◇因果は巡るというけれど。
ギルド内で、バーリントンの息子に出会ったのには驚いた。話を聞くと、どうやら数ヵ月前からモルダ島のギルドに研修に来ていたようだ。しかしモルダ島は、航路が海賊たちに封鎖され孤立した状態。だから彼も、先に寄港した戦闘艦の乗組員から父の話を聞き、それこそ寝耳に水で仰天していたとの話だ。そこへ俺たちが現れたので、その真偽を確かめようと慌てて飛んで来たようだった。が、父親については不幸な事故で亡くなったのだと、公式な発表以上の事は伝える積もりもない。まさか、「貴方の父親は邪神に魂を売り渡して、魔族に変わっていました」とは言えるはずもなく――いや、その前に父親の魔族との関わりを知っていたのかと疑うが、その気配もなく、俺の話にもどこまで納得しているのか沈痛な表情を浮かべて聞いていた。
「――という訳で、保管していた魔石に反応した火焔石による暴発事故で、バーリントンさんは亡くなった」
火焔石の暴発との言葉に、ぴくりと反応して顔を上げるアーノルド。一瞬、何か言いかけ口を開くが、ちらりと後ろにいるタンガを窺いその口を閉ざした。振り返ると、タンガが俺は何もしてないぞと肩を竦めていた。どうやら、獣士であるタンガに遠慮したようだが。
「言いたいことも有るようだが……それが事実、不幸な事故だったのだ」
だが実際は、バーリントンは蔑まされるヒューマンの実状を嘆きコロビ魔族と化し、サンタール家に、いや、グラナダの全てに不幸をまき散らそうとしていた。だから、俺が滅したのだ。しかし……。
「まぁ、そう気を落とすな。誰でもそのぉ……人にはいつか、遅かれ早かれその生を全うする時が来るのだから……」
肩を落とすアーノルドに、月並みの言葉しかかけてやれない。
バーリントンがコロビ魔族だった事は、サラやタンガたちにも教えていない俺だけが知ってる真実。事情はどうあれ、やっていたことは許されるはずもなく、討伐したこと自体にも後悔はない。だが……日本で暮らしてた頃も含めて、俺は初めて人の命を奪ったのだ。だから、改めて思い知らされてしまう。たとえどのような罪人であろうと、その死を悲しみ涙する身近な人々がいることを。その事実が、胸のうちに凝りとなって深く深く染み込んでいくのを感じてしまう。
カリナやカイナがそうであるように、この目の前の若者も真実を知れば、俺のことを仇だと思うのだろうか。
肩を震わせ涙を流す若者を眺めながら、俺はぼんやりとそんなことを考えていた。
商取引自体はあっさりと終わり、明日にも船倉にある荷の積み下ろしをギルドが責任を持ってやってくれるとの話でまとまった。しかし、その後でバーリントンの息子が現れ、全てを語り終わってギルドの建物を後にする頃には、すっかりと夜も更けていた。
「あいつら、まだ飲んでるのかな」
夜空に浮かぶ星を見上げながら呟くと、
「当然だ、船乗りは飲んだくれと相場がきまっている。ほっとけば、朝まで飲んでるだろうよ」
と、いつものようにタンガが豪快に笑って答えてくれた。
どのように心の折り合いをつけたのか知らないが、ようやくいつもの姿に戻ったタンガに少しホッとする。
しょんぼりと落ち込む脳筋馬鹿の姿は、見ていて気持ちの良いものじゃないからな。
などと失礼な事を考えつつ、それでは残りの二人はと目を向けると――カイナは未だぼんやりとした表情を浮かべ、カリナが「大丈夫、痛いところとかない」と、心配そうに面倒をみていた。
この二人も……カイナもそうだが、カリナもまた仇である赤カブトを目の前にして複雑な思いを抱えているはずだ。カリナは態度にこそ出さないが、二人と違って内に秘めるタイプなだけに、もしかすると一番危ういかも知れない。
そんなことを思っていると、そのカリナが少しはにかみつつ此方に顔を向けてくる。
「ん、どうした?」
「リュウイチさま、そろそろ夕食にしませんか?」
そういや、もうそんな時間か。入港時の騒ぎとギルドでのアーノルドの出現ですっかり忘れてたよ。
「そうだな、それなら酒場に顔を出してカレリンたちと合流するかぁ」
もう一度、夜空を見上げ答える俺の肩を、タンガが笑いながらバシバシと叩き、
「そうと決まればヒューマン、今日は朝まで飲み明かそうぜ!」
と、力強い笑い声を夜空に響かせる。
だから痛いって……元気になったは良いが、脳筋馬鹿はこれだから。だが、たまにはタンガと飲み明かすのも良いかもな。今日は俺も、潰れるまで飲みたい気分だから。
という訳で、ギルド横の酒場へと向かう事にする。
しかし、街はガーゴイルの襲撃騒ぎがあったばかり。まともに営業をしてんのかねぇ。
そんな疑問を抱きつつ酒場の扉を開けると、カレリンを始めとするうちの水夫連中に、ドッと大歓声と共に迎えられた。
店の中は真っ赤な酔顔をしたヒューマンであふれていた。しかも、その全てがミラキュラス号の水夫たち。完全に、うちの貸切状態だ。
俺たちの登場に――主にカリナたち姉妹の登場に、口笛を鳴らして囃し立てる。
「俺たちの天使の登場だぁ!」
「やかましい! この酔っ払いどもが!」
酒に酔い悪ノリし始める水夫たちに、タンガが目を怒らして文句を言っていた。
う~ん……完全に出来上がってんのな……。
酔いどれ水夫たちの中にいるはずの、カレリンの姿を目で探す。と、なぜか奥のカウンター内にいた。
「よぉ、大将。やっと来たか」
近付く俺たちに、白い歯をのぞかせにやりと笑うゴリマッチョのカレリン。髪を剃り上げた坊主頭に、左目をアイパッチで隠した姿は完全にアレだが、意外とマスター姿が似合っている。
「てか、なんでカレリンが?」
「いやぁ、今日は人手も足りず、店は休みだとか言うもんでな」
カレリンの横では店の主らしきヒューマンが、その表情を強張らせ体を竦ませていた。
「おいおい、まさか脅してないだろうな」
「馬鹿を言うな、ちゃんと優しくお願いした……よな」
そう言いながら、隣のヒューマンの肩に腕を回すが、そのヒューマンは「ひぃ!」と悲鳴を上げて卒倒しそうになっていた。
どのようなお願いだったか想像ができ、頭が痛くなってくる。
ついさっき、騒ぎを起こしたばかりなのに、ここでまた騒動を起こしたら、あの緑エルフのマイクに今度は何を言われることやら。ホント、うちの連中だけは……。
「まぁ、それほど心配することもねぇぜ。これでも一応は、俺もグラナダのギルドの職員だからな」
俺が顔をしかめていると、その気持ちを察したカレリンが何やら言い出した。
そういや、カレリンはギルド職員だっけ。見た目が海賊の親玉みたいなだけに、すっかりと忘れてたわ。
「この酒場もギルドの持ち物。だから、なんの心配もいらねぇぜ。危険な航海を終えた船乗りたちを癒すのも、ギルド職員の仕事のうちだ。それを俺がちっとばかし手伝ってるだけだからな」
にやにやと笑うカレリン。その横では酒場の責任者らしき男が、狼狽えながらも「カレリンどのはいつも無茶ばかり」と嘆いている。
どうやら同じギルドの職員同士、以前からの顔見知りのようだ。もっとも、二人の態度から、その関係性は容易に想像はつくが……。
ふむ、問題はなさそうだな。それなら――
「よぉし! 皆、ちゅうもおぉく!」
俺は酒を酌み交わす水夫たちを、ひとりひとり見渡し声を張り上げた。
途端に、何事だと動きを止めて俺を注目する水夫たち。
そこで、にやりと笑って、
「今日は無礼講だぁ! 飲み代は全て俺が持つ! 野郎ども、好きなだけ飲みやがれえ!」
俺の言葉に、皆が顔を輝かせ一斉に「うおぉ!」と、酒場全体を震わせるほどの大歓声をあげた。
それからは、まさにカオスな状態となった。
カリナたち姉妹は、水夫たちの間で「天使さまぁ」とちやほやされ、カイナの表情にもようやく笑顔がこぼれ始めてる。水夫の中には酔いの勢いも手伝ってか、カリナたち姉妹にちょっかいを出そうとする連中もいたが、タンガが「手を出したいなら、俺の屍を乗り越えていけぇ」と叫びながら殴り飛ばしていた。なかなかにカオスな状況だ。
その間、俺はというと――
「大将、良いのか?」
「あぁ、たんまりと儲かったしな。今日ぐらいは良いだろう」
にやにやと笑いながらはしゃぐ水夫たち眺めつつ、カレリンとカウンターで酒を飲み交わしていた。
水夫たちは、カレリンが命知らずの船乗りを集めると言っていただけに少々荒っぽい連中だが、実に気持ちの良い連中ばかりだ。
そういえば、カーティスも最初は俺に噛みついて来てたっけ。
そこで、ふと気づいた。そのカーティスの姿が見当たらないことに。
「おい、カーティスは――」
カレリンに何気なく尋ねようとした時だった。
――バンッ!
突然、荒々しく酒場の扉が開けられ、完全武装した獣士たちがなだれ込んでくる。
「全員、そこを動くなぁ!」
殺気立つ獣士が、俺たちに槍の穂先を向け叫んでいた。