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異世界へようこそ 【改訂版】  作者: 飛狼
第四章 邂逅と襲来
46/55

◇困った時の神頼みというけれど。

 ――くそっ、何か手はないのか?


 この状況でもまだ、カリナとカイナは俺ならなんとかするのではないかと、希望に満ち信頼した目を向けてくる。

 だが俺にも、最早どうしようもないのだ。

 魔力も体力も尽き、体を支えるのがやっと。

 何か手が……せめて、この3人だけでも。


 しかし、無情にも痺れを切らしたガーゴイルが、遂に俺達に迫る。しかも頭上にいた4匹だけでなく、周囲からも数匹のガーゴイルが加わり襲い掛かってきた。


 それを見たタンガが、「これも運命、心残りはマークの仇を討てなかったことか」と、達観したようにぶつぶつ呟き向かって行く。

 その全身からは【身体強化】を発動させたのか、微かな燐光を放つ。それがいつもより輝いて見え、タンガの覚悟を見た思いだった。


「タンガ!」


 叫び声は、船上に響き渡る戦闘音に空しく掻き消され、俺の見詰める先でタンガは……。


 四方から迫るガーゴイル。その横薙ぎに迫る鉤爪を掻い潜り、タンガの剛剣が唸る。一匹めのガーゴイルは胴を上下に斬り分けられ、二匹めも凶悪な鉤爪を備える右腕を斬り飛ばす。勢いそのまま、絶叫を上げ甲板に転がるガーゴイルの横をすり抜け、囲みを突破していく。

 追い縋るガーゴイルに、一転、タンガは振り返り様に素晴らしい跳躍を見せると、手に持つ大剣を振り下ろした。ガーゴイルの肩口から入った大剣が、ガーゴイルの体を斜めに綺麗に斬り裂いていく。

 さすがはタンガの鮮やかな手並み。

 その後も、甲板に着地すると同時に床を転がり、追撃を掛けるガーゴイルの攻撃を躱す。その間も大剣を振り回し、迫るガーゴイルを傷付ける。そして、立ち上がり様に放った斬撃が、ガーゴイルの足を斬り飛ばした。

 まさに孤軍奮闘、獅子奮迅の活躍。

 タンガの本気。これほど強かったのかと、俺は改めて思い知らされ驚嘆の思いで見詰めていた。

 しかし、やはり多勢に無勢。数の多さはそれだけで力なのだ。

 次々と上空から飛来して攻撃に加わるガーゴイル。

 如何にタンガが強者であろうと、この数を覆すことは出来ない。

 前後から強襲され、目の前にいたガーゴイルは斬り伏せたものの、後ろから受けた攻撃を躱し損ねたのだ。

 傷自体は浅そうだったが、一撃を受け、よろめき立ち止まる。そのタンガに、ガーゴイルが数を頼みに一斉に襲い掛かった。

 数を相手に戦う場合、立ち止まっては駄目だ。人の身で、四方八方から繰り出される敵の攻撃を、捌き続けるのは不可能に近いのだから。そして、一旦、守勢に回ると覆すことも不可能なのだ。

 タンガも前後左右からの攻撃を受け、辛うじて致命傷を避けるものの、見る間に全身を傷つけられ血流で真っ赤に染まっていく。


「タンガ!」

「叔父さん!」

「師匠!」


 俺達の叫びが、空しく船上に響き渡る。

 思わず手を伸ばし一歩踏み出すも、よろめき膝を突く。それをカリナが支えてくれた。

 体力と魔力を使い果たし、思うように動けないこの体が恨めしい。

 奥歯をギリギリと噛み締める俺の目の前で……。 

 遂に、ガーゴイルの鉤爪がタンガを捉え、その胸を深くえぐ穿うがつのが見えた。

 顔を歪め、床に膝を突くタンガ。

 俺達に見えたのは、そこまでだった。

 タンガの体に、愉しげな鳴き声を上げ殺到するガーゴイル。その波に飲まれ、とうとうタンガの姿は見えなくなっていた。


 ――あぁ、馬鹿な、タンガまで……。


 気が付くと、俺の左右ではカリナとカイナがすすり泣いている。

 その二人を、俺はギュッと抱き締めることしか出来なかった。


 だが、そんな俺達を見逃す訳もなく、ガーゴイルの群れは次の獲物と定め殺到して来ていた。

 近くにいたカーティスは悲鳴を上げ逃げ惑い、そして、俺達の元にも……。


 ――くっ、カリナとカイナを。


 そのとき俺は、“二人を何としても守る”それしか考えられなかった。

 だから二人を、懐に抱え身を挺して庇う。


「ぐわっ!」


 その瞬間、背中に凄まじい衝撃を感じ吹き飛ばされる。その勢いのまま、近くにあった神像に叩き付けられた。

 どうやら、ガーゴイルに蹴り飛ばされたようだ。

 目の前では、そのガーゴイルが「ギャッ、ギャッ」と愉悦ゆえつ混じりの声を上げていた。


 くそっ、こいつ。俺達をなぶり物にする積もりなのか?


 ――あっ、カリナとカイナは?


 ハッとして、慌てて周りを見渡すと、すぐ横で呻き声を上げ転がっていた。


「カリナ! カイナ! 大丈夫か?」


「……はい、リュウイチ様のお陰で……」


 どこか痛むのか、顔をしかめながらも立ち上がるカリナとカイナ。

 取り敢えずは無事な姿にホッとするも、周りに十数匹のガーゴイルがまだ、愉しげに声を上げながら飛び回っている。


 カリナとカイナだけでも……。

 俺も、よろめきながら立ち上がろうとするが、今の一撃で、僅かに残っていた体力を削られてしまったようだ。

 もはや、自力で立つのも辛い。神像にもたれ掛かるようにして立つのが精一杯。

 カリナとカイナがそんな俺の前に立つと、青白い顔をひきつらせ決然と言う。


「リュウイチ様は、私達がお守りします」


「……馬鹿、止めろ。お前達では、無理だ」


「リュウイチ様さえご無事なら、きっと……」


「……」


 この後に及んで、カリナはまだ俺を信用するというのか。俺ならまだ、ここから状況を引っくり返せると。俺にはもう、なんの力も残されていないというのに。

 馬鹿なことだ。俺は普通の人間。カリナが思ってるような上等なヒューマンではない。『ゼノン・クロニクル』を遊んでいて、この世界に紛れ込んだだけ。皆が驚く力も、その時に与えられたもの。なんの努力もせず手に入れた力。俺はただの普通の人間なのだ。

 絶望感に包まれ天を仰ぐように見上げた時、嘆く俺の視界の端に、背中を接する海神の像が目に入る。


 飄然ひょうぜんと遠くを見詰めるその無機質な魚にも似た顔が、どうにも無性に腹立たしく感じた。


 こいつだ、こいつが俺達を死地へと導いたのだ。こんな物、今すぐ破壊してやる。

 俺は痛む体を動かし、よろよろと神像へと向き直る。


「俺達に加護を与えるというなら、今すぐこの状況をなんとかしろよ! でないと、今すぐお前を叩き壊す!」


 だが、海神の像は黙して語らず。微かな燐光を放つだけで、何も応えてはくれない。


 ――当たり前か、くそっ!


 苛立った俺は、神像に向かって拳を繰り出すが、その拳にはもう力は無くふらふらと宙を漂い、ぺちりと神像を叩く。

 そんな俺の行動を、カリナ達は吃驚した様子で見守っていた。


 くっ、俺にはこの神像を壊す力さえ、もう残されていないのか。

 肩を落とし、俺は項垂れるしかなかった。

 そして、俺はもう一度、海神の像に視線を向ける。

 そうだよ、俺には……。


 ――分かってたさ。


 こいつは俺の八つ当たりだと。今回の責任は全て俺にある。

 己の力を過信して、甘い考えで航海に出た。

 俺は皆が言うような超人なんかじゃない。ただ、数多くのスキルを持つだけで、それが無くなれば普通の人間でしかないのだ。

 俺は、ここがゲームに似た世界と甘く見ていたのだ。

 

 カレリンが言ったように、島伝いで無く遠回りして向かっていたら。いや、その前にそもそもが、モルダ島に行こうと俺が言い出さなければ、こんな事にはならなかった。

 カリナ達3人も、カレリンを始めとするヒューマン達も、危険なめに合うことも無かったのだ。

 全ては俺の甘い考えが招いたこと。悪いのは俺なのだ。

 だから、お願いだ。

 俺はどんな罰を受けても良い。前にお前たちの言いなりにはならないと言ったことも謝る。これからはどんな事でも、引き受け言うことを聞くから……海神さんよ、皆を救ってくれよ。


 しかし、やはり神像はなんの反応も示さない。

 そして遂に、俺達の周りをぐるぐると回っていたガーゴイル共が、一斉に襲い掛かってくる。

 無数の凶悪な鉤爪が、俺に、カリナ達に迫る。


 ――もう、駄目なのか。


「海神よ、お願いだ!」


 願いを込めた拳がもう一度、海神の像をぺちりと叩く。


 その時だった。

 俺には、時が止まったように感じた。カリナ達に迫る鉤爪、いや、船上の至る所で荒れ狂う狂気の全てが止まったように感じたのだ。


“ドクン”


 その瞬間、俺の中で何かが鳴動して弾ける。それは、俺の中に残った生命力、魂の最後のきらめきだったのかも知れない。それが、俺の中からほとばしり、神像へと吸い込まれる。

 その途端、海神の像から目も眩むほどの目映まばゆい光が放たれた。


「おぉ! 何が!?」


 それは俺だけでは無かった。皆が一斉に、驚きの声を上げたのだ。


 神像から放たれた光は七色に輝き、神像を中心に放射状に広がっていく。瞬く間に拡がるその光は、船全体を包み込みドーム状に囲ってしまう。

 その強烈な光はガーゴイルを弾き飛ばし、瞬く間に船の外へと追い出していく。


 ――これは、まさか……。


「結界なのか?」


 思わず呟いていた。

 俺も、まだ魔力が足りなくて使えないが、『賢者』の結界系のスキル【破邪結界】などは修得している。が、これはそんなもんじゃない。

 この広さもだが、込められてる魔力の大きさや属性が、俺の知らないものだったのだ。


 しかも、このドーム状に広がった結界内には、無数のきらきらと輝く光の粒子が、シャワーのように降り注いでいる。

 その輝く粒子は俺の全身にも降り掛かり、その途端、今までの痛みや苦しみが、嘘みたいに体の中からスゥと退いていくのか分かる。その代わりに熱い塊が体内に生まれると、体の隅々にまで拡がり、魔力、体力、全ての活力が満たされていくのだ。

 その効果は絶大で、霊薬以上の効力を発揮していた。


 それは、俺ばかりでは無かった。傷付き倒れたはずのタンガまでもが、全身の傷を癒し、よほど活力が溢れ出したのか、獣人らしく「ウオォォ!」と雄叫びを上げていた。

 そして、カリナやカイナ、カーティスも、甲板に倒れていた筈の水夫達までもが起き上がり、歓喜の声を上げているのだ。


 これは……もしかすると【慈愛の聖雨】。となると、船を包む結界は【神呪結界】か!

 どちらも『ゼノン・クロニクル』では、物語の都合上で話に出てきただけのスキルだったはず。実際には実装もされず、確か、マニュアルでは神力を用いて扱うスキルで、神々だけが使う事が出来ると載ってたが。


 ――まさか、本当に!?


 俺は目の前に鎮座する神像を、呆然と見詰める。


「おい、ヒューマン。さっきはもう驚かねえと言ったが、こいつはさすがに驚くぜ。カッカカ!」


 タンガは俺の横に立ち肩をバシバシと叩いてくると、周りを指差す。


「ほら、見ろよ。あいつらの悔しそうな姿を」


 船の周囲に張り巡らされた結界の外では、ガーゴイル達が「ギィィス、ギィィス」と騒ぎながら飛び回っている。


 俺達は本当に助かったのか?


「海神様のお力を御借りするとはさすがです、リュウイチ様!」

「リュウイチ、また何かずるをしたの?」


 カリナとカイナの姉妹も、笑顔を浮かべて俺の横に来ると、一緒になって神像を見上げている。

 カリナはだんだんと酷くなってくな。その内、宗教でも始めそうで、こえぇよ。カイナはカイナで、この状況をずるとか言う、その神経を疑うわ。ほんと、この姉妹だけは……。


 まあ、しかし本当に助かったんだな。


 どっと疲れて、俺はその場に腰を降ろした。


 ――海神の加護かぁ……。


 そして、俺はもう一度海神の像を見上げた。

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