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異世界へようこそ 【改訂版】  作者: 飛狼
第一章 禁足地
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◇ホラー映画には耐性があると思っていたけれど。

 夕闇が迫る森の中では、遠目にその人影がどういった人物か分からなかった。しかし、近付くにつれてその容姿がはっきり分かるようになると、思わず立ち止まり腰が抜けそうになる。


 ――こ、今度は屍食鬼グールかよ!


 その人影は、蓬髪ほうはつとなった頭部の頭皮が所々捲れ上がり、その下の頭骨が見え隠れしていた。片方の眼窩からは眼球がぶら下がり、口辺から右頬に掛けては肉が溶け落ちている。その頬肉があった箇所には、白い骨が見え蛆が湧き、「あぁぁ……うぅぅ……」と、声にならぬ叫びを響かせ此方に迫って来るのだ。しかも近付くにつれ、強烈な腐敗臭が鼻に突き刺さる。


 ――リアル屍食鬼グールはえぐい。グロすぎだよ!

 

 屍食鬼グールとは、アンデット系のモンスター。『ゼノン・クロニクル』内では、強い怨みを持ったまま亡くなった者が弔われずにいると、屍食鬼になるという設定だったはず。しかし、どちらかと言えば、駆け出し冒険者が相手にする雑魚モンスターに分類されていた。

 だが……。


「ひぇぇぇぇぇ!」


 俺は大人気ない悲鳴を上げていた。

 とてもではないが、まともに相手にする気にはなれない。

 そんな俺にはお構い無く、屍食鬼はずるずると体を引きずりながら、此方に迫ってくる。前に伸ばすその右腕は、手首から先が骨と化していた。


 ――現実でこんなの相手に出来るかよ!


 だが、慌ててきびすを返して逃げようとするが、足下にあった樹木の根に躓き派手に転んでしまった。それでも、痛みよりも恐怖の方が勝り、少しでも距離を取ろうと体を引きずり這いながら後ずさる。


 そんな俺を見ても、屍食鬼は表情を一切変えず……ってか、顔の肉の大半が腐ってるよ。

 目前に迫る屍食鬼から逃れる方法が何かないかと、俺は咄嗟に、【火遁中段 火焔陣】のスキルを発動させていた。だが、スキルが発動する前に、体の中から魔力がスゥと抜けていく脱力感と共に、軽い目眩に襲われた。


 ――あっ、まずい! 魔力が足りない!


 俺は慌ててスキルをキャンセルして、魔力切れで遠退く意識を強引に引き戻した。【火遁中段 火焔陣】は、俺の職業『ニンジャマスター』の固有スキル『忍術』で発動するスキルだ。『忍術』には初段、中段、上段の三段階に分かれたスキルが存在する。当然、中段スキルは魔力が少ない今の俺では、まだ使う事が出来ない。


 ――ミスった!


 焦ってスキルを使おうとすると、つい今が初期状態なのを忘れてしまう。

 そうこうしてる間に、屍食鬼は猛烈な腐った匂いを撒き散らし、吐き気を催すほど近くに迫って来ていた。


 ――うげぇ! この匂いはたまんねぇ!


 地面に転がり鼻を摘まむ俺に、屍食鬼が襲い掛ってくる。しかし、屍食鬼の動作は驚くほど鈍い。俺に掴み掛かろうと伸ばしてくる腕を必死に掻い潜り、手に持つ棍棒で屍食鬼の腹の真ん中辺りを突く。途端に棍棒は、なんの抵抗も無く腐った腹にぐちゃりとめり込んだ。


 ――うぅわっ!


 その腐敗して柔らかくなった肉の、異様な感触が手のひらに伝わり、思わず棍棒から手を離してしまう。

 だが、一撃を喰らった屍食鬼は、突かれた勢いで後ろに引っくり返っていた。その間に、転がるようにして屍食鬼から一旦距離を取る事が出来た。


 ――落ち着け、落ち着いて対処すれば大丈夫だ。


 自分にそう言い聞かせ、僅かに残っていた魔力で【アイテムボックス】を開く。そこから取り出した霊薬ソーマを、慌てて飲み干す。とたんに、体力魔力が体中に漲った。

 霊薬は体力魔力の全回復は勿論、状態異常まで治してしまう。その上、一時的にではあるが、ステータスまで若干底上げしてくれる。そのため、ゲーム内では最高級のレア回復薬であった。

 今の俺には、少々勿体無い気もするが仕方ない。それに、《ソーマ》はアイテムボックスの中に、まだまだ沢山残っている。というか、霊薬以外は持っていなかった。カンストしていた俺には、生半可な回復薬では余り役にたたない。体力や魔力が五桁に達していたのに、百や二百回復したところで大した変わりはなかったからだ。それに、ゲーム後半に入ると、一撃で此方の体力を、三桁も削る敵はざらだったのもある。だから、レア回復薬の《ソーマ》しか持っていなかったのだ。

 だが、魔力や体力が戻ったといっても、まだ危機が去った訳ではない。


『グゥルルルルゥゥゥ』


 目の前では屍食鬼が低い呻き声を上げて、またしてもズルズル体を引きずり此方に向かって来る。

 こうなったら、気持ち悪いだとか、嫌だからとか言っていられない。ゲームと同じように動けば、必ず倒せるはずだと自分に言い聞かせ、覚悟を決めて屍食鬼と向き合う。


「屍食鬼は雑魚モンスター、屍食鬼は雑魚モンスター……」


 俺は呪文のように何度も呟きつつ、まずは【身体強化】のスキルを発動させた。能力の向上を図り大きく飛び退き、屍食鬼から更に距離を取り様子を窺う。

 【身体強化】は、素早さに特化した【瞬速】と違って、ステータス全体を二割アップさせる事が出来る。能力値の低い今の俺には、此方の方がありがたい。

 リアルになった分、見た目は恐ろしげになったが、やはりゲーム内の時と同じく動き自体は緩慢だ。確か、炎に弱かったはずだったが……ここが『ゼノン・クロニクル』と、どんな関連があるのか分からないが、試して見る価値はあるだろう。


 ――まだ魔力はいけるか?


 ここは手堅く、《忍術》のスキル初段を使う事にした。


「【火遁初段 火炎槍】!」


 叫びと共に前に突き出した手のひらから、槍状になった炎が飛び出した。その炎が屍食鬼に突き刺さり、弾けて飛び散った。


『ぐぎぃぃぃぃ』


 炎に包まれた屍食鬼は、断末魔の声を響かせ、そのまま崩れ落ちるように倒れた。

 ぷすぷすと煙りを上げて燃える屍食鬼は、もはや起き上がる事は無かった。


 ――ふぅ、倒したか……。


 ゲーム内では、雑魚モンスターだった屍食鬼に、これほど苦労するとは。ここが現実なのだと、嫌というほど思い知らされた。


 俺が焼け崩れた屍食鬼に近付くと、ころころと黒い珠が転がり出てくる。手を伸ばして拾おうと触れた途端に、またしても黒い珠は霧状となり俺の体の中に吸い込まれていく。


「おぉっ!」


 やはり、これが説明にあった魔素であり、これを取り込む事が経験値にあたるものになるのだろうな。体の底から沸き上がる力に、俺はそんな事を思っていた。

 それにしても、ステータスウィンドウが無く、自分の能力値が分からないのは地味に痛い。もっとも、現実世界で人の能力を数字で表す事など、出来るとは思えないが……。

 そして、燃え尽きて灰と成り果てた屍食鬼に目を向ける。


 ――強い怨みで魔物と化したかぁ……今度は迷わず成仏してくれよ。


 体の前で合掌すると、俺は頭を垂れた。

 しかし、あれだな。ホラー映画は割と好きだったが、現実の世界ではやめてもらいたい。アンデッド系のモンスターと戦うのは、もう勘弁して欲しいものだな。


 だが、その願いは虚しくも、直ぐに崩れ去る事となった。

 何故なら……。


 その時、後ろから「ぼこり」と土が弾ける音が響いた。

 俺は不審に思い、「ん?」と後ろを振り返る。


 ――えっ!


 そこには盛り上がった地面から、半ば骨と化した人の腕が飛び出していたのだ。そしてすぐ横、右側からも「ぼこり」と弾ける音が聞こえる。


 ――えっ、えっ!


 すぐ横の右側でも、土が盛り上がり人の腕が飛び出していた。だが、それだけでなかった。周囲のあちらこちらで「ぼこりぼこり」と土が弾ける音が鳴り響き、見る間にその数は数十を越えていく。


 ――えっ、えぇぇぇぇ! うそ~ん!


 周囲の地面に無数の手足が現れると、盛り上がる土の中から数えきれない程の屍食鬼が、のそのそと起き上がってくるのだ。


 ――ま、まじかよ。洒落になってないぞ!


 半ば半狂乱と化した俺は【火炎槍】を、乱発して逃げ出そうとする。しかし、倒す数より、出現する屍食鬼の数の方が断然に多い。たちまち、周りを屍食鬼に囲まれた。


 ――やばっ! しかもまた魔力切れだ。


 焦って【火炎槍】を連発したため、魔力を使いすぎて僅かに意識が霞む。

 まずい、もう【火炎槍】は使えない。

 霊薬も、ある程度の時間をおかないと駄目なのだ。連続しての使用では、効果が現れないのだ。その事を思い出しつつも、ここはゲームと違う異世界だからと、念のため《ソーマ》を飲み干してみるが、やはり効果はなかった。

 その間も、周囲の屍食鬼達は、ゆらゆらと体を揺らしながらゆっくり迫ってくる。


 ――ちっ、打つ手なしか……。


 ここは強引に突破するしかない。だが、唯一の得物であった棍棒も、先ほどの火炎で燃え尽き焼失していた。

 周りを隙間なく埋め尽くす屍食鬼を見て、顔をしかめる。

 今の俺では、徒手空拳で突破するのは厳しそうだが、やるしかない。

 覚悟を決め走り出そうとした時、頭上で「ぱぁん」と音が鳴り光球が出現した。そして、辺りを昼間のように明るく照らし出した。


『ぐぅぁぁぁぁ』


 その明りに、屍食鬼達が唸り声を上げて苦しみ出す。

 そこに、剣を振り回して屍食鬼を蹴散らし、三人の男が駆け込んで来た。


「おい、お前! こんな森の中で火魔法を使いやがって、火事になったらどうするつもりだ。しかも、この森に一人だと、お前馬鹿だろ!」


 俺の前に駆け込んできた大柄の男が、怒鳴り声を上げた。その男は頭の上に潰れたような短い耳があり、その顔付きは何処か猫科の猛獣を思わせる。

 そしてまなじりを吊り上げ、俺を睨み付けていた。

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