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異世界へようこそ 【改訂版】  作者: 飛狼
第三章 カンザキ商会
30/55

◇強者は強者を知るというけれど。

「ふあぁぅ!」


 大きな欠伸をして、目を覚ます。朝早く起きるのも、結構気分が良いものだ。朝方の澄みきった空気を吸い込むと、その日一日の気分が良い。元いた世界でも、やれ地球温暖化だの二酸化炭素削減だのと、今更のように大騒ぎして自然環境に配慮していたが、この世界では、比べようもないほど空気の新鮮さが違うのだ。いかに以前の世界では、汚染された空気の中で生活していたのかを、思い知らされる。

 それに、起きてる時間は大して変わらないのだろうが、早起きして午前の時間が長くなったお陰で、一日の時間も長く感じられて得したような気分にもなる。

 といっても、俺は相変わらず午前中は、ベッドの温もりの中でごろごろとしているのだが。この朝早くの時間は、俺には一日での最高の時間、至福の一時だ。

 俺はベッドの中でゴロリと寝返りを打つと、昨日の事を考えていた。


 結局あの後、カレリンお勧めの中型商船を購入することにした。その際、水夫達を雇うのも、カレリンに一任して任せる事にしたのだ。あの事情が有りそうだった若者も、決めかねたのでカレリンに任せた。

 あのゴリマッチョに任せておけば、ちゃんと上手い事やってくれるだろう。もう少し商船を見ていたかったが、カイナの事も少し心配だったので、昨日はそのまま帰る事にしたのだ。

 今日、もう一度顔を出して、本契約と打ち合わせをする手筈になっている。

 これで俺もこの世界の地に、しっかりと足を付け立つことになる。今まではどこか旅行気分が抜けきれず、この世界を他人事のように眺めていた。これは現実だと分かっていても、やはりスキルが扱える事で、ゲームの続きのような感覚になってしまい軽く考えていたのだ。だが、これからは……。


 俺は窓の外に目を向ける。そこには登り始めた陽の光で輝き、吸い込まれるような青空が、どこまでも広がっている。


 世話になってるサンタール家の事も気になるが……船に乗って、この世界を冒険して回るのもいいかも知れないな。

 しかしそんな事を考える反面、やはり、早く日本にも帰りたいとも考えてしまう。


 ――やっぱり、テレビやゲームが無いのは辛いなぁ。


 情報社会に育った俺には、情報を媒介する機器のないこの世界は物足りなく感じてしまう。

 それに、両親や友人達の事を思うと、どうしても……。

 今の俺は冒険したい気持ちと、帰りたいと思う気持ちが半々といったところだった。


 そんな風に悶々とした思いで、ベッドの中でごろごろしてると、またしても突然扉が勢い良く開いた。


「また、今日もさぼるつもり。ほら、さっさと支度しなさいよ」


 そこには、何時もの勝ち気なカイナがいた。


 ――マジかよ。


「お、お前……だから、ノックしてから……」


「良いから、早く行くわよ!」


 相変わらず、俺の話を聞かないやつ。


「はぁ、分かったよ」


 俺は朝の至福の時が終わりを告げた事に、ため息をこぼす。

 しかし、カイナも何とか元気になったようで何よりだ。昨日は帰るなり出迎えた姉のカリナに、泣きながらしがみついたのには驚かされた。気丈に振る舞っていても、かなりショックだったのだろう。

 その後も、カイナの事は気になっていたが……。


「早く早く!」


 俺が服を着替えるのももどかしいのか、途中で腕を掴むとぐいぐいと引っ張っていく。


「おいおい……たくっ」


 元気になったは良いが、前よりパワーアップしてないか。



 そして、引っ張られるまま前と同じ庭先に到着すると、そこにはタンガだけでなく、カリナも一緒に待っていた。


 ――ん、今日はカリナまで?


「お早うございます。今日はご指導を、よろしくお願いいたします」


 カリナが、少し上気した顔で、表情を強張らせ頭を下げてくる。

 相変わらずの、可愛らしさだ。


「お、おはよう、カリナ」


 なんか、こっちまで少し照れてしまうな。

 そのまま視線を横にずらすと、にやつくタンガの視線とぶつかった。

 ちっ、こいつはまた馬鹿なことを言い出すんじゃないだろうな。

 でも……俺はもう一度、カリナをちらりと眺める。

 カリナの強張った表情は、どこか思いつめているようにも見える。 


「おいタンガ、これは……」


「あぁ、どうしてもって懇願されてな」


 これって……カリナとカイナの二人はまさか……。

 サラには昨日、アカカブトと名乗った熊人の男の事は伝えた。アカカブトとは通称らしく、本名はグスタフ・ティンガー。通り名で呼ばれるほど有名な獣人らしい。

 サラもその名を聞くと、「むぅ」と珍しく眉根を寄せて難しい顔をしていた。調べてみると言っていたが、相手はモルガン家の獣人頭。なので、中々厳しそうだ。


 そんな事を考えている間に、朝の訓練が始まる。今日は姉のカリナがいるからか、カイナも直ぐに勝負を挑んでくる素振りは見せない。

 大人しく、皆で素振りから始める。

 だが、必死な形相で木剣を振るう二人からは、鬼気迫るような気配を感じる。

 これは、気のせいだろうか。どこか、覚悟を決めたようにも思えるのだが。

 やはり……。


「なぁ、タンガ。もしかしてあの二人は両親の……」


 俺が最後まで言うまでもなく、タンガは察してくれた。だが……。


「あぁ……俺も手を貸すつもりだ」


 ――お前もかよ。


「それだと、サンタール家に迷惑が掛かる事になるぞ」


「……確かにな。だが、マークは俺にとっても、親友ともいえる幼馴染み。だから、本当にあの男が真犯人なら……」


 タンガが悩ましげに顔を歪めてみせる。

 参ったな。タンガはこの世界に来て、初めて親しくなった友。それにカリナやカイナも……出来ることなら手助けしてやりたいが、どうしたものかな。



「何か、技を教えてください」


 素振りが終わった後、姉のカリナが恥ずかしそうに声を掛けてきた。


「……技をねぇ……」


 良く考えたら、俺には教えれるような物はない。身体能力も、まだまだ獣人達に及びそうにないし、剣もまともに習った事もない。あるのはゲームで覚えたスキルのみ。


「勿体ぶるなヒューマン。教えると言っても、何か見せるだけで良いさ。それが、今後のヒントにもなるかも知れんからな」


 タンガが、肩をぽんと叩いてくる。


「まぁ、見せるだけなら」


 三人が顔を輝かせて、俺を見詰めてくる。

 そんな風に期待されると、プレッシャーになるので止めてくれ。

 しかし、どうするかな。この三人に見せても大丈夫なスキルは……。


 俺は近くにある樹木の前に立つ。その樹木からは大きな葉が垂れ下がっていた。


「【忍剣初段 霞】!」


 叫びと共に、素早く木剣を横に薙ぐ。すると、その大きな葉は刃で切り裂かれたかのように、すっぱりと二つに分かれた。しかも、横に薙いだはずなのに、縦に切り裂かれている。


「おぉぉぉ……」


 タンガとカリナの二人は感嘆の声を上げる。カリナに至っては、拍手までしてくれた。


 ――ふふっ、どうだ。


 しかし、得意気に、どや顔をしていた俺に……。


「ちょっとぉ、今のは明らかにおかしいでしょ。木剣なのに刃物みたいに切れてるし。横に切ったはずが縦に切れてるわよ。どう考えても、あり得ない。何か、ずるしたでしょ」


 カイナが口を尖らせ詰め寄ってきた。


「そ、それは……お、俺が達人だからだ」


 けど、カイナは猜疑心の隠ったじと目で、俺を見詰めてくる。

 うんそう、ずるです。霞は課金をして得たスキルです。

 相変わらず、カイナは鋭い。探知系のスキルでも持ってるのか、お前は。

 だけど、そうなんだよなぁ。俺の持つスキル群は、現実に努力をして得た物ではない。全てゲームで培ったもの。ずるだと指摘されると、どうにも後ろ暗い気持ちになってしまう。


「どうやったか教えなさいよ」


 スキルだからね。俺もどういった原理か分かんないよ。

 それにしても、元気になったは良いけど、更にめんどくさい娘になったよな、カイナは。

 俺は「はぁ」と、ため息まじりの息を大きく吐き出していた。




 その日の午後、俺はカレリンとの打ち合わせのため、港へと向かっていた。

 水夫の事もあるが、ついでに、アマンダにも相談したい事があった。空荷で行くのも馬鹿らしいので、持っていくのに何か良い商品は無いか聞くつもりなのだ。

 そして今日は、タンガも用事があるという事で、今回はひとりで向かっている。ひとりだと、ゆっくりと帆船を見ることが出来るから、俺は喜び勇んで向かっていた。

 日本でも、これほど大きな買い物はしたことが無い。だから、わくわくして、走り出したいような気分だった。


 しかし、獣人街の中を歩いている時、数人の獣人が駆け寄り、俺を取り囲んだ。


「ヒューマンが、ひとりでこのような所を歩くとは怪しいな。身分証を出してもらおうか」


 揃いの皮鎧をきた獣人達は、皆犬系の獣人。

 こいつら多分、巡回中の警備兵だな。

 だが、槍を構え、にやつく笑いを浮かべるこいつらからは、何やら不穏なものを感じる。


「えぇと、身分証はと……」


 そういや、ギルドでの騒ぎで、まだまともに受け取ってなかったぞ。

 あのとき、カウンターの上に置いたまま戦いになって……なんという迂闊。完全に忘れてたな。


「あぁ、今は持ってません。ですが、今から行く商業ギルドで直ぐにも貰えますので」


「そんな話は信じられるかぁ! ますます怪しいヒューマンだ!」


 俺を囲んだ五人の警備兵達が、槍の石突きの部分で小突いてくる。しかも、五人共がにやついた笑いを浮かべていた。

 こいつら、最初から俺をいたぶるつもりで目をつけたな。何とも、その品性を疑いたくなる下劣な連中。 


 サンタール家の皆やタンガたち気の良い連中に囲まれて、いつしか俺は、すっかりと忘れていたのだ。このグラナダでは、ヒューマンは最下層の身分。他の種族からは、馬鹿にされ蔑まされていることを。

 今更ながらのように、前ギルド長バーリントンの言葉を思い出す。彼はこう言っていたのだ。『我らヒューマンは、長年、他の種族から虐げられてきた』と。


「何とか言え、ヒューマン!」


 俺が無抵抗なのを良いことに、更に激しく小突いて喜んでやがる。

 だからといって、さすがに、グラナダの警備兵相手に、此方から手を出す訳にはいかない。

 その時また、バーリントンの言葉が、頭によぎる。彼はこうも言っていた。『エルフや獣人共に鉄槌を下す』とも。

 あの時は俺も、革命でも起こすつもりかとたしなめ、相手にしなかったが……。


「俺は、サンタール家の家人で身元はしっかりしています」


「ん、何? サンタール家だと……」


 一瞬、ぎょっとして獣人達の動きが止まる。


「……そんなはずは無い。サンタール家のヒューマンが、この時間にこんな所をひとりで歩いてる訳がない」

「そ、そうだな。サンタール家の者が、身分証も持たずにいるのもおかしい」

「こいつは、顔も品が無いし。嘘をついてるに違いない」

「このぉ、びびらせやがって、足腰立たなくして詰所に引っ立ててやる」


 警備兵達は短槍を振り回し、襲い掛かってきた。しかも、魔素を纏わせ、【身体強化】を使うのが感じられた。


 ――ちっ、マジかよこいつら。


 さすがに、これ以上は俺も、無抵抗ではいられない。【瞬速】を発動させると、素早く囲みから抜け出す。


「こいつ、抵抗する気か」


 警備兵達が槍の穂先を向けてくるが、反転して一気に間合いを詰める。

 今なら、バーリントンの気持ちも分かるような気もする。


「【闘技 微塵拳】!」


 警備兵達の中を走り抜けながら、スキルを発動させた。俺の左右の拳が、目にも止まらぬ早さで槍の柄を捉え、粉微塵に砕いていく。俺が走り抜けると、警備兵達の持つ短槍の半ばから先が、全て飛散して無くなっていた。


「な、なにぃ! 馬鹿な……」


 警備兵達は驚いていたが、直ぐに我に返ると、懐から笛を取り出し吹こうとした。


 ――あっ、まずい。


 遠慮して体に当てなかったのがあだとなった。

 応援を呼ばれ、これ以上騒ぎが大きくなるのはまずい。こちらに非は無いといっても、ここは身分制度のあるグラナダ。さすがに、それは望ましくない。いずれ、サンタール家が助けてくれたとしても、それまでにどのような目に合わされるか分かったものでない。


 だがその時、小さな石が飛来すると、パシンと音を鳴らして警備兵の手から笛を叩き落とした。


「誰だ、仲間か?」


「いや、俺はそこのヒューマンの仲間ではないが、そいつがサンタール家の者だと知っている」


 俺と警備兵達の間に、新たな獣人が割って入った。


「誰だお前は!」


 警備兵のひとりが鋭く声を発するが、別の警備兵が驚きの声で呟く。


「……額にひと房の赤い毛……ア、アカカブト」


 そう、そこにいたのは、モルガン家の獣人頭。アカカブトと呼ばれる熊人族の獣人だった。


「俺がそこのヒューマンを、サンタール家の者だと保証しよう」


「はっ、しかし……」


「ふんっ、お前らはまさか、モルガン家とサンタール家を向こうに回すつもりなのか」


「あっ、いえ。わ、分かりました」


 焦った警備兵達は、慌ててこの場から走り去っていく。


「何のつもりだ」


 こいつはカリナ達姉妹の仇。俺は油断なく、アカカブトを睨みつける。


「ふんっ、助けてやったのにその態度か」


 アカカブトは片眉を上げると、ふてぶてしい笑みを浮かべた。そして、俺を値踏みするかのように眺めている。


「もう一度言う。何のつもりだ」


「気にするな。ただの気まぐれだ」


「気まぐれだと、そんなもん信用できるか」


「随分と嫌われたようだな」


「当たり前だ。お前はカリナ達の両親を……」


「またその話か。昔の事で覚えていないと言ったはずだ。それより、さっきは妙な技を使っていたな」


 ちっ、見られていたのか。

 その時、アカカブトの魔眼が、ギラリと光った気がした。


「面白い。面白いぞヒューマン」


「俺はひとつも面白いとは感じないが」


「ふふっ、俺は常に強い者を捜し求めている。是非とも、お前とは命を賭して立ち合いたいと思ったまでだ」


「なんだと!」


 こいつ、頭がいかれたバトルジャンキーか。こんな事なら、さっさと武装を整えとくのだった。

 俺が身構えるのを見て、アカカブトが楽しそうに笑う。


「勘違いするな。今はまだ早い。俺は好物は最後まで取って置き食べるたちなのだ」


 そう言うと、アカカブトは笑い声を残して去っていく。

 その後ろ姿を見送りながら、「ふぅ」と呼気を吐き出した。知らず知らずの内に、かなり緊張していたようだ。

 ふと気付くと、背中にはびっしりと冷や汗が浮かび上がり、全身に鳥肌が立っていた。


 ――あれは、相当にやばいな。


 やつの魔眼、その隠されたスキルが分かるまでは、迂闊に手が出せそうにもない。

 これは、タンガやカリナ達を、モルダ島に連れて行った方が良さそうだ。

 俺はもう一度、アカカブトが去った方向を見詰めて身震いした。

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