◇盗人にも三分の理というけれど。
さてと、任せておけと言ったものの、どうするかな。
「奇妙ナヒューマン、マダ生キテオッタカ。ダガ、ヒ弱ナヒューマンガ幾ラ頑張ッタ所デ、ワレヲ倒ス事ハ不可能」
「ふんっ、言ってろ!」
俺はやつから目を離さず、後ろにいるサラ達に声を掛ける。
「サラ、まだ動ける者を連れて外に避難してろ」
「しかし……」
「コノ化物ヲ、オ前ヒトリデドウニカスルノハ無理ダロ」
「リュウイチ様……」
背後からサラとグイド、それにカリナの心配そうな声が返ってくる。
「俺にはこいつを倒すあてがある。ただ、派手な戦いになるから。はっきり言って、お前らがいると邪魔なんだよ」
「なっ!」
「ムッ、俺デハ力不足ダト言ウノカ!」
「……」
「ガッハハハ、貧弱ナヒューマンガワレヲ倒スダト、笑ワセオル」
俺達の会話を聞いていた魔族が、腹を揺すって笑っている。
確かに、やつの言う通り、今の俺だとまともに戦えるとは思えない。
急激に能力を上げたといっても、『ゼノン・クロニクル』だと、レベル20に達したかどうかぐらいだろう。カンストしたレベル250には程遠い。ゲームの中でなら、中堅冒険者にも届かない貧弱な能力なのだから。
だが俺には……。
そう、俺には数多くの手数、無数のスキルがある。今の俺なら、中級程度のスキルまでは使えるはず。能力値の低さを差し引いたとしても、余りある力なのだ。
「サラ早く! 一階にいる連中にも知らせて、この建物から離れさせろ!」
「し、しかし……」
尚も躊躇するサラ達に、俺は叱声を浴びせる。
「このままだと関係無い人や、港にまで被害が及ぶ。早く行け! 皆を避難させるんだ!」
「……わ、分かった。直ぐに援軍を連れてくるから」
「死ヌナヨ」
「リュウイチ様、どうかご無事で……」
ようやく納得したのか、背後からサラ達が階段を駆け降りて行く音が聞こえてきた。
これで心おきなく戦える。たとえ、相手が魔族であろうと。
俺が扱う無数のスキルの中には、怪しげなスキルも多数ある。出来る事なら、これらのスキルの力は秘匿しておきたい。何故なら、この世界のヒューマンには持てるはずのない力なのだから。魔族なんかより、よっぽど俺の方が危ないと認識され、危険視されかねない。サラ達を信用しない訳ではないが、どこから話が洩れるか分からないから。
そんな事を考えていた俺の目の前では、まだ魔族が豪快に笑い声を上げていた。
「サラ達を黙って行かすとは、随分と余裕だな。直ぐにも、手勢を率いて戻ってくるぞ」
「ガッハハハ、ワレハ無敵。戻ッテ来ル前二、オ前ヲ殺シテ姿ヲ隠セバ良イダケ。ワレニハ簡単ナ事ダ。ソレニ、奇妙ナヒューマン、オ前二興味ガアル」
「興味があるだと、俺にはそっちの気はないぜ。醜悪な面して気持ち悪いやつだな」
魔族はそんな事を言っているが、俺には分かっている。やつは、【幻惑】系のスキル【ミラージュ】を使っているのがな。
目の前にいるのは幻。奴の本体はこっそりと、俺の背後に忍び寄ってるのだ。何とも、せこい真似をしやがる。
「そういえば、さっき俺の職業のニンジャマスターが、どういった職業か分からないと言っていたな。それなら今、教えてやるぜ!」
――お前のそのせこい攻撃を、そっくりそのままお返しさせてもらう。
俺は中段の忍術スキルを発動させる。
「【幻遁中段 空蝉】!」
俺の叫びと同時に、背後から忍び寄っていた魔族が襲い掛かってくる。
「馬鹿メ! ヒューマンゴトキガ……」
魔族の拳が背後から俺の体に突き刺さる……が、途端に俺の姿は霧散した。
「ナニ! 馬鹿ナ!」
【幻遁中段 空蝉】は、自分とそっくりな幻影を産み出すスキル。所謂、変わり身の術と言われる技だ。
やつが驚いている隙に、【瞬速】と【飛脚】を同時に発動させて、天井を駆け抜ける。そして、やつの背後へと、逆に回り込んでいたのだ。
「ニンジャマスターとはな、素早さに特化した戦闘職であり、多種多様なスキル能力を複数同時に発動できる、トリッキーな攻撃を得意とする職業だ!」
俺は、右の拳を腰だめに構えて叫ぶ。
「【闘技 滅殺波】!」
武闘家のスキルを発動させのだ。やつのがら空きとなった背中に向かって、裂帛の気合いを乗せた拳を叩き込む。
「グガアァァァァァ!」
魔族は叫び声を上げて吹っ飛んでいくと、壁に大音響を鳴らして激突した。
「はんっ、さっきのお返しだ!」
「オノレェ!」
だが、魔族はさほどダメージが無いのか、あっさりと立ち上がってくる。
――んっ、おかしい。
今、確かに魔族の急所に当てたはず。
魔族の急所は、人の心臓とは左右対称の位置にある魔核。いくら魔族でも、魔核を傷付けられたなら、多少はダメージがあるはずなのだが。『ゼノン・クロニクル』とは違うのか。
いや、もしかして……。
「お前、もしかしてコロビ魔族か!?」
『ゼノン・クロニクル』内では、その高い能力と引き換えに邪神側につく者がいた。俺は何としても1億円が欲しかったので、夢にも思わなかったが……プレイヤーの中には高い能力と引き換えに、邪神側に転ぶ者が少なからずいた。
それらを総じて、コロビ魔族と呼んでいたのだ。やつから感じる魔力の波動も、そう思うと、純粋な魔族とは微妙に違うように思える。
――まさか……。
「てっきり、本物のギルド長は殺られてしまい、魔族が入れ替わっていると思っていたが……まさか、本物だったとはな」
「ヌゥ、ソコマデ分カルノカ。妙ナ技ヲ使イオルシ、オ前ハ何者ナノダ」
「俺か、俺はただのヒューマンの……つもりだ。それにしても、馬鹿な事をしたものだ」
ゲーム内の説明では、邪神側につくという事は、魂を邪神に差し出すという事。最終的には、邪神に魂を喰らわれてしまうという設定だった。ゲームなら笑ってすませる話なのだが、生憎と、ここは現実の異世界。
それなら、こいつの魂も……。
「分かってるのか? 魂を差し出すということの意味が」
「分カッテイルトモ。ダガナ、オ前モヒューマンナラ分カルダロウ。長年、ワレラヒューマンハ虐ゲラレテキタ。今コソ、エルフヤ獣人共二鉄槌ヲ下ス!」
「ふんっ、邪神の力を借りて革命でも起こすつもりか。たとえ成功しても、今より良い世界になるとは思えないが。それに、俺にはこの世界のヒューマン事情てのに疎いから、お前らの事情は分からん。ただ、今は……」
俺は、フロアの端にまで転がされて、未だ呻き声を上げているタンガを、ちらりと横目に見る。そして、タンガが落としたであろう剣を、床から拾い上げた。
「友が傷付けられ猛烈に腹が立ってる事と、サラやカリナ達に受けた一宿一飯の恩を返す事だけだ!」
俺がギルド長に剣を向けた時、階下から大勢の者が駆け付けてくる物音が聞こえてきた。
「ドウヤラ、決着ヲ付ケル時ガ来タヨウダ」
階下の騒ぎは、サラ達が近くにいた警備兵を引き連れ戻ってきたようだ。
「そんな感じだな。行くぞ!」
お互いが相手に向かって走り出す。
だが俺は、まともに正面から戦う気などは更々なかった。何といっても、能力に差が有りすぎるからだ。悪いが、チートなスキルを使わせてもらうぜ。
「【土遁中段 影縫】!」
俺はやつに向かって剣を投げつける。
「馬鹿メ、ドコニ投ゲテル」
投げた剣は魔族に当たらず、見当違いの方向、その横をすり抜けたのだ。
だが――
「ふんっ、馬鹿はどっちだ」
魔族は嘲笑っているが、【土遁中段 影縫】は相手を地に縛り付けるスキル。
魔族の横をすり抜けた剣は、俺の狙い通り、その影へと突き刺さる。
「グヌゥ、ドウシタ訳ダ。体ガ動カヌゾ!」
途端に、魔族を地に縛り付け動けなくした。
しかし、やつと俺との能力には、格段の差がある。やつを地に縫い付けられていられるのは、もって数秒。だが、それだけの時間が有れば十分。
「【闘技 滅殺波・連】!」
素早くやつに駆け寄ると、もう一度、武闘家のスキルを発動させる。
しかも、今度は腰だめに構えた左右の拳で、連続して叩き込む。
コロビ魔族の魔核の位置は、人だった時の心臓の位置と同じ。そして【闘技 滅殺波】は、気を送り込み、体の内部から破壊する技。
――これで、どうだ!
動けぬ魔族の左胸に、左右の拳による連撃となった【滅殺波】が炸裂する。今度は、魔族の魔核を存分に打ち砕く手応えを感じる事が出来た。
その瞬間……。
「グギィィィィィ!」
やつが断末魔の叫び声を上げて、その場に膝をつく。それと同時に、体を覆っていた黒いオーラは霧状の魔素となり、黒い珠へと収束していく。
そして、魔族の姿をしていたギルド長は、元のヒューマンの姿へと変わっていったのだ。しかも、その姿は砂が崩れるかのように、さらさらと足元から消えていく。
「……お前は……本当に何者なのじゃ?」
ヒューマンに戻ったギルド長が、弱々しい表情を浮かべ尋ねてくる。
「俺は、こことは別の世界、日本という国からやって来たヒューマン」
俺は、砂と化し崩れゆくギルド長を見下ろし答えていた。
「別の世界じゃと……そのようなものがあるのか?」
「あぁ、そこはエルフや獣人などのいない、ヒューマンだけが暮らす世界だ」
一瞬、呆けにとられたような表情を浮かべたギルド長は、弱々しく呟く。
「……そのような世界が……まるで、楽園じゃな」
楽園かあ……ヒューマンだけになったところで、差別や暴力は無くならない。同じ種族で殺し合う、楽園からは程遠い世界だ。
しかし、死にゆくギルド長には、そのような事は言えない。
「お前のようなヒューマンが、もう少し早く現れていたら……モルガン家の横暴にも……今さらじゃな」
んっ? またしてもモルガン家か。もしかして、ギルド長を邪神に魂を売るまで追い詰めたのも……。
会話してる間にも、ギルド長の体は、見る間にその姿を崩していく。
「おい、最後に言い残す事は無いのか?」
「家族に……」
「なに! 家族がいるのか。家族がいるのに馬鹿な事を。お前が魔族に転んだと知れたら、身内まで罪に問われるだろうが」
「……すまないとだけ」
「ちっ、馬鹿野郎!」
「最後に……来月の新緑祭には気を付けろ。魔族が……」
「おい、魔族がなんだって!」
だが、ギルド長の姿は、遂にその全てを砂と化し、問いかけに答える事はなかった。
「馬鹿野郎がぁ……」
俺は目の前の、かつてはギルド長だった盛り砂を見詰めて呟く。
ちょうどその時に、サラ達が獣人の兵士を多数引き連れ、階段を駆け上がってくるところだった。
「無事だったか」
「あぁ……」
サラが珍しく、安堵の表情を浮かべている。
だが、俺は……。
「それで魔族は?」
俺は目の前にある砂の塊を指し示す。
「魔族は、きっちりと討ち取ったさ。……それと、どうやら本物のギルド長は、この魔族に殺されて成り代わっていたようだ」
「そうか……残念だ。ギルド長バーリントンは、ヒューマンにしては中々の好人物だったのに」
「……ヒューマンにしてはかぁ……」
「んっ、どうした」
「……いや、何も……」
釈然としない想いを胸の内に抱えた俺は、ギルド長だった砂の塊を眺め、ため息をひとつこぼす。
その時、砂の中に半ば埋もれた魔素の塊、魔石が目にはいった。
そういや、この魔石はどうするかな。直接触ると、また魔素を吸収してしまう。コロビ魔族だったとはいえ、この魔石にもかなりの魔素がありそうだ。しかし、今日の今日で、またあの激痛を味あうのは御免だ。あれは、麻酔なしで、肉体改造の手術を受けてるみたいなものだからなぁ。
それに、今日はもうそんな気分でもない。
周囲に目を向けると、大勢の人が、床に転がるサンタール家の人や職員の治療にあたっていた。
フロアの端では、未だにタンガも転がったままだった。
そうだ。暫くの間は、タンガのおっさんにでも、預かっておいてもらうか。
――タンガのおっさんは、まだ生きてるかな。
それに、今は何故か、タンガの豪快な笑い声を無性に聞きたかった。
俺は最後にもう一度、ギルド長だった砂の塊に一瞥を呉れると、タンガの元へと足早に向かったのだ。