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九鬼零士の霊滅師  作者: 双葉
第1章 『霊滅師編』
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第1章1 『喧騒』










 春の風が静かに網戸を通り抜けて部屋の空気と中和していく、外から入ってくる風に乗った香りは桜の匂いで、また新しい1日が始まると告げている。4月の風はまだ少し冷たくひんやりとしている、暑い夏より寒い冬の方が過ごしやすいが寒すぎる冬もどうかと思う。


 バランスの取れた季節なんて有りはしない、春も春で暑いのか寒いのか極端な所がある、それは人の心と同じでどこか優柔不断で付き合い方が難しい。狭いアパートに1人で暮らしている彼もまた極端な性格をしている、優しいのか優しくないのか。


 スマホに設定していた目覚ましが鳴り始める、その電子音は眠っている彼を起こす為に必死になって音を撒き散らす。



「ん、んん…………朝か…………」



 むくりと起き上がり音がする方へ手を伸ばし停止ボタンを押した、今日の役目を果たした目覚ましアプリは『次回は朝7時』と画面に表示し、画面上から居なくなった。


 彼の名前は『九鬼零士(くきれいじ)

 今日から高校2年生になり新学期が始まる、1年生の時から成績は普通くらいで友達も程々、特に目立つような事は無いまま新たな学年へと階段を登る、ただしある一点を除いて。


 それは名字でもある『九鬼』に目立つ要素が含まれていた、それは300年も前に起きた大戦のことだ、その大戦が起きた原因は先祖である『九鬼信長』が死んだ事が理由とされていて、日本を破滅的に追い込んだと言われてしまい、九鬼一族は今でも尚恨まれ続けている。


 しかしそれは押し付けであると他の一族が指摘し、今では普通の暮しが出来るくらいにまで落ち着いた。




「そろそろ準備をしないと、アイツがもう来ちゃうな」



 ベッドから出ると着慣れた制服に着替え始める、入学当初は『九鬼』と言う名字のせいでかなり不憫な思いをしていた、典型的なイジメにあっていたが零士は上手く交わしてその1年間をやり遂げた、もちろん零士1人では無く幼稚園の頃から世話になっている人と、もう一人は小学生の頃に片思いをしていた女の子のおかげでもある。


 今ではその女の子と恋人同士でお互い助け合いながら過ごしている、その彼女もまた有名な霊滅師の子孫であり、生まれながらにして霊滅師の能力を授かっている。彼女と零士の違いといえばその点になる、九鬼一族は残された零士のみであり霊力自体ほとんど無いに等しく、普通の人間として生活を送っている。


 霊力を持っていることは『普通の人間』からすればそれは『超能力』だ、今の日本では霊滅師自体減少傾向にある為色々な実験を試して、一般人でも霊力を操ることができるようにと日々研究が進んでいるようだ。




「よし、朝飯食いにいくか」



 アパートに1人で暮らしている零士、言うまでもなく両親は居ない。先程言ったように九鬼一族はもう彼1人、両親は零士を産んだすぐに霊鬼(れいき)との戦いでこの世を去った、天涯孤独となった零士は一度施設に送られるが『九鬼』の名字を見ただけで施設側は拒否、零士は九鬼家と関係のあった『一条家』に引き取られて行く。


 引き取られてから零士は幼稚園に上がるまで一条家で育てられ、入園してすぐに一条家から巽家(たつみ)へ住み変わり、今は巽家が大家をしているアパートで住んでいる。パッと見ればたらい回しにされている気もするが、路上で死んでいるよりはマシだろう。




「忘れ物は無いな、よし。行ってきます」



 自分以外誰も住んでいない部屋に挨拶をしてから部屋を出ると、外の廊下で1人の女の子がこちらに向いて待っていた。




「零士さん、おはようございます」


「おはよう千影(ちかげ)


「今日もバッチリカッコイイです」


「うん、ありがとう」



 黒く艶のある長い髪をなびかせながら零士を見つめる、彼女の名前は『千花音千影(せんかねちかげ)


 そう、零士の恋人でありイジメから助けてくれた女の子。

 初めて見た時から一目惚れをした千影は、ずっと零士のことを見ていた。そんな頃にイジメが始まり零士を庇いながらも彼の存在意義を知らしめてきた、千影は普段温厚で天然があるとは言え怒らせるととてつもなく面倒な相手に切り替わる、最近は零士が千影を抑える役目としても一緒に居るようだ。



「今日から新学期だけど、零士さん忘れ物は無い?」


「あぁ、大丈夫だよ。ちゃんと確認したからさ」


「ポケットティッシュは?」


「持ったよ」


「ハンカチは?」


「あるってば」


「教科書と筆箱…………」


「全部あるから心配しなくていいよ」



 ヒョイヒョイっと言われた物を出しては見せる行動は、今では日課となっていてまるで夫婦のやり取り。アパートの廊下を歩きながら毎日これをやっている2人は良きカップルだと言える、ちょっと熱が入り過ぎている気もするが、零士は嫌がったりはしない。


 階段を降りて目指していた『大家の住む部屋』へ到着する、ドアを3回ノックしたあと『入れー』と声が聞こえてくる。零士はドアノブを捻り立て付けの悪い扉を開けて中へ入る、もう慣れた日常ではあるもののここの部屋は問題点が沢山あった。



「姉さん、部屋を片付けようよ」


真妃(しんき)さん、水周りも汚いですよ!」


「うるさいなー、部屋くらい自由にさせてくれよ」


「零士さんが見ているんですから、今日帰ってきたらお掃除です!」


「零士の事になったらコレだよ、はいはい分かったから早よ座れ」



 ここの大家をしていて零士を最後に引き取った彼女は『巽真妃(たつみしんき)

 まだまだ小さかった零士を見事学生にまで育て上げ、アパートの大家をしながら副業もこなす大人のお姉さん。彼女もまた霊滅師の子孫であり今でも邪魂(じゃこん)が発生すれば千影と共に闇夜を走っている。


 優れた順応性を持っている真妃は生活は割とズボラな面が目立つが、やらなければいけないことに対しては真剣に取り組む姿勢がある。例えば朝になれば零士に朝食を作る、仕事をする、晩御飯を作るなど一見すれば普通じゃないか? と言いたくもなるがこれらは全て『零士』の為が含まれている。


 零士との関わりがない場合はこの部屋の酷さになる、水場は汚れた皿まみれだったり、ベッドには下着や服で散らかっていたり、髪はボサボサだったりと酷いし彼氏すらできないのがわかる。



「いただきます」


「おう、沢山食えよー」


「真妃さん、今日はバイトに出られますよ?」


「そうか! 千影が来ると客が増えるから助かるよ」


「わ、私は客寄せパンダですか…………」


「んなことねぇーよ、立ってニコニコ笑顔を振りまいてくれたら良いからよ!」


「それを客寄せパンダと言うのですっ!!!」



 バンっ! と木製の丸いテーブルを両手で強く叩く。

 バイトと言うのは真妃が副業で始めた移動販売の事、2トン車の箱トラックを改造して焼きそばやたこ焼き等を売っている。何か一つに絞ってメニューを出せばいいのだが、真妃は『せっかくだから色んなもん売らないとな!』と話し、今ではクレープまで売り始めたらしい。



「零士、お前放課後暇だろ?」


「まぁ、暇だけど」


「ダメです」


「まだあたしゃ何も話してないだろうが」


「零士さんにバイトはダメです!」


「お前は過保護過ぎだ」


「違います!」


「何が違うんだよ? ほれ言ってみ」


「イケメンなので他の女の子に見られてしまいます」


「あのな、仕事だしそんな事ないだろ」




 零士の事が大事で大切なことは分かるが千影のダメな部分はそれにあった、名前のせいでイジメられていた事を知っている千影はあまり目立つような事をさせたくないと言いたいのだろう、しかし零士の意思もあるためか曲がった回答をしてしまったようだ。


 2人のやり取りを見ながらサラダを食べていく、しばらく咀嚼(そしゃく)した後に零士は、




「わかった、手伝うよ仕事」


「いや悪いな零士! 力仕事があるから助かるわ」


「ちょ、零士さん!?」


「千影と姉さんばかりに頼ってられないし、そろそろお小遣いとか欲しいしな」



 結局放課後は真妃の仕事を手伝うことになった零士、あんまり納得していない様子の千影をニマニマしながらお味噌汁を啜る真妃。まだ彼らは気づいていない、これから起き始める『最悪』に。




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