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異世界へようこそ 【改訂版】  作者: 飛狼
第四章 邂逅と襲来
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◇思い立ったが吉日というけれど。

「やぁ!」

「鋭!」


 朝の澄んだ空気を切り裂くように、気合いの隠った掛け声が周囲に響き渡る。だが、その声はどこか華やいだものにも聞こえた。

 船首楼上の甲板で、カリナとカイナの姉妹がタンガを相手に、恒例の早朝訓練に励んでいるのだ。俺はそれを、ぼんやりと眺めていた。

 カリナとカイナは、半分は猫人の血が混じるせいか、中々どうして鋭い動きを見せている。相手をしているタンガも、たまに、たじたじとなるほどだ。

 しかし、彼女らには実戦での経験が圧倒的に足りない。それは、ここ数日での出来事でよく分かった。あの飛来魚が襲来してきた時も、或いは、マーマン達が現れた島での時にも、彼女らは訓練でみせる鋭い動きは影を潜め、ただ呆然と立ち尽くしていた。訓練も大事だが、それだけだと畳の上での水練と同じ、やはりいざというときは実戦での経験がものをいう。


 だが、それは彼女らだけに限っただけの事ではない。この俺もまた一緒。今までは、ゲーム内で培った経験と豊富なスキルで、運よく切り抜けられただけ。これからも、都合よく幸運が続くとは限らない。

 それに元いた日本にも、いつ帰れるかも分からない。考えたくないが、もしかするとこの先ずっと帰れないかも知れないのだ。

 その上、妙な事に巻き込まれつつある。いや、巻き込まれつつと考えるのは違うな。元々この異世界に来た事自体があり得ない事であり、既に俺は何らかの運命に巻き込まれているのだ。そう考えると……俺もぼちぼちこの世界で生き残るためにも、本腰を入れて能力向上を目指すべきであり、急激な肉体改造に伴う激痛は嫌だとか、甘えた事を言ってる場合ではないのかも知れないな。

 とはいったものの、やはりあの痛みには耐えられそうにもない。俺の能力値に合わせた弱い魔獣が現れ、それを討伐して痛みを伴わないように徐々にレベルアップを図りたいなどと、甘い考えが頭をもたげてくる。


 ――現実で、そんなに都合よくいけば何の苦労も無いのだが……。


 それに今更だが、平和な日本で暮らしていた俺には、他の生き物の命を奪う事に後ろめたさを感じてしまう。不浄の森での戦いや、コロビ魔族だったバーリントンとの戦いも、感情が昂り興奮した上での勢いのようなものだった。どちらかというと、ゲームの続きみたいな感覚に近い。今落ち着いて考えると、自分から進んで戦うのはやはり、忌避感きひかんを覚えてしまうのだ。


 ――今更だけどな……。


 置かれた状況を考えると、甘えた考えだと重々分かってるつもりだが……。


 ――俺もまたカリナ達と何ら変わらない。


 その思いに俺は「ふぅ」と息を吐き出し、周囲の洋上に目を向ける。と、彼方には幾つかの島影が仄かに見えていた。俺達の乗る帆船ミラキュラス号は、群島の間を縫うように洋上を走り抜け、モルダ島へと向かっていたのだ。


 そして、時おり吹き抜ける湿気や塩分を多量に含んだ潮風が、ねっとりと絡み付き思わず顔をしかめてしまう。それがまた、滅入った気分を増長させる。


「こんな時はシャワーでも浴びて、気分をすっきりとさせたいが……」


 思わず呟くが、そんな物は望むべくもなく、文明社会を懐かしく思ってしまうのだ。

 もう一度「はぁ」とため息を溢すと、その場に座り込み後ろにもたれ掛かる。そして顔を上げて、もたれ掛かっている物を見上げた。

 それは、マーマン(海人族)達から贈られた、海神ポセイドニアの像。カレリンが言うには、海神の加護があるなら船首像にちょうど良いという話だった。本来は船首の舳先に取り付ける物だが、今は時間も施設もないので、グラナダに戻ってからという事だった。だから今は、舳先に近い甲板上に置かれ固定されていた。


 普通は船首像といったら、女神様が定番じゃないのか? それともこの像は海の女神とでも……まさかな。マーマンと良く似た海神の像は、性別の判断がつきかねた。


 それと、最初は加護についても俺は、迷信だろうと懐疑的だったが、あの島から出航して2日、何の問題もなく船は快調に進んでいる。

 それどころか驚く事に、船全体を青い燐光が薄く包み込み、損傷を受けているはずなのに前の倍する速さで船は進んでいた。

 正にファンタジーの異世界、恐るべしだ。

 そんな訳で、今日にもモルダ島に到着しそうな勢いだ。海賊達も現れず、何とも拍子抜けする感じだった。

 一度は洋上に漂う船の残骸とおぼしき帆の切れ端や木材を見掛けたが、カレリンいわく、グラナダの戦闘艦の物では無いとのこと。多分、海賊船の物らしいので、上手い具合にグラナダの戦闘艦が、俺達の露払いをしてくれているのだろう。

 有り難いことだが……。


 そしてまた、訓練をするカリナ達を眺める。

 カリナ達には、マーマン(海人族)達から聞いた、エルフに関する話については口止めをしている。世界に満ちていた魔素を、エルフ達が世界を支配するために封印したという話。本当の事なのか分からない上に、もし本当ならかなり危うい話だと思えるからだ。軽々しく口にして良いとは思えない。

 カリナは眉を潜めて頷いていたが、カイナは良く分かっていないのか、首を傾げながら笑顔で頷いていた。

 ちょっと……いや、かなり心配だ。


 それにしても、封印とはな。サラやその父親のケインは、その事を隠してるような感じでもなかった。サラに至っては、大昔にはヒューマンも魔法が使えていたはずだと言い、その事を調べているとか言っていたしな。


 うぅむ、良く分からん……ん、待てよ、そういえば、エルフの司祭達が法術だと言って、聖魔法を使っていたな。あの司祭達が……いやまだ、確証もない推論の段階。それに本当かどうかも分からないしなぁ。

 しかし、封印されているとなると、納得できる事もある。ヒューマン達が魔法が使えない事などだ。だが、タンガ達獣人は気と称して魔素を操り、【身体強化】を行ったりしていた。


 ふぅむ……封印というより制限をしているのか?

 それにしては、俺は不足なくスキルを使う事ができる。その上、倒した魔獣の魔石から魔素も吸収して能力の向上をはかれる。この世界の住人はそのような事は出来ないというのにだ。


 それと、マーマン(海人族)達は俺の事を“世界のことわりを正す者”と呼んでいたが……俺は『ゼノン・クロニクル』から、この異世界ゼノンに迷い込んだ。いや、そうではないな。迷い込んだのではなく、騙されて誘い込まれたのだ。いま考えると、あの『ゼノン・クロニクル』は、この世界で何かをさせる者を選別するための、試金石だったのかも知れない。

 それに、まんまと引っ掛かったのが俺なのだ。何とも腹立たしい。ゲームを運営していた企業アッシュルに、文句を言ってやりたい所だが……アッシュルとは一体……。

 俺の脳裏に、超越者といった文字が浮かび上がる。俺には皆が言う神などといった存在は、到底信じられない。そんな聖なる存在がいるなら、世界はもっと住み良い場所になっていたはずだ。

 いるとするなら俺達とは違う、高次元にいる存在。遥か高みから蟻を眺めるが如く、俺達、人を眺めその運命をもてあそぶ存在。断りもなく、俺をこの世界に放り込んだ存在。今も高みから、右往左往する俺を眺めて嘲笑っているに違いない。

 俺は上空に顔を向けると、青空の向こう、遥か彼方にいるで有ろう超越者を睨み付ける。


 ――俺はお前達の思惑通りに動くつもりはない。俺は俺の意志で行動する。俺の運命は俺の物なのだから。


 そうだな、自分の運命を自ら切り開くなら、何者の手をも振り払う絶対なる力が必要だ。お前達からもらったこのスキルの力を磨き、俺も更なる高みを目指そう。そしていつの日か……。


「俺の運命をねじ曲げた事を、後悔させてやる!」


「ヒューマンどうした。えらく怖い顔をして、訳の分からん事を言ってるが」

「リュウイチ、変な顔!」

「リュウイチ様……」


「えっ……」


 いつの間にか、傍らに近寄ってきていたタンガ達が、心配そうな顔をしていた。


 ――やべっ……。


 興奮してテンション上げた挙げ句、変な事口走ってたよ。超恥ずかしいです。


「えぇと……そうそう、俺も実戦経験を積みたいから、魔獣討伐なんかちょっとしてみたいかなあと……」


 タンガ達が胡散臭そうに、ジト目を向けてくる。

 あぁ、そんな目で見ないでください。もう、穴があったら入りたいです。


「……魔獣かあ、最近はめっきりと数を減らしたからなあ。グラナダ近郊では狩り尽くされて、見掛けなくなった。魔獣を狩るなら、ちょっと遠出しねえと……」


 タンガが少し顔をしかめて答えてくれた。


 あれっ、魔獣がいないとは想像外。まあ、当然といえば当然なんだが。人の住む地域に魔獣がうろついてたら、危なっかしいからな。当然、周辺の魔獣は狩り尽くされてしまうだろう。


「それで俺達もハンターを廃業して、今はサンタール家に世話になってる」


「あぁ、なるほど……」


 しかし、参ったな。せっかく俺がやる気になってたのに……。


「昔はこの辺り、グラナダとモルダ島の間にある海域も、水棲の魔獣が数多くいたため、結構危険な海域で有名だったらしいぞ。もっとも、それも俺が産まれる前の話だが」


 もしかしたら魔獣の数が減ってるのも、魔素が封印されてるからなのか。


「今はすっかり安全な海域に……」


 タンガが、急に言葉を途切らせた。


「ん、どうした」


「安全ってな訳でもなさそうだ」


「えっ!」


 どういう意味か問い質そうとした時、「カンカンカン」と危険を知らせる鐘の音が、船上に響き渡る。

 メインマストの上部には見張り所があるのだが、そこにいた水夫が鐘を叩いていたのだ。

 その水夫は船の進行方向、前方を指差し何かを叫んでいる。


 獣人はヒューマンより視力が良く、遠方を見通す事ができる。

 そのタンガが、前方を眺めぽつりと呟く。


「あれは、ガーゴイルじゃねえのか」


「えっ?」


 俺も慌てて前方に目を向けるが、遠すぎて良く分からない。ただ、ミラキュラス号の進行方向から、鳥のようなものが猛スピードでこちらに近付いてくるのが分かる。しかも、またしても多数で。


 最初は豆粒ほどの大きさだったが、近付くにつれどんどんと大きくなり、背中にある羽を羽ばたかせているのが見えてきた。


 ――ガーゴイルってまじかよ。


 ゲームでは、ガーゴイルは中級モンスターだった。今の俺の能力値では、少々手こずる相手だ。スキルを使って、何とか倒せるといった魔獣。しかし、それは一匹だった場合だ。俺が見詰める先には、50を越えるガーゴイルがこちらに向かって飛来してくるのが見える。


 毎度毎度ながら、何故に数を揃えて出てくるんだよ。しかもガーゴイルとは……参ったな。

 出来れば、もう少し弱い魔獣が少数で出てくると有り難いのに。

 それに、確かにさっきは魔獣討伐を望んだけど、これほど早く遭遇するとは……。

 これが現実、こちらの都合に合わせてくれるはずなどないのだ。ゲームではないのだと、改めて思い知らされる。


 俺はぶつぶつとぼやきながら、サーベルの柄に手をかけた。

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