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異世界へようこそ 【改訂版】  作者: 飛狼
第四章 邂逅と襲来
35/55

◇船頭多くして船山に上るというけれど。

 ――うぅむ……いいねぇ。


 俺は船首に近い辺りに立ち、感慨深く帆船全体を眺めていた。これが自分の船だと思うと、感動もひとしおで身震いしてしまうのだ。


 その持ち船たる、俺が今乗ってるこの帆船の名称は『ミラキュラス号』。船の名称は購入した時に変更もできたが、取り敢えず、そのまま前の名称を使っている。時間も無かったし、それほど悪い名前でも無いと思えたからだった。

 まぁ、その内、リュウイチ一世とでも変更しようかなと。それで、二世、三世と持ち船を増やしていくのだ。

 そんなことを考えつつ夢を膨らませ、船全体を見渡していた。


 この帆船の全長は60メートルほどで、船幅は30メートル近く有る商船。3本のマストを持ち、メインに大きな横帆を、それ以外にも縦帆や三角帆など多数の帆が風になびいている。それらの帆を組み合わせ、様々な状況に合わせて操船するのだ。そうすることによって、逆風であろうと嵐の中であったとしても、船を進める事ができるらしい。

 今も、ヒューマンの水夫達が帆を操るために、ロープを手に持ち立ち働いているのが見えていた。

 そして、この帆船は船首には2層の船首楼を、船尾には3層の船尾楼の二つの船楼をもち、横から見ると、船体はUの字の形にも見える。それに、甲板下には結構な容量が入る船倉も備わっていた。今そこにはモルダ島への交易品、アドリアの実を始めとした様々な品々が満載されていた。

 俺が持っていた1億クローネは、これらの商船や交易品の購入資金にあて、これでほぼ全て使い果たした。この交易が上手くいけば購入資金は数倍にもなって返ってくるが、もし海賊にでも奪われる事にでもなれば、無一文になってしまうだろう。それどころか、この帆船を購入した際に分割払いにした、借金だけが残ってしまう。

 

 まさに、紀伊國屋文左衛門の故事と同じ、伸るか反るかの大勝負。

 『ゼノン・クロニクル』での一億勝負の時もそうだったが、何故か、わくわくと気分が沸き立つ。

 俺って、根っからのギャンブラーなのかねぇ。

 

 まぁ、海賊に奪われた時点で、俺の命も奪われてるだろうが……。

 それに、海賊に出会わなかったとしても、交易に失敗でもすれば、所持金を大きく減らす事になるかも知れないのだ。

 それはまぁ、交易自体を失敗する可能性は、今の状況からいって限り無く低いだろう。だが、油断は禁物。何といっても、交易するのは初めてだから何があるか分からない。

 だから、不安になってもよさそうなものだが……。


 しかし何故か、俺の顔は綻び、自然とにまにまとした笑みが浮かび上がってきてしまうのだ。


 それは昔、免許を取って初めて車を購入した時と似ているかも知れない。あの時も今と同じく、日がな一日飽きることなく、にまにまと笑みを浮かべて車を眺めていたものだ。その車に比べて大きさも金額も、数十倍になる買い物。だから、それに比例して、嬉しさも数十倍になるのは当たり前だとも思う。


 あの港に停泊していたスマートに見える戦闘艦と違って、どこか丸っこくずんぐりとした印象を与えるミラキュラス号。正直、格好良いとは思えない船形だが、不思議と自分の船だと思うと、その見てくれ悪さもいとおしく感じてしまうものだ。


 ――良い良い、実に良い眺め。


 今日、何度めかの満足感を心の中で呟いていると……。


「いやらしい顔。何を考えてるのかしらね」


 いつの間にか、カリナとカイナの姉妹が傍らに立っていた。

 妹のカイナは目を輝かせ、良いものを見付けたと言わんばかりに、嬉しそうな声で話し掛けてきたのだ。


 ――げぇっ、今ひとりで、にまにましてたの見られたのかよ。


「……えっ、そ、そんなに変な顔をしてたかな?」


 参ったな。ひとりで、にやにや笑いをしてるとこ見られるとか、本当に恥ずかしいよ。


「そうよ。気持ちわるうぅい顔をしてたわよ」


 カイナが「へへへ」と、変な声で含み笑いして見詰めてくる。

 まったく、相変わらずこいつは口が悪い。しかし、ひとり喜んでいたのが見透かされてるようで、何とも恥ずかしくて居心地が悪い。

 照れ隠しにカリナに目を向けると、カリナまで眉を潜めていた。


 ――えぇぇ! カリナまで……そんなに酷い顔してたかな。


「それで、リュウイチ様は何をなさってらしたのですか」


 でも、カリナは直ぐにいつもの微笑みになると、さっきの俺は見なかったことにして話し掛けてくれる。

 やはりカリナは良い娘だよな。


「ん~、ちょっと考え事をね。それに、周りの景色に少し見惚れてたかな」

 

 俺は上手く誤魔化したのだった……誤魔化せたよね。



 既に時刻は夕刻。波は穏やかで風もそれほどでもない。だが、潮の流れに乗り、出港してからここまで何の問題もなく、快調にミラキュラス号は進んでいる。

 出港の際、アカカブトにまたしても出会ったが、姉のカリナがいたお陰か、カイナも前ほど取り乱す事はなかった。しかし、タンガを含めた三人の、アカカブトを見詰める瞳は尋常ではなかった。

 この先の事を考えるとちょっと心配だが……。


 ――仕方ない、その時はその時だ。


 そう考える事にした。

 そのアカカブトが乗る戦闘艦も、時を同じくしてグラナダから出港したのだが、既に周りには姿かたちも無い。

 周囲360度、遮る物が何もない、水平線まで広がる大海原。西の水平線に沈もうとする陽の光が、頭上の空を茜色に染め上げる。僅かに上下する波間も、陽の光を受けてきらきらと茜色に煌めいている。

 何とも、幻想的でロマンチックな景色。

 俺とカリナは並んで立つと、その景色をうっとりと眺めていた。


 日本にいた時は女っ気もなく、こんなシチュエーションは初めてかも。


 ――やべっ、何だか緊張して、どきどきしてきた。


 カリナって、スタイルも良くて可愛いよな。それに、俺にちょっと好意が有りそうだし……出来れば、船首の先端に立ってもらい、両手を広げるカリナを後ろから抱き締めて支えたい。

 そんな妄想を浮かべる俺に、後ろから尖った声が聞こえる。


「ちょっとぉぉ! お姉ちゃんまで、もう!」


 そうでした。若干一名、煩いやつが居たのでした。

 忘れてたよ。せっかく、良い雰囲気だったのに。


 何故か、カイナは頬を膨らませて口を尖らせている。


 ――実際に、漫画みたいにアヒル顔するやつ、初めて見たよ。


「もう、夕飯が近いから呼びにきただけなのに、お姉ちゃんまで」


「あっ、そうそう。リュウイチ様、あと少しで夕食の時間です。それに陽が落ちると、外は気温も下がります。もうそろそろ、お部屋に戻られてはどうですか?」


 二人はどうやら、俺を呼びに来ただけだったようだ。

 俺は「そうだな」と頷くと、二人に引っ張られるようにして船尾楼にある自分の部屋に向かう。

 だが、最後にもう一度、夕陽に映えるミラキュラス号の全体を眺め、にやけてしまうのだった。



 俺達が、船尾楼に入る扉を開けようとすると、ちょうど中から若い男が飛び出してくるところだった。その男は俺を見付けると、嬉しそうに白い歯をこぼす。


「リュウの旦那、ちょうど良かった。今、呼びに行くところでしたぜ」


「ん、どうした?」


 その若者は、ギルドの分所小屋で俺に絡んできた挙げ句、土下座して雇ってくれと頼んできた男だ。

 確か、この船の二等水夫でカーティス。何やら事情があるようだが、結局、カレリンはこの男を雇う事にしたようだ。水夫を雇うについては、カレリンに一任したので俺には嫌も応もない。

 今この帆船には、俺とタンガやカリナ姉妹四人を除くと、40人の水夫達が乗り込んでいる。水夫頭のカレリンを筆頭に、その補佐の一等水夫が5人。それ以外に34人の二等水夫がいる。カーティスは、その34人の中のひとりだ。


 そのカーティスが少し顔をしかめて、言いにくそうに口を開く。


「それがぁ、また上で二人が揉めてるようですぜ」


 カーティスの言い方から、上というのは、この船尾楼の最上層にある操舵室。そして、二人と言うのは、タンガとカレリンだと容易に想像がついた。

 この二人は、顔を合わせた時から何かと張り合う。最初にカレリンが、「腕力ではどこの港に行っても負けた事がない。それは獣人を相手にしてもだ」と、力自慢したことからタンガにも火がついたようだ。

 二人は同じ脳筋同士、気が合うらしいのだが、直ぐにお互い張り合おうとする。本当に困った二人だ。

 心配の種がひとつ増え、俺はがっくりと肩を落とした。


「またかぁ……仕方ないなぁ。ちょっと覗いてくるか」


「頼みましたよぉ!」


 カーティスはそう言って笑うと、仕事があるのか、甲板へと走り去った。


「はぁ、まったくあの二人は……」


 俺はため息混じりに呟き、操舵室に向かう事にする。


「タンガ叔父さんも、久しぶりの外洋で感情が昂っているのでしょう」


「そうかなぁ、師匠はいつもあんな感じだよ」


 カリナとカイナも、思い思いの事を言いながら後を付いてくる。


 最上層の操舵室の前まで来ると、廊下まで中の怒鳴り合う声が聞こえてくるほどだ。

 俺はもう一度「はぁ」とため息をつきながら、扉を開けた。


「お前ら、いい加減にしろよな。廊下まで怒鳴り声が聞こえてるぞ。これだと、他の者に示しがつかないだろう」


 中には、カレリンとタンガ以外にも、一等水夫のミルコとシウバの二人もいた。俺が入っていくと、ばつが悪そうにお互いが顔を見合わせていた。


「おい、ヒューマン。お前からも何か言ってやれ」


 タンガは、周りはヒューマンだらけなのに、未だに俺の事を「おいヒューマン」と呼ぶ。

 外聞が悪いので何とかしてもらいたいが……絶対にこいつ、俺の名前を忘れてるに違いないと思う。何といっても、脳筋タンガだからな。


「何か言えといわれても、俺には何を揉めてるのか見当もつかん」


 俺がカレリンに目を向けると、カレリンが苦々しそうに顔を歪めて口を開く。


「俺達は、この先の群島を避けて通ろうとしてたのだが、この士族の旦那が文句を言ってくるのさ。海に出てしまえば、獣人もヒューマンも関係ねえ。大人しく俺達、海の男の言うことに従ってもらいたいもんだぜ」


 カレリンが言うと、二人の一等水夫も、そうだそうだと頷いている。


「しかしなぁ。そう言うが、そんな遠回りして、もし新緑祭に間に合わなくなったらどうするつもりだ」


 タンガも、負けずに言い返す。


「だから、それはぎりぎり間に合うと言ってるだろ」


「そんなもん当てになるか! 何か不都合が起きて、万が一間に合わなかったら、サンタール家にどう言い訳するつもりだ!」


 また、激しい応酬が始まりそうだった。


「まぁまぁ、落ち着けよ二人とも」


 二人をなだめながら良く見ると、皆の前にあるテーブルには大きな海図が乗っていた。

 どうやら、この船の進路について揉めていたようだ。


 その後、二人の言い分を聞くと、モルダ島はグラナダから南西の方角にあり、途中には人の住まない無人の群島があるという事だった。本来の航路では、その島々を中継しながらモルダ島に向かうらしい。

 だが、カレリンが言うには、その島々が海賊達の拠点になってる可能性が高いという話だ。カレリンも出発前には、海賊退治だと気炎を吐いていたが、実際には大勢の水夫達の命を預かる立場。その責任から、滅多な危険を冒したくないようだ。だから、遠回りしてでも、その群島を避ける航路をとりたいらしい。

 一方タンガは、サンタール家から内命でも受けているのだろう。まずは、新緑祭までにピメントを持って帰る事が第一。もし、遠回りして間に合わなかったら本末転倒、何をしに行ってるか分からない。だから、最短最速でモルダ島に向かいたいようだ。


 ――うぅむ、これは意外と深刻……。


 二人はまた、詰まらない事で張り合ってるのかと思っていたが……。


 俺は船主といっても、船の操船が出来る訳でもない。だから、操船に関しては全てカレリンに丸投げしていたのだが。

 慌ただしく出港したため、正式な取り決めもまだしていない。いうなれば、この『ミラキュラス号』は船長が不在の船なのだ。


 確かに、タンガの言い分も、もっともだ。俺も、間に合わず大損すればはなはだ困る。なにせ、有り金はたいた大博打なのだから。それに、商業ギルドやサンタール家にも、大見得切って出てきた手前もある。

 しかし、カレリンが言うことも分かる。こっちは命が掛かっているのだ。命あっての物種、わざわざ危険を冒してまで……カリナ達姉妹もいるしな。


 ――参ったな、これは。


 皆が俺に注目する中、俺がどう答えようか悩んでいると、突然、操舵室の扉が開いた。


「大変だ! 飛来魚の群れがこっちに向かってきてる!」


 叫びながら操舵室に飛び込んで来たのは、さっき別れたカーティスだった。


 ――ん、飛来魚?


「この馬鹿! この船は小型船じゃねえ。たかが飛来魚で慌てるな!」


 慌てて飛び込んできたカーティスを、カレリンが怒鳴り付けていた。


「し、しかしよう……普通の群れじゃねえ。今まで見た事もない群れ……万を軽く越えそうな……いくらこの船が大型船でも」


 カーティスが怒鳴られて、しどろもどろになりながら答えている。


「万を越えるだと……馬鹿なことを……」


 カレリンが驚いて、一等水夫の二人と顔を見合わせ、慌てて窓から外を眺めている。


「なぁ、タンガ。飛来魚ってなんだ?」


「うぅん、高級魚だろ。あれはかなり旨いが……」


 タンガも何を慌ててるか分からず、的を得ない答えをして肩を竦めていた。


「ここからだと、外が暗くて良く分からん。上だ! 上の甲板から!」


 俺とタンガが呆然としてる間に、カレリン達は慌ただしく外に駆け出して行く。


 ――えぇと、何々?


 俺達も訳が分からず、後を追い掛ける。が、背後からカリナが声を掛けてきた。


「あっ、私は聞いた事があります」


「えっ、何を?」


「飛来魚は高級魚として有名ですが、かなり危険な魚だと」


「そうなの?」


「はい、飛来魚の口は尖端が尖った刃物みたいになっていて、海面上を跳ねながら飛んでくるとか。小さな船は飛来魚の群れに出会うと、たちまち沈没してしまうと聞いた事があります」


 何それ……そんな危ない魚がいるの?

 さすが異世界……って、感心してる場合じゃないな。最初の航海で沈没とか止めてくれよな。


 船尾楼の屋根は、この船の一番高い甲板状になっている。俺は不安を抱えながら、その甲板へと駆け上がった。

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