第1章3 『放課後』
次回は水曜日更新です。
「零士、お前も気にすんなよ?」
「わかってるよ、気にしてないよ」
始業式が終わり3人は横に並んで歩いている、正輝は零士の肩を叩きながら、教室であったことについて『お前のせいじゃない』と慰める。零士はそこまで気にしていないのだが、教室での出来事で思い出したくない記憶が頭に出てきてしまったようだ。
それは1年生の時にあったイジメ、今日のような事がほぼ毎日おきていた。そして新しいクラスで絡んできた一人の男子は、1年生の時のイジメを率先してやってきた奴だった。
同じクラスになるとは考えもしなかった、また辛く苦しい日々が始まるのかと思っていたが、一番近くに頼もしい友達が居たことに気付かされて、零士も『いつまでもやられっぱなしは良くないよな』と、正輝と千影を見て話す。
「おうよ、やられたらやりかえさないとな!」
「零士さんはとてもお強いお方です、もちろん何かあれば私も助けます」
「千影、正輝。本当にありがとう」
2人には感謝をしてもし切れない、今日だって正輝が居なければあのままネチネチと言われ続けられていただろう、だがそれを終わらせたのは友達で、零士の家系に何があったのかも知っていて、例え九鬼一族の悪い噂が本当だったとしてもちゃんと否定してくれた。
いつまでも頼りっぱなしではダメだ、零士は改めて気合いを入れ直し自分の頬を軽く叩いてから、
「二人共、これからもよろしく頼むよ」
「任せとけって!」
「恋人でもある零士さんの頼みです、任せてください」
ニコニコしてくれる2人を見て零士も微笑む、こんなにも暖かな気持ちになったのは生まれて初めてかも知れない、そして大切な彼女でもある千影を守るためにも零士は、真っ直ぐとした歩みで夕方の空の下を3人で歩いていく。
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商店街へとやってきた3人は学校帰りにいつも寄るコンビニで飲み物を買うと、
「お前ら今日暇か? ゲーセン行かね?」
「悪い、今日姉さんの手伝いに行くんだよ」
「姉御の所か? なんなら俺も手伝うぞ」
「愛染さんが来てくれたら真妃さんも喜びますね」
コンビニの前で買ったばかりのジュースをグイッと飲む3人、正輝と真妃の関係は霊滅師同士であり、邪魂の気配があれば共に出動する仲間だ。正輝にとって真妃は霊滅師の師匠で、強さと戦う姿の美しさに惚れてから『姉御』と呼んでいるらしい。
飲み干したジュースをゴミ箱に捨ててから3人は目的地を目指して再び歩き出す。真妃が開いている移動販売は3ヶ所あり、今日は近くの広場で営業をしているようだ。
話をしながら歩く事5分、目的の広場に着くと白いトラックが止まっているのを発見。広場には幅広い年齢層の人達で賑わっている、既にお店には列が出来ていて慌ただしく動く真妃の姿が見えていた。
「姉さんお待たせ」
「零士、なんだ正輝も来たのか」
「お疲れさまっす姉御!」
「お疲れさまです真妃さん」
「悪いがもう早速動いてもらうからな、正輝と零士はテーブルを拭いたりゴミ回収!」
2人は『はい!』と力強く返事をした後エプロンを受け取り、任された仕事をしにせっせと動き始める、千影は慣れた動きでトラックの陰に隠れて制服に着替える、真妃は接客を再開し焼きそばを作ってはプラスチック製のケースに入れていく。
着替えから戻った千影はその焼きそばの入ったケースを袋に詰めたり、テーブルで食べる人用にレジで渡したりとバタバタしている。そして男2人は食べ終わった後のテーブルを拭いたりゴミを回収したりと走り回る。
「姉さん! 注文が入ったんだけどクレープ作れる?」
「あいよっ!!」
「姉御! 俺にもクレープ作って!」
「あいよ!! じゃねぇよ! 働け巨人!!」
こんなやり取りも今では当たり前、それを見てクスクス笑うのが千影の役目だったりと、ずっと居ても飽きない面子でさらに頼れる。それに答えられるように零士はひたすらに任務を遂行していく。
気がつけば客も減り始め、広場から出ていく家族連れも多くなり真妃は、
「よし、本日の営業は終わりだ。片付けをするぞ」
3人は口を揃えて『おー!!!』と返事をする、集めたゴミはしっかりと仕分けをしてからゴミ袋に入れて、広場にあるゴミ捨て場に置いていく。料理に使った道具は予め用意していたポリタンクに入った水で洗い、道具箱に収納して片付けていく。
片付けが終わると真妃に呼ばれた3人は横に並んで待っていると、
「ほらよ、今日のバイト代な」
「姉さんありがとう」
「え、俺もいいんですか?」
「当たり前だ、ちゃんと仕事したんだからな」
「ありがとうございます真妃さん」
茶色の封筒を受け取ると中身を確認する零士、バイトはしたことが無く初めて給料を貰った事に嬉しさが込み上げてくる、初給料は短い時間とは言え多い方だと正輝は零士に教える。
カバンに封筒を仕舞うと『お前らは先に帰れ、私は次の仕入れがあるから』と言われ、3人は口々に『お疲れさまでした』と告げた後広場を後にした。
夕暮れが終わりもうすっかり夜となった帰り道、心地よい風が熱くなった身体を冷却していくのがわかる。程よい疲れを味わいながら会話に花を咲かせる3人。
「んじゃ、俺はこっちだから」
「あぁ、また明日な正輝」
「正輝さん、また明日です」
「おう! じゃあ―――」
正輝と別れるタイミングだった、零士以外の2人は嫌な気配と禍々しい空気を感じた、それは胸を締め付けるような苦しさと、どこからか見られているような異質な視線。2人の表情が一気に変わったのを見て零士も気がつく。
霊力を持たない零士はこうして2人の表情を見て『近くに何かが居る』事にやっと気づける。そしてその何かとは『邪魂』の事だ、死んだ誰かの怨念か何かが結集し出来上がる。
「間違いない、邪魂だ」
「そうですね、近い場所に居ます」
「千影ちゃんは零士を先に送り届けてくれ、俺はこの気配を追うから」
「わかりました」
そう、霊滅師では無い零士がここに居ては足でまといになる、零士は何度かこの状態を見てきたからか少し苦い顔をする、自分には力が無い上に彼女である千影を守れない、逆に守られる立場に少しずつだが悔しさを感じていた。
だが今はそんな事を言っている場合でもない、正輝に言われた通りに零士は千影に守られながらその場を去った。
「俺は、何もできないのか…………」
千影には聞こえないように小さな声で呟く、悔しさと何も出来ない自分の無力さに。