第1章9 『記憶』
毎週水曜日と土曜日更新です。
「あの狐のお面、一体誰なんだ?」
「わかりません。同じ霊滅師なのはわかるのですが…………」
公園での戦闘から翌日の朝、真妃は昨夜共に戦った2人を呼び出しミーティングを開いた。その場には零士の姿無くまだ眠っているようなので、2人を真妃の部屋に招集を掛けた。
3人の目の前に突然現れては霊鬼を一撃で仕留めた狐のお面、真妃に取ってはかなり衝撃的な出来事だったようで、同じ霊滅師にしては見たことがなかったり、仲間だとしても黒いオーラを放っていて敵にも見えてしまう。共通点があるとすれば霊鬼を生滅させている事、今わかるのはそれくらいかもしれない。
ただ真妃はあのお面と刀に見覚えがあった、刀だけは一瞬の間だったので確証は持てない。しかしあの狐のお面だけは見たことがある、3人で考えてはいるものの疑問は拭い切れずに居た。
「今は考えていても仕方ない、また会うことになるかもしれないしな」
「そうですよ姉御、今は置いときましょう!」
「それにしても珍しく寝坊か? 千影、お前起こしにいけ」
「確かにこのままでは学校に遅れてしまいますね、行ってきます」
千影は立ち上がると零士の部屋へ目指す、こうして起こしに行くのはもう何度目だろうか。思えば小学生の頃に零士と出会い、当時から零士はイジメにあっていた、そんな彼を千景は助ける為にクラスメイトへ自ら当たりに行った、ただ同じクラスメイトを助けてあげようと普通に行動をしただけ、それだけの関係だったのだが少しずつ思いは形を変えていく。
小学生も最後の学年になった時、身長は零士の方が高くなり千影は少し視線を上げなければ零士の目を見れなくなった、どんどんカッコ良くなっていく零士に惚れていく千影、きっかけなんて些細なモノで好きになるのに理由なんて無かった、ただ零士を守ってあげたい、そして守られたい、そんな風に思っているとある日零士から告白を受けた。
もちろん断る理由も無く『私も貴方が好きです』と答えた、小学生なのに大人のような空気で、甘い時間を過ごしていた2人。そんな2人も今では高校生で、少しずつ大人への階段を登って行く。
零士が寝ている部屋の前まで歪んだ顔をしながらやって来た千景、気を引き締め直してドアをノックする。
「零士さん、そろそろ起きてください」
ノックをしながら声を掛けた時、中から物音が聞こえてきた。起きているのは間違いないが扉を開ける気配は無い、千影は試しにドアノブを捻ると簡単に扉は開いた。その隙間から中を覗き見ると目の前に眠そうな顔をした零士が立っていた。
「起きてらっしゃったのですね、おはようございます零士さん」
「…………」
「零士さん?」
千影の声に反応せずただ突っ立ってる零士、もう一度声をかけようとした時だった、グラッと零士の身体が揺れて千景に向かって倒れてくる、なんとか受け止めるものの華奢な千影は零士を受け止めながら尻餅をつく。
「零士さん? 零士さん!! しっかりしてください!!!」
「ん……うう……」
「熱っ!? 凄い熱……」
顔が赤いと知った千影は零士のおでこに手を乗せる、どうやら熱を出しているようだ。千影は『真妃さん!!』と叫ぶ、その慌てた声に気づいた真妃と正輝は走って階段を上がってきた、最初は『朝から見せつけてくれんじゃないのー』とふざけて居たが、千影が真面目な顔をして零士に呼びかけていたのを見て対応に入る。
「零士、聞こえるか? 正輝! 零士をベッドに戻せ」
「うっす!!」
「千影は氷枕と水の入った桶、あとタオルだ」
「わかりました」
的確な指示を出していく真妃、2人はすぐに行動に移し言われたように従っていく。真妃は薬箱を取りに自室へ戻る、正輝は零士をベッドに寝かせると部屋の中をマジマジと見つめていく、零士の部屋に来たのは初めてで思わず見てしまったようだが、最初に出てきた言葉は、
「なんだか寂しい部屋だな」
「ずっとこのままなんです」
「千影ちゃん……」
氷枕を脇に抱えて両手で桶を持った千影が部屋に戻ってきた、正輝は『どうして何も無いんだ?』と質問をする、ゆっくりと零士に近づいては優しく頭を持ち上げて氷枕を忍ばせる。零士はここに来てからずっと1冊の本とベッドだけで、年相応の趣味や物などを置いたりしてなかった。
正輝の部屋は散らかっているが好きなゲームや漫画、ポスターなどが壁に貼られている。零士はそんな趣味を持っていない、だがずっとボロボロになっても読んでいる本がある。千影はベッドの脇に置いてある本を手に取り正輝に手渡す。
「なになに? 『歩み方』?」
「零士さんが読み返している本です、真妃さんから頂いた物らしいです」
「難しい本だな、内容がさっぱり頭に入ってこねぇや」
「私も目を通した事はあります、ですが…………」
適当にパラパラと捲っていくと、あるページを境に黒のマジックペンで塗りつぶされていた。思わず正輝は『うお、何だよこれ』と声に出してしまう、そこから先は所々塗りつぶされ読めなくなっていた。
本を閉じて元の場所に戻すと丁度真妃が部屋に戻ってきた、薬箱を床に置くと解熱剤と頭痛薬等を枕元に置いていく。
「とりあえずこれで様子を見よう、目が覚めたら医者に連れていく。お前達は学校に行け」
「私は残ります、気になりますし」
「なんなら俺も!」
「アホかお前らは、単位落として卒業出来なくても知らんからな? 早く行け、何かあったら連絡してやるから」
「わかりました、目が覚めたら連絡をくださいね」
渋々と言った感じで2人は学校へ行く、部屋を出ながら零士をチラっと見る千影と正輝、部屋から2人が居なくなると真妃はベッドに腰を掛けて、零士のおでこを撫でる。
そしてベッドの脇に置いてある本を手に取る真妃、慣れた手つきであるページまで捲る。黒く塗りつぶされたページ、真妃は悲しいような寂しいような表情をしながら、
「大丈夫だ零士、お前にはもう大事な友達と恋人がいるじゃないか」
「…………」
「こんな本はもう必要ないだろ?」
「…………」
「それを決めるのは私じゃなくてお前だな」
ベッドから立ち上がり部屋の扉に手を掛けながら、もう一度眠っている零士を見る。熱さから解放されたのか先程のような、苦しそうな表情はしていない、そうと分かると、
「おやすみ零士」
真妃は零士の部屋から去っていった、あんなに苦しそうな表情を見たのは『九鬼家』だからと周りから誹謗中傷を浴びていた時以来だった。
もう二度とそんな思いをさせたくないと真妃は守り続けてきた、しかし学校にまでそんな奴らが居るとは考えにも及ばなかった。さすがの真妃も学校に乗り込むわけにも行かず、知り合いである千花音家の千影に監視役を頼む予定だった。だが面白い事に頼むより先に千景は零士と一緒に居た、真妃に取っては好都合。
2人はどんな形であれ一緒になる運命だった。