表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界へようこそ 【改訂版】  作者: 飛狼
第四章 邂逅と襲来
37/55

◇弱り目に祟り目というけれど。

 ミラキュラス号の損傷は、思ったより酷いようだった。だから夜半にも拘わらず、俺達は一旦、一番近い島に立ち寄る事になった。

 その島はグラナダとモルダ島を結ぶ航路の間にある群島の中で、一番グラナダ寄りにある島だ。そこは人が住まぬ無人の島であったが、よく商船が立ち寄るという事で、簡易ではあるがちょっとした桟橋と小屋が設けられていた。



「へぇ、無人の島と聞いていたけど、こんな施設があるんだ」


「あぁ、ここは群島の中でも、グラナダに一番近い島だから。ここで、一旦休憩する商船が多い」


 俺の呟きに、水夫達に指図していたカレリンが答えてくれた。


 ミラキュラス号の上空には天光球が浮かび上がり、辺りに光を放っている。その明かりを頼りに、ミラキュラス号はゆっくりと桟橋に近付いていく。

 もし海賊がいたなら天光球の明かりで気付かれてしまうが、暗闇の中で島に近付くのは、さすがに座礁の怖れがあったのだ。


「どうやら、商船どころか、海賊達もいないようだ」


「そうだな……あの夕刻の海戦は、ここからまだ大分離れてたようだからなぁ。そのどんぱちも、今はもうやってないようだ」


 また呟く俺に、今度はタンガが答えながら目を細め、沖の方を透かすように眺めている。

 俺達より先行していたグラナダの戦闘艦は、さっそく海賊と一戦交えたようだった。あの飛来魚の暴走も、その影響だろうとカレリンは言っていた。

 タンガは、ちらりと俺に視線を向けると、また話しかけてくる。


「どっちが勝ったにしろ、もうすっかりと夜になったからには、暗い中での夜戦もないだろう。今頃は双方、どっかの島に退避してるだろうな」


 ――ふむ、あのアカカブトが乗ってる船が、そう簡単にやられるとは思わないが……。


 俺もタンガにならって沖の方を眺めるが、今はもう、先ほどまで明滅していた明かりは見えなくなっている。

 すっかりと闇に包まれた沖合い見つめ、俺は首を捻るしかない。


 タンガとそんな話してる間に、ミラキュラス号は「とん」と、軽い衝撃を伴い桟橋に接岸していた。


「ふぅ、やっと地面の上に立てるわね。ほら、お姉ちゃん早く!」


 その桟橋に、真っ先に降りて行こうとするのは、カリナの手を引くカイナ。

 今まで珍しく、すっかりと大人しく成っていたのに、よほど陸地が恋しかったようだ。

 まぁ、あの飛来魚の群れと遭遇した後だけに、分からないでもないが。

 

「おい! まだ安全かどうか確かめてから……」


 といっても、【気配察知】のスキルで、既に辺りの安全は確かめていた。それでも、ここは見知らぬ島、何があるか分からない。それなのに……。


 ――たくっ、相変わらず、俺の話を聞こうともしない。


 飛来魚が襲来した時は青くなって震えてた癖に、カイナは両極端だから本当に扱いに困るよ。


 俺が顔をしかめていると、そのカイナはすでに桟橋に降り立ち、「いっち番」とか叫んでいる。

 その横でカリナが、「まだ体が揺れてるみたい」とか言って、ふらふらしていた。

 ホントにカイナはお子様だよな。


「まあ、飯にでもしようや。今夜の飯は豪勢に飛来魚の塩焼きかな、ははは」


 タンガが白い歯を覗かせ笑うと、俺の肩を叩いて桟橋へと降りていく。俺は「はぁ」と、ため息を溢すとその後に続いた。



 桟橋から陸地に上陸すると、直ぐそばに小屋のようなものが建っている。その前が、ちょっとした広場になっていた。その中央に火を焚き、それを囲むように皆で夕食を取ることにした。

 まるでキャンプファイヤーだ。

 こうして、皆でわいわいと騒ぎながら食べるのも意外と楽しい。


「高級魚というだけあって、旨いなこれ」


「そうだろ。俺達船乗りでも、滅多に口に入らねえからな」


 カレリンが嬉しそうに笑っているが、火明かりに浮かぶその顔が怖いです。どう見ても、海賊船の船長にしか見えないよ。

 

 飛来魚の群れに船は損傷を受けたが、甲板上に乗り上げた飛来魚が数匹はいたのだ。

 その姿は体長は1メートルほどで、紡錘形の体に肉厚も厚い。少し黒みがかった体色に、カリナに教えられた通り、額から50センチほどの鋭い角が前方に突き出ている。

 刃物のようにギラつくその角は、確かに見るからに危なっかしい。でも、こいつは魔獣、いや、この場合は魔魚になるのか。とにかく、魔素をその体に取り込む魔物のたぐいではない。見てくれの危ない姿とは裏腹に、至って普通の魚なのだ。だから当然ながら、俺の経験値の糧となる魔石もない。それが、ちょっと残念。

 ま、それでも……。 


 その飛来魚を塩焼きにして、皆が嬉しそうな表情で舌鼓を打っていた。

 それを見て、これも有かと納得する。

 

 ――それにしても、この飛来魚は脂が乗ってトロットロ。


 まじで旨い。ちょっと、マグロに近い感じかな。出来れば、刺身で食べたいところだが、寄生虫がいるかもといった話なので、しっかりとあぶって食べている。

 周りでも、あまりの旨さに食べるのに夢中なっていて、皆は黙々と食べていた。カイナなんかは口の周りをべたべたに汚して、嬉々として食べていた。それをカリナが甲斐甲斐しく、口の周りを拭き取ったりしている。


 本当にカイナは、まだまだ子供だな。そんなに焦って食べなくても、まだ沢山あるのに……。


「俺達獣人はまだしも、ヒューマンは滅多に食べれないからな。中には一生、食べた事がない者もいる」


 俺の疑問を察したタンガが、少し眉根を寄せ答えてくれた。


 ん? 食料事情にまで、種族間の差別が……。

 どちらかといえば、飽食ぎみだった日本に住んでいた俺には、考えられないような事だ。


「……そういう事なら、皆には満足するまで食べてもらおう」


 そう返すと、タンガはにやりと笑って嬉しそうにまた、ばしばしと俺の肩を叩く。


 ――だから、痛いってば……。


 そうして、皆でわいわい夕食を食べていると、船の方から数人の水夫が走って来るのが見えた。


 ――ん、まだ船の点検をしてる連中もいたのか。


「おぉ、ご苦労さん。お前らも、もう良いから早く夕飯を食べろよ」


 声を掛ける俺に水夫達は一礼すると、カレリンに何やら耳打ちしていた。途端にカレリンが渋い顔をして、俺に向けてくる。


「リュウの旦那、どうやら船倉に少し浸水してたようだ」


「えっ?」


「取り敢えず応急処置はしたが、本来は陸揚げして修理がしたいところだ。だが、ここでは無理だな。やはり島づたいに騙し騙し行くか……いっそのこと、グラナダに引き返すかだ」


 そんなに酷いのかよ。ここで引き返すのは、さすがに……どうするかな。

 周りにいる水夫達も食べる手を止め、俺達の会話に注目している。

 迷ってる俺の横で、タンガが声を荒げた。


「ここまで来て、引き返せるかよ! お前らも、海賊騒ぎは百も承知での、今回のモルダ島行きだろ」

 

 タンガの言うのも最もだが……。


「それに、グラナダの戦闘艦がうまい具合に先行して、俺達の露払いをしてくれてる。その隙に、モルダ島に駆け込めば良いだろう!」


 尚も、タンガが皆を説得するように言い募る。

 しかし、周りの水夫達は不安そうな顔をしていた。

 さすがに荒くれ水夫たちも、肝心の船の損傷が酷いと聞けば、心配になるのも当然か。

 ここで、無理強いするのもあれだしな……。


「良し、分かった。皆には成功報酬として手当てを倍だそう。だから、もう少し先に進んでくれ。それで、様子を見て無理なら引き返そう」


 俺は日本人らしく、タンガと水夫達の両方の顔を立て妥協案を出してみる。それは、俺にも迷いがあったからだ。グラナダの戦闘艦がどうなったか分からない。しかし、ここで引き返すのも業腹だ。それに、俺には少しギャンブラーな性分もある。

 水夫達の顔を見渡して見ると、皆は心なしか少し顔が綻んだように感じる。

 報酬額を倍にすると言ったら、途端にこの表情だ。どうやらこいつらも、海賊騒ぎの中で集まるだけあって、俺と似たギャンブラーな性分のようだ。

 俺がにやりと笑って見せると、皆もにやりと笑い返してきた。


「そうと決まれば、少し船倉が気になるか」


 船倉には、モルダ島に運ぶ商品があるのだ。それらが、どれ程の被害を受けているか気に掛かる。


 ミラキュラス号へと向かうため立ち上がると、カリナが遠慮がちに声を掛けてきた。


「リュウイチ様、あのぅ……私達はその間、少し辺りを散策してきます」


 カリナは、もじもじと顔を真っ赤にしている。


「えっ、こんな夜に……なに言ってんのカリナは……」


「もう、分かるでしょう。私もお姉ちゃんと一緒に行くから」


 いや、何を言いたいのか全然分からんのだが。


「カリナ達は腹が膨らんだので、出すもんを出したくなったんだろ。察してやれよ」


 首を捻る俺に、タンガが耳打ちしてくれた。


 あぁ、トイレに行きたいのね。だったら、わざわざ断らなくてもいいのに。相変わらず、カリナは律儀ですねえ。それにしても、脳筋タンガに諭されるとは、ちょっとへこむなあ。


 一応、【気配察知】で辺りに危険がないか確かめ、安全を確認する。それでも心配だったので、近くにいたカーティスに「目を離すなよ」と声を掛けておく。




 ミラキュラス号に乗り込み船倉へと降りる。と、確かに、外壁の一部を補強した跡があり、その辺の床が水浸しになっている。もう、浸水自体は止まっているようだが、幾つかの荷が海水に浸かっていた。


 ――うわぁ、これは参ったな……。


「あれは、何が入ってる木箱だ」


 俺が嘆くように声を上げていると、タンガが海水に濡れるのも構わず、その荷に近付いていく。


「おい、ヒューマン。運が良かったな。こいつは屑魔石だぞ。これなら、少々海水に浸かっても大丈夫だろ」


 木箱の中を覗き込むタンガが、安堵の笑みをもらす。だが俺は、聞きなれない言葉に首を傾げるしかない。 


「屑魔石?」


 商品については、アマンダさんを信用して任していたので、詳しくは聞いていなかった。商人として、それもどうかと思うのだが、俺にはこの世界での知識が圧倒的に足りていない。それに、今回はそれらを調べる時間も無かったからだ。


「おぅ、モルダ島は火山島だからな。火精を崇めるドワーフ達が沢山住んでいる。ドワーフは鍛冶をする際に、この屑魔石を火種にするようだ」


「へぇ、魔石の屑をか……」


「因みに、火焔石もドワーフが魔石に火精を封じて作ってる」


 おぉ、あの火焔石はそうやって作られてるのかよ。しかし俺には、あの火焔石は火精というより、魔力が込められてるように感じたが……。


 よく話を聞いてみると、グラナダは森都と言われるだけあって、数多くの魔道具が作られる。その際に、魔石を埋め込む作業で出てくるのが、大量の屑となった魔石。それに引き換えモルダ島には、昔は沢山棲息していた魔獣が、今は激減しているらしい。だから、魔獣から取れる魔石が品薄だとの話だった。


 ふぅん、よくできたリサイクルみたいなもんか。たとえ屑でも、効率良く使う、異世界人の知恵ってやつだな。確かに、そんな状態なら、屑の魔石といえど高値で売れそうだ。良い品を選んでくれたみたいで、アマンダさんに感謝だな。そうだな、土産に何か、買って帰らないと。

 そんなことを考えていると、ふと思い出す。

 あ、そういや、【アイテムボックス】の中に、ギルドで買った見本の魔石が入ったままだったな。

 俺は【アイテムボックス】から、拳大の魔石を取り出す。


 ――火焔石ねぇ……俺は魔力だと思うけど。


 ものは試しにと、魔力を少し込めてみる。


 ――あれっ、すんなりと吸収されていくけど……もしかして、いけるのか?


 俺は魔導師の魔法スキルでも、初級の【ファィア】を発動してみる。

 すると、魔石が真っ赤に輝きだした。


 ――あれっ、何だか出来ちゃったけど……。


「おいおい、本当かよ。ドワーフ達の門外不出の秘術だぞ。しかも、普通はもっと大きな魔石にしか込められないはずなのに……今更だが、お前には本当に驚かされる」


 タンガがため息混じりに、呆れた顔を向けてきた。

 そうは言われても、出来てしまったのは仕方ない。それに、こいつを大量に作り、手榴弾がわりに水夫達に持たせれば、海賊達とも十分に渡り合えるのでは。

 などと考えていると、島に残っていたはずのカーティスが、慌てて船倉に駆け降りてきた。


「リュウの旦那、すまねぇ! 姐さん達がいなくなっちまった!」


「えっ、カリナ達が……」


 思わずタンガと顔を見合わす。


「どこで!」


 直ぐに俺とタンガは同時に叫ぶと、カーティスが案内する後を追い掛ける。


 ――まさか、海賊達に……。


 こんな事なら、カリナ達から目を離すんじゃなかった。馬鹿だな俺は。

 頻りに後悔しながら走る。だが、俺の【気配察知】では、何も感じられなかった。俺達以外には誰もいないはずなのに。


 この島は小さな島だった。一周するのに、二時間も掛からないだろう。

 カーティスが案内したのも、広場から少し島の中央に入ったところだった。そこでは天光球の明かりの下、カレリンを始めとした水夫達が、既に捜索をしていた。


 おかしい、カリナ達の気配を感じない。


 ――ん、あれは?


 俺の目の前には、石造りの祠のようなものが見える。


「カーティス、あれは何だ?」


「あれは、昔からある古代遺跡みたいなものですよ」


 ――古代遺跡?


 あれが怪しい。あそこに魔素の澱みを感じる。


「この群島には大昔、マーマン(海人族)という伝説の種族がいたと言われている。その種族は忽然とこの地から姿を消し、そいつはその遺跡だと言われているのだ」


 カレリンが傍に来ると、カーティスの代わりに説明してくれた。

 そして、カーティスも……。


「そうなんです。それで、俺達船乗りの間では、そのマーマン(海人族)の亡霊を見たとか、曰く付きの場所なんでさあ。もしや、姐さん達もその亡霊に……」


「馬鹿め! そんな眉唾な話を……」


 カーティスが震えた声で言うのに、タンガが一喝したその時……それは起こった。


 周囲に、薄い人影が幾つも浮かび上がったのだ。


「ひぃぃぃぃぃ! 出たあぁぁぁぁぁ!」


 カーティスが目を剥いて叫び声を上げ、他の水夫達も青い顔して集まってくる。さすがにカレリンやタンガは、恐怖していないようだが、二人とも「むぅ」と唸り身構えていた。


 ――こいつは【幻惑】系のスキルか?


 だが、【気配察知】を働かしても、何も感じられない。何ともとらえどころの無い妙な感じ。そう、そこには人影が見えるのだが、実在感がまるで無いのだ。


 ――馬鹿な、本当に亡霊だとでも……。


 だが、その時唐突に、祠の前でひとつの気配を感じる。それと同時に、ひとつの影が実体化した。


「【瞬速】!」


 俺は気配を感じた瞬間、一気にその間合いを詰める。そして、腰に差していたサーベルを素早く引き抜くと、実体化した人影の喉元に切っ先を突き付けていた。


「おい、カリナ達をどこに……」


 言い掛けた言葉が、途中で途切れる。何故なら、現れた者が……。


 ――は、半魚人?


 そいつは、頭部は魚そのもの。全身は緑色に、ぬめぬめとテカっている。粗末な腰蓑を巻き、右手には先端が三つに分かれた銛を持っていた。

 その半魚人は、サーベルの切っ先が喉元にあるにも係わらず、飛び出た目玉をぎょろりぎょろりと動かし口を開くと、掠れた声で呟く。


「時ガ来タノカ?」


「……時だと? 何を言ってやがる。カリナ達をどこにやった」


「オ前ハ世界ノ理ヲ正ス者。我ラニ時ヲ報セニ来タノデハ無イノカ?」


 ――世界の理を正す者?


 俺は訳も分からず、その半魚人を睨み付けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ