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異世界へようこそ 【改訂版】  作者: 飛狼
第二章 森都グラナダ
17/55

◇捕らぬ狸の皮算用というけれど。

 港の喧騒を抜けてその建物の中に入ると、タンガの言う通り中にはヒューマンで溢れていた。

 建物の一階は、仕切りとなる壁など一切ないだだっ広い空間。その中に大勢のヒューマンが集まり、怒号や喚声が飛び交っている。

 俺はその熱気に当てられ、入り口から入ってすぐの所で固まっていた。


 ――これはり市か。


 昔、卸売市場を見学しに行った事があるが、あの雰囲気に良く似ている。ヒューマン達は幾つかの集団に別れて輪を作ると、大声を張り上げ指先の合図で競りらしきものを行っていた。


 俺はタンガに案内されて、港にある商業ギルドの建物にやって来ていたのだ。


 ――おぉ、これは凄い活気だな。


 俺はどちらかと言うと、商工会議所のような事務処理を行う静かな場所を想像していたが、卸売市場のような騒々しさに度肝を抜かれていた。


「ここは相変わらず、やかましい場所だ」


 横では、タンガがあまりの騒がしさに顔をしかめている。そのタンガに鷹揚おうように頷きつつ俺は、ヒューマン達の集団の中で一番大きな輪に近付いていく。


「おい、どこに行く。身分証の受付は二階だぞ」


「あぁ、ちょっと興味があるからなぁ」


 俺がそう言うと、タンガは肩を竦めて、やれやれと言わんばかりに頭を左右に振りつつ後を付いてくる。

 ひしめき合う人の間をこじ開けるようにして前に行こうとすると、目の前にいたヒューマンが、むっとした顔を向けてきた。しかし、後ろにいるタンガに気付き、ぎょっとした顔で驚いている。そして、慌てて体を横にずらし、場所を開けてくれた。しかも、その動作に周りにいたヒューマン達が気付き、怪訝な面持ちで振り返ると、同じくタンガを見て一様に驚きの表情を浮かべ道を開けてくれる。

 あっという間に、さぁと一番前まで道が出来てしまった。


 ――まるでモーゼだな。


 タンガは、俺より頭ひとつ分ほど身長が高い。横幅もそれに比例してがっしりした体格をしている上に、猛獣を思わせる精悍な容貌をしている。

 皆は、タンガを怖がってるのか。それとも、それだけ身分制度が浸透してるのだろうか。

 まあ、どっちにしろありがたいが。


 しかし、さっきまでの喧騒が嘘のように周りが静まり、皆は此方を注目していた。


 俺達が前に進むと、周りのヒューマン達が「何故士族が」とか、「故買品の捜査か」とか囁いている。中には、「あれはサンタール家の」とか、ひそひそと話してるのも聞こえてきた。


 ――意外とタンガは有名なのか。


 そんな事を考えつつ、輪の中心へと向かう。そこでは様々な商品が並べられ、その前で背の低い小太りの男が顔を引き攣らせていた。


「だ、旦那……私どもは何も不法な取り引きはしていませんよ」


 小太りの男がごくりと喉を鳴らし、緊張した声音でタンガに話し掛けていた。


「あぁ、気にするな。今日は、こいつの案内でここに立ち寄っただけだから」


「へっ、この方は……まさか、ヒューマンでは……」


 小太りの男は目を剥き驚いている。周りでも「何で士族がヒューマンの案内を」と、またひそひそと囁き合っていた。

 だが、俺はそんな周りのざわめきを気にする余裕もないほど、ひとつの商品に注目していた。

 何故なら、そこにはあの経験値だと思われる魔素の塊、黒い珠が多数転がっていたからだ。


 俺のただならない様子に、タンガが首を傾げ声を掛けてくる。


「おいヒューマン、どうした」


「……あれも売り物なのか?」


「んっ、魔石か。あぁ、売り物だが、あれだけだと何の力もないぞ。魔道具に取り付けて、始めて動力になるはずだ」


「えっ、魔素の塊で経験値になるのじゃないのか?」


「魔素? 経験値? 何を言ってるんだ」


 あれっ、違うのか。どうにもタンガと話が噛み合わない。


「魔獣を倒したら出てくるのじゃないのか?」


「何だ、知ってるじゃないか。そうだ、魔石は魔獣の活力源だと言われている。だから、それを魔道具に利用して動力源に変えているのだ」


 あれぇ、おかしいな。確かに、能力や魔力が増えてるはずなんだが。経験値に変わるのじゃないのか。

 まぁ、その辺りは後から考えるとして、取り敢えず買えるだけ買っとくか。


「その魔石を、俺に売ってくれ」


 俺とタンガの会話を、驚いた表情のまま見詰めていた小太りの男に声を掛ける。


「えぇと、あなた様は……仲買人の資格をお持ちでしょうか」


「いや、持ってないが」


「それでは流石にちょっと……」


 小太りの男は、ちらちらとタンガを窺いながら答える。

 ふむ、どうやら誰もが参加できる訳ではないようだが……資格ねぇ。


「相場の倍を出そうと言っても?」


「はぁ、ここにはここのルールも有りますので、いくら士族の方に伝手のあるお人でも、当方としても出来かねます」


 そりゃそうだな。ちょっと焦って、俺も無茶な事を言ったよ。


「そうか、そうだよな。すまなかった。それで、魔石はどこに行けば売ってるのかな」


「魔石専門の小売店に行けば……そうそう、ここの二階にも見本でよろしければ僅かでありますが、お売りしていますよ」


 おぉ、ここの二階でも売ってるのか。

 俺は急いで二階に向かって駆け出した。


「あくまで見本ですから、小振りの物ばかりですよ」


 小太りの男の声が後ろから聞こえてきた。そして、俺の後ろから追い掛けてくるタンガも、驚いた様子で声を掛けてくる。


「えらく慌ててるようだが、金はあるのかよ」


 そりゃ慌てもするさ。金さえ払えば経験値が手に入るならな。危険をおかさず、こんな楽な事はない。何といっても俺には……。


「あぁ、金はあるぞ。1億クローネほど」


 そう、俺には『ゼノン・クロニクル』の賞金の1億円、もとい、1億クローネがあるのだ。上手くすれば、労せずして高レベルに……。


「1億……えっ、えぇぇぇ! 1億クローネって!」


 タンガの驚いた声を背後に聞きながら、俺はひとりほくそ笑み二階へと向かう。


 そして、階段を数段飛ばしで駆け上がると、目の前にあるカウンターに飛び付いた。


「魔石を売ってくれ!」


 目の前では、カウンターの向こうにいた女性が、吃驚した表情で仰け反っていた。

 あっ、しまった。また焦っちゃったよ。


「あぁ、こほん。すみませんが、見本の魔石を売って下さい」


 空咳ひとつして、今度は紳士的に物静かに話し掛ける。しかし、女性は固まったまま、不審者を見るような視線を向けてきた。


「すまないな。こいつ今はちょっと変なテンションだから」


 ようやく追い付いたタンガが、後ろから助け船を出してくれた。


「あっ、はい……少々お待ち下さい」


 タンガのお陰で、受付の女性が再始動したが、まだ俺には引き気味のようだ。

 それでも受付の女性は、近くの棚から親指ほどの魔石や拳大の魔石など、大きさの違う魔石を数個取り出しカウンターの上に並べてくれた。


「こちらが、見本の魔石になります」


 にこやかな笑顔で対応する受付の女性。でも、若干その笑顔が引きつっていた。

 いやいや、驚かせて悪かったけど、俺って変な人じゃないからね。いたって普通の人だから、そこんところ勘違いしないでね。


「そうだな……取り敢えず、こいつを貰おうか」


 俺は拳大の大きさの魔石を手に取る。


「それでしたら、1万クローネになります」


 うんっ、意外と安いな。


「まっ、そんなもんだろ。みたところ、形も色艶も悪いからゴブリン辺りの魔石じゃないか」


 タンガが魔石を眺めて教えてくれた。


 そんなもんか。

 この程度の魔石が一万。一億クローネあれば、何個買えるんだ。これは、一気にレベルを上げる事ができそうだ。

 内心の喜びをかくしつつ、俺は頷く。そして、ポケットの中から出すふりして、アイテムボックスから銀貨を一枚取り出し、カウンターの上に置いた。


 お姉さんが銀貨を受け取るのを眺めながら、魔石に手を伸ばし、さっそく魔素を吸収しようとするが……。


 ――あれっ、どうするんだっけ。


 そういえば、ジャイアントスパイダーやグールの時は、触っただけで霧状の魔素になってたな。


 えぇと、どうすればいい。


 俺は魔石を握り締めたまま、呆然と魔石を見詰める。


「どうした、ヒューマン?」


「……えっ、いや……」


 もしかしてあれか。自分で倒した魔獣の魔石じゃないと駄目なのか。ゲームだと、魔獣を倒したら自動的に経験値は入る。ただ、説明では魔素を吸収してとなっていた。だが、現実となったこの異世界では、魔素が塊となって魔石になる。そこから魔素を吸収するのじゃないのか。だから、自分で倒そうが他人が倒しても、魔素は魔素で一緒なのだから関係なく吸収出来ると思ったのだが……違うのか。自分が倒した魔獣の魔素しか吸収出来ないなら、その原理がよく分からないぞ。それに、タンガ達も、吸収とか知らないようだし。訳が分からん。


「おい、大丈夫かよ」


 呆然としている俺に、タンガが心配そうに声を掛けてくる。


「あぁ、大丈夫だ。……そうそう、ここには身分証を作りに来たんだっけ。その手続きを先に行おう」


 魔素の吸収には、まだまだ検証が必要だな。


 俺が、ため息と共にがっくりと肩を落としているのを、タンガと受付の女性が不思議そうに眺めていた。

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