◇労多くして功少なしというけれど。
「こいつで最後だぁ!」
俺の繰り出したサーベルの刃が、ガーゴイルの翼を斬り裂く。
『アギイィィィィ……!』
片翼を欠いたガーゴイルは叫び声を上げると、バランスを崩し転がるように甲板上に着地する。そのガーゴイルの頭を、透かさずカレリンが手に持つ鉄棒で力任せに「ゴッ!」と、鈍い音を響かせ殴り付けていた。
カレリンの後にはタンガが続き、大剣を頭上高く振り上げている。その大剣は魔素が絡み付き微かに赤い光を放つ。
「はぁっ!」
短い気合いと共にタンガの持つ大剣は、蹌踉めき床に横たわったガーゴイルの首筋目掛けて振り下ろされた。寸分の狂いもなく首筋に達した大剣が、ガーゴイルの太い首筋をあっさりと断ち斬る。ごろりと転がり落ちるガーゴイルの首。その首筋からは噴水のように緑色の血流が溢れ出し、甲板の上を濡らしていた。
「ふぅ……こいつで終わりか?」
タンガがほっと安堵の息を吐き出し、にやりと笑って見せる。
おっ、なんだか、タンガが格好良く見えたぞ。
くそっ、脳筋タンガのくせに……。
「そうだな、そいつで最後のガーゴイルのようだ」
急襲を仕掛けてきたガーゴイルの群れ。その最後の一匹を倒し、俺も空中から甲板に駈け降りると、タンガに倣って安堵の吐息をもらした。
タンガ達も、地上戦とは違って狭い船の上での戦い。ましてや、相手は空中から襲って来るガーゴイル達。かなり苦労していたようだが、俺が船に戻り空中戦でガーゴイル達を叩き落とすと、あっさり形勢は逆転したのだ。
因みに、今のガーゴイルもそうだが、止めを刺すのはタンガやカレリン達。残りの魔力量に不安を感じていた俺は攻撃系のスキルを控え、もっぱらガーゴイルの翼を傷付け叩き落とす事に専念していたのだ。
だから結局、俺が止めを刺し手に入れた経験値となる魔石は……。
――苦労したわりには、手に入れた魔石は2つだけかよ。
脳筋馬鹿のタンガめ、止めを刺すガーゴイルを俺のために残しとけよ、たくっ。まあ、あの状況ではそんな余裕もなく、仕方がない事なんだが。
それに、止めを刺した魔獣から得る魔石で経験値を吸収できる事は、まだ誰にも話していないのだ。
だから、俺は嘆くように小さな溜め息を吐き出し、がっくりと肩を落とすしかなかった。
それにしても、さすがは獣人の中でもトップクラスのタンガ。大剣に纏わせていたのを、タンガたち獣人は気と称しているが、あれは確かに魔素だ。
VRMMOゲーム『ゼノン・クロニクル』の中でもそうだったが、獣人は大気に漂う魔素を魔力に変換するのは苦手だった。だが、自分の中に存在する魔素を扱うのを得意としていた。それが、獣人の固有スキルともいえる【魔素操作】だ。魔素を体に纏わせる【身体強化】もそうだが、魔素を体の一部となし相手に向かって飛ばす【クロー】系などはその最たるものだろう。今、タンガが使って見せたのも、大剣に魔素を纏わせ硬度と切れ味を増す【武装強化】のはずだ。
周りを見渡すと、水夫達も肩を抱き合い喜びの歓声を上げていた。
「しかし驚いたな、大将。あんたは何者なんだ。ヒューマンにしてはあまりにも規格外だぜ」
カレリンも、片方しかない隻眼を和ませ安堵した表情を見せるが、その声音は驚きに満ちていた。
まあ、俺の戦ってる姿を見ていたのだろうから、当然といえば当然なのだが。しかし、見た目が海賊そのものなカレリンから大将とか呼ばれると、俺が海賊の親玉みたいに見えるから勘弁してほしいものだ。
「そうだぜ旦那。本当に旦那は……うがっ!」
傍らにいたカーティスも驚いたように俺に話し掛けてくるが、その途中で背後から駆け寄るカイナに突き飛ばされていた。
「あんた邪魔なのよ!」
「リュウイチ様ぁ……」
駆け寄るカリナとカイナが、左右から俺に抱き付く。いつもは憎まれ口を叩くカイナも、この時ばかりはほっとした様子を見せていた。
「いてってて……カイナ嬢ちゃん、酷いぜ」
床に引っくり返ってたカーティスが、ぶつぶつと文句を言いながら腰を擦って起き上がる。
「そんな所に、ぼぉと立ってるあんたが悪いのよ」
「ひでえぇ、そりゃないぜ、カイナ嬢ちゃん」
口を尖らせ文句を言うカイナに、カーティスが泣き言を漏らす。
「カイナ! はしたないわよ!」
見かねたカリナが眉をしかめ、カイナに注意をしていた。しかし、それでもカイナは白い歯を見せ、「イィィ」と不満気な顔をカーティスに向けていた。
本当になんとも、相変わらずらしいというか、良くサンタール家で侍女をしてられたよな、カイナは……。
「それにしても旦那、本当に何者なんですか?」
まだ、ぶつけた腰が痛いのか、カーティスは顔を歪めつつ立ち上がり、もう一度尋ねてくる。
しかも、カーティスばかりか、カレリンやミルコやシウバ達など周りにいや水夫達までもが、俺に注目している。
――うぅん、何故かデジャブ。
前にも、こんな事があったよな。さてと、どう話すかな。こいつらには俺のスキルの数々、『影分身の陣 千人掌』まで見られたからな。
俺がどう話すか思い悩んでいると、タンガが横から口を挟む。
「おう、こいつはヒューマンの上位種、ハイヒューマンだからな」
訳知り顔で頷き、そんな事を言うタンガ。
しかし俺は……。
――ん?
ハイヒューマンって……なんだそりゃ?
首を傾げる俺に、タンガだけでなく、カリナまで不思議そうな顔を向けてくる。
――あっ!
そうそう、そんな設定の話をしてたっけ。すっかり、忘れてたわ、ハハ。
しかし、まずいな……あの時は、どんな話をしてたっけ。確か、過去から飛ばされて来たとか何とか……よく覚えてねえな、ハハハ。
適当に話を繋げて、物語を作ってたからなあ。
周りにいる皆は、俺から話を聞きたそうに、黙って見詰めてくる。
おぉ、この静寂が怖いってか?
おい、タンガ。覚えてるなら、お前が話せよ。
そんな事を思いつつタンガを見ると、俺からもう一度話を聞く気が満々で見詰めてくる。
――ちっ、使えねえやつ。
しかも、カリナまでが、キラキラと瞳を輝かせて俺を見詰めてる。
その視線が痛いです。
俺が頭をガシガシと掻き毟ってると、カーティスが恐る恐る声を掛けてくる。
「旦那ぁ……ハイヒューマンって……やっぱり、死んだ婆さんが言っていた、ヒューマンの英雄となるお人なのか……」
げっ、こいつもなんか、勘違いしてやがる。
「そ、それなら旦那、妹を……」
カーティスが何か、懇願するように言い掛けたが、またしても途中で言葉が途切れる。
しかし、今度は南の洋上に目を向けたまま、驚愕に大きく目を見開いていた。
「ん?」
何かあるのか?
振り返り、南の洋上に目を向け俺も絶句する。
周りにいる皆も、ごくりと喉を鳴らして南に視線を向けていた。
そして、タンガが呟いた。
「ガ、ガーゴイル……」
そう、またしてもガーゴイルの群れが、南の彼方に姿を現していたのだ。しかも、今度はさっきの倍以上の数で。
「嘘だろ……」
誰ともなく呟き、俺達を絶望感が包み込む。
俺も、今度は魔力が尽き掛けてる。さっきのように、派手にスキルを使う事は出来ない。
そして、周りにいる水夫達も助かったと安堵して喜んだ後だけに、このガーゴイルの群れの第二波となる襲撃には完全に士気が挫かれていた。
「カレリン! 船を回頭して逃げる訳には……」
俺が最後まで言う前に、カレリンが険しい顔で首を振る。
「この船はもう、俺達の手から離れてる。舵がまるで利かねえ。まるで、この船自体が意思を持ってるかのように、南に向かってる」
ちいぃ、あれか! あの海神の像のせいか!
「なら、あの像を、今すぐにも叩き壊せば」
その言葉に、カレリンはもっと激しく首を振る。
「俺達は船乗りだ。さすがに、海神の像を砕くのには憚りがある。それに、今さらもう遅いだろう。どう足掻いても間に合わねえ」
南に目を向けると、ガーゴイルの群れもこちらを認識してか、速度を上げて此方に向かって来るのが見えた。その上あろうことか、このミラキュラス号まで更に速度を増している。それこそ、自ら死地へと飛び込もうとしているように。
――くっ! 馬鹿な……。
ガーゴイルの数は、最前の倍以上。水夫達の士気は最低。俺もさっきのようにはスキルは使えない。
正に三重苦。ゲームではない現実の世界では、波状攻撃を行うのは当然の事。
俺は自分の甘い考えを噛み締め、左右でしがみ付くカリナとカイナをギュッと抱き締めた。そして、これから起きるであろう死闘に、その身を震わせていたのだ。