第1章14 『迷い』
「なんかごめん、せっかくのデートだったのにさ」
「いいえ、私は気にしていません。零士さんと一緒に過ごす事が大事なんですから」
展望台で起きた事は気にしていないと話す千影、似たような事は何度もあったが今回はデートだった、大切な時間の時までこんな事では千影に迷惑を掛けてしまう、申し訳ない気持ちと不甲斐なさに零士はため息を吐く。
さっきまで太陽は真上に位置していたが展望台を降りて帰る頃には傾き始めていた、本当ならまだ色々回る予定だったのに気分的に楽しめないかもしれない、そんな理由ではあるが千影を家まで送ることにした。
零士が住んでいるアパートから少し歩くと小さな山がある、その頂上に家があるのだがまた規模がデカイ、千花音家は古くから神社を運営していてその敷地内に自宅が建っている。市内で毎年大きなお祭りがあり、その時には巫女服を着て舞をして邪悪な魂や悪霊を沈めると言った行事。
お祭りは夏と冬の年2回行われる、なぜ夏と冬なのかは色々な話があるのだが一番有力なのが『蘇り時期』と言われているからだ、夏に蘇り冬に去ると古い書物には書かれているが、本来は蘇った夏から冬の間に思い残した霊達の悩みを解決し、迷わないように導くのが目的。
つまり舞は黄泉に行けなかった霊達を呼び出して、ちゃんと送れるように手助けをする大切な仕事でもある。ただ霊滅師では霊達の気持ちを読み取ることはできない、その仕事は『再霊師』の役割だ。
「千影、ありがとう」
「いいえ、お礼だなんて入りません。これまでもそうだったじゃないですか」
「わかってる、でも大事な事だしさ、うん」
赤く染まりつつある空の下だからか、零士はほんのり紅色に顔を染め上げる。いつだって好きな奴の隣で居れば照れもするし、強くカッコよく居たい、千影もまた同じような考えを持っている。いつまでも一緒に居たいから、いつまでも笑顔で居たいから、簡単な理由ではあるけれどそれを実行するのは難しい事だ。
他愛のない話をしながら歩いていれば山の入口が見える、その脇にある石の階段を登れば神社が先に現れて、奥に進めば千景の住んでいる家が見えてくる。
「今日はありがとうございます、とても楽しかったですっ」
「俺もだよ、次はもっと違うところに行こうよ」
「はいっ! 楽しみにしてます」
「うん、それじゃ―――」
と、手を振りながら背を向けた時だった。
「―――待ちなさい、零士君」
濃い女性の声に一瞬誰だかわからなかった零士、だが顔を見れば直ぐに誰だかわかった。千影のように長い黒髪は後ろで纏められ、タイトなスカートのスーツ、そして学校の校長。
「美鈴さん」
「こうして話すのは久しぶりね?」
「はい、本当にお久しぶりです」
学校では行事くらいの時にしか出会わないし、千影の家に来ることもあまり無く、対面しての会話はこれが久しぶりだったりする。2人が交際する事を話にこの家へやってきた以来になる、その点正輝はしょっちゅう美鈴相談室を利用しているようだが、零士は行ったことがない。
彼女の母親と言うのもあるが、美鈴と会話をすると自分の事を全て見透かされている気がして落ち着かないのが本音だ、だから今も早くこの場を去りたい気持ちでいっぱいなのだが…………
「では、僕はこれで」
「零士君? よかったら今日はうちで食べていかない?」
「え? いや、でも…………」
「千影もいいわよね?」
「はい、お母様がよろしいのでしたら」
「なら決まりね?」
「は、はい。じゃあお邪魔します…………」
学校で見る美鈴とは違い話し方は凄くフランク、校長としてはかなりのスーパーウーマンだが、こうして現場を離れればどこか元気な女の人に早変わりする。ちなみに真妃とは飲み友達だったりと聞けば聞くほどビックリするような事ばかり、世間は狭いとよく言うがちょっと狭すぎる気もする。
よく考えれば繋がっていてもおかしくは無いが、深い詮索は今この場に必要ないだろう。
晩御飯にお呼ばれした零士は2人の背中を見ながら、ゆっくりと付いていく。家も神社並に大きく最初の頃は迷ったが今では、
「しまった、迷った…………」
迷っていた。
途中トイレを借りようと別れたのが失敗だった、廊下一本だけとは言え右を向けば大量のふすま、左を見れば神社の壁、食事をする所は丁度中央部にある。グルッと一周するかしないかの部分に真ん中を目指す廊下を発見し、そこを歩いていくとふすまから木製扉に変わる、全部開けて覗くわけにも行かず千影に電話をかける。
すぐに繋がると『そのまま真っ直ぐ歩いてください』と言われ歩いていくと、
「零士さん、こっちです」
「本当にごめん」
「複雑な構造にした御先祖様が悪いのです。それより晩御飯が出来るまで私の部屋で待ってましょう」
またもダメな部分を展開してしまった零士、次こそは挽回すると心で小さく呟くが、この後に起きる出来事に零士はさらにダメな部分が出てくる、かもしれない。