第1章15 『千花音』
夕飯をご馳走になる事になった零士は料理ができるまで千影の部屋で待機することになった、この部屋に来たのはまだ2回目でちょっと落ち着かない。あまりジロジロ見るものでは無いがついキョロキョロしてしまう、女の子の部屋にしては結構落ち着いていて、ファンシーな人形とか好きな芸能人のポスター等と言った女の子らしい趣味は展開されていない。
あるのは本棚とテーブルに置かれたノートパソコン、当たり前だがベッド、ちょっと寂しい部屋だが人の事を言えないので詮索はあまりしない事にした。でも零士が座っている座布団はドーナツ型で色はピンク、さり気なく女の子の部分は出ていて思わず『可愛い』と口にする。
部屋の主である千影は夕飯の料理作りの為不在、待っている間は何もやる事が無く『何か手伝うよ』と申し出たが断られ今に至る。
「あ、夕飯までには戻るとか言っちゃってたな。姉さんに連絡しとこう」
スマホを取り出して『やっぱり遅くなる、夕飯今日は要らない』と打ち込み送信するとすぐに通知が飛んでくる、どんな速度で打ち込んでるのか気になるが返信の内容を見てみると、
―――優しくするんだぞ
一体どういう意味なのか小一時間くらい問いただしたいのだが、火に油を注いでしまいそうなのでそれはやめて『うるさい』とだけ打ってスマホを仕舞う。あれでも応援してくれているのは確かなのだが、ちょっと歪んでると言うか大分歪んでいる真妃。
初々しい友達カップルに男友達が『なんだよー、キスくらいしたんだろー? んー?』見たいなノリをするのが真妃。茶化してくるのが好きなのか、それとも邪魔をして崩壊させたいのかよく分からない。悪ノリをするのが大好きなのは知っている、だが真面目な部分もちゃんとあるから憎めない、お世話になっているのも事実。
1人で自問自答を繰り返していると扉をノックする音が聞こえる、返事をすると中に入ってきたのは千影で『お待たせしました、行きましょう?』と声を掛けてくれる。ゆっくりと立ち上がりながら『うん、行こう』と返事をしながら、廊下にまで漂っている夕飯の香りを吸い込みながら食卓を目指した。
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少しだけ長い廊下を歩いていると灯りが漏れているガラス扉が見えた、匂いの出どころはココからのようで千影は扉を開けて中へ入るように手でジェスチャーをする。
中に入るとまず一番に目がいったのがテーブルに並べられた大量の洋食達、デミグラスソースを掛けたハンバーグ、これでもかと大量に盛られた細く長いポテトフライ、雪が積もった山の様にデカイポテトサラダ、鍋ごとテーブルに置かれたコーンスープ。
とにかく洋食フェアが開催されていた、むしろ大好きな物ばかりで感動をしている零士だが、何故こんなにもマウンテンクラスに盛られたり大量に作られているのかが気になった。
「千影、どうしてこんなに一杯作ったんだ? 普段からこうなのか?」
「いえ、普段はこれの半分以下ですよ? 零士さんは沢山食べてくれると思いまして………」
「いやー、あー、うん。頂くよ」
「本当ですか!? ありがとうございますっ! 作ってよかったですっ」
「あ、あぁ」
(胃薬、持ってないんだよな…………)
どれも美味しそうな彩りではあるが、油物ばかりで胃が痛くなりそうな零士、大切な彼女が頑張って作ってくれたのだからしっかり食べようと心で決める。ちなみに千影の母『美鈴』はポテトフライをサッと揚げたあとお風呂に行ったようだ、普段から家事は千影がやっている。
家にまで仕事を持って帰ってくる美鈴は、家事をやる時間があまり無く娘の千影に任せっきりなのだとか、だから今回のポテトフライを揚げたのは珍しいことのようだ。
千影は『ここに座ってください』と席を少しだけずらし、零士はそこに腰を掛けた。その隣に千影が座り正面はまだ戻らない美鈴が座るようだ、少し待っていてもまだ戻らないので『先に食べていましょう?』と千影に言われ『じゃあ、頂きます』と告げてから、2人で夕飯を楽しむことにした。
しばらくして美鈴が食卓へ入ってきたのだが…………
「お母様っ!」
「何かしら?」
「零士さんの前でその様な格好はおやめ下さい!」
「だって家よ? 家までピシッとしてたら疲れるじゃないの」
「今日はお客様が居るのです!」
「………………」
零士は全力で視線を逸らしている、似たような光景を何度も見てきたような気がした零士、普段アパート暮らしをしている零士は晩御飯の度に真妃の部屋に行くのだが、大体シャツ一枚と下着姿でだらしない所を全開にしている。
彼女の母親までこんな感じだったなんて、と零士はカルチャーショックを受けていた。真妃と美鈴は飲み友達と言う時点で気づくべきだったのかもしれない、この夕飯の時間は千影が母親に説教をする所を見ながらハンバーグを食べていた。
夕飯も終わりそろそろ帰ろうとしていた時だった、美鈴は『少し時間いいかしら?』と零士に話しかける、断る理由なんて無い零士は家から神社の鳥居まで移動する。
外はすっかり夜の空、空気が澄んでいて星の光が良く見える。鳥居の下で美鈴から話し掛けられるのを待っている零士、普段の千影と零士の事についての話だろうか? それとも学校での生活態度とかを指摘されるのか? と色々思考を働かせていると、
「零士君、身体の調子はどう?」
「へ? 身体は何とも無いですが」
「千影から聞いたのよ、物凄い熱を出して倒れてたって」
「そうだったんですか、でも一日くらいで治ったので心配は要りませんよ」
「そう、それなら良いのよ。………………」
「??」
何か歯切れが悪い、何か言いたい事があるのは零士に伝わっている、だが眉を寄せたまま難しい顔をしてそこから何も喋らない。腕を組んだまま何かを考えている様にも見える、そこで零士は思い出す、自分が今どういう状態でどんな状況の立場であるかを。
それは『力』の事、零士は後天的ではあるが『霊滅師』としての強い力を手にしている。だがあの姿でましてや美鈴の前に現れた事は無い、存在を見ていなくとも真妃や千影が『オニガリ』について話している可能性はある。
思わず絆創膏を貼った左手を後ろに回し隠す、我ながら自然と姿勢を変えるような動きが出来た? と思っている零士。
「何でもないわ、月曜日からまた学校がんばりなさい零士君。真妃によろしくね?」
「は、はい」
結局何も話さなかった美鈴、ただ彼女は零士の目を見て話していなかった、どこか探るように視線を動かしながら話をしていた。
満月の夜、人は月を見ると狂気に満ちると言われている、この街のどこかで今日も霊滅師は走り回る。