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異世界へようこそ 【改訂版】  作者: 飛狼
第五章 モルダ島
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◇既往は咎めずと言うけれど。

「大将、こいつはぁ……ちょっと……」


 俺の横でカレリンが、その表情を曇らせ後ろを振り返っている。つられて後ろを見ると、不満顔でぞろぞろと歩く水夫たちの視線とまともにぶつかった。水夫たちは今にも不平を爆発させそうな様子だ。


「はは……」


 日本人らしく愛想笑いを浮かべるしかない俺。ちょっと情けない。

 しかし、傍らにいるカリナが水夫たちに向かって申し訳なさそうに頭を下げると、途端に表情を緩めてぺこりと頭を下げる水夫たち。で、何故かまた、俺に不満をにじませた視線を向けてくる。


 俺のせいじゃないだろ。本当にもう……ま、分からないでもないけどさ。


 俺たちは今、ミラキュラス号を停泊させた、桟橋近くにある商業ギルドに向かっていた。

 そしてなぜ、彼ら水夫たちが不満そうにしているか、それは――


 結局あの入港直後の騒ぎの後、男装の麗人エルフや赤カブトは何も咎めれる事もなく立ち去ったため、俺たちも罪に問われる事はなかった。とはいっても、彼らはこのカンカラの街をガーゴイルの襲来から救った英雄。その英雄と、事情はどうあれ到着直後にめていたのだ。当然のように、周囲で騒ぎを眺めていた街の人たちからは白い目で見られ、マイクからも厳しく叱責されてしまった。

 その緑エルフ(俺が勝手に名付けた)のマイクも、以前はサンタール家に世話になっていたエルフ。タンガやカリナたちとも顔見知りの間柄だ。そんな訳で一応は、赤カブトがカリナたち姉妹の仇かも知れないと、それとなく言ってみたものの、マイクいわく「確証もなしに、これ以上騒ぎを起こせば、サンタール家にも多大な迷惑をかける事になるぞ」と、困ったような怒ったような複雑な表情を浮かべて釘を刺してきた。というのも、驚いた事に、あの男装エルフはモルガン家の令嬢との話だった。しかも、今回の海賊討伐艦隊の司令官だとの事。

 だから、罪こそ問われなかったものの俺たちが動き回れるのは港内のみで、街への立ち入り自体は禁止されてしまったのだ。街に宿を取ることも許されず、目の前に陸地があるのにも関わらず船での宿泊を余儀なくされた上に、行けるのも桟橋近くにある商業ギルドの建物ぐらい。

 まぁ、俺としては交易自体はできるので、問題はないのだが……。


「ほら、ギルド併設の酒場には出入り出来るみたいだから……」


 と、機嫌をとるように言うものの、水夫たちはムスッとした顔を崩さない。

 それで、この騒ぎを起こした張本人はというと、姉カリナの服の裾を掴んで離さず、さっきから一言も喋らない。以前の時のように落ち込んだ姿ではないが、表情を強張らせ前を見つめたまま。そして、いつもは陽気なタンガまでもが、苦笑いを浮かべたまま一言も言葉を発さない。赤カブトに軽くあしらわれた事がよほどショックだったようで……この二人からはどんよりとした空気が漂い、とても声をかける気にもなれない。

 そんな訳で水夫たちも、強面こわもての獣士であるタンガはもとより船上で命を救ってくれたカリナとカイナの姉妹には不満をぶつけようとはせず、理不尽にも同じヒューマンである俺に不満を向けてくるのだ。船主なのだから、この状況をどうにかしろと……。


 ほんと、ため息しかでないよ。

 だが、赤カブトの固有スキルが本当に『スキルブレイカー』なら、俺としても余裕で構えている場合ではない。何か良い手立てがないかと考えていると、


「リュウの旦那ぁ、皆も今回の航海で死にそうな目にあったばかり。ちっとばかし、命の洗濯がしたいんでさぁ」


 訳知り顔でそんな事を言ってくるのは、二等水夫のカーティス。


「ん、命の洗濯?」


「嫌だなぁ、旦那ぁ。分かってるでしょう旦那も」


 カーティスがにやけた笑いを浮かべ腰に手をやると、クイッと少し卑猥ひわいな動きをする。


「おぉ、それって色町とか……」


 俺も日本にいた時は、普通にサラリーマンをしていたのだ。付き合いで、それなりにそういうたぐいの店に足を運んだこともある。だから、そんな場所があったのかと、思わず顔が綻び声も大きくなる。が、カリナの冷たい視線とぶつかり、すぐに意気消沈。言葉をにごしてしまう。


「はは、何を言ってるのかな、カーティス君」


 若干じゃっかん棒読みになりつつ、カーティスの言葉を否定しておく。


「はは、酒は好きなだけ飲ましてやるから、それは今回はなしだな。そうだな、明日一日は骨休みをして、明後日にはグラナダに向かって出港だ。そういうのは、向こうに帰り着いてからにしておけ」


 と、カーティスや後ろを歩く水夫たちにも向けて言ったものの、俺も健康な成人男性。興味がないわけでもない。しかもここは異世界。色々と妄想を膨らませて、グラナダに帰ったら案内でもしてもらおうかと考えていたら、またしてもカリナの冷たい視線とぶつかった。だから、慌てて話題をかえる。


「そ、それはそうと、カーティスはこの島の出身だったよな」


 俺の言葉に、途端に綻んでいた顔を歪めるカーティス。


「ん、どうした。何かあるのか?」


 それは、カリナの視線から逃れるために軽い気持ちで話題を振ったのだが、カーティスは意外と深刻な表情を浮かべていた。


「旦那に……いや、今晩でも少し相談に乗ってもらえますか」


「ん……ん、まぁ……良いけど」


 周りを気にしてか、急に声を落とし歯切れ悪く話すカーティスにつられ、俺も小声で曖昧あいまいに頷いてしまう。

 深刻な話かと思いつつも、この時の俺は赤カブトのことで頭を悩ませ、まだそれほど重要だとは考えていなかったのだ。



 そうこうしてる間に、カンカラの街の商業ギルドへと辿り着いた。

 グラナダほど大きな建物ではないが、石造りのしっかりとした施設。幸いなことに、ガーゴイルの襲撃にも被害そのものは軽微なものだったようだ。

 これでカンカラの商業ギルドが、壊滅的被害を受けていたら目も当てられないと思ってただけに、無事だった事にホッと安堵する。

 そこで、


「あんまり飲みすぎるなよ」


 と、カレリンが水夫たちを引き連れすぐ横にある酒場へと消えて行くのを見送り、残りの俺たちはさっそくギルドの受付へと向かう。

 出迎えたのはグラナダのギルドと違って、少し髪の毛の薄いしょぼくれたヒューマンのおっさん。かけていた眼鏡をちょっと下にずらし、俺たちをじろりと眺める。が、俺の後ろに立つ獣士のタンガに気付き、少し驚きつつも、


「で、あんたらは」


「あぁ、俺たちはグラナダから来た商人だ」


 俺の言葉に「えっ」と、口を半開きにまた驚いて絶句していた。

 グラナダのアマンダさんとまではいわないが、美人受付嬢を期待してただけにちょっと残念。でも、話を詳しく聞いてみると、ガーゴイルの襲撃騒ぎで女性職員はすべて避難したとのこと。

 俺はも有りなんと考えつつ、今度はもう一度、平穏な時に訪れようと思うのだった。

 で、現在は少数の男性職員が居残り、被害状況の確認と情報の収集と伝達などを行っているとの話だった。


「えっと、それだと……もしかして、今は交易を中止してるとか……」


 心配して慌てて尋ねるも、「いやいや、あんたらが商品を満載して来ておるなら大歓迎だ」と言われた。そこで、グラナダで仕入れた商品を記載した書類を手渡すと、大喜びしたうえに諸手もろてを挙げて感謝される始末。

 それもそのはずで、ここ最近は海賊騒ぎに商船の航路が閉ざされ、その上に今日のガーゴイルの襲撃騒ぎだ。今はあらゆる物資が不足し、喉から手が出るほど欲しいとの状況らしい。だから、初交易に心配していたのが嘘のように、あっさりと簡単に取り引きは成立した。しかも、引き取り価格は通常の二倍以上。その上、買い付けるピメントも商品がだぶついてるらしく、半値以下に買い叩く事ができた。

 この時点で、俺の財産は数倍。後、グラナダに帰れば、どれほどの財産になる事やら。俺としては、嬉しい悲鳴をあげる事となった。

 もっとも、カリナが横から口を挟んでくれたお陰なのだが。意外と、このしょぼくれたギルド職員も見てくれとは違い、海千山千のやり手職員だったらしく。俺ひとりだと、通常の取り引きで言いくるめられてた可能性が大だ。俺も日本では曲がりなりにも、営業職の真似事はしていたが、さすがに異世界では勝手が違う。本来の通常価格すら知らなかったのだから。そこは猛烈に反省。

 まぁ、そこらあたりは、おいおい勉強していくとして、船上で「商人として落ちぶれる」とか不吉なことを言っていた少女に得意気な顔を向けるも、未だ心ここにあらずといった様子で少々拍子抜けしてしまう。後ろを振り返ると、タンガもまだ難しい顔をしていた。カリナも手伝ってくれてはいるが、いつも以上に大人しく微笑む表情もどこか暗く感じてしまう。

 

 なんだかなぁ……商品の積み下ろしが終わったら、とっととグラナダに帰った方が良さそうだ。

 

 赤カブトの件は、俺もショックがないと言ったら嘘になる。俺の豊富なスキル群が、一切通用しないのだから。だが、所詮は課金して得たスキル。タンガたちのように、血の滲むような修練を積んで得たものでない。元から、素の能力では皆にも及ばないと思っていたので、タンガたちほどのショックも感じていない。だからグラナダに戻ってから、サラも交えてじっくりと考えた方が良いだろうと思っていた。今のままだと、タンガやカリナたち姉妹に俺が加わったところで、とても勝ち目があるとは思えないからだ。何か、やつの固有スキル『スキルブレイカー』を封じる方法を考えつくまではと……。

 そんな事を考えていると、ギルドの奥から若い男がこちらに走って来るのが見えた。


「貴方達がグラナダから来た商人ですか?」


 そのヒューマンは、まだ二十歳はたちかそこらのこざっぱりとした男。どこか思いつめた表情を浮かべ、受付の男に注意を受けるも構わず俺たちに話しかけてきたのた。


「ん、そうだが」


 俺が軽く頷くと、更に思い詰めた表情を浮かべ、矢継ぎ早に質問を重ねてくる。


「……そ、それでは、グラナダのギルドで何が起きたのです? ギルド長が亡くなったとの話は本当なのですか?」


「ちょっ、ちょっと待て、お前は……」


 その勢いに困惑して後ずさっていると、「あ、すみません」と頭を下げた。その後、真剣な眼差しを向け、


「申し遅れました。おれ……いや、わたくしはグラナダでギルド長をしておりましたバーリントンが長男のアーノルドと申します」


「えっ……」


 思わず今度はこっちが絶句して、タンガたちと顔を見合わせてしまう。


「それで、父が亡くなったのは本当の事で……」


「……あぁ」


 真っ直ぐに見つめてくるアーノルドの眼差しを、俺は受け止める事が出来なかった。


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