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異世界へようこそ 【改訂版】  作者: 飛狼
第二章 森都グラナダ
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◇やっぱり我が家が一番とかよく聞くけれど。

 森都グラナダに船が近付くにつれて、その全貌が見えてくる。密林の如く鬱蒼うっそうと生い茂る大森林から、岬状に突出した台地の上にグラナダの街は形成されていた。三方は切り立つ崖に囲まれ、残る一方の森側には背の高い壁によって森と区切られている。その壁に近い岬側の崖下に、船は向かっているようだった。近付くとそこは大小様々な船が行き交い、その崖下が港として活況を呈しているのが見えてくる。

 大きく切り出した加工石を、積み上げ並べた防波堤などの人工構造物によって風浪を防ぎ、かなり大規模な港湾を形作っていた。港の陸上部分には、船が接岸するための桟橋や岸壁が作られ、レンガ造りの倉庫や港湾施設だと思われる石木混造建築などの大きな建造物が建ち並ぶ。その港の背後には、崖沿いに添って岬上に向かう、緩やかな傾斜の坂道が上へと続いていた。

 坂道では多数の荷馬車や人々が、荷物を運ぶため行き来しているのが見てとれる。港でも大勢の人々が、停泊している船からの荷揚げ作業などに従事していた。それ以外にも、綺麗な服装の人達が港を見物したり、楽しそうに歓談したりしている姿も見える。

 坂道へと続く大通りでは屋台や大道芸のパフォーマンスが繰り広げられ、大勢の笑い声や嬌声、怒号まで飛び交い、まるでお祭りのような大盛況だった

 獣人たちのヒューマンに向ける態度に心配していたが、この様子ならこの街で暮らすのもそれほど悪くないかも知れないと、俺はほっと安堵して港の賑やかさに見入っていた。 


 そんな喧騒に包まれる港の中で、ヒューマン達が掛け声と共に舫い綱を投げ、俺達の乗る船は桟橋のひとつに接岸した。忽ち、桟橋近くにいた人々が舫い綱を掴み杭に繋ぎ止めている。

 そこでようやく、ここまで操船していたヒューマン達が歓声を上げて、その表情に喜色を浮かべていた。


「ほぅ、すげぇな……」


 俺はその間も、港の様子に呆気にとられ見惚れていた。それは、港の活気もさることながら、すぐ横には外洋に出るためなのか、四本マストの巨大な帆船が停泊していたからだ。


 ――全長は二百メートルぐらいはありそうだ。


 その帆船は、船幅の数倍はあるスマートな船体の長さに、四本の帆柱には縦帆横帆三角帆と、様々な帆が張られている。喫水は浅く安定は悪そうだが、その分、速度と運動性能は良さそうだ。

 そんな帆船が数隻は停泊していた。


 ――今まで、こんな近くで帆船なんか見た事がなかったよ。


 日本では内陸部育ちだった俺にとって、巨大な帆船が停泊する港の光景は、何とも男の冒険心をくすぐるものだった。


「どうだ凄いだろ。俺達、グラナダが誇る戦闘艦だ」


 タンガが、どや顔をこちらに向けてくる。それが、どうにもウザい。

 別に、タンガの持ち船って訳でも無いだろうに。あれかな、この街に住む住民の誇りとか、そんな感じなのかね。


「戦闘艦?ってことは、どっかの国と争いでもあるのか?」


「いや、昔は大きな戦もあったけどな。最近は、隣国の連中も大人しいもんだ。今は専ら、海賊相手の戦闘だな」


 ――おぉ、海賊?


 まさか、ジャック・○パロウ率いるブラック○ール号とか……。


「俺は海賊王になるのあいつか!」


 俺の突然の叫び声に、タンガが白い目を向けてくる。


「お前、何を言ってんだ」


「あっと、こほん……すまん。海賊と聞いて思わず感情が昂ったようだ」


 やべ、やべぇ、思わず声に出てたよ。でも、男なら海賊って聞いたら、やっぱりテンションが上がるよな。


「最近は、近海での海賊共の跳梁も多くなった。中でも、レッドサーペント号を駆る海賊ゴードンは残虐非道で有名だ。襲った船の男達は皆殺しにされ、女達は慰みものにされた挙げ句に売り飛ばされちまう。その上、最近は図に乗って、近郊の漁村まで襲いやがる。もう、すでに奴に廃村にされた漁村は二つや三つでもきかねえ」


 タンガは顔を苦々しく歪めると、吐き捨てるように言った。

 あぁ、そうだよな。現実の海賊とかになると、やっぱりな。海賊と聞いて、一瞬でも感情を昂らせた自分が恥ずかしくなるよ。

 俺は、これが遊びではない本当に現実の世界なのだと、改めて気を引き締めた。



 俺達が船から降りていると、港の治安を守る衛兵らしき獣人達が、槍の穂先を連ねて駆け寄って来るのが見えた。


「これは何処の家が所有する船……」


 衛兵達は誰何しようとしていたが、サラが現れると慌てて片膝を付いて頭を垂れていた。


 そういえば、サラはグラナダを統轄する評議委員の娘とか言っていたが……。


 しかも、衛兵達だけでなく、近くにいて此方を眺めていたヒューマンや獣人達までもが、揃って片膝を付き頭を垂れていた。そして、今までの喧騒が嘘のように、辺りは静まり返っている。


 ――えっと、何これ?


 これには、かなり驚いた。父親だけでなく、サラ自身もかなり有名なようだ。もしかすると、王族みたいな存在なのか?


 その静寂の中、馬の蹄がカッカッと石畳を打つ音と、ガラガラと車輪の鳴る音が辺りに響く。


「お嬢様、こちらにお乗りください」


 先に降りていたカリナが、いつのまにか、数台の馬車を先導して目の前にやって来ていたのだ。


 ――さてと、それは良いとして、俺はどうしたものかな。


 人のいる街までやって来たので、後はサラ達の集団から離れても良いのだが。というか、これ以上関わると録な事にならないような気がするのは気のせいか。


「おいヒューマン、何をしている。早く乗りなさい」


 しかし、迷っている俺に、サラが馬車の中から呼び掛けてくる。


「あぁ……と、街に着いたので、後は自由に別行動というわけには?」


「何を馬鹿な事を。まだ、お前の疑いは全て晴れた訳ではない。今の身分は……そうだな、私の預りといった感じだな。だから、大人しく馬車に乗りなさい」


 やっぱり、そうなる訳だよね。まぁ、仕方ないか。あんな、嘘八百の作り話を全面的に信じるわけないわな。相変わらず、皆には名前で呼ばれず、未だに「おい、ヒューマン」だし。大分仲良くなったタンガにしても……いやいや、あいつは馬鹿っぽいから、渾名感覚で「ヒューマン」と呼んでるだけだな。


 俺が仕方ないかと言われるまま中に乗り込むと、馬車は直ぐにも走り出した。

 馬車にはサラとカリナの二人と、護衛のためタンガにクルスの二人も、そして、俺を含めた5人が乗り込んでいる。

 狭い馬車の中で、サラと向き合って座ると何だか緊張して肩が凝る。その神々しい美しさは、もはや凶器に近いよ。しかし、同じ馬車の中に乗れたのは、多少は信用されたのですかね。

 とはいっても、目の前のサラからの冷たい視線と、横から送られるクルスの刺々しい視線に、居た堪れなくなったので窓から外に目を向けた。


 馬車はがらがらと音を鳴らして、坂道を登っていく。その音に驚いた人々は、道の端に身を寄せると頭を下げていた。

 よく見ると、坂道を歩く人々の大半は、白っぽい貫頭衣を着たヒューマン達で、皆、背に荷物を背負っている。どうも、やはりこの街では、ヒューマンの身分はかなり低いようだ。

 そんな事を考えている間に、馬車は坂道を登りきりグラナダの中心街へと向かっていた。

 街中は港と同じく、レンガや石木混造建築の洋風の家屋が建ち並ぶ。馬車の走る大通りも、綺麗に石畳が敷き詰められている。ただ、さすがにエルフが支配する街なだけあって、街路樹など街の至る所に緑が溢れていた。

 そして大通りの先には、天にも届くかと思われる高い塔が見える。


「あれは、灯台?」


「あれは、世界を支える塔。大母神ベベル様の塔だ」


「ベベルの塔?」


 思わず出た俺の呟きに、サラが答えてくれた。だが、塔の呼び名は教えても、それ以上の詳しい事は話してくれなかった。

 あの塔には、何か秘密でもあるのですかね。

 それにしても『ゼノン・クロニクル』では、そんな塔はなかったけどなあ。


 馬車はその塔の近くに向かって走ってるようだった。塔の近くまで来ると、広大な敷地を囲む高い塀が見えてきた。


 まさか、この塀の向こうがサラの家って事は無いよな。

 しかし……そのまさかのようだった。


 馬車はその塀に平行して走っていたが、暫くして前方に大きな門が現れる。馬車が近付くと鉄製のその門が「ギィギィィ」と金属音を響かせ開き、その中へと馬車は入って行く。

 門の両側には小屋のような物があり、その前には武装した獣人戦士達が居並び整列して立っていた。

 馬車の窓から眺める先には、その獣人戦士達が走り抜ける馬車に向かって、頭を下げているのが見えた。


 ――おぉっ、いかにもって感じだ。


 サラの父親は、この街の権力者だと聞いてたが……今更だけど、ほんとに王様みたいなものなんだな。


 そしてこれもまた緑溢れる広大な庭を抜けると、白亜を基調とした一際大きな洋館が見えてきた。その周りには離れなのか、数棟の建物も建っている。


 狭い日本に住んでた俺には、これ程でかい家は見たことが無い。

 俺が嘆息混じりに、「でけぇ」と呟いていると。


「あれが、我がサンタール家の屋敷だ」


 その声に振り返ると、サラの表情が僅かに緩んでるように見えた。


 何だかんだ言っても、サラも自分の家に帰ってきて、ほっとしてるようだ。

 だが、そう思ったのも束の間、屋敷の玄関前で停まった馬車に、飛び出し来た女性が慌てたように駆け寄って来るのが見えた。


「サラお嬢様……」


「どうした、アラヤ」


 馬車から降りたサラは何事かと顔を向けると、初老のヒューマンの女性が、涙混じりの表情を浮かべて縋り付いていた。


「あぁ、ルーク様がぁ……」


「何事だ! ルークに何かあったのか!」


「それが、ルーク様は只今、御危篤に……うぅ」


「なっ!」


 それを聞いたサラが驚きの表情を浮かべ、慌てて屋敷の中へと走って行く。


 俺には何が何やらさっぱりだ。


「ルークって誰?」


 すぐ横で、同じく驚いていたカリナに聞いてみた。


「ルーク様は、お嬢様の弟にあたる御方です。あぁ、ど、どうしましょう」


 カリナは「どうしましょう」と何度も言いながら、おろおろとし焦った表情を浮かべていた。


 ――うぅん、なんだか、またまた波乱の予感が……。


 俺は顔をしかめて、そのサンタール家の大きな屋敷を眺めていた。

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