第1章21 『冷たい夜』
戦闘でボロボロになった真妃は、目覚めぬ冷たい身体をした零士を背中に担いで長い階段を登っていく。向かっている場所は千影の住む神社、一度体勢を立て直す為に街を離れて話し合いをすることになった。
既に正輝と千影は神社で待っている、真妃は疲れた身体に鞭を打ちながら一歩一歩石段を力強く踏みつけていく。
「しっかりしろ零士! お前はそんな弱っちい男なのか!」
必死に声を掛けながら神社まで歩いてきたが、ピクリともしない零士。ただただ身体が冷たくなっていくばかりで、簡単に言えば瀕死状態だ。
やっと階段を登りきった真妃は、ドサっと前のめりに倒れ込む。音に気づいた2人が慌てて駆け寄ってくる、正輝は零士の肩を抱き、千影は真妃に手を貸してゆっくりと歩いて神社の中へ入っていった。
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「どうなんだ?」
「今は仮死状態です、真妃から話を聞いた通りならね?」
「あのクソバケモノ、零士の生命力まで持っていきやがったのか」
「口が悪いですよ真妃? 千影」
「はい」
「零士君を冷やさない様に灯火の札を貼っておきなさい」
千影の母、美鈴は娘にお札を一枚渡しながら立ち上がる。
「真妃、話があります」
「分かった、2人は零士を見ていてくれ」
それだけを伝えたあと大人の2人は神社の外へ出ていった、残された千影と正輝は眠った状態の零士を見たまま無言。真妃から強大な霊鬼との戦闘中に会話した内容を、簡単にだが聞かされていた。
九鬼一族の長が霊鬼の召喚をしていたとは考えも及ばなかった、そして零士を操っていた霊鬼は審判によって死刑になった。
これでは大戦が起きた理由は本当に九鬼一族が原因になってしまう、今の2人では何も思いつかないのが現状。とにかく零士を目覚めさせなければ大変なことになる、生命力が無い零士にどうすれば意識を回復させることができるのか。
「零士さん、起きてください......」
「…………」
「力とかそんなのが無くても、私は零士さんを見放したりしません。私はただ普通に楽しく過ごせれば、何にも望みません」
「千影ちゃん……」
「ずっと苦しんでたのを私は見てきました、私も苦しかったです。それでも強く生きている貴方を見ると、私は守られていると自覚しました」
冷たく凍りついた零士の手をギュッと握る千影、自然と目から温かい涙が頬を伝って落ちていく。目を真っ赤にしながらも千影は零士に話しかけていく、付き合い始めた頃の話、初デートをした時の話、辛かった時の話。
どれも2人にとって大事な過去で、忘れることが出来ない歴史。それでも支え合うことを誓った2人は、生きている世界が少し違っていても『守る』と決めた。
「零士! お前が起きなきゃ千影ちゃんどうするんだよ!?」
「…………」
「お前が守らなきゃ誰が守るんだよ!? おい!」
強く揺さぶる正輝、それでも目覚める気配は無い。千影は美鈴から受け取っていたお札を心臓の部分に貼り付けながら、
「起きてください、いつまで眠っているのですか………」
「…………」
「零士さん、悪戯しちゃいますよ? 本当にいいのですか?」
千影は手をお札の位置に軽く体重を掛けながら、自分の顔をゆっくりと零士に近づけていく。零士の小さな息が唇に触れている、少し動きを止めた後、千影は距離を0にした。
「ん…………」
「マジかよ」
まさかキスをするシーンに立ち会ってしまった正輝は顔を赤くしてしまう、千影のキスは長いような短いような時間だったが、自分の思いを乗せて零士へと流し込んだ。
千影はゆっくりと顔を零士から離し、立ち上がる。その時の表情を正輝は見ていた、目は真っ直ぐでブレがなく、立ち上がった足はしっかりとしていた千影を。
「行きましょう正輝さん」
「おう、って正輝さん?」
「私達は仲間です、もう他人行儀見たいな呼び方はしません。零士さんを助けましょう」
「フハハ! そうだな、いくか!」
正輝が立ち上がったタイミングで神社の扉が開かれる、そこに現れたのは巫女服を着た真妃だった。女性の霊滅師の勝負衣装は昔から巫女服だと言われていた、今は時代が変わり関係は特にないが集中力と使命を果たす時に着る女性も多い。
「行くぞお前達、奴の居所へ」
「私も準備をしてきます、先に向かっていてください」
「分かった、行くぞ正輝」
「はい! 姉御!」
真妃と正輝は神社を走って山を降りていった。千影はもう一度零士に近づき、しゃがんでから頭を優しく撫でる。
「必ず、勝ちますから。貴方を1人には決してしません、死ぬ時は私も一緒です」
「…………」
「行ってきます」
出かける事を告げたあと千影は自分の部屋へ走っていく、助けたい大事な人の為に、守りたい大切な彼の為に、千影は長い刀を手にして少し肌寒い暗闇の中を、神速の如く駆け抜けて行った。
彼女の巫女服姿は月夜に照らされながら風を切り、怒りの魂を激しく燃やしていく。




