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異世界へようこそ 【改訂版】  作者: 飛狼
第三章 カンザキ商会
25/55

◇一攫千金というけれど。

 タンガ達の訓練に付き合わされたその日の午後、俺はサンタール家の居間でゆったりとくつろいでいた。

 俺の横にはカリナが立ち、目の前のカップに飲み物を注いでくれる。


 ――ほぅ、良い香りがするな。


 何故だか「ありがとう」と言うと、カリナは真っ赤になって恐縮していた。

 全く、妹のカイナにも見習って欲しいものだ。やはり、脳筋タンガに武術なんかを習ってるから、あんな性格になったに違いない。

 その当のタンガは、正面に座るサラの背後で顔を歪めて立っていた。

 まだ体が相当に痛むようだが、自業自得なので、俺は知らん顔を決め込んでいる。それにしても、もう動けるとは、よほど頑丈な体の造りだな。結構、本気で攻撃を当てたのだが、さすがは猛獣系の獣人。


 ルークの一件以来、サンタール家の者には常に護衛の獣人が付き従うようになっていた。それは、屋敷内であったとしてもだった。


「やはり、ピメント茶はいつ飲んでも、心が落ち着く」


 タンガに目を向けていると、正面にいるサラはそんな事を言いながら、目を細めカップに口をつけていた。


「……こ、これが、も、もしかして、ピ、ピメントか?」


 美形のサラが優雅に飲む様子は、目もくらむ眩しさがある。だから、思わずキョロキョロと目を泳がせ吃ってしまう。慌ててお茶を飲み喉を潤し、心を落ち着かせる。

 まったく、朝早くから付き合わされたお転婆カイナとは、えらい違いだ。

 目の前には絶世の美女サラが、そして、傍らで給仕してくれるのは別ベクトルで可愛らしいカリナ。これぞ、まさしく至福のひと時。男子の本懐ここに有りだな。

 俺がにやついていると、サラがピクリと眉を動かし口を開いた。


「あぁ、中々良い香りがするだろう」


「ん、品薄とか言ってなかったか」


「あぁ、だから街に出回っているピメントはかなりの高額になっている。すでに、去年の三倍の値段がついてるようだ。この分だと困ったことに、来月の新緑祭の頃にはどこまで高騰するか分からん。父上も、頭を悩ませているよ」


「ふぅん、こんなもんがなぁ……確かに、良い香りはするが」


 俺には、さほど美味く感じる訳でもなく、それほど皆が欲しがる理由が分からない。


「ピメントは、人の新陳代謝を活性化させると、昔から云われていてな。だから新緑祭の時に、好んで料理等にも使われる。我らエルフが儀式を行う時に食すと、若返るとも言われているからだ。しかし、私はそれほど効果が有るとは思っていないけどな。まぁ、昔からの習慣みたいなものだ」


 あまり表情の変わらないサラが、微かに苦笑していた。


 そうか、縁起物の食習慣みたいなものか。それだと、確かに納得できる。日本だと、正月に食べる餅や雑煮みたいなものが、それにあたるのだろう。そうなると、高い金を出しても欲しがる者は大勢いるだろう。


「そういや新緑祭といえば、あの件、魔族の話はどうなった」


 あのコロビ魔族だったギルド長のバーリントンが、最後に残した言葉がどうにも気になっていた。結局は、詳細までは聞き取れ無かったが、バーリントンはこう言っていた。


『来月の新緑祭には気を付けろ。魔族が……』


 この事からも、新緑祭の時に魔族が、何か事件を起こすのだろうとは想像がつく。だから、この事はサラに話しておいた。

 そして、俺の口から魔族という言葉が飛び出すと、サラだけでなく、タンガやカリナたちまでもが顔を強張らせ緊張した面持ちとなった。やはり、皆も今回の魔族騒動は気になるようだった。


「……一応、父上に申し上げておいたが、何分雲を掴むような話だ。捜査は始めたようだが、今はまだ何とも」


「そうかあ……」


 俺もここ数日は街中を歩き回り、【気配察知】のスキルを使って魔族を探したりしているが、目立った成果はない。もっとも、午前中はベッドでゴロゴロしているのだが。


 これは、本腰を入れて魔族捜索をしないといけないか。あまり、気は進まないが、サラ達には少し負い目があるからなぁ……。


 俺にはまだ、サラ達に話していない事がひとつあった。それはコロビ魔族のことだ。サラにはギルド長のバーリントンは殺され、魔族がギルド長に化けていたと話している。が、実際はギルド長自身が邪神に魂を売り渡し、魔族化していたのだ。


 サラにはその事を、まだ話していないのだ。何故なら、後に残されたバーリントンの家族の事もあるが、このグラナダに暮らすヒューマン達を心配する気持ちもあったからだ。

 ただでさえ、最下層の身分に甘んじているヒューマン達。コロビ魔族の事が知れれば、それこそ魔女狩りならぬ、魔族狩りが始まりそうに思えたのだ。そうなれば、罪の無い無実のヒューマン達が、大勢傷つけられる事だろう。


 しかし、バーリントン以外にも、コロビ魔族がいる可能性は高い。

 それが、今の俺の頭を悩ませる種だった。


 俺が思い悩みながらピメント茶を飲んでいると、この居間に向かって大勢の者が、がやがやとやって来る気配を感じた。


 居間に入って来たのは、護衛の獣人や近侍のヒューマンを引き連れた、サラの家族達。父親エルフのケインに母親エルフのサリナ。それに、サラの弟のルークだった。


 サラの弟も、昨日までは大事をとって部屋で養生していたようだが、もうすっかりと快癒したようだ。

 今では、あの体を覆っていた黒い紋様も奇麗さっぱり無くなり、エルフ特有の透き通るような肌に戻っている。


 さすがに、このまま座ってるのは不味いかと思い立ち上がる。だが、そのルークが目敏く俺を見付けて指差した。


「ヒューマンの癖に、今偉そうに座っていたな。しかも、姉様と向かい合って座るとか不遜だぞ。見掛けない顔だが誰だ!」


 弟エルフのルークが、険しい顔を浮かべ、怒りの声を投げつけてくる。

 そういや、こいつとまともに対面するのは初めてだったな。しかし、父親のケインもめんどくさいと思ったが、弟はそれに輪を掛けてめんどくさそうだ。

 俺は弟エルフを無視してカリナの横に立つと、入ってきたケインとサリナに一礼する。

 名目状とはいえ、一応はサンタール家の家人だから。


「ん、彼は私専属のヒューマンだ。気にするな」


 サラが困ったような声で弟に声を掛け、母親のサリナが「あらあら、サンタール家の者がはしたないわよ」と諭していた。


 どうも、まだ幼い弟のルークには、魔族の事は話していないようだ。だから、恩人であるはずの俺の事も知らないし、新人の家人ぐらいにしか思っていない。

 まぁ、別に感謝されたいとも思っていないので、別に構わないさ。


 ルークは「むぅ」と唸っていたが、直ぐに機嫌を直してサラに甘え始めた。


「姉様聞いて下さい。母様が酷いのです。僕が外に出るのは当分の間は駄目だと……」


 ルークは取り留めのない話を、サラに向かって話す。それをにこやかに見ながら、父親のケインと母親のサリナが席に着く。と、周りのヒューマン達が慌ただしく給仕を始めた。

 ルークは15歳になると聞いていたが、随分と甘やかされて育てられてるようだ。他人の家族にとやかくいうつもりはないが、15歳にしては幼く感じてしまう。

 これは、エルフが長命だからなのかな。だから、他の種族より成長が遅いとか……でもそれならサラは……。


 それにしても、こうして改めて見ると、この家族は絵に描いたような美形家族。少々、羨ましくも感じる。


 ――そういや、お袋や親父はどうしてるかなぁ。


 サラ達家族の和気藹々とした雰囲気を眺めていると、日本にいる両親の事を嫌でも思い出してしまう。


 俺は地方から、就職のため都市部に出て、一人住まいをしていた。

 恋人はまだいなかったが、田舎には大勢の友人達が……皆は今頃、どうしてるのだろうか。俺が行方不明になって、親父やお袋、それに友人達も心配してるのだろうか。十代の頃は、俺もかなりやんちゃをしていた。その当時の友人たちは、未だに仲間意識が強い。だから、タンガみたいな脳筋馬鹿を気に入ってしまうんだが……あの頃は、両親に随分と心配を掛けたりもしたなぁ。今回、一億に目が眩んだのも、ちょっとはその両親に親孝行でもと考えたのが半分ぐらいはある。それが、この有様だ。まったく人生って、どう転ぶか分かったもんじゃないぜ。また、親父やお袋に、心配を掛けるような事になって無ければいいけどな。


 俺が、歓談するサラ達家族を見て郷愁の念にかられていると、サラが父親のケインに新緑祭について尋ねていた。それを、俺は聞くとはなしに聞いている。


「父上、新緑祭はどうですか、無事に滞りなく執り行われそうなのですか?」


 途端に父親のケインが、苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。


「ふむ、あの件に付いては、まだ調査中だ。それより……」


 あの件とは、魔族のことだな。

 ケインはルークを気にしたのか、ちらりと横目に見ている。


「もっと問題なのは、ピメントの方だ。今度、商業ギルド長に就任したのは、モルガン家の息の掛かったヒューマン」


「モルガン家の?」


 サラが、その形の良い眉を顰めている。


「あぁ、私のいない間にモルガン家が、強引に押し通したようだ。モルガン家は前から一部の商人と結託してる節がある。このままでは、ピメントが更に高騰するだろう。放っておけば、暴動にもなりかねん。最近は特にヒューマン達が、国に不満を抱えていると聞く。全く、モルガン家のあやつらは何を考えてるのやら」


 どうやら、話を聞く限りでは、父親エルフのケインが、息子ルークの病気にかまけてる間に、モルガン家が何かやらかしたようだな。ギルドで見かけたモルガン家の家人の驕った態度。それに、バーリントンが魔族に転んだのも、遠因はモルガン家が絡んでいると、俺は睨んでいる。話を聞くだけでも、モルガン家はどうしようも無い家のようだ。

 俺が、そんな事を考えている間も、サラとケインの話は続く。


「そうですかあ……誰か、海賊船を恐れずモルダ島に向け、商船を出す商人がいれば良いのですけどね」


「それも、今の状況では難しかろう」


 ケインが腕を組み、サラも眉を顰めて一緒に考え込む。

 そこで、俺が声を掛けた。会話の中に出てくる、商船や商人との言葉に興味を覚えたからだ。


「ちょっと、良いですか」


「ん、何だ」


 俺が突然、会話に割り込んだので、ケインが顔をしかめる。ルークも何か言い掛けたが、母親のサリナに押さえらていた。


「モルダ島ってのが、ピメントの産地か何かですかね」


「あぁ、そうだが。それがどうした」


 ケインの代わりに、サラが不思議そうに答えてくれる。


「そのモルダ島まで、どれぐらいの日数が掛かるのかな」


「そうだな、片道で5日ほどか……」


 ほぅ、それなら往復で10日から12日ぐらいで帰ってこれるな。新緑祭まで、まだまだ十分な日数がある。これは、勝機。もとい、商機なのでは。魔族の事も気になるが、帰ってからでも十分に間に合う。行ってる間に、サラ達の調査も進むだろうし。


「それなら俺が行ってきますよ。幸い俺はヒューマンなので、なんの問題もないでしょう」


「ん……しかし、お前は商船を持ってないだろう」


「それぐらい、俺が買って行きますよ」


 なんといっても、俺には1億クローネがある。カイナにも仕事もせずにふらふらしてと言われてたし、何か仕事をしないと。またカイナに馬鹿にされそうだしな。

 俺の脳裏には、昔歴史の授業で習った、紀伊国屋文左衛門の故事が思い浮かぶ。確か、嵐の中に船を出し、紀州から江戸に蜜柑を運んで財を為した豪商。

 俺も……。


 俺は、海に商船を駆って乗り出す自分の姿を想像して、男のロマンを感じ興奮していた。

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