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異世界へようこそ 【改訂版】  作者: 飛狼
第五章 モルダ島
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◇世間は広いようで狭いというけれど。

 若い獣士長の方はといえば、タンガの事を覚えていないのか、その顔に戸惑いの色が浮かんでいた。

 二人の年齢差やタンガが「ラリー坊」と呼んだ事から、記憶もまだ曖昧な獣士長の幼い頃に出会っているのだろうかと想像する。そこで、未だに呆けた表情を浮かべたままのタンガに、もう一度「知り合いなのか」と尋ねると、


「あぁ……随分と昔の事なので、向こうは忘れてるようだかな」


 と、懐かしさを滲ませた表情で答えた。

 そんな二人を見比べ、「で、どんな関係なんだ」と、タンガに先を促す。


「……もう十年以上も前になるか……この若いのとは何回か顔を合わせただけだったが、親父さんとはよく酒を飲み交わすほどの親交があった――」


 ――ほぅ、この若い隊長さんは、タンガの昔の飲み友達の息子さんだと?


 本人ではなく、父親と知り合いだと聞き、「なるほど」と納得できた。

 世間は広いようで狭いなんて事をよく聞いたりするが、たまたま訪れた港街の獣士長が昔の友人の息子とか、そんな偶然があるのかと首を傾げるしかない。


「――あの頃は、マイク様がサンタール家に転がり込んですぐの頃。ベルナント家の獣士だった親父さんも、その関係でよくサンタール家に顔を出していた。そこで、親父さんの方が歳はかなり上だったが意気投合してな。二人してよく酒場に繰り出したものだった。時には日をまたいでも飲みつづけて、そんな時に当時はまだ少年だったこの若いのが迎えに来ていた」


 昔を思い出すように目を細めるタンガ。

 獣士長のラリーも昔を思い出したのか、「あっ、あの時の」と驚き、「では、本当にサンタール家の」とか、ぶつぶつと呟きながら複雑な表情でタンガに目を向けていた。


 ――ん、待てよ。


「マイク様って?」


「お前も昼間に会っただろう。ベルナント家のマイク様の事だ」


 やはりそうか。

 俺は討伐艦隊二番艦の艦長をしていた、髪が緑色のエルフの顔を思い浮かべる。

 そういえばさっき、この獣士も「ベルナント家がぁ」とかなんとか言っていたような……。


「七賢人の一家でもあるベルナント家は、外交を司る家柄。だから、このモルダ島に置かれている総督府もベルナント家の管轄なのだ。で、今のカンカラの総督も、ベルナント一族のエルフ様が赴任している」


 不思議そうな顔をしている俺を察して、タンガは何故モルダ島の総督府に、ベルナント家の獣士がいるのかを教えてくれた。


 ――なるほど、そういう訳か。


 だから、総督府の獣士隊が、ベルナント家の獣士なのか。そうなると、あのマイクとかいうエルフが、二番艦の艦長をしていたのも納得できるな。タンガたちサンタール家の者に関わりのあるエルフが、偶然居合わせていたのは裏で何かあるのかと少し勘ぐっていたが……モルダ島近海で跳梁する海賊を討伐するための艦隊に、ベルナント家のエルフが派遣されるのは当たり前のことなのだろう。

 そんな事を考えている間も、タンガは懐かしそうに獣士長に話しかけていた。


「で、親父さんは今も元気なのか?」


「いえ……もう十年ほど前に亡くなりました」


 ラリーが神妙な顔で首を振る。


「え、亡くなっていたのか……そうか、それは知らなかった。あの頃は俺も色々とあって……その後も……」


 タンガが少し口ごもり、ちらりと、ジャニスの治療をしているカリナたちに目を向けた。


 そんなタンガの様子から、十年ほど前のあの頃とは、カリナたちの両親の事件のことを指しているのだろうと、容易に察する事ができた。

 でも……なんだろう。胸の中にもやっとした微妙なものを覚える。


 ――十年前の事件かぁ。


 何かが、妙に引っ掛かる気もするんだが……。

 そんな事を考えつつカリナたちの方を眺めていると、「こっちは大丈夫です」と合図を送って寄越す。カリナには数本の霊薬を預けていたのだが、誰かが危険な状態に陥った時は躊躇せずに使えと命じていた。だから、ジャニスにも霊薬を使ったのだろう。それは逆に考えれば、ジャニスの怪我の状態がそれだけ酷かった証でもあるのだ。


 ――数本の槍に貫かれていたからな。


 死んでいてもおかしくない状態だったはず。そのジャニスも、どうやら無事なようだ。今は青い顔をしながら起き上がろうともがいているが、「まだ駄目です」と、カリナとカイナに押さえられていた。

 霊薬は欠損した部位すら完全に再生させる。死にかけようが、いや、死んでも直ぐなら蘇生すら可能と思えるほどのレアな回復薬。現実リアルとなったこの世界では、ゲームの時と違って容易く入手する事は困難だが、幸い俺にはかなりのストックがある。ゲームの最速クリアを目指していた俺は、戦闘中に回復系の魔法の使用なんかはまどろっこしいとばかりに、攻撃こそ最大の防御のスタイルだった。だから覚えるスキルや魔法も、攻撃系に偏ったものばかり。もっぱら回復などは『霊薬ソーマ』に頼っていた。だから【アイテムボックス】の大部分が、『霊薬ソーマ』の枠に使っていた。

 だが、数えきれない程の量があるといっても、無限に有るわけではない。今回の航海での船上の戦いで、霊薬の数も大きく目減りしたのも事実。しかし、だからと言って目の前で知り合いが死に掛けてるのを知らん振りするほど、俺も薄情ではない。だから今は、霊薬の数が底をつき始めるまでは遠慮なく使う積もりなのだが……問題は、霊薬がこの世界ではゲームの時以上に貴重だということだ。サラやタンガの話では、欠損部位まで再生し体力を完全に回復させるような薬はないとの事だった。それこそ、神薬だとも言われたのだ。


 ――獣士たちの前で霊薬を使わせたのはまずかったかな。


 と考えるも、幸いな事にさっき俺が放った【震脚 絶波】と【威圧】に、周囲の獣士たちはそれどころでは無いようだった。【震脚 絶波】によって床に転がされ、【威圧】で金縛り状態になっているのだから。


 ――ま、それは水夫たちも同じ状態なのだけどさ。


 さすがにガチムキマッチョなカレリンは、俺の【威圧】にも耐えきったようで、今は転がる水夫たちを助け起こしていた。

 それに、ジャニスの手当てをしているカリナも霊薬の件を察してか、怪我が回復しているのにもかかわらず、槍による傷があったと思われる箇所に包帯なんかを巻いて、パッと見には分からないように隠してくれているようだった。

 そんな周囲の様子に、


 ――どうやら無事に争乱を治めることができたな。


 と、俺も少しホッとする。

 未だにお互い睨み合っているが、水夫たちも酔いと興奮からは冷め、仲間のジャニスの無事な様子に冷静さを取り戻しつつあった。

 獣士たちも、俺たちがサンタール家の関係者だと分かり、今は隊長であるラリーの様子を窺っている。

 で、俺はといえば――タンガと獣士長ラリーの二人に目を向ければ、シリアスな格闘モードからの、突然のしんみりモードへの移行。急な展開に俺の怒りもどこへやら、毒気も完全に抜かれてしまった訳で。

 まぁ、確かにいきなりジャニスを槍で貫くとか、獣士たちの態度には頭にきて言いたい事も沢山あるが、それもこれも国が定めた身分制度の弊害なのだろう。ここであれこれ言っても始まらない。取りあえずはジャニスも無事なようだし、俺も矛を収めて争いを静める事が出来ただけでも良しとしようと思う。

 それに総督府の獣士隊であれば、俺はよく分かっていないが、このカンカラの街の警察組織みたいなものなのだろう。これ以上揉めるのも、あまり得策とは思えなかったのだ。

 しかし、獣士長のラリーには聞きたい事もある。少し眼差しに険しさを含ませ、ラリーへと向き直る。


「で、隊長さん、どうして総督府の獣士隊が俺たちの所へ……というか、俺たちの事を知らなかったようだが、なぜ襲いかかるようなまねを」


 俺の説明を求める問いかけに、獣士長のラリーがじろりと眺めてくる。

 そこには、タンガに向ける顔とは随分と差があった。いかにも「このヒューマンが」と言いたげだ。

 此方がサンタール家の関係者だと納得していても、これである。

 ラリーはちらりとタンガを眺めた後、苦々しく顔を歪めてようやく口を開く。


「数刻前、アグニ神殿に侵入者があった」


 形としては、タンガを顔を立てたといった感じだろうか。相変わらず、ヒューマンを一段下に見る態度。一瞬ムッとなるも、さっきヒューマンである俺に、やり込められた事も腹立たしいのだろうと、取りあえずは納得しつつ会話を進めることにした。

 それにしても、前にタンガが「グラナダのヒューマン差別はまだ増しな方だ。他の地域はもっと酷い」と言っていたが、本当に酷いようだ。それだけこの世界では、獣人とヒューマンの身分差がはっきりとした形で、現実問題として存在するのだと、改めて思い知らされた。


「侵入者? それが俺たちと何か関係が有るのか?」

「あぁ、大有りだ。そのヒューマンは、お前たちの船に乗っていた水夫だからな!」

「えっ……」


 俺は思わず振り返り水夫たちを眺め、そしてカレリンの顔を見つめる。すると、カレリンは「俺は知らんぞ」とばかりに首を振っていた。

 だが、そこで俺は思い出した。


「あ! カーティスは! カーティスは何処に行った!」


 酒場に合流した時、ミラキュラス号の二等水夫カーティスの姿がない事に気付き、カレリンに尋ねようとしていたら、この騒ぎになったのだ。その事を俺は思い出したのだ。

 しかし、カレリンだけでなく水夫たちもお互いの顔を見合わせ、「そう言えば、カーティスの姿は酒場に着いた時から見てないな」と首を傾げる。


「やはり、お前たちの仲間だったのだな」


 と、ラリーが厳しい眼差しを向けてくる。


「いや……ちょっと待って……」


 焦る俺に、ラリーが更に追及してくる。


「今回のモルダ島の襲撃も、裏でヒューマンが手引きしていたとの噂もある。総督府では、今回の一件はヒューマンの反乱だと騒ぐ者もいるほどなのだ。そこへ現れたのがお前たちだ。しかも寄港して直ぐに、グラナダの討伐艦隊とも揉めたと報告されている。だから総督府は、アグニ神殿侵入の件でお前たちを海賊どもの仲間だと判断し、俺たち獣士隊が捕縛のために派遣されたのだ」

「えぇ……そ、それは何かの間違いだ」


 慌てる俺に、横からタンガも「俺たちサンタール家には、何の関係もない話だ。直ぐにマイク様を通して説明と抗議を」と、口添えしてくれた。


 どうやら獣士隊がやたらと攻撃的だったのも、ヒューマン差別の問題だけではなかったようだ。


 ――カーティスの馬鹿は何を考えてやがる。


 その時、天を仰ぐ俺の袖を背後から、誰かが引っ張った。後ろを振り返ると、そこに居たのは心配した顔を見せるカリナとカイナの姉妹だった。そして、袖を引いたのは妹のカイナで、何かを訴え掛けるように俺を見上げていた。


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