声の主』が初めて違う話を振ってきた。
『トキはキタ、このトチに眠るオニガリを手にタタカエ』
思考は働いている零士、だが土地とはどこなのかわからない、この住んでいるアパートのことだろうか、それとも神社に行けばその『オニガリ』とやらがあるのだろうか。気がつけば零士の思考は冷静さを失い、『戦わなければ』と頭の中で呟いていく。
何と戦うのかはもはや分かりきっている、邪魂やそれを発展させた霊鬼のこと。声しか聞こえない姿が見えない相手の言うことに違和感を抱くことなく従おうとする思考は、自分で制御することが出来なくなっていた。
『フクシュウをスルノダ、フクシュウを果たすノダ』
何の復讐をすればいいのか、誰に復讐すればいいのか。声の主は最後に気になることを言い残し、零士を闇の世界から解放した。闇は視界から消え去り眩しい光がまぶたを焼くように照りつける、息苦しさから解放された零士は本当の眠りに落ちていった。
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「…………朝か」
目が覚めると窓から射す光で部屋が明るく照らされていた、ゆっくりと上体を起こすと汗でシャツが背中に張り付いていたり、頭皮から流れ出る大量の汗でビショビショになっている。あの夢を見てからこんな風になったのは初めてだった、正直目覚めが悪い。
制服のまま眠ってしまいシワになったシャツをベッドに脱ぎ捨て、シャワーを浴びるために風呂場へ向かった。熱を持った身体を冷やす事にした零士は冷たい水を頭から被る、ボケっとした頭はクリアになりちゃんと目が覚め、顔をしっかりと洗った後洗濯された制服に着替え直した。
着替えが終わると真妃の部屋に朝食を食べに行く時だった、最後に言われた台詞を零士は思い出す。
――――チカラはカコイの中でネムッテイル
この土地、オニガリ、カコイ。
ヒントのつもりなのだろうか、今の零士では答えを見つけられず、とりあえずそれは後で考える事にした。目覚ましを仕掛け忘れていたせいで少し寝坊をしてしまい、慌てて真妃の部屋に向かった。
部屋の前までやって来ると中から声が聞こえてきた、聞きなれた2人の声は真妃と千影。既に来ていた見たいだがいつもの様に零士の部屋には訪れなかった千影、たまにはそんなことがあると思いながら扉を半分まで開けた時だった。
「真妃さん、昨日の気配は大量の霊鬼達によるものでした」
「そうか、最近やたらと邪魂の気配が凄いと思っていたんだ私は」
「やはり誰かが邪魂を再生しているのでは?」
「まだわからんさ、調べてみるけどな」
あの悪夢で聞こえてきた声の中に『復讐』しろと言われた零士、もしかすれば答えは案外早く見つかるのかもしれないと考えるが今は抑えた、今はなんの力もない零士が首を突っ込めばどうなるか想像がつく。
盗み聞きは良くないと思っても少し聞いてしまった零士、いつものように扉を開いてから、
「おはよう姉さん、千影」
「零士さん! おはようございます」
「なんだー? 寝坊かー?」
「悪かったよ、昨日面白い番組に釘付けになっちゃってさ」
普段通りに会話をして、普段通りに朝ごはんを食べて、正輝や千影と一緒に通学路を歩いて学校を目指した。